17F CHANGE! 2

 GWゴールデンウィークの最終日。休日に学校に来るなどとは初めての事だが、この初めてはそこまで嬉しくない。ただ、勝負を目前に控えている高揚感がテンションが降下するのに待ったを掛ける。


 学校最寄りの駅で電車を降り、昇降機エレベーターには近寄らず、階段で降り学校へ。学生服の姿はそれがし達しかない通学路。見えてくる校舎の影に心の臓が速なる中、横から軽く肘で小突かれた。


「おい兄弟ブラザー……」


 綿毛頭が顎をしゃくる先、少しばかり顔を強張らせたクララ様。対抗戦での勝ちを得る事がクララ様の欲する『勝利』を得るのとは別という話をしたが、それでも勝負は勝負。入れ込む気持ちも分からなくはない。必要なのは対抗戦で負けようが、ダンス部員の頑固頭をカチ割る事。それが例え数人であろうとも。


 とは言えそれがしも、負けが確定していようがただで負けるつもりはない。GWゴールデンウィーク中に考える時間は多くあった。


「問題ないですぞ兄弟。何も」


 軽くギャル氏と目配せし、前を見ろと顎先で指す。見えてくる学校の玄関口。白い髪が揺れている。毒々しく改造されたセーラー服を揺らす落書きスト。それがし達に気付くと大きく手を振ってくれ……痛ってえッ! グレー氏の腕が肩にッ! 全力で手を振り返すのはいいけど周り見てくれる⁉︎


「ハロハロ〜‼︎ セイレーン! シーズー! 応援に来ちゃったぜ〜!」

「ハロハロ〜ずみー!絵はできちゃった感じ? 応援感謝!」

GWゴールデンウィーク最終日にできてなかったらやばばばばば!」

「ずみー……わざわざ来てくれたの? そんな気遣わなくても……」

「学校に昨日泊まったから待ってただけ〜、シーズーGET! 抱きしめてくれーい!」

「ぎゃああ⁉︎ 私じゃなくて風呂屋に行きなさいよ⁉︎ この黒ずみちゃんめ!」


 クララ様に抱き付くずみー氏を横目に見ながら、頬を緩める。強張ったクララ様の顔が崩れたのを見るに、少しでも緊張が解れたのなら有難い。鼻先を過ぎる僅かな油絵具の匂い。今日の朝までに絵が完成するか怪しいとギャル氏のスマホに連絡があったそうだが、眠たそうなずみー氏の目元を見る限り寝ずに間に合わせてくれたらしい。


「同志も葡萄原ブードゥーもファイトだぜ! ボロクソでもあちきは味方だってね!」

「ボロクソは余計ですぞ」

「お、お、おぅ、お、ぉうっ」


 膃肭臍オットセイが急に隣に現れた。待ってくれよグレー氏……物真似してる場合じゃねえ。「シーズーの緊張を解す為に一人でも観客に味方が居た方がいいっしょ?」とずみー氏が無理を押して来てくれたのに、グレー氏のバイブレーション機能がONになっては世話ない。


 壊れたテレビを直すが如くグレー氏の背を強く叩く。せたグレー氏に睨まれる。なんでや。かと思えば手を伸ばして来て硬い握手。なんなんだお主は。グレー氏の情緒にそれがしの頭が追い付かねえよ。


「んじゃ、行くとしようじゃんね」


 気取らずにそう言うギャル氏を追って校舎の中へと踏み込む。向かうのは校舎の二階、廊下の端のダンス部の部室。人の気配薄い廊下は冷ややかで、平日とも放課後とも這い回っている空気感が異なる。


 防音性の高いダンス部室の鉄扉。決定事項である敗北の冷たさを漂わせる扉の取手をクララ様は握り締め、そのまま取っ手を引く事なく立ち止まった。握り締められる取手の音と、クララ様の深い呼吸音。クララ様は何も言わず、それがし達も何も言わない。


 直前になって入る事を躊躇っている訳ではないだろう。クララ様もやると言ったらやる者だ。勝負の舞台上から逃げる事だけはない。だからそれがし達は待てばいい。クララ様の準備が整うまで。


「あのね……多分中に入ってからじゃ言えないから……」

「なら言わなくてもいいよしずぽよ。あーしら全員分かってんから」


 ギャル氏の言葉にクララ様は振り向いた。少しばかり潤んだ瞳が向けられる。GWゴールデンウィーク中刺々しい言葉を口にしても、『諦める』とだけは絶対に口に出さず、クララ様はダンス初心者のそれがし達に朝から夜までダンスを教えてくれた。


 本気の姿からもう言葉以上のものを貰っている。クララ様が本気だからそれがし達も本気になれた。本気の本気に。『絶対』に。だからこそ。


「先に言っておきますが、それがしはまだ完全勝利諦めてないので」

「不可能を可能にってか兄弟ブラザー。なら俺もそれがいいな」

「いーねそれ。あーしもそれがよきかな。だからしずぽよ、言うこと違くね?」


 まだ終わってもいないのに感謝の言葉は必要ではない。それがし達の顔を見比べて、クララ様は一度俯くと顔を上げた。冷たさを感じさせない笑顔を浮かべて。その顔こそ感謝の言葉以上の価値がある。


「勝つよ。それ以外は死刑」


 後半部分いらなくね?


 笑い頷くギャル氏とグレー氏に挟まれてそれがしが顔を痙攣ひきつらせる先で迷わず振り返ったクララ様が鉄扉を開く。重厚な扉の隙間から吐き出される重低音。それがし達の体を押し返そうと渦巻く骨を揺さぶるような音を押し分けて部室へと踏み込む。


 一面鏡張りの壁。その手前に並ぶファンシーな運動着を纏った女子生徒達と、その身を薄く写す磨き抜かれたダンスフロア。見慣れぬ光景に小さく目を見開くが、丁寧に掃除されている部室を見るに、ダンス好きの看板に偽りはない。


 が、整然とした空間に似つかわしくない音が響く。数多の舌打ちと細められた視線達。その多くが向くのはクララ様と…… それがしですかそうですか。部員女子率一〇〇パーセント。大変居心地が宜しくないですはい。が、表情には出さず、入り口近くに荷物を置いて悠々と歩き部員を見回す。


 それがしもギャル氏めグレー氏も、一時的であったとしても一応はダンス部員。部室来るの事態初めてであるが。ダンス部員の数は今居るだけでそれがし達を抜いて二七人。その中で本気で反対していそうなのは、表情を見る限り五、六人か? 眺めるのには慣れてるおかげで何となく分かる。


 準備運動をしていたらしい女子達の中から一人が立ち上がり、クララ様がその前に歩いて行くと小さく頭を下げた。染めた金髪を首の後ろで縛った背の高めの女性。彼女が部長殿で間違いない。それがし達もクララ様に続いて頭を下げる。


「部長、今日はありがとうございます。私の我儘ですいません」

「まー気楽にね。それで後ろの子達が……サレンちゃんに、あられくんに、ソレガシくんね」


 ちょっと待てや。え? それがし初対面で部長殿にまでソレガシって呼ばれんの? 入部届に名前書いた意味。誰か必要のない助言しやがっただろこれ。誰だ出て来いや。


GWゴールデンウィーク前でバタバタしてたから顔合わせ遅れちゃったねー、めんごめんご! 私は部長のつぐみです!我が部にも念願の男子部員! と思ったけどアレだね、思ったよりハジけた子達が来たね! 背高い! 身長いくつ?」

「俺は一八一っす」

「あー…… それがしは一八二程で」

「本当に『それがし』って言うんだ! 面白いねこの子! ピアスの子はイッケメーン! 気楽にね! これで部の方向性が決まっちゃうけど気楽にね!」


 言い方よ。気楽にできねえよそんなんじゃ。ノリが軽いな部長殿。それがしの一人称に驚いてて身長聞いた意味ねえじゃねえか。


 周囲から突き刺さってる尖った目の方を見てくれよ。それがしにばかり刺さってるよ? グレー氏には……おいふやけた顔してる奴らふざけるなよ。それがしとグレー氏は性別も身長もほぼ一緒だぞ。何が違う? 顔か? 顔面偏差値とかいう言葉作った輩は死んでいいと思うよ。


「それで部長、今日の勝負なんですけど、友人が一人観戦したいと」

「全然おっけー! ダンス部なんだし楽しくいこう! 準備運動終わったら早速始めちゃう? それとも少し踊ってからがいいかな?」

「それは」

「準備運動終わったらすぐで構いませんとも部長殿」


 クララ様から言葉を引き継ぎ少し前に出る。此方の手の内を晒してなるものか。小さく目を見開く横のクララ様に目配せすれば、一歩後ろに下がってくれた。交渉を譲ってくれるくらいには信頼を得られているらしい。


 珍しいものを見たとでも言いたげに唇を尖らせて部長殿はそれがしを見上げ、周囲から突き刺さる視線を感じながら少しばかり縮こまる。唸れそれがしの演技力。そんなものほとんどないけれども。


「いやもう緊張で、できれば早く終わらせたくてですな。ぴゃっとやってぴゃっと終わらせましょうぞ。相手の方もそれでいいならそれで。それがしは生憎勝てるとも思えませんし」


 嘘ではない。ただ、高確率でという話。


 「ダッサ」と遠くから呟くような声が聞こえて来る。ダサくて結構。見下されている者にしかできない事もある。舐められている内が華。だからペロペロキャンディーのように舐めてくれ。


「みんながそれでいいならいいけど、相手が誰か分かってる?」

「先輩方ではないでしょう? 二年生が主でしょうからお伺いを立てているのですが、それと……できれば踊る順番だけでも選ばせていただけると嬉しいと言いますか……順番待つのも恐ろしく……」

「おいおいソレガシだっせえなぁ。すんません部長、俺一番でもいいっすか? ハウスHOUSEからでも! ダサ坊は下がって見てろってえの!」


 グレー氏がそれがしの肩に手を置き入れ替わるように前に出る。小さく聞こえる黄色い声。部員達の中から一人の女子が立ち上がる。二年生の奴だ。名前はなんだったか? いかんなギャル氏の事強く言えんぞ。


「いいですよそれでも部長! 葡萄原ぶどうはらくんが折角そう言ってくれてるんですし! 個人戦から始めましょうよ! 私達は誰でも準備できてるんで!」

「サンキュー賀東がとうさん! よく見とけよソレガシ! 俺が手本見せてやるからさー」


 グレー氏が拳を突きつけて来る。馬鹿野郎っ、それがしの方に寄って来んじゃねえ! 昨日の夜そんな打ち合わせしなかっただろうが!


 元から評判低いそれがしを下げ、グレー氏の高い評判を使ってダンスの順番を操作する。上手く嵌ったからって即興アドリブを挟むな。即興フリーなのは勝負内容だけで十分だ。


 掲げられるグレー氏の拳に拳を合わせれば、目の前に浮かべられているグレー氏のニヤケ顔。笑ってんじゃない。それがしまで釣られてニヤケちまうだろうが‼︎


 ダンス部員達に愛想を振り撒けとグレー氏を一度肘で小突き、口元を手で覆いなるべく肩を落としてダンス部員達の方に顔を向けないようにしながら壁際まで歩く。


「ソレガシ……」


 それがしの後から付いてきたクララ様の小さな呼び声を背に聞いて、細く息を吐き出し壁に向き合い準備運動の為に腰を下ろす。声量は最小限に、小声で言葉を絞り出す。


「……キタコレ。計画通り」


 笑みをクララ様に返しながらダンス部員達と話しながら準備運動をしているグレー氏を肩越しに軽く見た。一番最初が最難関。これが全ての始まりだ。


「どゆこと? あーしはさっぱりなんだけど?」

「一番最初。それがしやクララ様が出ればどんな踊りをしようがまず負ける。人気者を使うのですぞ。第一候補はグレー氏。次点でギャル氏。ですが一番が通った。勝ちの目が見えて来ましたな」


 最初から反感を買っているそれがしやクララ様では、勝たせようなどとは微塵も思わないだろうが、グレー氏は別だ。周囲からの評価は巻き込まれた被害者。しかも第一戦は一番勝敗に関係ない。勝ちが決まっていると相手も思っている以上、グレー氏からの評価を上げる為に一勝くらいくれる可能性が高い。


 見たところ何人かグレー氏にお熱な者がいるようだし。グレー氏が一番手になってくれた以上、チームで踊るのは最後。グレー氏に相手が浮かれている間に二番手でギャル氏を差し込めるだろう。


「一つのくさびが刺さってくれた。最初は人気を使っても、後はダンスで食い破ればいい。この勝負、相手のダンスの技量は関係ない。この形さえできたなら、後はそれがし達が本気でダンスを楽しむだけだ。それが何より勝ちに繋がる。でしょう?クララ様」

「あの日からずっとそれ考えてたの?……きみって……なんかきもい」


 嘘だろマジか。言うに事欠いてきもいはないだろ。ギャル氏達って困ったらきもいって言う癖ない? 肩を落としため息を吐くとツンツン肩を叩かれる。誰かは知らんが慰めの言葉など薬にもならん。


 「勝つ気だね」という言葉に「当たり前でしょうが」と吐き出し振り返れば、ギャル氏は目をまたたいており、クララ様も目をまたたいている。ずみー氏は少し離れて壁際に立っているとくれば……それがしの肩叩いたの誰だ?


「面白いねー君達。クララちゃん、変な子達を集めたね。気楽は嫌? じゃあお手並み拝見だ」


 染められた金髪が視界の端で揺れている。


 おっとこれは……アレですね。やらかしましたねそれがしが。部長殿は隣に座って来ないで下さい。はいもう音楽掛けて‼︎ ミュージックスタート‼︎ 勝負の開始を誰か告げてくれ‼︎




 


 

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