4F マシンダンサー 4

 それがしの人生の中で驚きの、ダンス部に入部して二日目。相変わらず学校の授業は頭に入らない。脳内では絶えず三味線のばちがべんべん音を鳴らしており、異世界の事にも頭が回らない。


 目下最大の問題は、引き受けてしまったGWゴールデンウィーク最終日のダンス部対抗戦、部の方向性を賭けた大一番。それがしにはあまり関係ない問題でもあるが、やる以上はどうせなら勝ちたい。が、動きのイメージがおぼろげで上手く形になってくれない。


 異世界での努力は無駄にならず、ブレイクダンスの技はそれがしの戦闘法の動きと照らし合わせて情報として刷り込めたが、踊りにするのはまた別だ。ダンスバトルとは言え、殴り合いの喧嘩とは違う。心理戦に引き摺り込み、隙に拳を差し込む訳でもない。『魅せる』。それが必要なのだ。それがしには程遠い言葉である。


「はぁ?マジそれ? ソレガシウザ」


 それに加えて教室の中、休憩時間中に偶に聞こえて来る女子の声。おそらくはダンス部の部員。それがしがダンス部に入部してクララ様に協力している事が一日と経たず広まっているらしい。暇な奴らだ。


 高校に入学し二年目、ギャル氏と共に登校した日以上に注目を集めているらしく嬉しい限りである。いや、嬉しくはない。黒マスクのを軽く引っ張り上げながらため息を吐いていると、不意に肩を叩かれた。


「ハロハロ〜同志〜、またまた時の人じゃん。シーズーに力貸す事にしたんだって? 聞いたぜ〜。んでなに落ち込んでんの? あちきが相談なら乗ってやんぜ?」


 横を向けば癖の入った長い白髪。友人であるずみー氏の姿に肩から力が抜ける。教室では友達が多いらしくそこまで話し掛けてくれないギャル氏と違い、気を遣ってくれて感謝だ。至る所から向けられる冷たい視線から会話に逃げる事ができる。


「動きの元とでも言いますかな。城塞都市でもそこまで煮詰められなかったのですが、動きの元になるイメージが形にならなくて困ると言いますか、這いずる動きの中身となる源泉とでも言うべきか」

「あー……こっちでも変わんないね同志は。それって筋肉は張り付いてんのに骨がないみてえな感じ? 絵の構想はできてんのにそれを切り取る額縁がないぜ〜みてえな?」


 ずみー氏の言葉にそれだ! と指を弾く。正にその通り。軟体動物宜しく、気概もあれば動きの形も頭の中にあるのに、芯だけ抜けている感覚。ブル氏と喧嘩した最後の方では何かが嵌った感じだったが、その時の感覚が今はない。動きの元となる芯が存在しない。『死』を感じられなければ芯を見つけられないなどお笑い草だ。どこの狂戦士バーサーカーそれがしは。


「ふ〜ん、煮詰まってんなら今日の昼一緒に食おうぜ美術室で」

「キタコレ! いいんですかな⁉︎ 遂にそれがしにも友人と昼食イベントがッ、是非よろしく!」

「同志ガッつき過ぎでしょ! まぁ、あちきもちょい煮詰まっててね。同志の意見が欲しいんだよ。セイレーン達は褒めてはくれんけど、ちっとね。逆にユンカーとかは評論が長くて……ん? 同志なんか見慣れないの持ってんね。なにそれ」


 それがしの脇、窓辺に立て掛けていた包みを紫色に染まった瞳で掬い取りずみー氏は首を傾げる。


「三味線ですぞ。少しばかり音勘を取り戻そうかと」

「マジで? あちき聞きたいわ! 昼休みに弾いてよ!」

「えぇぇ……凄く怒られそうなのですが。ただでさえ学生服のおかげで教師からの評判も落ちてるのに?」

「どーせ美術室にゃあちきだけだしいーってば! それに評判は今更〜」


 やめろそのマジレスはそれがしに効くッ。


 胸を抑えて小さく呻けば笑いながらずみー氏はそれがしの肩を叩いてギャル氏の方へと走って行った。それに気付いたギャル氏がずみー氏と抱き合い、それがしの視線に気付いたのか小さく手を振ってくれるので小さく手を挙げ返す。


 教室の中でも今はもう一人ではない。おかげで気分が少し楽になる。何故だかダンス部関連のヘイトはそれがしだけに向いているようだが、これも普段の行いなのか。


「随分と上手くやったじゃんか。なぁソレガシ」



 ────ドカッ‼︎



 大きく目の前で鳴った椅子のきしむ音が、それがしの無意識に持ち上がっていた口端を下げる。急にそれがしの前の椅子に音を立てて座った人影。椅子の背凭せもたれに両腕を乗せて妖しく笑う一人の男。


 日本人離れした端正な顔。蒲公英たんぽぽの綿毛のような銀髪に、耳には幾つものリングピアスを連ねぶら下げているいかにもな人種。ギャル氏がクラスの女子高生の頂点であるならば、男子の頂点。ギャル氏達に唯一男子で負けず劣らずの派手男。名前はそう…………。


「……誰でしたっけ?」


 いかんな、まるで名前が出て来んぞ。これではギャル氏と五十歩百歩になってしまう。ずるっと背凭せもたれからずり落ちそうになる男を漠然と眺めながら頭を回す。


「……鈴木君?」

「誰だよそれ⁉︎ 俺のどの辺りに鈴木君要素があるんだコラッ!全国の鈴木君に謝れ!てかお前去年も同じクラスだっただろうが! 同じクラスの奴の名前くらい覚えとけ‼︎」

「ではここで第一問ですぞ! ズバリ、それがしの名前は?」

「は? ソレガシだろ?」

「不正解だ阿呆が‼︎ 圧倒的ブーメランですな‼︎」


 去年も同じクラスとか言いながらそれがしの名前バッチリ覚えてねえじゃねえか! よくそれで名前覚えとけとか言えたもんだよ!急にそれがしに絡んできおって。誰だよお主はッ。虐めか? 喧嘩なら買うぞ炎神の眷属でもないけどッ。


「おし分かった。なら改めて自己紹介といこうぜ。俺は葡萄原ぶどうはらあられ だ。よろしくなソレガシ」

それがしも分かりましたぞ。お主にそれがしの名前を覚える気がないと言うことがですけどな。ではさようなら」

「待て待て待った!落ち着け!こちとら周りにお前には関わんな的な事言ってきた友人振り切ってまで来てるんだ。話を聞け」

「それを聞いてそれがしが喜ぶとでも?」


 喜ぶどころかもう帰って欲しいわ。それがしの評判が悪いという事を今一度教えてくれてどうもありがとうクソがッ。仲良くする気がここまで沸き起こって来ないのは凄い。快挙だ。後イケメンは嫌いだ。イケメンという言葉だけで拒否反応が出るのは生理現象に違いない。


「それでだソレガシ。お前一体どんな手練手管を使ったんだよ? 俺に教えろ」

「ほぅ、いくら払う?」

「ちぃ、足元見やがってッ、今月はまだバイト代がッ」

「マジかお主……ちょっと財布しまって貰えます?」


 何の事かさっぱりだが、本当に支払おうとしてきやがった。なにそれこわい。この男には一体何が見えてるの? それがしには見えない何かが見えてるの?


「仏説摩訶般若波羅蜜多──」

「急に経を読むな。見れば分かるだろうが、俺の背後に何が見える?」

「いや、それがし霊能者などではないので」

「誰も背後霊の話とかしてねえ⁉︎ 物理的に俺の背後だ‼︎」

「黒板」

「人だ人‼︎ 見えるだろうが髪色の目立つ子が‼︎」


 何とも注文の多い男である。髪色の目立つ者など一人だけ。机の上に座っているギャル氏しか見えないのだが。


「それが何か?」

「ここまで言ったら察してくれ。お前最近何だかあの子らと仲良いんだろ? こう橋渡し的な? 仲良くなる方法とか教えてくれよ。頼むぜ兄弟ブラザー‼︎」


 拝んで来る男の視線を追って背後を見るが、そこには誰の姿もない。それがしの背後にいるらしい兄弟ブラザーに頼んでいる訳ではないらしく。男に肩を掴まれて向き直される。兄弟ブラザーとはそれがしらしい。それがしには妹しかいないのに、いつから兄弟ができたのか。


「目を覚ませお主。あれは見た目がいいだけでふとした拍子に蹴って来ますぞ。サンドバッグにはなりたくあるまい」

「えぇ、そ、そんななの? 見た目によらずか? いや、過激なのも悪くはないか? ギャップで萌える」

「よぉマゾヒスト殿」

「そこを頼むぜ兄弟ブラザー、俺達の仲だろ?」

「ほぼ初対面でどうしろと?これは大草原」


 首に腕を回して来る男が鬱陶しい。寄り掛かって来るんじゃないッ。周囲の目を見ろ‼︎ クラスの人気者がそれがしの所に来るものだから変な視線が集まってんだろうがッ。色恋の相談などそれがしにされても専門外だ。男子の人気者グループの筆頭なんだから自分で声掛けろや‼︎ ……いや待てよっ。


「お主、協力するなら何でもすると言いましたな?」

「いやそんなことは言ってないけど、ある程度の頼みなら聞くぞ?」

「ダンスは得意ですかなお主?」

「体を動かす事で苦手な事はないな。それがどうした?」

「四人目決定」


 それがしの差し出した手を首を傾げながらしばらく男は見つめていたが、口の端を吊り上げるとがっしりと手を結んでくる。


 契約成立ッ。


 GWゴールデンウィークに予定があるのかは知らないが、ギャル氏がいる以上予定あっても投げ捨てるだろうきっと。


 葡萄原ぶどうはらあられ が仲間になりたそうな目で此方を見ていたのでGETした。これで取り敢えず不戦敗はなしだ。クララ様もお喜びになられるだろうきっと多分。

 

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