3F マシンダンサー 3

 アイソレーション。


 首、肩、腕、手、指、胸、腰、足、各部位を独立させて動かすトレーニング。パントマイムやストリートダンスでは基礎となる動きの訓練。戦闘においてはフェイントや目眩しにも応用できる技術。


 クララ様とのダンスバトルに速攻負け、改造学ランからジャージに着替えた後、毎日やれと入念なストレッチの後に合わせて一時間。そんなに嫌いなトレーニングでもない。どこをどう動かせばいいのかやれば分かる。実戦、実戦で兎に角戦闘経験を詰め込んだ時とも違い、その土台を広げるような作業は思いの外楽しい。が。


「きみさぁ、繋ぎの動きがゴミ屑過ぎる。特にフットワーク。一つ一つ動きはできても繋ぎがゴミ屑だとそれ踊りじゃなくて技見せてるだけだから。リズムと間の取り方が独特だけど音は聞けてるみたいだし、サレンはまだしもきみも思ったより動けるんだから一週間でゴミ屑を踊りにまで引き上げて」


 無茶言いなさる。本気でやると答えただけあってもう切り捨てるつもりはないらしいが、一週間で踊れるようになれとか。そもそも『踊れる』という形が既に漠然としている。激しく動けば踊りという訳でもなし。悔しい事に優れたお手本はすぐ目の前、大きな鏡の前にいる。


 長い茶髪を跳ねさせて、音に乗るように体を沈ませ浮かべ上下させるクララ様は、手足の動きもさしてないのに『踊っている』ように見える。それはきっと、音と動きが噛み合っているからだ。音楽を体に染み込ませているというよりは、音とリズムに体を乗せているような感覚。


 ステップ、スライド、ウェーブ。緩やかに繋ぎを感じさせない動き。全く違う動きでも一連の動作のように歪みや淀みがない。動く事に迷っていない……そんなダンサーの背後でハイキックしてるギャル氏も動きに迷いはない。空手バレんの嫌なんじゃないの? それがしには蹴りにしか見えん。


 指摘したところで仕方なく、ギャル氏に蹴られしかしないだろうから放っておき、異世界の考察を綴っているノートを鞄から取り出して新たなページを開き、ギャル氏から借りたスマホで動画投稿サイトにあるブレイクダンスの動きと技を拾い書きつづってゆく。


「なにしてんしソレガシ?」


 ダンスに関係なさそうな事を続けるそれがしが目に付いたからか、準備運動に踊りと続けて動きながら全く息を切らしていないギャル氏が寄って来た。寄って来んな踊ってろ。


「一週間で形にするなんてまず無茶でしょう? 三日間で必要な形を煮詰めた地獄よりはマシですけどな。だから所謂『型』のように形を拾い、曲に合わせて使い分ける。無意識に技を振るうなんて無理。時間が足りない。思慮におぼれるのがそれがしには合ってるらしいので」

「理屈っぽ、そんな風に踊る子いないでしょ。フィーリングだよ。音を聞けば自然に体が動く。振り付けでもなく、下手に形にしたらパターンみたいになってそれダンスって言わないから。ダンスは答え合わせしてるんじゃないの」


 踊るのを止めたクララ様が鋭い目を向けて来る。スマホから音楽が流れる中、それがしとギャル氏の大声でもない会話をよくもまあ拾えるものだ。地獄耳め。


 言う事は分かるが、音楽に合わせてただ動いた場合、煮詰めた戦闘法の動きが顔を覗かせるか、逆に動けないかの二つに一つ。そもそも覚える振り付けがないのだ。即興やれと言われて初心者にできるか。ギャル氏は空手キックを繰り出し、それがしは床を這いずる事しかできない。


 だが、それがしよりもギャル氏の方が踊りになっているように見える。ギャル氏もクララ様も衝動の人だ。


「だからきみは取り敢えず音聞いて。それに共鳴する心の叫びを表現すれば踊りになるから。大事なのは技よりも音を聞くこと。音に乗れないダンサーはダンサーじゃない」


 そう言われてため息を吐き、流れる音楽に意識を向ける。



 トテトテトッ、トテトテトッ。トテトテトンッ。



 はいズレた。親指の爪を噛みながら頭を回す。この短時間でも分かった。間違いなく、それがしの中で刻むリズムとギャル二人の中に刻まれるリズムにはズレがある。それがしのリズムの中心となっているのが三味線だからだ。和と洋のリズムの違い。それが邪魔になっている。


 それがしの乗るリズムと、ギャル二人の乗るリズムは違う。合わせるなら、その間を埋める何かが必要だ。イメージの中での話であるが、この溝は深く多分埋まらない。


 ばちを弾くように手に持ったペンでノートを叩き、再びダンスに戻るクララ様を尻目に、それがしが動かすペンの動きを目で追うギャル氏に顔を向ける。


「ギャル氏、そもそもクララ様の困り事とはなんなので? それがし達が力を貸す意味は?」


 クララ様に聞こえないようになるべく小声で。手を貸すと決めた以上は、その中身を知っておきたい。聞かなければギャル氏が自己完結している場合一生教えてくれないだろう。ギャル氏はクララ様を一瞥するも、答えてはくれるらしくおずおずと口を開いた。それがしの耳に顔を寄せて。近いわ。


「ダンス部の他の子とトラブっちゃったらしくてね? 部の方向性を賭けてGWゴールデンウィークの最後にダンスで勝負して決めんだって。しずぽよは本気でダンスの大会で勝ちたいらしいんだけど、他の子は違うみたいな?」

「あぁ……そう言う」


 大会に出んぞとかでなく一先ず安心だが、いや安心じゃないわ。ダンス部には確か専用の部室があった気がするが、一人廊下の隅で踊っているのはそういう訳。しかも一人というのが問題だ。方向性の違いによる亀裂。クララ様が一人という事は────。


「本気で大会での勝ちを目指しているのはクララ様だけだと?」

「まね。他の子はみんな楽しく踊りたいだけみたい。趣味の延長的な? ダンスの大会にはチームでしか出れないのもあんらしいし? みんなで本気でやりたいんだって」


 あぁ……一人ってそれなんて反逆者? それに手を貸すそれがし達って反乱軍レジスタンスじゃね? 頭痛がしてきた。ただでさえ存在しない学校での評判が地の底に抜けそうだ。周囲の目など別にもうそこまで真剣に気にする事もないが、


 それがしの素人目から見ても、クララ様はダンスが上手いと思う。他の部員は知らないが、勝負で決めるぐらいだから自信があるのか? それがしにはさっぱり自信はない。


「それでチームで踊って優劣を競うと? それがしとギャル氏入って三対三?」

「それもあんけど個人同士でも競うんだって、ジャンルはヒップホップ、ロック、ブレイキン、ハウスの四つ」

「ほぅ四つ……四つ? クララ様が全部やるので?」

「んなわけないじゃん。しずぽよがやんからにはメンバーぐらい揃えて見せるってテンパったらしくてね? とりま今はヒップホップがしずぽよ。ロックがあーし。んでブレイキンの担当がソレガシってわけ。おけ?」

「一人足りねえじゃねえか」


 オッケーじゃねえわ。ジャンルなど細かな話は知らないが、本番まで一週間ちょっとしか時間ないのにメンバーさえまだ揃ってねえじゃねえか。いや、ギャル氏が手を貸したように仲のいい友人達からもう一人引っ張って来るのが決まっているから余裕ぶっこいているのか?


 ずみー氏はGWゴールデンウィーク締め切りのコンクールの絵の作成があると言っていたし、ギャル氏と違い動けるタイプでもないから難しそうだが。


「あれですぞ。りなっち氏とか?」

「軽音部が忙しくてりーむー」

「……ゆかりん氏とか?」

GWゴールデンウィークは旅行にゴーだって。高笑いしてたから楽しみにしてるっぽいしまず無理み」

「……詰んでね?」

「いやまぁ……そこでソレガシのダチコとか」

「ブル氏をどうここに呼べと?」


 始まる前から終わっているとはこれ如何に。人員満たずに不戦敗の文字が大きく未来に横たわっている。学校でのそれがしの友人状況知っててよくそれがしを頼れたものだよ。それがしの学校での友人なんてギャル氏とずみー氏の二人だけだよ。他の友人は遠く異世界の彼方である。


「……そこは私もどうにかするからブルーにならないでくれる? それよか先にソレガシには踊れるようになって貰わなきゃ勝てる勝負も勝てないから」

「ブルーになるなですってよギャル氏」

「んでそれをあーしに言うわけ?」


 髪色が青いからだよ言わせんな。察しているならそれがしの頭を掴んでいるアイアンクローを外せ痛い。


 地獄耳らしいクララ様にはギャル氏との会話は当然聞こえていたらしいが、どうにかすると言われても、どうにかできていたらそれがしを頼る事などないだろうに。が、それならそれでいい。


 不可能を可能に塗り替えるのが最高に楽しい。力を貸すと決めた以上は迷わない。教室の隅で眺めるだけはもう辞めたのだ。できる事を今はやろう。


 初日は毎日やる準備運動と軽くクララ様が現場での実力を見てくれ、数々のダメ出しをされて終わった。口酸っぱく言われた『音を聞け』、『フィーリングで動け』。どうにも頭が回ってしまうそれがしには難しい。


 家に帰り、部屋の中に置いてある三味線を手に取り縁側に出る。地唄や民謡で使われる中棹三味線。異世界に行き一月半触っていなかったが、元の世界では一週間ばかり。軽く一度弦をばちで弾き、糸巻きを捻り弦を張って音を合わせる。


「……なぁ妹よ。久々に一つ唄ってはくれませんかな?」

「おや珍しいのう兄者。武から逃げた時のように音楽に逃げる何かしらでもありましたかの? 我に唄を頼む時はそんな時じゃろうに」

「相変わらず口の減らない。……今回は此れにこそ逃げる訳にはいかないようでしてね。どれ、箱根馬子唄まごうたでもここは一つ」


 着物姿で縁側へと寄って来る妹を横目に、ばちで弦を数度弾く。例え内側に流れるリズムが違かろうが、それを無理に隠して合わせたとしてもそれではそれがしの色が消えるだけ。『心の叫び』を表現しろと言うのなら、それがしにとっての音の根元はこれだろう。


 武から逃げる為だった武器を、今度は戦う為に使う。はみ出すなら大きくはみ出すまで。後必要なのは、それを動きに変えるイメージだ。思慮におぼれてフィーリングを喰い破ってやる。そうして無理を塗り替える。それがそれがしの選んだ道だ。

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