12F 黄金週間 2
ダンスバトル。
DJが選曲した曲で対峙したダンサー同士が交互に踊り、お互いが一度踊り終わったら曲を変えて踊り合うのを繰り返す。これを最低でも二回か三回。どちらがより曲にマッチした踊りができたか審判が勝敗を決める。ダンス部の対抗戦である今回は、観客であるダンス部の拍手の多い方。
それが
練習しようにも各々のダンスの種類と質がそもそも違う訳であるが、城塞都市トプロプリスでの怪盗騒動の際に兎に角実戦形式の演習を繰り返した時のように、実戦によって得られる経験に勝るものはない。
基本は覚えた事により、先日から合わせてダンスバトル二五回目。
ギャル氏の道場にて鍛錬にやって来た子供達に審判をお願いし、拍手の数は
昼下がりの道場の隅、連日変わらぬ勝敗の結果に小さく息を吐き出して、顎から垂れる汗を拭う。
「ソレガシきみさぁ……なんでそんな顔がボコボコなわけ?」
「……聞くな定期」
ギャル氏にボコボコにされたからなどと言える訳もなく、傷に滲みる汗を着替えた運動着の袖で拭う。九時に待ち合わせでもして来たのか、クララ様とグレー氏が来るまでの間ギャル氏のサンドバック状態だったよ……。
鬱憤を晴らすように
「まあなんだっていいけど、きみ、ダンスの方向性決めたわけ? なんて言うか……」
「関節すっぽ抜けたみたいな動きだったよな。俺は好きだけど」
「あーし的にはないわ。ホラーチックだもん。鬼きもかったし」
「まだ準備中なんですぞ」
きもいは余計。
よって目指すのは、繰り出す技は基本のまま、
歯車と糸。
空手の色濃いギャル氏の
クララ様の忠告もそこそこに、己が色に振り切りだした
それが良い事なのかどうなのかは
空手の鍛錬へと戻って行く子供達を尻目に壁に背を付け腰を落とす。息がしづらい。動きの色合いを増してから疲労感が加速度的に倍増している。子供もいるので遠慮していたが、口元を覆う黒マスクを剥ぎ取り大きく一息。
「なーにソレガシ? コトコト煮詰っちゃってる感じ?」
横に同じく腰を下ろして来るギャル氏に瞳だけを向け、細長く息を吐き出す。グレー氏とクララ様が踊り始めるのを横目に後頭部を軽く壁に押し付け、指先の痺れを払うように手を一度振るった。
「動きの元のイメージはありますけどな。ダンスに必要なのは後は感覚ですが、煮詰まるとしたら別の事ですぞ」
「なにそれ?」
首を傾げるギャル氏の後方で踊るクララ様を見つめ、すぐに視線をギャル氏に戻す。
「朝から始まってもう昼ですが、ギャル氏は朝からやっているダンスバトルの比率覚えてますかな? ギャル氏が十回、グレー氏も十回」
「ソレガシは……二十回? そういや多いねソレガシの番」
「その内クララ様が相手の回数は?」
「十二回でしょ? それが?」
それが? じゃない。
助言も注意も普通にしてくれるが、明らかに別の狙いがある。多くを口には出さないが、
何よりこの段階でだ。ダンス部の対抗戦まで一週間を切り、今日を除いて残り四日。個人の勝負も大事なのは分かるが、四人チームで踊る練習の割合が低過ぎる。
「ギャル氏……クララ様は本気で勝ちを狙っていると思いますかな?」
「それは……」
「
四人目を探す時も、どうにかするなどと言いながら、結局棚ぼた的にグレー氏を
「いや、でも勝負組んだのしずぽよだし? 当事者が一番勝つ気ないなんてありえんてぃっしょ? しずぽよだってちゃんと合宿来てんじゃんね」
「そうでしょうかな?
「なにがだし?」
勝敗はその実、既に決まっているかもしれないという事がだ。
ダンス部が審査員だからそもそもこの勝負は負けが決まっているようなものとは別に、おそらくクララ様の求める答えは一度出ているに違いない。ずみー氏が美術室の鍵をかけていないにも関わらず、他の美術部員が訪ねて来ないのと同じ。
勝負を決めて同志を募ったところで、蓋を開ければダンス部の中でクララ様一人。目に見えて協力してくれる仲間は誰もいなかった。その時、一度きっと答えは出ているのだ。勝負以前に一度もう賭けに負けている。
だが、それでも勝負を決めたのは諦めが悪いだけなのか、
「だからこそギャル氏、逃げ場のない合宿中だからこそ、ギャル氏にクララ様の鉄仮面を一度剥いでいただきたい。これはギャル氏にしか無理ですぞ」
「あーしにしか? んなことないっしょ?」
「ありますとも」
他でもない、ギャル氏とクララ様はきっと同じだから。
ダンス部対抗戦。何故ダンス部でもないギャル氏に始め助力を頼んだのか、
「きっとクララ様が心の声を外に零すのはギャル氏にだけだ。だから」
「……んじゃ、夜に良さ気なタイミングでそれとなく聞くけどそれでいい?」
思いの外すぐに了承の言葉をくれるギャル氏に目を
「……いいんですかな?」
「ソレガシがわざわざ聞くって事は勝つのに必要なんでしょ? じゃないないなら蹴っ飛ばすけど?」
「蹴りは勘弁……」
朝にしこたま蹴った癖にまだ蹴る気なのか此奴。ギャル氏の浮かべる微笑に呆れながら肩を
昨日自爆して一睡もできていない中で繰り返されるダンスバトル。
表情を変えない姿なき鉄仮面を被って相対するクララ様はいったい何を考えているやら。ただ、ギャル氏から了承の言葉を貰った以上、
曲が始まり先手を譲って貰って力の抜け始めた肘や膝を無理矢理歯車を嵌め込むように強引に動かす。しな垂れる腕の先と脚先を気にせずに動けば
二回互いにダンスを繰り返し、結果は誰に聞かなくても分かる
「ソレガシきみさぁ……まだやるわけ?」
「……勿論ですとも。続けてもう一度でも、何度でも相手しますぞ
「……じゃあもう一回やろうかソレガシ」
歪められた鉄仮面の口元に笑みを返し、落ち着かない呼吸を遮るように大きく肺に空気を吸い込む。音を拾い揺れる弦の如し脱力のコツ。一睡もせず体力が底をつきそうなだけに掴みかけている。正に計画通りッ!とでも思わなければやってられん。
クララ様のダンスを見つめながら頭を回す。
結果だけを聞いたところで、『本気で勝つ』とクララ様はギャル氏に言うかもしれない。だが欲しいのはその中身。何故勝ちたいのかの過程だ。ギャル氏がクララ様に気を遣って中身まで教えてくれない可能性が高い以上、ギャル氏がクララ様の内心を引き出す所に居合わせる以外にない。
子供達の空手を見ながらも、時折向けられるギャル氏の母殿の視線が怖い中、乾いた唇を小さく舐め、踊り終わったクララ様に笑みを向けながら道場の隅のフロア上へと躍り出る。
「……ただ、恐怖も楽しんでこそ冒険者ですぞ」
無色の心が何色にも染まるなら、今はクララ様の望む色をこそ塗り重ねなければならない。底を這いずる道を選んだ
底から勝利を目指したならば、蹴落とされようが落ちる先など存在しない。
崩れ落ちそうになる体を引き摺って、想像の中で関節の歯車を回し、動かない手足を歯車で糸を巻き取り引っ張るつもりで動かす。嵌れや嵌れ。
「…………なんなのよきみは」
見えぬ鉄仮面に走った亀裂から、そんなクララ様の呟きが聞こえた気がした。
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