16F 素晴らしく長いファントムナイト

「『停止デッド』」


 背後で噴き出す蒸気の塊。後ろ手に機械人形ゴーレムから戻った黒いレンチを手に細長い息を吐く。ホルスターにレンチを差し込みながら周囲を見回せば、べこべこに凹んだ冒険者ギルドの鉄扉周辺の城壁とヒビ割れた大地。その上で大の字に寝転がり荒い吐息を吐くベビィ殿に目を落とす。


「あぁ……私もなまったぁ。ソレガシ、最後くらい決めてくれても良かったのに」

「……特訓で披露するようなものでもないですからな。とっておきは取っておくものですぞ」

「とっておきね、なによそれ?」

「とある先輩の教えの通り、浪漫ロマンを一摘み」


 人差し指と中指を擦り合わせて笑って見せれば、悪魔に鼻で笑われる。三日目の朝、どうにかこうにか戦闘法を最低限の形に整えた。視界の端で小さく頷き杖で大地を小突いている師匠ギルドマスターを横目に、身の奥に溜まった重苦しい息を吐き出し大の字に寝転がる。


 三日間を乗り切れた達成感か、それとも取り敢えずは言った事を違えなかった安堵からか、体から張っていた力が抜けるのが分かる。緩く口端を緩めて黒いレンチを握っていれば、ザバザバと顔に掛けられる液体。栄養剤のような治療薬。使い方が勿体な過ぎるぞ。


 液体に濡れ歪む視界を目をまばたく事で正していれば、腹に落とされる杖の衝撃。「ぶふッ⁉︎」と息を肺から絞り出す上から、師匠ギルドマスターの声が降って来る。


「取り敢えずは褒めてやろうかね機械神の眷属。後は飯を腹に突っ込み、治療薬を体に塗り込んで時間まで回復に努めな。依頼を成功させたその時にゃ、騎士でもなんでも名乗ればいいさね」


 褒めてる奴への対応ではない。せながらなんとか立ち上がり、それがしよりも随分と小さなしわくちゃの御老体と、目線が合うように膝を折って向かい合う。


「三日間ありがとうございました師匠ギルドマスター

「礼はベビィと、部品製作を間に合わせたラーザス坊に言ってやりな。あたしゃ疲れたからもう寝るよ。面白い話じゃなきゃ土産話はいらないね」


 杖でそれがしの肩を叩き、大きな欠伸あくびをしながら凹んだ鉄扉の奥に師匠ギルドマスターは姿を消すと、少ししてすぐに鉄扉の隙間からいびきが聞こえて来た。寝るの早えなおい。


「ベビィ殿も、三日間付き合ってくれて感謝しますぞ」

「別にいいよ暇だったし、久々に楽しかったしね私も。類を見ない機械神の眷属の騎士。せいぜい見る奴らの目を丸くさせてやりなよ」


 うつ伏せに寝転がり地面に頬杖つきながらウィンク一つくれるベビィ殿に苦笑を返し、師匠のいびきに誘われるように冒険者ギルドの中に踏み入れば、袖を巻くって待っているギャル氏とずみー氏ギャル二人。受付カウンターの上に置かれた治療薬。


「はぁいソレガシ服の上脱ぐし! あーしらが治療薬塗り込んでやんじゃんね!」

「お疲れ〜同志! 塗りたくらせろ〜‼︎」

「これ見よがしに修行に協力してます感出さないで貰えますかな?」


 薄情な者達に侮蔑の目を流せば、気にすんなとばかりに肩をギャル達に叩かれる。おかしいな立場が逆な気がする。てか痛えなッ!治療じゃなくて傷増やしてんじゃないの?


 それがしを打楽器が如く両の手で叩いて来るギャル達に目をしかめていると、僅かな違和感が目に止まり、口から出て行こうとしていた文句が引っ込む。ギャル氏がいつもさらけ出している左肩が二の腕まで掛かる滑らかな青い布で覆われている。ずみー氏に至っては、眷属の紋章を隠すように伸ばされたダボついた首元の布。


 「また制服改造したんですかな?」と口にすれば、それがしを叩く手を止めて、ギャル氏の口元が緩やかなカーブを描く。次の瞬間ギャル氏に引き千切られるボロボロの改造学ランの上着。おいマジかお主ッ。


「ファァァァァ⁉︎ それがしの唯一ちゃんとしてる一張羅が⁉︎」

「さりげ大丈夫だし! 変わりはあんからワイシャツも脱いじゃってー! 次のも鬼エモいから!」

「うわぁ同志傷だらけ、ってなんだこの傷跡⁉︎ ある意味芸術的だぜ‼︎」

「いやぁ痴漢⁉︎」

「超絶楽しそうだねソレガシ」


 楽しくねえよ服剥がれてんだぞこっちは‼︎ 「はぁ⁉︎ 痴漢じゃねえし、女だし‼︎」と無駄なマジレスくれながらワイシャツまで引き千切ろうとしてくるギャル氏達を止めてくれる者は誰もおらず、ダルちゃんも受付カウンターに肘をつき紫煙を零すばかりで身動ぎもしない。


 ギザギザ模様の傷跡をずみー氏が指先でなぞってくれ、思わず身を仰反る間に剥ぎ取られるワイシャツ。誰か通報してくれ、怪盗以前に逮捕案件不可避だろこれは。ベシリッ、と痛い音を奏でる背に落とされるギャル氏の張り手。無理矢理受付カウンター前の椅子に座らされる。


「はいはい冷やっとするぜぇ同志〜、チョモランマもびっくりさ!」

「ファ⁉︎ マジで冷たい⁉︎ しかもピリピリしますぞ⁉︎ 大丈夫なのこの治療薬⁉︎」

「濃度二倍増しだってこれ! 荒療治荒療治!はい身動がないきもいから」

「きもいは余計」


 ギャル氏とずみー氏の手によって擦り込まれる治療薬の冷たく痺れる感触のおかげで、折角のギャル氏達の手の感触が感じられない。少し惜しい。いや、大分惜しい。ヒビ割れた傷跡に沿って撫でられる手の流れに口端を歪めていると、また背を張るギャル氏の手。痛えわ!


「……どよソレガシ、上手くいきそ?」

「痛たた……さて、それがしの戦い方を形にできただけで、怪盗の正体も何も分からないですからな。相対したとして瞬殺される可能性が減ったとしか」

「そんな具合なん?」


 そんな具合だ。少なくとも王都を抜いてロド大陸五大同盟都市の内、四つの都市から神石を盗んだ手腕。此度程各都市の筆頭騎士が集まっていないとはいえ、一番最初に神石を盗まれた矢神の都市はまだしも、二番目からはより警備も厳重になるはず。それでも尚捕らえられず正体も分からない。実力の程は分からないが、筆頭騎士レベルは確実にあると見るべき。


「だいたいさぁ、指定された時間って夜なんだっけ? 怪盗とか泥棒ってんで夜に動くんだろうね?」

「黒い服でも着込んで闇に紛れた方がそりゃ見つかりづらいでしょうからな。怪盗の予告状も要は同じこと、自らを動きやすくする為、なのでしょうが、それが少し不可解」

「なにがだし?」

「民衆がその情報をほとんど知らないからだろ同志」


 ずみー氏の答えに小さく頷き親指の爪を噛む。怪盗が予告状を送った事を街の者達全員知っているが、その日時を知らない事がおかしい。


 つまり宮殿に送られただろう予告状の詳細を、上が下に知らせていないという事だろうが、怪盗の予告状とはそもそも敢えて日時を知らせて野次馬に紛れ侵入と逃亡を円滑に進めるのが目的の一つのはず。それこそ宮殿ではなく新聞社にでも送った方がよっぽど効果的だ。この怪盗騒動にはそれがない。数日前にギャル氏に新聞を集めて貰い確認した。


「他にも気になる点はいくつかあるんですけどな、ずみー氏」

「あいあい、絵描きながら『鉄神騎士団トイ=オーダー』の幾らかに絵と交換で怪盗の情報教えてくんね? って頼んだけどさ、騎士団の末端も日時の詳細は知らないらしいぜ? 情報統制パないったら」

「なに? 二人でそんな事してたわけ? あーし仲間外れとかひどくね?」

「いや別に頼んだだけで、それがし一緒にいたわけじゃないんで。この三日ギャル氏の方がそれがしの近くにいたでしょうが」

「まーねー」


 適当に鼻を鳴らす拗ねたようなギャル氏に肩をすくめ、思考の海の中を漂う。怪盗を捕まえる気満々の者が住民の中にいたとしても、王族側でそれだけ情報に制限を掛けているのなら、外部からの犯行はかなりの難易度だ。外からの場合日時を知っているのはほぼ怪盗本人だけ。おそらく今日に限って言えば、無用心に宮殿に近付く者は、民衆であろうが一時的にでも捕縛される可能性が高い。


 そこまで外からの可能性を潰しているという事は、ある程度内部犯であるとでも絞っているからなのか?


「……まぁ、結局のところ怪盗と会わない限り答えは闇の中ですけどね」


 考えても分からぬ事は考えても仕方なし。予想は幾らでも立てられるが、所詮は予想の域を出てはくれない。いずれにせよ、答えは今夜出る。怪盗が誰であろうが出会う為のチケットは持っている。


「はい!治療薬塗り込むのも終わり!ダルちぃの言った通り、問題投げとけばソレガシ考えて動かなくなるから楽ちんね!」

それがしの扱いの雑さよ……」

「まーまー、拗ねんなってソレガシ。んでこれが改造制服var.3!プラス、あーしからの頑張ったで賞で鎖帷子くさりかたびら付きー! どうよ?」


 目を丸くするそれがしの前に掲げられる、鎖帷子くさりかたびらとギャル氏の笑顔。なんだかんだとしっかり用意してくれたらしい。鎖帷子くさりかたびらとか結構高価なはずが、どこから金を捻出したのやら。


 ……いや、マジでどこからお金出したの?


 ギャル氏に返そうと思っていた笑みは強張り、変な汗が滲んでくる。そんな中で近くでギャル氏を見なければ分からない程の小さな頬の擦り傷。いつネイルを外したのか、鎖帷子くさりかたびらを手に持つ爪も素のままで、指も多少擦れている。


 鎖帷子くさりかたびらへと手を伸ばし、それを掴まずにギャル氏の左肩を覆う布を軽く除ければ、刻まれた武神の紋章に三角形が一つ増えている。一体いつショップ店員からストリートファイターに鞍替えしたのやら。


「……なによソレガシ、えっち」

「いや……ありがたく受け取りましょう。助かりますぞギャル氏。これさえあれば怪盗に襲われても負けないでしょうな絶対」

「たり前じゃんね! 怪盗とか見つけたら好きなだけボコっていいからね、あーしが許す!」

「ギャル氏に許されても……」


 向けられる微笑みに今度こそ少しばかり呆れの入った笑みを返し、ワイシャツを着て上からギャル氏から受け取った鎖帷子を着込む。ずみー氏から投げ渡される鉄のプレートが入った肩当て付きの改造学ランの上着を手に、気怠い魔神の受付嬢へと手を伸ばす。


「ではダルちゃん、姫君から貰い預けていた怪盗との握手券を貰えますかな? それがしは一足早く宮殿に向かいますぞ。警備体制と内部構造を把握する為に。どうやら後の欲しい情報は宮殿に眠っているようですからな」

「……本気で捕まえられると思ってる?」

「言ったでしょう『絶対』と。同志、後の首尾は任せましたぞ」


 ダルちゃんから怪盗との握手券を受け取り、ぐっと握り拳を突き出すずみー氏に握り拳を返して改造学ランの袖に腕を通し、黒いマスクで口元を覆う。


 夜がやって来る。素晴らしく美しい夜が。暗闇に世界が覆われる前に、見るべきものを見なければならない。借金を完済する為、信頼に応える為、今夜が『絶対』に負けられぬ夜だ。

 

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