17F 素晴らしく長いファントムナイト 2

 ロトンドム宮殿。


 城塞都市トプロプリスの中心、『塔』の隣に立つ宮殿の屋根は丸く、銅板が貼られているようで、形状は元の世界のインド北部アーグラにある、世界遺産にも登録されているムガル帝国の墓廟ぼびょう、タージ=マハルにどことなく似ている。違いがあるとすれば石造りではなく鉄造り。


 代々鉄神ブルトープの眷属として、鉄神の都市を守護してきたラビルシア王家、初代国王ガルムス=ラビルシアが千三百年前の大戦で名を馳せてから途切れず続いている。オルズ=ラビルシアの一人娘、チャロ=ラビルシアがもし王位を継げば、ラビルシア王家史上二人目となる女王であり、第二十二代国王。長命な種でありながらも二十二代というあたり、過去に何度かあった大戦の激しさを物語っている。


 『塔』さえも含めて宮殿を囲むようにある広大な庭園は、普段は一般人も入場料を払えば立ち入る事が許されている城塞都市の数少ない観光スポットであるのだが、今日に限っては一般人の姿はない。騎士団の本部も庭園内に置かれているものの、見習い騎士達が演習で使う演習場は庭園の外。それがしも庭園内に踏み入るのはこれで二回目だ。


 一度目は夕暮に来た為に鋼鉄の宮殿のシルエットと街灯の灯りしか見えなかったが、昼間の庭園は見晴らしが良く、曲者が歩いていれば一発で気付くだろう。事実今庭園の中にいるのは装備を揃えられた『鉄神騎士団トイ=オーダー』だけであり、見慣れぬであろう改造された学生服を纏い、黒いマスクで口元を覆う一人宮殿を目指すそれがしに多くの目が向いている。居心地は良くない。


 取り敢えずは依頼主である姫君に会おうと宮殿前まで足を動かせば、こんな大きな鉄扉必要なの? と言わんばかりの入り口手前で、小人族ドワーフの騎士二人に目の前を交差させた槍で塞がれる。


「何用だ? 所属を言え」


 庭園内に入る時にも全く同じ台詞を聞いたのだが、情報を共有はしていないらしく、厳重とでも言えば聞こえは良いが、二度手間感が半端ではない。


「冒険者ギルド所属、ソレガシ。今日一日護衛としてチャロ姫様に雇われていましてな。姫君に御目通りをと」

「姫様が冒険者を? しばし待て」


 それもさっき聞いたと言いたいところだが、律儀に仕事の為に行っているだろう者に言っても仕方なし。騎士の一人が鉄扉の横にある小さな鉄扉から中へと消える。大きな鉄扉は王族の帰還や出立、来客の為に使われているのかは知らないが、無駄じゃね?


 庭園に入る時もそうであったが、暇なので残る騎士の一人に向き合う。


「いやいやそれにしても、『鉄神騎士団トイ=オーダー』には小人族ドワーフが多いですな。流石は鍛治と採掘に秀でた種族。城塞都市にも多いですし」


 そう聞けば、どことなく嬉しそうに小人族ドワーフの騎士は兜からはみ出ている髭を撫でる。「今日はいい天気ですね」というような適当な世間話では「黙ってろ」とあしらわれかねないが、あしらわれないポイントは相手を漠然と褒める事だ。そうすれば少しばかり口を軽くしてくれる。


「鉄と共に生きるのが小人族ドワーフの誇りだからな。他の所属にも勿論鉄神の眷属はいるが、小人族ドワーフが一番よ。若い時から採掘場で鉱石に触れてんだ。小人族ドワーフなら誰もが鉱石の目利きができる」

「では鉄でできたロトンドム宮殿は正に小人族ドワーフの歴史と技術の結晶ですな」

「冒険者の割には見る目あるな兄さん。怪盗だかなんだか知らないが、容易に侵入もできねえよ、神石の入ってる金庫だって破られるか。他の同盟都市のよりずっと作りは堅牢だ」

「鉄壁の看板に偽りなしですな!」


 あっはっは! と騎士と二人笑い合い、少し喋り過ぎたとばかりに騎士は咳払いをする。豚もおだてりゃ木に登ると言うが、おだてた時の小人族ドワーフの口の軽さがヤバい。そりゃ王族側も情報統制するわ。壊れた蛇口のように駄々漏れるもんよ。


 だが、今はそれを存分に使わせて貰う。冒険者として小狡く頭を回していれば、戻って来るもう一人の騎士。「許可が出た」と短く告げられ、口を滑らせてくれた騎士に手を挙げ心の中で礼を言いながら脇の鉄扉から中に入れば、見知った大きな人影が待っていた。


「よぉソレガシ、あの悍馬かんば娘に顎で使われる道を選ぶたぁ、戦い方同様もの好きなこったなぁ。聞けばあの『不沈艦リゼブ』にしごかれたって? よく根を上げなかったもんだぁ。オレの目に狂いあなかったなぁ。えぇ友よ?」

「ブル氏、初めて会った時からそれがしがエトで『神喰い』撃退したって知ってましたな?」

「一応これでも『鉄神騎士団トイ=オーダー』だぜぇオレぁ。無論そんぐらい頭に入れてる。姫が学院行ってて良い気なもんだったんだが、怪盗のおかげでオレまで貧乏くじだ。で? どうだぁソレガシやれそうか? 格好が多少変わったみてぇだがなぁ」

「おま言う」


 メイドとかの仕事だと思わなくもないが、姫君までの案内にやって来てくれたらしいブル氏の格好も普段のダボついた服ではなく、元の世界の軍服にも似た正装。ただでさえ見た目に威圧感があるだけに、立っている事も含め威圧感増し増しだ。


 王族や来賓の為にしか動かないらしい蒸気式の動く床トラベレーターの上を、ブル氏と二人で歩く。大きな三つ編みを揺らし歩くブル氏が立ち並ぶ騎士達の前を過れば張られる緊張感。街中でも宮殿内でもブル氏への対応は変わらないらしい。が、それがしには関係ないのでもう一々気にしない。


「甲冑などは着ないのですかな? 他の『鉄神騎士団トイ=オーダー』は全員着ているようですが。武器も持ってないようですし」

「甲冑は窮屈で嫌いでなぁ。加えてオレが身を固めると他の奴らが気を張り過ぎる。小せえ事だ。小人族ドワーフの癖に見た目の大きさにビビってんだからなぁ。ソレガシも人族じゃあ背の高い方だろうから分かんじゃねえか?」

「背の高さ以前にそれがしは喋り方のおかげで人が寄らないですからな。気にした事ないですぞ」

「喋り方だぁ? 何かおかしいかい?」


 本気で首を傾げてくれる友人に呆れ笑い、手を伸ばして揺れる三つ編みを叩き揺らす。それがしの癖を気にも留めない者に対して、それがしの方がブル氏の背丈を気にするなど、それほど礼を欠く行為はない。目線の高さも種族も違うが対等でいたい。ギャル氏に対しても同じこと。それこそがそれがしの望む友人の形だ。


 三日間会えなかった事で溜まり溜まった愚痴を零せば、ブル氏は三日前と変わらず笑ってくれる。『不沈艦リゼブ』ってなんだよその物騒な二つ名。師匠ギルドマスターの名前初めて知ったよ。から始まり、悪魔族デビルの倫理観の低さ、ダルちゃんと姫君の賭け。ブル氏には気兼ねなく話す事ができる。


「ギャル氏から鎖帷子くさりかたびらを貰いましてな。これが思ったより着心地悪くなくてびっくり」

「ほぅほぅ、鎖帷子くさりかたびらなぁ。トプロプリスじゃあ騎士んなった奴に贈る風習があんだぜぇ? オレも貰ったなぁその昔」

「それは……何か贈り返した方がいいですかね?」

「下手なの贈り返すのぁやめた方がいいぜ? しきたりで決まってたりすんからなぁ。例えば仕えると決めた相手にゃ自分で採った鉱石の指輪を贈るとか、盟友には鎖帷子くさりかたびらを贈るとか、トプロプリスではだがなぁ」


 そう話を締め括り、ブル氏は豪華な扉の前で足を止める。鳥の意匠が施された鉄扉を誰が小突くよりも早く、到着を知っていたかのように開く扉。メイド服と髭が絶妙に合っていない小人族ドワーフのメイドが扉を開けた先には、三日前とは違うドレスを纏う琥珀色の姫君。


 それがしとブル氏を見比べると笑みを浮かべ、姫君はメイド達を下がらせながら手を招く。屈み潜って部屋に入るブル氏を追って中に踏み入れば、入れ替わりに外に出たメイド達が鉄扉を音もなく閉めた。


「待ち侘びたぞ冒険者。来たな。仕上がりはどうかしら?」

「今できる事はしましたとしか」


 そう返せば、それがしを見回し満足そうに姫君は鼻を鳴らす。仕上がりどうこう以前に、ダルちゃんとの賭けがあるからか、来た事自体に喜んでいるように見える。


「早く来たのは宮殿の内の地図を頭に入れる為かしら? 良いことね、我の今後は貴殿達に掛かっていると言っても過言ではない。でなければ誰に嫁ぐことになるか分かったものではないのだし」

「身売り上等ならば奴隷商にでも身を売ればいいんじゃないですかねぇ。刺激的な生活が待っているでしょうよ。オレもお守りをしなくてよくなるときたもんだぁ」

「貴様はそれでも我の騎士か? 聞いたかソレガシ、父上が己を我に当てがった事を未だに根に持っているのだ。我が当てにできるのは貴殿達しかいないと言うに。あ痛たたたたたっ、我が騎士が身の丈に似合わぬ事を言うものだから指が痛い」


 これ見よがしに突き出す姫君の左手の薬指に嵌められている金色の質素な指輪。まだ婚約もしてないのによくもまあ左手の薬指に指輪を嵌められる。人と小人族ドワーフでは、そんな決まりもないのかもしれないが、口を苦くして舌を打つブル氏と姫君を見比べて口笛を吹けば、ブル氏に肩を小突かれる。痛ぇッ、照れ隠しの威力じゃねえよわろえない。


「なぁソレガシ、下手なの贈ると後の祭りだぜ。五十年前の気の迷いを未だに引き摺りやがんだこの悍馬かんば娘は」

「あら? ならまた賭けをする? そろそろ大きさが合わずキツくてな。貴殿達が怪盗を捕まえられたら、新しいのを貰おうか」

「その自信はどこから来るのか気になりますな。それがし達に賭け過ぎでは?」

「一度賭けたら二度も三度も変わらんのだ。我が騎士、沈黙は了承と取るぞ? してソレガシ、サレンとスミカはどうした? 後で来るのか?」

「……少々別行動を。姫君には悪いですが、今夜宮殿内に残るのはソレガシだけですぞ」


 「あら残念」と本気で思っているのかいないのか、ため息を吐くブル氏には微塵も触れずに首を横に振るう姫君を前に、一度咳払いをして意識を引く。談笑して夜まで時間を潰してもいいが、聞いておきたい事が幾つもある。黄金色の瞳がそれがしに向くのを確認し、親指の爪を噛む代わりに黒いマスクの位置を正した。


「姫君、怪盗の狙う神石は金庫に入っていると聞いたのですけどな、他の同盟都市も同じように?」

「ああそうだ。正確には一室丸々金庫の部屋の中に置いてある。今夜は誰も中に立ち入れんはずだ。とは言え本当ならその金庫も新しくしたいのだがな」

「と言うと?」

「金庫は五代目の王の治世、千年前に作られた物でな。純粋に金属でしか作られていないから魔法の影響を受ける。各都市を視察した折に蒸気式の金庫に一新しようと提案したのだが却下された。魔法蒸気で劣化した金属は特性が変わるのか魔法の影響を受けづらいからな。伝統と掛かる経費に邪魔をされたよ残念ながら」


 千年前の代物となれば、それはもう国宝だろう。伝統故に変えたくないという理由も分からなくはないが、時代遅れだから変えようと言える姫君はやはり改革の人。ただの賭け狂いではない。


 とは言え、その改革の道が伝統を侵そうとしていればこそ、面白くないというのも分かりはする。姫君の不人気の一端を知った気分だ。


 それに何より魔法の影響を受けるという新情報が悪い知らせ。金庫に穴を開けるような魔法の使い手がいれば、誰だろうが侵入する事はできるという事か。意が痛くなる話だ。とは言え一番の問題は。


「今日配置されるだろう場所と犯行予告時刻の詳細は如何に?」

「間違いなく宮殿外周部。金庫にはまず近付けないと思っていい。どうせ今晩中は開けられず誰も立ち入りは禁止だ。犯行予告時刻は二十時丁度だそうよ。それでも捕まえられるかしら?」

「問題なく。後は時間まで散歩でもしながら理性の海におぼれましょう」


 軽く一礼し、身を翻せば姫君が指を弾くと同時に外で待っていたメイド達が扉を開けてくれる。怪盗を捕らえられるチャンスはきっと一度切り。『絶対』さえ違えなければ、もう後は野となれ山となれだ。



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