13F 黄金週間 3
「ふざけてやがるッ、クソがッ!」
「まだ言ってんのかよ
夕食を終えて台所で洗い物に勤しみながら愚痴を零す
食べ終えられた洗い場に並ぶ食器達を見回して、強く肩を落とし台所につけた手を拳に握った。
「
「お前変なとこ凝ってるよな……見た目洋食の味和食て、笑ったわ。力入り過ぎだろマジで」
初めてのお泊まりイベンツなのだから、力が入るに決まっているッ。ジャガイモの皮を剥き始めたと同時に「今日肉じゃがですか?」と鈴芽殿に聞かれた
「洋食が出て来たと思って食べた途端顔が死んだギャル氏は面白かったですけどな」
「映えるのに味がイカレてるとか言ってたな! 笑ったわ! ソレガシお前意外と多芸だよな。三味線と料理以外に何か面白いできる事ないのかよ」
面白い事などと言われても、普段使いできる特技など
武芸十八般を真面目にやって来なかった為、剣術や弓術などは、所作は知っていても実戦で使えるレベルに遠く及ばない。最近身に付けつつある
それがある程度形になったからこそ三味線が解禁され、侍街道まっしぐら地獄から抜け出せたと言っても過言ではない。
「馬術ならちょっと」
「馬術とかッ、ソレガシお前馬乗れんのかよッ。この世界のどこで使うんだそれッ! 自転車の代わりかよ!」
「笑うなマジで。だから言いたくなかったんですぞ。それぐらいのものですかな」
「十分過ぎるわっ! 三味線に料理に馬術かっ! 変わってるわやっぱお前!」
何が嬉しいのか、バシバシと肩を叩いて来るグレー氏を横目で睨みながら、積み上がっている食器を洗ってゆく。拭くのはグレー氏に任せ一通り洗い終えれば、台所に顔を覗かせたギャル氏が、「しずぽよとフロリダー」と吐き捨ててさっさと出て行った。なんて?
「ギャル氏……遂に頭がッ」
「風呂入って来るってよ」
「あぁそう言う……道場兼ねてるだけに二人でも入れるくらい広いんですかな? ……あっ」
ある事に気付いてハッと、目を見開く。親指の爪を軽く噛み、頭を回した結果、弾き出した答えに眉間に深く
「……グレー氏、外から回りましょうぞ」
「何がだよ?」
「盗聴の為に」
「あぁ盗聴か」
小さく頷くグレー氏に頷き返し、纏うエプロンを脱ぎ捨てる。朝とは違い今は着物ではなく、運動着から着替えた部屋着。ダンス用に幾らかなんの変哲もない洋服を持って来ていて助かった。動き易い格好でなければいざという時逃げられない。
だが、颯爽と台所から出て行こうとする
「待て待て待て待て? 今盗聴って言った?」
「確かに言いましたぞ?」
「盗聴って、な、何を?」
「ギャル氏達が風呂に入るそうなので」
「ですよねー。じゃねえわおい
なんだ急に
「梅園さんの家で風呂覗くとか正気かお前は⁉︎ 嫁入り前の娘の肌を覗こうとか鬼畜の所業だぜおい⁉︎」
「見た目に反して真面目ですな! じゃないッ、ギャル氏にクララ様の鉄仮面を剥いだ貰うよう頼んだのですぞ。だからこそ、それは多分このタイミング以外にないだろうと」
「あー……志津栗さんの裸が見たいってことか?」
全然違うわ。ギャル氏とクララ様の裸とか見たいか見たくないかで言えば当然見たいがそうじゃないわ。降って湧いた幸運の中で男同士で馬鹿やりたいとか思わなくもないがそうじゃないんだわ。
クソッ、グレー氏の所為で心に要らぬ邪念が……ッ。
「クララ様に本気で勝つ気があるのかギャル氏に確かめて貰おうと。良さ気なタイミングでギャル氏は聞くと言っていましたが、それは多分今ですぞ」
「え? あー……あぁ、確かにそうかもな」
クララ様と風呂に行くとギャル氏が言う以上はおそらく二人。夕食後の風呂時なら緊張感も緩んで口も軽くなるだろう。風呂場なら許可なく他人も入って来ないしもってこい。加えて、話の内容が踏み入った話である以上、就寝前などでは気不味くなった場合具合が宜しくないが、寝る前に一拍挟めるならクールダウンする時間も取れる。
と言うか、
ギャル氏の母殿とのお話がいつ始まるのか分からぬ以上、抜け出せるタイミングも今だけだ。「では三味線を弾いてくれ」とか言われたら詰む。
「でもそれって俺達も聞いていいのかよ? 志津栗さん的には聞かれたくないだろ」
「でしょうな。
口を引き結んだグレー氏と向かい合い、今一度心の中で謝罪の言葉を紡ぐ。
グレー氏は小さく息を吐き出して拭き終わったグラスを二つ手に取ると、その内の一つを
「盗聴ならこれが必需品ってか? これで俺達共犯者だ。バレたら二人で謝ろうぜ」
「……宜しいので?」
「何を今更、乗り掛かった船だ。どうせ乗るなら船と運命を共にするさ。それに俺もなんだかんだ今が気に入ってるんだよ」
布巾とエプソンを脱ぎ捨てて、白銀の綿毛頭とリングピアスを揺らしながらグレー氏は笑う。
「部活ってよく分からないから入らなかったし、ただ漠然と毎日友達と遊ぶのも楽しいけど、バイトさえ休んで勝利を目指して動く。悪くない。その勝利で別に人生変わる訳じゃねえけど、だからこそ、それで掴んだ『勝利』は嘘のない本当の『勝利』だろ? この数日間は、足りなかった何がが埋まってる感じだ。お前って意外と熱い奴だよな。悪いけど、教室の隅っこにいつもいる何でもない奴だと思ってたよ」
「その通りですぞ。
呆れて笑えば、似たような笑みをグレー氏に返される。
そもそもの話、ギャル氏と関わる事がなければ
それどころか、それもまた変わる。共犯者だと言ってくれる男のおかげで。ギャル氏の為、ずみー氏の為、そしてグレー氏の為にも負ける訳にはいかなくなった。折角同じ釜の飯を食っているのだ。できる事ならクララ様の為にも勝つと想いたい。
「それじゃあソレガシッ」
「おうとも。風呂を覗きに行くとしましょうぞ!」
「ちょっと待った盗聴にだよな? 今完全に覗きって言わなかったか? 言葉変わってね?」
「変わらないでしょうが別に。やる事は一緒ですぞ」
「いや変わるわ⁉︎ 覗きだとバッチリ目に焼き付けてるじゃないか‼︎ やるのは盗聴であって覗きじゃないだろ‼︎ 謝ろうとは言ったがバレでもしてみろッ、俺は入柿さんからの評判は落としたくない‼︎」
「馬鹿がッ! いざ辿り着いたら湯煙の向こう側を見たくなるに決まっておろうがよ‼︎ 本能だもん仕方ない‼︎ ずみー氏だってここにいたら絶対覗きますから‼︎ 風呂場に行ってまで覗かなかったら寧ろ相手に失礼だと思うんですけどぉ‼︎ 男同士で覗きとかオワコンなんて言わせねえぞ‼︎」
「何で怒ってんのお前⁉︎ 主旨変わってね⁉︎ 多重人格か何かかお前は⁉︎ さっきの人格に戻れソレガシ‼︎」
「人を精神異常者の枠に押し込むんじゃねえ! 真面目ぶりおって余裕か共犯者! 実はもう何度か前にやってるとか言わんだろうな? 元カノの人数教えろや‼︎」
「必要なのかそれ⁉︎ ……四人だけど」
「マジで教えんなや⁉︎ マジレスは欲しくないですから‼︎
「えぇぇ……お前の情緒に俺の言葉が追い付かねえよ……」
礼儀正しく深いお辞儀をグレー氏に捧げても、全く了承の言葉を得られない。彼女を作るコツなど存在しないと言う気じゃないだろうな? 馬鹿なッ、コツも無しにどうやって世の男連中は彼女を作っているのか。いや待て、そもそも『彼女』なる存在は本当にこの世に存在するのか? 『彼女』ってなんだ? ヤバイなゲシュタルト崩壊起こしそうだ。
五秒、十秒、深く頭を下げたまま過ぎ去る時間が永遠に感じる。が、進む時計の針を止めるかのように
「話は聞いたぞ。覗きだと? ならば私の
……ナンテコッタイッ。
「
なに言っちゃってんのこの人。眼鏡曇ってんじゃないの? 眼鏡を取ってもそのままなら、多分瞳が曇っている。そんな事を考えていればギャル氏の親父殿は眼鏡を外し、ワイシャツの胸ポケットに眼鏡を入れた。
「
やべえよ……曇っていたのは瞳らしい。
「それは童貞を舐め過ぎなのでは?
「ッ、言うじゃないかッ、だが甘いな。私はもう既に想像が限界を突破している! 娘達の服の下には天女も陰る神秘が隠れているはずだとなッ‼︎」
「此奴ッ、やりおるッ⁉︎ 修羅の親はそれを超えた修羅だとでも言うのか⁉︎ 鬼と仏が一人の内に同居しているとでも⁉︎」
「なに言ってんだマジで……」
グレー氏がなに言ってんだマジで。ギャル氏の親父殿は瞳が曇っているのではない。寧ろ澄み切っているのだ。見ろとばかりに目の死んでいるグレー氏の肩を叩く。
「握り締められたギャル氏の親父殿の拳ッ、血が滲む程に握り締められているッ!例え湯煙の奥に絶対秘仏が座していると分かっていても耐えているのですぞ‼︎ これが気高い紳士の姿‼︎」
「普通そうだろ……」
「ッ、だが
「いいだろう、君が勝ったら二人とも通るがいい。だがッ! 私が勝ったら私が行く‼︎ 公平な勝負だ‼︎ 異論はないな‼︎」
「異論しかないだろ……二人とも梅園さんと一緒にいる志津栗さんの事はそっちのけだけどいいのかそれは?」
「やらいでかッ‼︎ じゃぁぁぁぁああああんッ‼︎」
「くえぇぇぇぇええええんッ‼︎」
「えぇぇぇぇ……」
気の抜けたグレー氏の掛け声と共に勝者は決まった。一発で。
白く燃え尽きたギャル氏の親父殿を台所に置き去りに居間へと出れば、テレビを眺めながら鈴芽殿とギャル氏の母殿と婆様が親指を立てサムズアップしてくれるので親指を立てた拳を返し、玄関で靴を履き表から風呂場を目指す。
「……俺達の会話居間につつ抜けっぽかったのに普通に通してくれるんだな。梅園さんの家族凄まじいな」
「ですな。婆様がボケてきてるなどと鈴芽殿は言っていましたが、随分としっかりしていた様子」
「そこじゃねえよ。それよりお前梅園さんと付き合ってんじゃねえの? 彼女はいないとか言ってたけど」
「まさかまさか。
「お前凄いな
感心するように頷くグレー氏の姿に首を傾げる。一体何が凄いのか。しかし、確かにグレー氏が普通に通してくれたと言った通り、ギャル氏の母殿もお話を後に回してくれるとは器がお広い。ギャル氏は三日間家を開けて母親がガン切れているなどと言っていたが、怒っているのは家を開けていた事が理由ではないんじゃなかろうか。
「準備はいいですかなグレー氏。耳を付ければ引き返せませんぞ」
「ここまで来たらもうどうにでもなれだ」
そんな疑問を余所に湯気を吐き出している窓を前に足を止め、グレー氏と頷き合い握るグラスを壁に掲げ耳を付ける。グラスを通して曇って聞こえる僅かな水音とギャル氏達の会話。初めは不明瞭だった会話に集中しだせば、クララ様の声がはっきりと聞こえだした。
「だいたいソレガシはマジでなんなのアレは? マジない」
拾った第一声は
肩を落とし、後は任せたとばかりにグレー氏のサムズアップを送り逃げようとすれば、グレー氏に強引に肩を組まれて引き止められる。
湯煙の奥には天国ではなく地獄しか詰まってなさそうなのに
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