15F 黄金週間 5
空を見上げれば月が見える。お湯に濡れた服から着替え腰を落ち着けるのはギャル氏の家の縁側。湯冷めした訳でもないのに肌寒いのは、居間からギャル氏の母殿の視線を感じるからだ。
「それでは今一度聞こうか? 貴方の流派は?」
「……ヨタ流で」
全くお優しくない機械神を生贄に捧げ、ギャル氏の母殿の質問に答えを告げる。何をそんなに流派の名が必要なのか知らないが、ギャル氏の母殿の眼光から逃れられる気がしない。三味線片手に縁側で何をやっているのやら。グレー氏は風呂に、一緒に入らないお陰でヒビ割れた傷跡を見られない事だけが救いだ。
べん、ベン、と緩やかに弦を弾き歪ませる音色に耳を傾けるのは、ギャル氏の母殿と婆様に鈴芽殿。ギャル氏の親父殿は未だグロッキー状態のまま白く燃え尽きており、ギャル氏とクララ様はギャル氏の部屋へ。おかしいだろ。味方が一人残らず我関せずとか大草原。
「変わった技に変わった音色。偏屈だな貴方は。だからなのか?」
「……何がですかな?」
「私は興味があるんだよ。なぜ
思わず
やばいな
「二度と蹴りは振らんと言った
「うん! 彼氏さんのことめっちゃ蹴ってたよ!」
鈴芽殿はなんで嬉しそうなんだよ‼︎
そんな事を
肩を落として小さく三味線を弾く
「うん。分かってはいる。
「……分からなくはないですけどな」
ギャル氏の空手は
三味線を嗜んでいたりする以上、ギャル氏の技を残したいというギャル氏の母殿の言葉も理解はできる。伝統。使命。それに関わっているからこそ、昔から続く流れを途絶えさせたくないと。古きがあるから今がある。分かってはいる。が。
「それを
流れがあるのは理解しているが、やりたくない事はやりたくないのだから仕方がない。伝統、使命、才能。やるべき理由は数多く転がっているだろうが、やらなくていい理由も多く転がっている。
何より他でもない本人がやりたくないと言っているのだ。内心思ったよりムッとした自分に自分で驚きながらも、荒れた三味線の音色を深呼吸と共に落ち着ける。
同じく
「ならばなぜ貴方は鍛えている?」
「……
荒んだ三味線の音に耳を傾けて小さく舌を打つ。ギャル氏の母殿は大分ノリがいいと思ったが、空手に関してはそうでもないらしい。三味線の音が刺々しくなってしまう。
だが、ギャル氏の母殿は
「なら貴方と同じだろうに。娘は再び空手を振るう道を選んだとな。どんな理由であれ私には喜ばしい事だ。本題に入ろうか。詳しい話を聞かせろとは言ったが、正直に答えてくれるなら娘と共に姿を消していた六日間の話はしなくてもいい」
眉を
「貴方は
「ちょっと待って? え? これなんの話ですかな?」
マジで待って? ちょっと理解が追い付かない。異世界に消えていた時の話をされるかと思えば話が異次元の方向に突っ走り出したんですけど? 愛ってなに? 愛って言うのは……愛ってこと? アイアイ? 確かそんな名前の霊長類がマダガスカル島に生息していたはずだ。アイアイがどうしたって?
「貴方は
「
「貴方だから聞いている」
「なんでや。
「マダガスカル島に行った事がなくても答えられるはずだ」
凄え真面目に返された。寧ろ今マダガスカル島に逃げたい気分。マジレス要らないよそんなの。恋愛脳とは学生だけの特権じゃなかったのか?
何が何やら理解不能案件であるが、正直に答えれば異世界での諸々は話さなくてもいいらしい。危険札はどっちだ? 異世界の話をして異常者認定を貰うか、地雷臭半端ないギャル氏の母殿の話に乗るか。いや、そもそも異世界の話をした場合、正直に話してないとされて許して貰えない可能性が高い。
「友人として好きですぞ間違いなく」
ならば正直に言うしかない。
「それだけかな?」
「それ以上があると? ギャル氏は
「貴方もなかなか救われないな」
何その手の施しようがありません的な台詞。
首を傾げる
「期待に応えると言うなら話が早い。実は毎年他流派、異種武術家同士の集いがあるのだがな、去年娘が出なかったお陰で色々小突かれているんだ。日取りとしてはまだ幾らか先なのだが、娘の代わりに出て貰おうか」
「いやいや待たれよ? 鈴芽殿は?」
「鈴芽は空手家ではない。そのレベルにない。だから貴方に聞いたんだ。
鈴芽殿に目を向けても悲しそうな顔をするでもなく微笑むばかり。はっきり言って意味が分からない。六日間の話はいいから
はっきり分かった。ギャル氏の母殿はアレだ。
「
「その時は無理にでも娘を引き摺って行く」
目を細めて一度三味線の弦を強く弾く。
理解したよ理解した……。まるでブレないギャル氏の母殿の瞳が理解したくなくても
そんなギャル氏に空手を使わせたのは
詳しい話をしようなどと、初めからそのつもりだったに違いない。
子は親を選べず、親も子を選べないが、誰もが友人を選ぶ事はできる。
「出ましょうともその集い。その代わりギャル氏の今後には口出し無用で」
「結果次第だ。だが、それまでは貴方に娘を任せよう。好きにしなさい」
「なら取り敢えずはダンス部の方に集中させて貰いましょうかね」
「あぁ、健闘を祈っているよ」
想ってもいなそうな事を平然と言ってのけるものだ。先の予定が決まるなど初めての事だがあまり嬉しくはないな。風呂を覗きに行った際の喜びがおかげで失せた。ギャル氏達がここに居なくて幸いだ。
異世界の事で手一杯なのだが、元の世界でも頭を使わなければならなそうとは逃げ場がない。ギャル氏の母殿が立ち上がり、打ちのめされているギャル氏の親父殿を引き摺って居間から出て行くのを見送り三味線を弾く。
逃避の音色。ではあるが、ギャル氏の為には逃げる訳にもいかない。それが
ギャル氏の母殿が居なくなったからか、台所へとお猪口と酒瓶を片付けて、縁側へと鈴芽殿が入れ替わるように寄って来た。嬉しそうな笑顔を携えて。なんだその顔は?
「彼氏さんやるぅ! 好きにしなさいなんて言う母様初めて見た!」
「あっ、そう……」
「そう言えば明日は阿国ちゃんが様子見に来るそうですよ? さっきメールが来て」
「あっ、そう……じゃねえわあいつなに来ようとしてるんですかな⁉︎ 塩ですぞ! 塩を撒け‼︎」
「駄目ですよそんな勿体ない」
だからマジレスは必要ねえ‼︎
そんなこんなで黄金週間はあっという間に数を減らした。初めての友人の家へのお泊りイベントで手にできたのは、必要な『絶対』の為の勝利の誓いと、不必要なギャル氏の母殿との約束だ。
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