21F 素晴らしく長いファントムナイト 6

「サパーン卿さんカッケーッ‼︎」

妖精族ピクシーと二人踊ってねえで混ぜろよ俺も‼︎ こんな隅っこでやりやがって援軍も呼べねえぞ阿保共‼︎ だがラッキーだ! 援軍呼ばれねえ為にデカい眷属魔法は奴ら使って来ねえはずだ!やるぞお前ら!」

「やるぞじゃない蛇畜生!それが分かってるなら離脱でしょうが!」

「ふざけろ妖精族ピクシー!手柄を渡す馬鹿がどこにいる‼︎」


 それって別名某それがし達側も援軍呼ばない為に大きな眷属魔法使いません宣言じゃないのそれ⁉︎ 蛇人族ラミアだからなのか知らないがスルスルと口から考えを滑り出させるんじゃない‼︎ 味方なのに頼もしいようで微妙に頼もしくねえな‼︎


「お前らロドネー卿にクフィン卿か? もう一人は分からねえが、蛇神の眷属に牙剥いてただで済むと思うなよ? ………………無視すんな⁉︎」

「そりゃそうだろ常考ッ」


 例え本当にそうだったとしても、自分からバラすはずがない。外から見る分には黒い布を纏った誰か。暴かれない限り自分から名乗りはしないだろう。三つの黒布を前にしなやかな肢体を揺らし、ショーテルに似た刃を揺らす。


 しなりと曲線。


 サパーン卿の持つ二つの弧が、実体ある蜃気楼のように揺らめいている。直線的なサパーン卿の性格とは似ても似つかぬなまめかしさ。その揺れ動く壁を前に黒い布二つはその布の端を空に薙ぐ。


 背後に立つ黒布に向けて。


「はぁ⁉︎ お前ら仲間じゃねえのかよ⁉︎」

「混沌としてきましたなクソがッ‼︎」


 不意の黒布二体からの攻撃にも驚かず、身を反転させて避ける最初の怪盗を目で追いながら、黒いマスクの上から小太刀を握っていない方の親指の爪を噛む。


 幾らか前に怪盗の正体を予測した。別の王都が裏で手を引いて刺客を放っているのか、ただの鉱石好きの盗っ人か、同盟都市のいずれかが裏で手を引いているのか。


 後からやって来た黒布二人がサパーン卿の言う通りロドネー卿とクフィン卿であったとしても、残り一人は正体不明。下手すれば予想全部正解の大盤振る舞い。なにそれこわいッ。


 ロドネー卿とクフィン卿いずれかが真犯人で、最初に出会った怪盗はこの機に乗じて漁夫の利狙いでやって来た新たな犯罪者なのか。それとも最初に出会った怪盗が盗みを繰り返している怪盗で、ロドネー卿とクフィン卿は別の狙いがあって身を隠し神石を奪いに来ているのか。


 状況を精査して考えを纏めるだけの時間が足りないッ。


 ただ今確実なのは、一人間違いなく関係のない者がいる。黒布を纏う二人がロドネー卿とクフィン卿であるならば、サパーン卿とイチョウ卿がここにいる以上、最初にやって来た怪盗が部外者。であればこそ、ここで畳み掛ければ四面楚歌の状況、正体不明の一番厄介そうなのを最初に落とせる。


 噛んでいた親指から口を離し、大きく息を吸い込んで足を踏み込む。目指すは最初に出会った怪盗。今なら行けるッ。


 身を落とし鉄の床に添うようにサパーン卿の横を駆け抜け並ぶ黒布二人の間に足を踏み出したと同時、横から突き落とされる細い洋剣と、鋭い爪を伸ばした腕。


 目を見開くと同時に腕が空気の矢に弾かれ、洋剣が弧を描く刃に掬い弾かれる。足を止めるそれがしの服の襟首の後ろを飛び込んで来たイチョウ卿に強く引っ張られ、後ろ向きに転がった。


 そのまま流れに逆らわず後転して体勢を正す。


「馬鹿かお前は‼︎ アレが怪盗なら奴らが手柄寄越すわけねえだろうが‼︎」

「ソレガシちゃんと前見てて! 敵は変わらず三人だよ!」

「足の引き合いとか面倒くさいですぞ⁉︎ 万全を期すとはなんだったのか⁉︎」


 怪盗候補の一人を取り敢えず叩き潰す以前に、手柄を横取りされまいと全員で足を引っ張っていては元も子もない。サパーン卿の言う通り、そもそも仲間でないのなら潰す方が早かろうに。


 それがしを追い突っ込んで来る黒布二つに舌を打ちながら、サパーン卿が前へと出る。弧を描く剣で空間を削ぐように腕を振るうサパーン卿を前に黒布達は足を止めた。


 一撃で斬り捨てる事はなかろうと、線でもなく壁を築くが如く剣を振るうサパーン卿は多対一が得意であるのか、ただ、その弧を描く剣線を最短で穿つように黒布の一人が細い洋剣を最短で突き出す。


眷属魔法チェイン深度九ドロップ=ナイン、『1-1=2ヒドラ』ッ!」


 ギャリンッ、と突き出される剣先を受けた弧を描く刃が二つに裂けたかのようにブレて視界に映り、サパーン卿の受けた剣撃がそのまま同質量の二つに別れたかのように裂け黒布二人に牙を突き立てた。


 それを洋剣で弾く黒布の一撃にまた空を走る剣線は二つに別れ、斬れば斬る程数を増やす。もう一人の黒布は鉄の床を凹ませ高い天井まで跳躍し、壁を、天井を、全て足場に通路の中を跳び回り避ける。


 それがしの目で追い切れる動きではないッ。目をしかめる中、別れた無数の斬撃が剣を握る黒布に突き刺さるが、「眷属魔法チェイン────」と黒布が呟いた途端、突き刺さった斬撃が硝子細工のように砕け散る。


 これが騎士筆頭同士の戦闘。それがしの場違い感が半端じゃない。


 小太刀だけを握る身体能力を底上げできる訳でもないそれがしが一歩でも踏み入れれば細切れにされて死ぬ未来しか見えない。


 面を制するサパーン卿の斬撃を剣で受ける事さえなく黒布の一人は強引に前進し、その身を削ぐようなサパーン卿の斬撃を気にせず突っ込み、宙を泳ぐイチョウ卿を、通路を縦横無尽に駆け巡るもう一人の黒布が身体能力に任せて包囲する。


 サパーン卿とイチョウ卿が後方に弾かれ黒布が追い突っ込んだ。


「────起動アライブッ‼︎」


 ホルスターの黒いレンチを軽く上に放り投げて叫ぶのと同時、身を倒すそれがしの背の上で黄金螺旋が刻まれる。



 ────ガギャンッ!!!!



 前進を止めぬ黒布二人の目前に落とされる大きな鉄の手が二つ。黄金螺旋の収束する黒い穴から蒸気を噴き出しながら召喚の門をこじ開けるように伸ばされる。半球状へと姿を変えた本体の下に付けられた背負い紐に両腕を通し、重力に逆らわず落ちる機械人形ゴーレムを背に背負う。


 手首から伸びる大きな歯車が回転し、腕の内側に立つサパーン卿とイチョウ卿を囲むように腕を広げた。蒸気を噴く鋼鉄製のそれがしの新しい腕であり脚である二本の蒸気機械の腕ロボットアーム


 我慢の限界だ。これ以上傍観者ではいられない。姿を現した怪盗三人。誰であろうが全員捕らえられればそれで終わる。


 揺らめく蒸気の中身を屈め、機械の腕の爪を鉄の床に突き立て踏ん張った。ここから先は世界が変わる。


 その刹那────。


「────いッ⁉︎」


 首を押し下げた頬を鋭い何かが通り抜け、黒いマスクを引き千切り、機械神の紋章を血に濡らす。思わず機械の腕を折り畳んだ上から掛かる重々しい衝撃に、体が背後に吹き飛んだ。


 頭が状況に追い付かない。機械の腕を床に突き立て無理矢理姿勢を地に伏せた先。


 それがしに振るった太い尾を一度払うサパーン卿が。


 弓をそれがしに向け透明なはねを震わせるイチョウ卿が。


「……ようやっと出したな機械人形ゴーレムを。俺が思ってたのとは少し違うようだが」

「……悪いねソレガシ。そういうわけ」



 待て待て待て待て待て待て────ッ⁉︎



 喉の奥から言葉が先に出て行かない。鼓動が早鳴るどころか逆に鎮まる。目にする事実に、血管の中を氷柱つららが駆け巡るかのように芯が凍り付く。


 


 最初からそのつもりだったのか? 裏切り者は二人ではなく筆頭騎士四人全員だとでも?


 呼吸のしやすくなった口元を覆う手を避けるかのように、噴き出した汗が顎を伝い頬から垂れる血と混ざって滴る。


 そもそもの話、黒布は夜間都市の暗殺者御用達の一品とサパーン卿は言っていたが、それをロドネー卿とクフィン卿と思われる二人はどこで手に入れた? 蛇神の都市の代表が夜間都市の王族に謁見したその時か?


 だいたい、考えれば分かる。この中で仲間外れなのは、最初に姿を現した怪盗だけではない。それがしもまた仲間外れの一人。都市同盟と関係ない姫君の雇った冒険者。


「不必要なのが一人居るがどうするよ?」

「別に……ソレガシの持つ神石取っちゃえばどうとでもなるでしょ? ごめんね冒険者、これは私達の競争なの。私達は何よりその功績が欲しい」


 サパーン卿とイチョウ卿が何かを言っている。言葉は理解できるが、頭の中に入って来ない。


 功績……功績が欲しいと来たか……。


 馬鹿正直に受け取るなら、筆頭騎士四人の競争の為に、この場でそれがしの持つ『神石ブルトープ』と怪盗を纏めて掻っ攫おうという気なのか。


 筆頭騎士二人と黒布二人の視線を感じる。未だに黒布を残る筆頭騎士二人だろう者が取り払わないのは、いざという時犯人を有耶無耶にする為の保険なのか。


 思考が止まる。深く考える余裕はない。


 突き立てられるどこまでも冷ややかな視線が、それがしの頭を冷やしてくれる。元々決めていた。これは『絶対』だと。味方だと思った者がそうではなかったからといってなんだというのか。


 やるべき事は変わらない。寧ろ余計に頭を回す必要がなくなった。


 動機も、理由も、全てを叩き伏せてしまえばいい。潰した中から拾えばいい。事実を情報としてただ処理しろ。教室の隅でただ教室を眺めていた時と同じように場を眺めろ。


 どうせそれがしの手にした信じたいモノは、目に見えるようなモノでもないのだから。


 機械人形ゴーレムを召喚した時に既に、それがしの見る世界は変わったのだ。故に己の視界は必要ではないとまぶたを落とす。機械人形ゴーレムの形分からぬ機械の瞳で敵対者を睨み付ける。


「……さぁ、冒険の時間ですぞ」


 頭の中で何かが嵌る音が響く。思慮と理性の歯車が回りだす。鉄床を掴む機械の手が唸り声を上げ、三日間身を沈めた地獄の日々へと完全に思考回路が切り替わる。地獄を見たのはこの瞬間の為。


 それがし戦場ぶたいへと上がる時間だ。


 


 

 

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