R イオランタ

「めちゃんこ上がったぜあちきはさぁ‼︎ アドレナリンドバドバでなんだよなんだよ同志達ぃ‼︎ 心配返せよこのやろうっ‼︎ ギンギラギンに目が冴えちゃったじゃんもう!もう!もう‼︎ 四人全員描かせろよぉ〜‼︎」


 ぽかぽかとずみー氏が走り回りながらそれがし達を叩いて来る。それがし達以上に喜んでくれる落書きストの姿は嬉しいが、本気で踊った後の汗塗れ息切れ中の間はやめて欲しい。


 見ろよ、グレー氏が嬉しさほとばしらせて過呼吸気味になってんぞ。あぁ……好機とばかりにクララ様がグレー氏の背を摩っておられる……。あそこは地雷原だから触れるのはよそう、複雑な人間関係に潰される。


 少しばかり苦手な人間模様から距離を置こうと足を動かせば、逃げるなとばかりに服を引っ張られる。何故だ。ってか誰だ。こうなったら仕方ないッ、古来より代々伝わる悪霊払いの秘技を使う時が来ましたぞッ!


「びっくりするほど……ッ」

「は?」

「あっ、すいません」


 服掴んでるの賀東がとう殿じゃねえか。何これ怖い。フードを引っ張り深く被っている所為で顔も見えん。肩辺りからマジレスのオーラが滲んでるんだよ。勝てる気がしない。


 何も言わずにフード越しに頭を掻く賀東殿を前に黙っていると、襟首を掴まれ引っ張られる。おいおいっ、おいおいおいっ。マジで〆に来たの? ダンスで負けたからって暴力はいくないッ。勝負は終わったのだ。熱い握手を交わして終了にしようそうしようッ。


「あんた……ダンス歴一週間と少しとか嘘でしょ……」

「……ふぁ? なんて?」

「あんた達全員もっとダンス歴長いでしょ!そうなんでしょ! じゃなきゃおかしいもんッ!あんな動きっ、普通できる訳ないッ‼︎」


 きもいきもい言われるそれがしの動きがか? 賀東殿はどうにも勘違いしている。頭を掻きながら賀東殿と向かい合う。手を握り締め、フードを握り締める賀東殿と。


「あのぉ賀東殿? 賀東殿達の方がダンス上手ですぞ?」

「……なにっ? 慰めっ? 勝者の余裕ってわけッ?」

「まさかまさか。嘘でなく。それがし達のダンスは一回こっきりの初見殺しに近いですからな。試しにもう二、三度やってみますか? それがし達勝てなくなりますから。それがし達は


 マジで。GWゴールデンウィーク中に磨けたのは自分たちの色を強く出す動きだけ。身に付けている技の種類。基本的な技の練度でも及ばない。音からズレぬように気を付け、奇をてらった動きで目を惹いたに過ぎない。この勝負の為だけの秘密兵器。だいたいそれ最初はやるなとそれがしは言われてたしおすし。


「嘘だ」

「嘘ではないと言ってますぞ。それがし達が勝てたのは、賀東殿達がそれがし達を舐めていたからそれに尽きる。勝てて当然と高を括って本気を出さなかったから。事実グレー氏が相手の時は音外してましたよな? ギャル氏が相手の時は気迫に飲まれた。賀東殿も本気になったのはそれがしとの勝負の二ラウンドからでしょう? 最初から賀東殿が本気なら負けていたのはそれがしですぞ」

「……嘘だよ」

「三度も同じ事言わせるな常考」


 一ラウンド目から賀東殿が本気でそれがしも本気を出していたなら、二ラウンド目には同じ動きしかできず見慣れられて自力の差で負けていた。それがしだけでなくグレー氏もそうだろう。そういう意味では相手のやる気が薄い中で一ラウンドを流したのは正解だ。


「嘘だってッ、だってそうじゃなきゃッ、私達はッ」

「負けるのが嫌だから大会には出たくないんですかな? 気持ちは分かりますぞそれがしも。本気の勝負なら負けたくない。だからそれがし達は今回勝った。だから思いませんかな? それがし達よりダンスが好きな賀東殿達なら本気でやれば負けぬでしょうよ。日本一にだってなれますぞ」


 きっと。そうであるはずだ。二ラウンド目の賀東殿のダンスは激しくそれでいて綺麗だった。賀東殿が負けてはい終わりのような気性であるならば、ここまでそれがしに突っかかって来ないだろう。ギャル氏と関わる前のそれがしよりずっと大事だろうものを賀東殿は持っている。


 フードを強く握り締めたその下の暗闇から零れる滴。暗闇の中身を見ないように視線を合わせる事はしない。


「そんなの分からないじゃんッ、日本一とかッ、本気でやって、それでっ、負けたら? 私はそこまで自分が上手いとは思わないッ、私より上手な志津栗しずくりさんはプロのダンサーを目指してる訳でもないのに私よりもずっと上手ッ、それにっ、それに私が例え本気でやってもっ、他の子もそうだとは限らないじゃんッ!」

「……なるほど」


 そういう事か。本気でやって負けてしまえば、懸けた事が無駄になると。確かにそうかもしれない。それは怖い。その価値は誰にも値段は付けられない。きっと賀東殿はプロのダンサーが夢なのだ。それがクララ様にへし折られた。モデルが夢のクララ様のダンスの方が上だと。才能という壁の前で立ち尽くした。でもきっと……。


「……結果は誰にも分かりませんとも」


 賀東殿の肩を叩き、強引に体の向きを変える。クララ様にダンスの事を聞こうと足を向けている幾人かのダンス部員達の方へ。


「やるだけやったなら、後悔だけはきっとしませんぞ。賀東殿が本気でなくても、本気の者は少なくとも一人以上いる。クララ様だって。敵ではなく味方ですとも。『絶対』に。賀東殿の本気の夢をそれがし達は馬鹿にしませんぞ。応援する方が面白い。勝ちを目指す事を恐れる事より馬鹿な事などないですとも。それがしもそんな馬鹿の一人でしたからなぁ」


 教室の隅で座っているだけで踏み出してこなかった。それがしの事など誰も理解できぬだろうとただ傍観者に徹していた。踏み出せば友人はできるのに。踏み出した先にはもっと楽しい事が待っていたのに。欲しい居場所は自分で掴むしかないのだ。それだけは知っている。


「その時は……あんたも居るの? ダンス部員だもんねあんたも……」

「ふぁい? いや、え? いや、いやぁ……」

「決まってるでしょ! 今年は勝てるって間違いなし‼︎ ダンス部最後の年にクララちゃんに! ショコラちゃんに! ソレガシくんにあられくんにサレンちゃん‼︎ 他の子達も本気ならずぇったい勝てる‼︎ 退部とか絶対認めないよー‼︎ うわっはっはっはッ‼︎」


 部長殿キャラぶっ壊れてね? メンブレしてね? ガクガク揺さぶられて気持ち悪いんですけど。くぅ〜疲れましたとばかりにこれで終わりにはならないの? ギャル氏に顔を向ければ苦笑している。いや、ギャル氏も逃げられないからねこれ。


 ってかショコラちゃんて誰? 賀東殿? 賀東殿ってガトーショコラって言うの⁉︎ 嘘だろそんなキラキラした名前が存在するというのか⁉︎


「ははっ、ワロス。ちょっとその話は置いといて、今日はもう疲れましたのでそろそろお暇をですな……」

「ソレガシあんた……ちゃんと来てよ。勝ち逃げは許さないからっ」

「……あらほらさっさっ。ではそういう事でッ!」


 スルスルと背後へ後退し、壁際に置いていた荷物を背負う。各々の鞄をそれぞれギャル氏、グレー氏、クララ様に投げ渡し、部室の鉄扉を開けてくれるずみー氏を追うように四人揃って部室から出る。


 もう限界だ。体力の限界を感じる。ダンス部がどうなるかの話はちょっと明日まで待って欲しい。GWゴールデンウィーク連日練習詰め込み過ぎて今はもうこれ以上ダンスを踊るのは無理ッ。今はダンスフロアよりも布団が恋しい。寝させてッ、お願いッ。


 また明日ー! とダンス部室に手を振り五人小走りで校舎を後にする。


「はぁ、兎に角、期待には応えられましたかな?」

「最初からあーしは大丈夫だって分かってたっつーの! 」

「俺も想像以上に楽しめたぜ! ははっ! 部活動も悪くないって!」

「次はあちきもめちゃんこ混ざるぜ!」

「もう本当……私はずっと期待以上だったよ……ありがとねみんな」


 見慣れた駅舎を前に走る足を次第に緩め、昇降機エレベーターのボタンを叩きながらクララ様が振り返り笑う。ダンス中はほとんど無表情か厳しい顔しか浮かべないのに、不意にそんな顔を浮かべないで欲しい。美人はズルイッ。


 重たい体を引き摺って、小さく息を吐きながらクララ様を追って昇降機エレベーターの中へと……。


「……ちょっと待って」

「なんだよ兄弟ブラザー立ち止まるなって」

「いやッ‼︎ 階段で行きましょうぞ階段であぁぁぁぁッ⁉︎」


 グレー氏に背を押され、昇降機エレベーターの扉が閉まる。疲労感の馬鹿ッ‼︎ 今気付きましたとばかりに間抜けに口をOの字に開けるギャル氏とずみー氏と顔を見合わせる。なんの為にこれまで昇降機エレベーターを使ってこなかったと思っているのだそれがしの阿保ッ!


「いやいやいやありえんてぃ⁉︎ そそ、ソレガシっ!どど、どどどどッ⁉︎ どうす……ッ⁉︎ 扉ぶっ壊すの安定ね‼︎」

「ままままッ、待ったったったッ⁉︎ もももももちつけそれがしッ‼︎ おぬおぬっ、お主らももももちつけッ⁉︎」

「……スケッチブックどこやったっけ?」

「ずみー氏は落ち着き過ぎな件についてぇぇぇぇッ‼︎」

「ッ、ソレガシきみさぁうるさいんだけど?」

「なんで二人はそんな騒いでんだ?」

昇降機エレベーターに乗っちまったからですぞッ‼︎」

「ソレガシお前……閉所恐怖症か?」


 そうだったらいいな‼︎ 閉所恐怖症だったらな‼︎ 別天地行きの揺り籠に乗ってるかもしれないからメンブレしそうなんだよぉ‼︎


 いや落ち着けッ‼︎ 必ずしも昇降機エレベーターに乗ったからと言って異世界にぶっ飛ばされる訳ではないッ‼︎


 GWゴールデンウィークが終わるからと、休暇は終わりだとばかりに元に世界の日常が終わるなんてそんな話ある訳ないッ‼︎


 だからそうっ、これは夢だ……。なんか昇降機エレベーターの駆動音に聞き慣れた蒸気の噴出音が混ざってるのは気の所為だ。開いた扉の先に見慣れたロトンドム宮殿の壁が見えるのは気の所為だ。疲労から来る幻聴と幻覚に違いないッ。


「……あら?……あらあらこれは、ソレガシ卿にウメゾノ卿、イリガキ画伯まで、お久しぶりでございますね。お帰りなさいませ」


 白いフードを纏う小人族ドワーフの巫女様がそれがし達の名を呼びながら深々とお辞儀をくれやがる。


 息を飲む音が二つ聞こえる。


 昇降機エレベーターの『閉』ボタンを叩きまくるクララ様と、彫像のように固まるグレー氏。全く動く気配ない昇降機エレベーターの中でギャル氏とずみー氏と顔を見合わせ、諦めたように微笑んだ。


 ただいまなどと告げる以前に取り敢えず今は何より欲しい物がある。


「あのぉ……仮眠室とか借りられますかな?」


 今は寝させてくれ。現実逃避できるぐらいぐっすりと。

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