15F 冒険者の三原則

 ガチリッ、と響くのは黒いレンチとナットの噛み合う音。冒険者ギルドの暖炉の前で、食事を摂りながら機械人形ゴーレムを組み立てる。ラーザスさんに頼んでいた部品が順次届く中、食事を含めた休憩時間にしか機械人形ゴーレムを弄れないので大忙しだ。


 固形食がほとんど喉を通ってくれない為、今はありがたい地獄煮込みを食べ終え食器を背後に手で押し滑らせる。視界に映るのは暖炉前の絨毯を埋め尽くす機械部品。凝り固まった肩を一度回し、円盤から一回り大きさを増した盾のような半球へと姿を変えている機械人形ゴーレムの外装に目を落とす。

 

 鎖帷子のような細い鉄で編み込まれ筒となっている腕部。肩、肘、手首となる三つの球関節と、骨の代わりとなる丈夫で細い片腕二本づつの鉄線ワイヤー。鉄の輪が連結した指の先にある鉄の爪。穴の空いた手のひら。蒸気が通る構造になっているのは、蒸気が言わば筋肉の代わりを務める為。


 それを残り一日で組み立てねばならない。最も注意すべき点は、蒸気が指定の箇所以外から漏れ出ないこと。部品製作は頼めても、組み立てが上手くいかねば全てがパァ。


 口元の吸気口の付いた黒い機械的なマスクを引き上げて、力の入りづらい手の黒いレンチを無理矢理握り、組み立て作業に集中。


「ソレガシさぁ、んで異世界でもマスクしてんし? しかもなに? ガスマスク? お洒落的な?」

「……まさか、頬に紋章なぞがある所為ですぞ。……冒険者の戦闘者としての『絶対』の三原則の一つ、紋章を相手に見られぬこと」

「はぁ? なんで?」

「紋章がバレると……特典と眷属魔法がバレるから……ですぞ」


 棘ついた喉を鳴らしてギャル氏の質問に答えながら手を動かす。一度に多くの事を熟す為のこれも訓練。


 長時間口を覆わねばならない為、黒い布に機械的な吸気口のあるマスクを付けざるおえない。慣れる為に今もだ。これも全部頬に紋章刻まれた所為だ機械神めッ。


 紋章がバレれば、それだけで何ができるか戦い方がある程度絞られる。眷属魔法が一つしかない機械神の眷属の場合、機械人形ゴーレムを召喚すれば意味がない訳だが、何の眷属か分からない内は多少なりとも手が出されづらくなる。


 今の一定以上平穏な世界の街中では、ほとんど必要のない備えではあるが、ギルドマスター曰く大戦式の教え。戦闘に望む者には必須の備え。


 暖炉前をそれがしが独占している為、受付嬢達と共に受付カウンターの前の椅子に座り、「ふぅ〜ん」と適当な相槌を打つギャル氏は、椅子から立ったのか足音を鳴らしそれがしの横に腰を下ろす。ずみー氏のように外に絵を描きに行ったりはしないらしい。


「手伝おっか? なんかソレガシ前よりボロボロみパないし」

「どの口が言うのか……治療用の魔法などを使う事なく連日治療薬を塗りたくってる所為ですぞ。治療用の魔法は『元に戻す』ようなものがほとんどなために、折角修行しても肉体が成長しないからとか……おかげでご覧の通り。あっ、そこの球関節取って貰えますかな?」

「これ? だとしても服くらい変えろし、折角の改造した学ランがボロ布みたいじゃんね」

「そんな時間は……生憎なしッ」


 人の頭程の鉄の手のひらに、外に歯車の突き出した球関節を嵌め込む。鉄同士の噛み合う音と、冒険者ギルドの鉄扉が開く音が同時に鳴り響く。小さく振り返れば、入り口の開いた扉を背に悪魔族デビルの受付嬢が立っている。時間だとばかりに親指で外を差すベビィさんを目に、鉄の手のひらと黒いレンチを床に置ききしむ体を持ち上げた。


「ソレガシさぁ、今楽しい?」

「……答えが必要ですかな?」


 冒険者ギルドの入り口に向かいながら、グッと親指を立てた拳を掲げる。機械人形ゴーレム同様に己を組み立てている今が、楽しくない訳がない。辛いかどうかは別として……。口元のマスクを僅かに下げ、黄金螺旋五本渦巻く眷属の紋章が刻まれた頬を緩めて笑みを浮かべた。


「立てぃ機械神の眷属。戦闘者には大別して二つあるんだよ。頭で考える者と、体で考える者。あんたぁ間違いなく前者ぢゃ。それもかなり機械的に頭を使うタイプぢゃろう? 見てれば分かるさ悪くはないよ、恐怖を感覚ではなく情報として処理している。その気になれば『死』さえもただの情報として処理できるぢゃろうて。中途半端に頭を使うぐらいなら、思慮と理性におぼれな。だからまだ立てるはずだよ」


 齢八〇〇歳を超えた歴戦の御老体。ギルドマスターの声が曇って聞こえる。マスクはとうに剥いでいるのに息苦しい。ギャル氏と分かれて既に一時間。胃に突っ込んだ地獄煮込みは、既に口から吐き出され大地の染みになって久しい。地獄で煮込まれているのは今はそれがし


 上手い具合に骨を避けて打ちのめされた肉体。痛みが体を駆け巡る中、指先を動かす。動く。肘を動かす。動く。足を曲げる。動く。


 動くと確認した部位を稼働させ、なんとか立ち上がり顔を上げる。移動時間が勿体ないと場所は冒険者ギルドの前の広場。陽に照らされ前に立つのは悪魔族デビルの受付嬢。咥えた煙管を揺らしながら、踊るようにステップを踏んでいる。


「ソレガシ、あんたぁ事実を知った方が伸びるタイプぢゃ。眷属として、深度を深めるのは一隻一丁とはいかないが、必ずしも深度の差が力の差ではないよ? あんたぁもう知ってるはずだね? 都市エトで、だいたい一ヶ月も前に」


 横合いから流れ続けるギルドマスターの声にほんの少し口端を持ち上げる。この世界では一ヶ月前でも、それがし達にとっては四日間。ただそんな日数は関係ない。問題は、深度三だったそれがしが弱点を突いたとしても『神喰い』を穿てた事実。


飛龍魚ウォランス、真正面からやり合うなら、戦闘系の眷属でも本来深度十二は欲しいかね? 成熟し切っていなくてもさ。だからこそぢゃソレガシ、条件さえ整えれば、騎士筆頭であろうとも勝てる。諦めぬこと、それが冒険者の三原則のもう一つ。小狡くなりな、それを踏まえて、ソレガシにはもう分かってるはずだよ」


 荒む呼吸をなんとか整える。分かっている。他でもない機械神の眷属の特性。なぜ機械神の眷属魔法が一つしか存在しないのか。多少弄っただけで飛龍魚ウォランスを穿った事が答え。つまり機械神は、例え深度一〇、深度二〇、多彩な眷属魔法を使う相手でも、機械人形ゴーレム一体で事足りると判断したのだろう。


 機械人形ゴーレムはああ見えて異世界に溢れる蒸気機械の中でも特別だ。意識どころか命さえ共有する核によって、必要な形さえ整えられれば緻密で微細な動作を可能とする。


「……だが、今は、それは必要……ではないですな」

「その通りさソレガシ、今必要なのは機械人形ゴーレムを扱う際に万全とする為の下地。あんたぁの選んだ戦い方は大分危うい。急所の一つ頭を前に出し、踏み付けられ抑えられればそれで終わる。だからこそ」


 そうならない為の術を戦いの中から学べという話。だから実戦。兎に角実戦。習うより慣れろ定期。左の太腿ふとももに風車のような風神の紋章を持つ悪魔族デビルの受付嬢、ベビィ=コルバドフ。中央の丸から伸びる曲線の数は十四本。風を読む特典を持つ風神の眷属相手に、動きで翻弄するのは容易ではない。


 何よりも、眷属としての特性同様に面倒なのが種族の特性。身を屈め、地面に手をつき、駆け出し突っ込む。振られる足を前に上半身を大きく逸らし、身をひねり振り回した右蹴りを合わせてお互いの蹴りを弾く。


 ベビィ殿と素の筋力はほぼ同等。返しの蹴りを蹴りが弾かれた反動のまま身を回転させる事で避けるが、蹴りの後、泳ぐスカートの端と漆黒の下着。それを追い宙を走る黒い尻尾に顔を横に弾かれた。


 大地を転がり、地に這わせた足と手で勢いを殺し、口内に溜まった血を吐き捨てながら身を起こす。


 種としての手数の差、動きの多様性、素の身体能力の差。異世界で人族が少ない理由。過去に何度もあった大戦のおかげで、人族は異世界ではもうほとんど絶滅危惧種だ。単純な戦いの中で、人族にはないものを他の種族は多く持っている。


 だからこそ、持つものが変わらない唯一のもの。頭を回す以外に道はない。ギャル氏のような確固とした技術を持っていないからこそ、頭を回し続けそれを組み上げる事が何より急務。


「休むんじゃないよソレガシ、動くのと考えるのを同時にやるんぢゃ。己が考えてる時は相手も考えてると思っときな。己が考えられぬ状況があれば相手も同じ。そういう時こそ己は頭を使い、相手に考える暇を与えるんぢゃないよ。冒険者の三原則の最後の一つは」

「『絶対』今を楽しむこと……ですぞ」

「なんぢゃそのファンシーなのは……」


 呆れたギルドマスターの声が零される中、無理矢理口角を上げて身を屈める。冒険者の三原則の最後の一つが何であれ、楽しむ事がそれがし達の『絶対』の指針。


 であるならば、苦痛とは思うな。楽しみを見出せ。戦いの中で戦術、戦略を面白いと見つめろ。例えばそう今は……。


「今再び、下着を拝みに行きましょうかねっ」

「……下品にして低俗……」


 呟き、僅かに足を閉じるベビィ殿を目に、より低く這いずるように足を踏み切り手を伸ばす。この戦い方で踏み付けは脅威だ。だが、その一撃を避けられれば相手にとって隙となる。方向転換は伸ばす手に任せ、それがしの動きに慣れてきた相手は頭や背よりもまず、支点となる伸ばす手を射止めようと狙いを移す。


 だからこそ、


 それがしの手の着地点を見据えて足を落とすベビィ殿を目に、肘を曲げていち早く前進していた体を横に滑らせる。それを追い、踏み留まらず、踏み付けた形のままベビィ殿が身を落とした。


「────ッ‼︎」


 視線を合わせられる位置に来られれば、低空での戦いの利点は潰されたと言っていい。土俵が同じなら後は技術と手数の差。だからこそ、


 踏み切る足と手で己が体を跳ね上げる。下に意識を引き付け相手に此方の土俵へと引き込んでからの戦場の変換。相手は下に、己は上に。


「……でも面白いよソレガシ……」


 修行を始めてから何度か聞いたベビィ殿の喜色の声を耳に笑みを深める。逆さに映るベビィ殿の口元に浮かぶ弧を見送って、蹴りを放つより早く迫る地面に頭を打った。


「ふぁぶッ⁉︎」


 ……理論はできてるんですよ理論は。体の動きが追い付かないだけで。頭を抑えて転がっていると、ベビィ殿に軽く踏み付けられ止められる。そこまでやるなら最後まで決めろと言わんばかりの冷ややかな目。悪魔だ。悪魔がいらっしゃるッ。なんという塩対応。


「……冒険者ギルドにいるようなのは、眷属の仕事も満足にできない塵芥か、種族や眷属の中で馴染めないはみ出し者。君は後者だね間違いなく。雑務ばかりやってる他の冒険者モドキとは別だ。ダルカスやギルドマスターが起きてるのも頷ける。続けるなら、私の目も覚まさせておくれよ? その破滅に突っ込む荒技でさ」

「はみ出すならもっとはみ出せと?……引き受けましょう? そっちの方が楽しそうですからな」

「よし来た。次は眷属魔法も使ってやるから上手く踊ってよ? 大丈夫殺しはしないさなぶるだけ。ただ興が乗ったら手が滑るかもだけど」

「それは絶対に許さない」


 口数の増えたベビィ殿の差し出された手を掴み起き上がる。浮かべる歪んだ笑みを見る限り、絶対に手を滑らせる気満々であるマジ勘弁。頭を横に振る視界の端で、僅かに開いている冒険者ギルドの鉄扉の隙間から青い髪が覗いている気がしたが、見なかった事にしてベビィ殿に顔を戻す。


「なんならソレガシ、下着脱いでやろっか?」

「クソがッ、この悪魔めッ‼︎ それでやる気出すようならそれがしただの変態ですぞ! いいぞもっとやれ!」

「ぷくくっ、よし来た! それじゃあ死ぬ気で遊びにおいで‼︎」


 受付嬢の服のスカートの中にベビィ殿は手を突っ込み、脱ぎ捨てられた黒い下着が空を気持ち良さそうに飛んで行く。マジで捨てやがったこの人……罪悪感がちょっとヤバイ。ってか悪魔族デビルの倫理観の低さもヤバイ。


 詳しい内容は省くが、この後地獄の中で天国を見た。そのおかげで地獄の三日間を乗り切れたと言っても過言ではない。ただこれ以降何故かギャル氏の目の冷たさが少々増したのだが、何故でしょうね?

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