16F CHANGE!

「おかしいですよな?」

「何がじゃ兄者?」


 全てがじゃ。それがしの横に立つ妹にちらっと目を流し、そのまま居座る空間へと瞳を走らせる。柔らかくも鋭い早朝の陽光が射し込む梅園家の台所。他人の家の台所で兄妹並んで朝食作るって何それは。


 阿国ちゃんの家の朝食期待してるよ! と、最終日の朝は妹に鈴芽殿は要らぬたすきを投げ付ける始末。道場を借りている以上頼まれ事は引き受けるが、完全に朝食をそれがし達に任せるのはどうなのか。


「何よりしれっとお主も泊まってるんじゃないですぞ。狭い肩身がより狭くなる定期」

「何を仰るかと思えば、兄者が舞を踊るなんて一生に何度あるかも分からぬいと面白そうな催しを見ない訳いかぬでしょうに。よしんばそれを抜きにしてもじゃ、兄者ばかり連休にお泊まりで楽しむなどと……我だけ家で留守番はあんまりじゃのう!」


 そう言って妹は頬を膨らませる。両親が共働きの所為で旅行とか滅多に行かないからな……行くとしても『三保の松原』だの『鎌倉』だの『京都』だの。古都などにしか行かない縛りをやっているのか知らないが、世界や現代に向ける目を親父殿達は持っていないらしい。


 だからと言ってそれがしの居る場に寄って来られても困るのだが。妹が隣にいると数歩時代が巻き戻ったのかと錯覚する。家の外でぐらい現代を感じさせろ。ギャル氏の家も大概ではあるけれども。


「それに兄者の女子おなごの趣味も知れるしのう。鈴芽殿の姉者が家に来たハイカラ娘だったのには驚いたがの。兄者はあれですかな? セクシーだのキュートだのそっち方面がお好みか? 我としてはみやびだの可憐かれんだの華奢きゃしゃといった言葉の似合う女子おなごこそを義姉様と呼びたい!」

「それは知らんわ」


 妹の好みなどそれがしの知った事ではない。コロコロ笑う妹に苦い口端を向けて歯軋りを一つ。


それがしにだって好みくらいありますぞ」

「何ですかなそれは?」

「それはもうビューティフォーでワンダフォーな蜾蠃少女すがるおとめが望ましい。サモトラケのニケなど完璧ですぞ」


 コイツは頭がおかしいとばかりに妹に唇を歪められるので小さく舌を打つ。「お市の方のような女子の方がいいのじゃ」とか知ったこっちゃねえや。お市の方のような女子ってなんだ? 第六天魔王みたいな兄貴がいればいいのか? やだよそんな奴。


「女子の好みはそれがしの勝手。それに朝食の味付けの好みもそれがしの勝手ですぞ。料理番の相方がお主なら遠慮は要りませんな」

「ぬわっよさぬか兄者⁉︎ バターなど敷きよって⁉︎ いやじゃ! 西洋被れの兄者の料理など食べとうない⁉︎」

「よく言いますな! 幼い頃は美味い美味い食べていた癖に! 口ではなんだかんだ言いながら体は正直なものですぞ!口元のよだれを拭ってから言うべきですな」

「うわーんっ、兄者に汚されてしもうた⁉︎ 例え体は許しても心までは許さんのじゃ! 醤油投入‼︎」

「ファッ⁉︎ 和食党が不可侵条約破っただと⁉︎ 馬鹿野郎こうなったら戦争ですぞ⁉︎ 世界三大料理の深淵今こそ垣間見せましょうぞ!」

「コンソメッ、じゃとな⁉︎ 兄者! それだけはっ! それだけは勘弁を⁉︎ 兄者の色に染められてしまぅぅぅっ⁉︎」

「お〜は〜……朝からいい波乗ってんねアンタら……」


 朝の汁物を味噌汁にするかコンソメスープにするか鍋の前で妹とわちゃついていれば、間に伸びてくる青い髪。妹と動きを止め振り返れば、未だ眠たそうな目をしばたくギャル氏。それがしと妹の手からコンソメと味噌を取り上げるとしばし見比べ、コンソメを鍋に投入。


 青髪の審判者が判定をくれた。妹が顔を手で覆い天を仰ぎ、それがしは手で顔を覆い静かに俯く。敗者は見上げ、勝者は見下す。やったぜギャル氏! 台所でそれがし握手シェイクハンドッ‼︎


「今日は洋食のいい気分〜……ソレガシー……コンソメスープとまたオムレツ〜?」

「いえ、スクランブルエッグにしてしまおうかと。バター醤油風味ですけどな。それと肩に顎を乗せるでない。その体勢辛くね?」

「つらた〜ん。だからちょいしゃがんでよ。足の爪先りそうでウケるわ」

「はいはい、コンソメスープでもすすって頭起こすべし。昨日夜更かししましたなお主」

「ん〜。しずぽよと阿国ちゃんと鈴芽と女子会ナイトだったし。ねー」

「えっ、あ、うむ」


 歯切れの悪い妹に首を傾げる。朝弱くもない癖に、ギャル氏は偶に朝ポンコツ化するので分かりやすい。味見役もついでにお願いしながら、小匙で掬ったコンソメスープをギャル氏の口元へと運んでやる。背が低くはないそれがしの肩に爪先立ちしてまで顎を乗せる謎のやる気よ。


 左手の親指と人差し指をくっ付け、OKサインをくれるギャル氏に小さく頷けば、それがしの肩上から顎を外し、腕を伸ばしてまだ結っていない青い髪を小さく左右に振った。


「ん! 頭スッキリポン! ソレガシ達はアレ、夜は秒で寝ちゃうわけ? 男二人で男子会みたいな?」

「初日は枕投げしましたな。あまりの虚しさから初日でやめましたが。二日目からはスヤァっと」


 嘘だけど。初日は道場が二人では広過ぎて投げても枕が当たらず不毛な一戦を繰り広げてしまい枕投げを断念。その後二日目三日目とグレー氏の恋バナに付き合わされた。ずみー氏の事聞かれてもそんな詳しく話せる事ねえよ。そんな話してたとも誰かに話せないし。


「ソレガシご飯はリゾットにしてよ。あっちでは偶に作ってくれんじゃん」


 異世界で作ってるのはダルちゃんの地獄煮込みと米っぽいのを使ったリゾットっぽい物体であってリゾットではないが、朝からは重いわ。だいたいリゾットはイタリア料理で、フランス料理だと別名ピラフですねそれ。重いわー。


「ミルク粥にしましょうかなそれなら。夜更かしした胃にも優しいですぞ」

「優しみ深い味いいね! 映える感じに作っちゃって! あーしも手伝う?」

「お寝呆けさんは要らぬ子ですな。居間で大人しく待ってろな件。味見と言って摘み食いする気でしょうが」

「いーじゃん別に。パパがウザいしママもうっさいから安定の避難。ソレガシまでウザくなんないでよ?」

「予防線を張るなですぞ」


 ウザいとか言ってやるな、ほら居間から呻き声が聞こえるよ? 朝から縁起悪いよ? ギャル氏の親父殿は親馬鹿じゃなく親修羅だ。ご機嫌取る為にも褒めとけ褒めとけ。でないと主にそれがしが被害を被る。


「阿国ちゃんどしたん? ぼーっとしちゃって。おネムな感じ? 朝りーむーならあーし変わんけど」

「いやぁ……なんだか手馴れとりますなと……。いつから兄者はそんな娘御に慣れた感じに……軟派じゃ。兄者が軟派者になってしもうた」

「ソレガシナンパとかすんの? 似合わねー! しくる未来しか見えねえし!」

「しねえわ。台所だからと話を混沌に煮込むんじゃないですぞ。だいたい失敗するとか決まってないですしおすし!」

「するの確定っしょ。ソレガシがナンパ成功させんとかありえんてぃのりーむー予報」

「言いましたな。賭けます?」

「んじゃしずぽよ遊びに誘ってみ? 居間へゴー」


 いいよやってやんよ見てろボケがッ。ギャル氏のニヤケ面を間抜け面に塗り替えてくれるわッ。ダンス部対抗戦の決戦日当日、不可能な事などないと朝から示してくれるッ。


 台所と居間を繋ぐ引き戸の前で足を止め、戸に腕を付け寄り掛かりながらもう片方の手で髪を掻き上げる。一度小さく息を吐き出し、緩やかに口端を持ち上げ一言。


「へいクララ様! 今度それがしと遊びません? 宜しくお願いします‼︎」

「は? やだ。回れ右して出直しなよ」


 瞬殺だったわ。睨むどころか微塵も表情筋動かされなかったわ。台所へ振り返れば腹を抱えてギャル氏と妹が爆笑している。優しさを感じられない。居間へゴーじゃねえよ。地獄へゴーじゃねえか。ギャル氏のスクランブルエッグだけ量減らしてやる。


「っ、無理無理無理っ、ツボったっ。ナンパ下手過ぎッ。んでアレでいけると思ったわけ?よ、宜しくお願いしますっ。宜しくしないわっ」

「お主が焚き付けたんだよ」

「煙りみたいにただ消えただけだったけどね!」

「道場へ行きましょうぞ。久し振りに……キレちまったよ」


 右拳を左手で包み骨を鳴らす。……骨を鳴らす……骨を…………鳴らねえなぁ。拳の骨ってどう鳴らすの? そんな事をやっていると肩に置かれるギャル氏の手。待てよ。へへっ、冗談ですぜ。だって勝てないもん。さっさと朝食済ませて道場じゃなくて学校へ行こうそうしよう?


「ごめんて、今度オケでも誘ってやんから。元気出た?」

「そんな事で……嘘だろめっちゃ出たッ」

「単純過ぎッ、チョロっ!」

「道場」

「いいけど?」

「やだなぁ、冗談ですぞ!」


 笑いながら地獄行きを肯定するんじゃない。それがしにはマジで空手隠す気ねえな! それがしは人型の巻藁か? 一発でへし折れるぞ! しかも替えが利かないときたもんだ。一点物に傷を付けるな常考。


 肩に置かれたギャル氏の腕を払い除ければ、新たに肩に置かれる妹の手。それがしの肩は手置き場じゃねえぞ。今度はなんだ。


「はぁ、兄者達漫才も程々に早くせんと間に合わないのではないですかの? 舞の為の勝負服もまだ決まってないのじゃろ?」

「いや、決まってますけどそれが何か?」

「そのような服持って来てないじゃろ。どこにあると?」

「今ここに」


 絶対に和服を押し付ける気満々の妹からの問い掛けに即答で答えて腕を広げて着ている服を見せ付ける。改造された学生服。学校へ行くから着ている訳ではない。証拠にギャル氏の纏うセーラー服も、学校用の物でなく、異世界用に改造された左肩が出された物。


 それがし達の色を前面に押し出す舞台衣装があるとすれば、生活指導の先生と日夜格闘している各々改造された学生服しかない。それがしは自分で改造された訳じゃないけど。


それがし達の勝負服などこれしかないですぞ。妹よ、流石に学校まで付いて来るとは言わないですよな?」

「流石にのう。今日は鈴芽殿とゆっくりしますとも。兄者、ご武運を」

「気が早いわお主」


 せめて朝食終わってから言ってくれ。できた朝食を食卓に並べ、さっさと平らげ食器を洗いGWゴールデンウィーク中お世話になった礼をギャル氏の家族に告げてギャル氏の家を発つ。


 ギャル氏の親父殿め、急に握手して来たと思ったら手を握り潰されるかと思ったわッ。ギャル氏の母殿に頭を叩かれていたがいい気味である。ギャル氏の母殿に味方をされるのは不思議な気分だが。


 三味線と服の詰まった鞄を背負い直し歩き出せば、どうにも気がいて足取りが速まる。それもそれがしだけでないようで、隣に並ぶ影が三つ。決戦日。勝敗は今日決まる。気が急くのは、負けが決まっているからではない。


「本日は晴天也。いい天気ですなぁギャル氏。それがし達らしく」

「バイブス上げて楽しんだ者勝ちね。それが絶対のルールだから。んじゃ」

「「冒険しようか」」


 ギャル氏の笑みに笑みを返し、なんだそれと呆れながらも笑うグレー氏と拳を合わせる横で、クララ様とギャル氏もハイタッチを鳴らす。回る四つの歯車は淀みなく、だからそれがしも頭を回す。勝利の為の最後の手を間違えず打つ為に。



 


 


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