22F 素晴らしく長いファントムナイト 7
頭の中で歯車が回る。取るべき一手が弾き出される。
相手の技量も思惑も、どれも不明瞭で上限分からず。だがそれはこれから知ればいい。
故に突っ込む。前へと進む。
頭を回せる時間は誰にも平等。時間を掛け過ぎれば、経験の差で筆頭騎士達に何らかの予想を形にされてしまうだろう。
「プシィ──────ッ」
蒸気機関が蒸気を噴くように鋭く息を吐き出しながら、より低く身を床に這わせる。踏ん張るのに力を入れ過ぎる必要はない。
だから攻略される前に勝ちを拾う。
床の上滑りながら、
サパーン卿と黒布の一人が剣を構える。イチョウ卿が弓を掲げる。見える。少なくとも動きを追える。
機械神の眷属が持つ
小太刀を持たぬ手を床に這わせて動きに淀みを生んで一拍置き、噴き出す蒸気の量を増して横から縦に、身を捻って振り上げた鉄の拳で影の一つを大きく弾く。クフィン卿と思われる黒布を。
ゴンッ!!
骨と鉄のカチ合う音。
素の身体能力が高い
プシッ! プシィ──────ッ!!
振り回す鋼鉄の両碗の動きを止まるなかれ。腕を伸ばすその手の先端が境界線。その線の内側に踏み込まれない限りは動きを大きく変える必要は今はなく、何より頭を回す時間が生まれる。
「怪盗候補より先に
「神石は鉄神ブルトープの力の結晶だぜ! それはそんな価値薄くねえのさ! 怪盗だけじゃなく総取りが理想よ! 最悪怪盗逃しても、それさえあればどうにでもなる!」
「ちょっとこの蛇ッ!口閉じてなよ君はッ!」
「プシィ────ッぁあ? うん、ほう? これは草。べんべん」
「んだそのふざけた喋り方は⁉︎」
余計なお世話だマジレスはいらない。戦いに慣れていないからこそ、二の足を踏まぬように、必要ない悩みに思考を奪われないように、戦いの中でだけ何かを変えろという
眷属や種の駆動範囲の差を埋める為に視界を
「上手いですなぁ、いや本当」
黒布を纏い喋らぬ二人、
蛇神の眷属の眷属魔法は、まず間違いなくカウンター系の魔法が多いと見た。だから意識を己に引き付け、攻撃させるように仕向けている。直情的なサパーン卿の性格も加味した、無理がなく自然で驚異的な戦い方。知らず手を出せば蛇に手を噛まれる。
「だがそれは残念賞」
サパーン卿に突っ込み掲げられる弧を描く刃を目に、鋼鉄の腕を手繰り寄せ、残る黒布を鉄の手で掬い上げるように横からサパーン卿に叩き付ける。矢張り。ロドネー卿、鎧神の眷属。眷属魔法は指定の攻撃への無力化か、防御力に自信があるだけに無理に避けるような事はしない。
「
「使わせる訳ないだろ常考。
眷属魔法。本来の効果を引き出す為の長い詠唱を破棄しようとも、神との契約をなぞるように、小声だろうが使用する魔法の名を眷属として口に出さねばならない。
宙を舞うイチョウ卿へと鉄の手で床を叩き舞い上がって肉薄し、手のひらの穴から蒸気を噴き出し、曲げた鉄の肘がイチョウ卿の肩を掠る。
ロドネー卿が最前線に身を晒し、中距離でサパーン卿が戦況を見つめ、後方でイチョウ卿に矢を射られるのが最悪のパターン。その形になってしまえば敗色濃厚。その色を
「づぅあッ⁉︎」
だが、急に視界に割り込んだ影と、体に降りかかった衝撃に思わず首を振る。横から
「
空を震わせるその一言に、イチョウ卿を見上げる。が、唇は微塵も動いていない。向けられた瞳が映すのは、クフィン卿が飛んで来た通路の先。黒布が
「
通路を覆う影の中からズルリと影の龍達が頭を伸ばす。
鋼鉄の腕を折り畳み背後に跳ぶ。隙間を擦り抜けるように突き抜けた影の牙が脇腹を擦る。痛みに顔を歪める中、滴る血はすぐに暗闇を濃く溶かしたような影に飲み込まれ、音もなく首を伸ばした影の多頭龍達は、音もなくその姿を消す。
「影の眷属魔法だと⁉︎ 夜間都市の同盟国からの刺客か⁉︎」
「それかこれ見よがしにそう思わせてるかだねッ、蟲人族に
イチョウ卿の叫びを塗り替える脱ぎ払われる黒布の音二つ。ロドネー卿にクフィン卿。ロドネー卿に怪我はないが、クフィン卿は右腕の白銀の毛並みを己が血に濡らし鼻息荒い。赤い複眼が怪盗から
「……『不沈艦リゼブ』に鍛えられただけはある。甘くはないな冒険者。深度七で自ら突っ込んで来るとは恐れ知らずなことだね」
「んな訳ないでしょうが、恐怖を見ないようにしてるだけですぞ」
「どうするの? あの怪盗想像以上よ? ここは一先ず共闘して」
「そこまで信じられない台詞久々に聞きましたぞ、これは大草原。べんべん」
クフィン卿の提案を鼻で笑う。いつ裏切られるか分からない中で、四人と共闘したとして、怪盗を打倒した瞬間に次は
筆頭騎士達が目配せし、八つの瞳が暗闇を裂いて
「……マジかっ」
足の引っ張り合いを一端捨て置き、おそらく邪魔者の排除に意思統一した。正体分からぬ侵入者か、まだ討伐しやすそうな
「プシィ──────ッ」
飛び跳ねそうな心情を、口で蒸気の音を奏でて外に追いやる。場が悪い。足の引き合いが横たわる混沌とした中心ならまだしも、通路の中真正面からの四対四。
筆頭騎士達が己が手に持つ得物を構える。踏み締める足が鉄の床を緩やかに凹ませる。
閉じていた
逃げろと震える全身の産毛を置き去りにするように前に駆けた。後の事など考えるな。今だけを見て頭を回せ。
「「「「
重なる四つの声を耳に目尻を歪めた。
「それでも……『絶対』なんだよっ」
──────ズガンッッッ!!!!
頭の中に巡る思いを通路を飲み込むような轟音が打ち崩した。足が止まる。呼吸も止まる。心臓だけが大きく跳ねた。身の内を鼓動だけが支配する。
同じく唇の動きを止め、足を止めている筆頭騎士達と
形が歪だ。
磨き抜かれた刀身はくの字にその身を軽く曲げ、十字架を描くような
ミシリッ、と。
「……鼠がひぃ、ふぅ、みぃ、ほぅほぅ? やるなぁ友よ。裏切り者が四人に急に横からやって来た強奪者が一人かぁ? 結構結構、小せえ事だなぁ。仕える主のため? 身を置く都市のため? なんだっていいがなぁ、それで強くなれんのか? 誰かのためじゃ強くはなれねえ、なぁソレガシ」
眷属魔法を紡ごうとしていた筆頭騎士達の口は一様に息を呑んだ。
大きな手に背を小突かれ、卍型の大剣の前までブル氏と歩けば、ブル氏はその身に似合う床に突き刺さった大剣を
筆頭騎士達から離れ背後に立つ黒布が、布の端と影を震わせ漆黒の奥に隠された見えぬ唇を動かした。
「……序列五位……
その言葉に、ブル氏の横顔を静かに見上げる。
気持ち良さそうに揺れる大きな朱色の三つ編み。月明かりに照らされるそれは鮮血のように鮮やかだ。
大きな弧を形作る口元と、自由に揺らめく頭髪とは裏腹に、整然とした騎士正装の首元を、締められたネクタイごと力任せにブル氏は引き千切る。普段壁を背に縮こまり座っている己を囲う見えない檻を
左胸の上に刻まれた、丸ではなく亀甲型の枠の中に密集している亀甲紋様。その数実に二〇に加え五つ。
「深度二〇以上の眷属見んのあ初めてかソレガシぃ? クカカカカッ‼︎ 小せえ、狭え、窮屈だ! 敵に遠慮は要らねえよなぁ? やれるか友よ? オレの描く地獄の中で!」
「……おうとも我が友。その問いへの答えは大分前に答えましたぞ
「おいおいそいつぁ無敵だぜぇ、なぁ? 暇しねえように奴ら叩き落としてやんよ」
「サボるな定期。べんべん」
軽くブル氏と目配せし、口端を小さく持ち上げ前を向く。底に張り付き鋼鉄の両碗を伸ばす
「さぁて、闘ろうかねぇ」
城塞都市トプロプリス最強の騎士が戦場に立つ。
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