14F 評議会が来る 5

ため息を吐こうにも厳粛な宮殿の中、隙間ない静謐とした空間では、落とす吐息は何処へ逃げて行ってもくれそうになく口を引き結んでいるしかなかったが、冒険者ギルドに向けて帰路に着き、ようやっと口から重々しい吐息が落ちた。


「姫ちゃん婚約宣言とかマ? 博打好きでも張り過ぎじゃんね?」

「鋼の心臓だぜ鋼の心臓」

「おかげでそれがし達からは完全に目が逸れましたがね。……いや、その分肩は重くなりましたぞ」


 最高評議会が閉会し、想像以上に何もなく宮殿から帰って来れた。寧ろ部外者であるからこそ、何もさせる間もなく追い出されたとも言える。宮殿の軽食を口にする暇もなく出て来てしまったが、チャロ姫様の提案(笑)が余程効いたのか、ギャル氏にも気にした様子はない。


 しかし、なんとも馬鹿正直に姫君の撒いた餌に食い付いたものだ。ラビルシア王家を除いた同盟都市の代表も怪盗捕縛の為に己が都市の筆頭騎士を貸し出すときた。ただでさえ堅牢だろう守りにこれで隙がなくなったとも言える。その分、それがし達の付け入る隙間も減ったと言えるのだが。


「アレだけの騎士がいてそれがし達にできる事はありますかな? 侵入さえ容易ではなさそうですぞ」

「たださ同志、だからこそのプリンセスの博打じゃん? アレならベルリンの壁バリに気楽に出入り無理みだぜ〜」


 ただでさえ強固な守りの中、外部の犯行であるならば立ち入りは容易ではなく、これで神石ブルトープが盗まれるようなら内部犯の可能性が高まる。だがそれでも尚外から盗まれるのであれば、それだけの力を持った者という事であり、怪盗の裏にいるだろう者を絞る事が可能だろう。


 それ故に姫君の身投げにも似た婚約宣言は発破剤として威力が高過ぎる。誰もが怪盗捕縛の為に全力を出すはずだ。『鉄神騎士団トイ=オーダー』にとっては逆玉の好機。他の都市からすれば、ロド大陸の覇権を手にできる好機。王様が何も口を出さない事こそ不気味であるが、ほとんどの死角は騎士達のやる気によって消失する。


それがし達にできる事なくね?」

「それな!」


 今即答での同意はあまり欲しくなかった。が、正直それが答えだ。それがし達の中で最強であろうギャル氏で眷属として深度六。各都市最強を誇る騎士筆頭ともなれば、少なくとも深度二〇近いだろう。それがしなんてまだ深度四だよ? ふざけてやがる。


 できる事がなかったとしても、姫君の話を受けて最高評議会に顔を出した以上、予告状に記された犯行当日も宮殿に顔を出さねばならない。吐き出すため息が三つ、すぐに城塞都市の数ある城壁の狭間を駆け抜ける風に攫われる。


 城壁の奥に作られた冒険者ギルドの鉄扉が見えてくる。今日は兎に角気疲れした。ダルちゃんの地獄煮込み気怠い風でもいいから胃に突っ込んでさっさと寝たい。鉄の城壁に空いている灯りに誘われるように足を動かせば、入り口の横の壁に背を付いて煙管を咥えている受付嬢が一人。


 ダルちゃんではない。長い黒髪を揺らす受付嬢の服を着崩した女性。女性の背後で揺れる尻尾は一体何でできているのか皆目検討もつかない。普段ダルちゃん以上に寝てばかりいる受付嬢の一人、悪魔族デビルの受付嬢の名前さえ知らず首を傾げる横で、「ベビベビ‼︎」と手を振るギャル二人。それがしだけ知らないんですか、そうですか。肩身が狭えなッ。


「……誰?」

「ベビベビだって、ソレガシ何日ここにいんし? 名前さえ知らないとか」

「なんでも渾名付ければいいってもんでもないですぞ。それがしにベビベビさんとでも呼べと?」

「……ないわー。ベビィ=コルバドフだって」


 自分で渾名付けといてそれがしが呼ぶとなるとドン引きって酷くね? 「ベビィさんね」と手を挙げれば、口元に咥える煙管を上下させ、無言でベビィさんは冒険者ギルドの中を親指で差す。いぶかしみながら鉄扉を押し開ければ、中から流れて来る笑い声。


 それを追うように中に踏み入れば、普段座って眠りこけているもう一人の受付嬢も忙しなく仕事しているような素振りを見せる中、受付カウンターに肘を付いているダルちゃんの前、透き通った金色の髪が揺れている。


 ……おかしいな、目が腐ったのかな? さっきまでそれがし達と宮殿に居なかった? 幻覚かな? 幻覚だな。


「姫ちゃん⁉︎ テクって来たの? バリ速じゃね? てゆうかなんで冒険者ギルドに居んし⁉︎」

「あらサレン遅かったじゃない? 散歩でもして来たのかしら?我は友人と久しぶりの談笑だ。ダルカスめ、学院を半年も休学していい気なものだと思わない? このままだと我を先輩と呼ぶ羽目になるな!」

「なにダルちぃあーしらと同じ学生だったん? 言ってよもー、てゆうか学校とかあんだね異世界にも!」


 ただでさえ距離が近いにも関わらず、より急速に距離を詰めて行くギャル氏を横目に、ダルちゃんは口から大きな紫煙を吐く。ダルちゃんが気怠げな視線でそれがしとずみー氏に助けを求めて来るが、それがし達にどうしろと? ずみー氏と顔を見合わせて肩をすくめるぐらいしかできない。


「はっはっは! ソレガシ達はダルカスが冒険者にしたのか! 相変わらずだな友よ! その気性に釣り合う者をようやっと見つけたか? 我はもう深度十五になってしまったぞ?どちらが先に深度二〇に達するか、賭けは我の勝ちかな?」

「だからぁ、ソレガシ達は勝手に冒険者になったんだってば、あたしはなんもしてないの。超絶怠いねチャロ、もう三日もすれば学院で研究の発表会でしょ? 出ないと進級に響くよ?」


 ラビルシア王家の姫君相手でも態度変わらず、ダルちゃんは手に持つ細い煙管パイプの火を消す事もない。気安そうな姫と貴族の間に入って行けずそれがしは突っ立ったままなのに、気にせずに姫君の隣に座るギャル氏とずみー氏の胆力よ……。


 座れとばかりに姫君に受付カウンターを小突かれるのでいそいそ席に着けば、ダルちゃんがそれがしの目の前に身を滑らせて来る。こっち来んな。それがしの方に逃げて来られても何もできんぞ。


「ダルちゃん姫君と仲良いんですな……」

「腐れ縁だよ面倒臭い……あの博打好きに絡まれるとロクな事ないからね。気を付けた方がいいよ」

「それもう遅いですぞ」


 乗っかった後に忠告されても手遅れですわ。小声でダルちゃんと話し合いながら、決して重力に逆らわず肩を落とし、落とし続け、ダルちゃんと揃って受付カウンターの上に身を倒す。そんなそれがし達を横から突き刺す背丈に似合わぬ豪快な笑い声。


「釣り合ってるようじゃない? どうダルカス、折角再会できたのだし、ここは一つ賭けようじゃない? ソレガシ達を雇ったの。ソレガシ達がもし件の怪盗を捕らえられたら、貴女学院に戻りなさい」

「はぁ? ちょっとソレガシあの賭け狂い何言ってんの?

それがしに聞く意味」


 どんだけこの怪盗騒動の間に上乗せすんだよこの姫君。鋼の心臓どころじゃない。金剛石製に間違いない。気怠い目尻を僅かに吊り上げ、ダルちゃんが薄ら熱気を立ち昇らせて受付カウンターから頭を持ち上げた。


 受付嬢の服の端がチリチリと白煙を上げて火の粉をまたたく。身を仰け反らせるギャル氏とずみーと入れ替わるように姫君は身を少しばかり乗り出し笑みを深めた。顔を埋め尽くすような大きな三日月を浮かべる。


を思い出したか友よ? 全身を支配する心の鼓動のうねりを。情熱のたかぶりを。己が熱に釣り合わぬ者達を捨て去った気か? 貧乏くじを一度引いたくらいでくすぶるなよ。ねぇ?」

「……ソレガシ達が捕らえられなかったら?」

「その時は、エトよりものんびりできそうな都市を当てがおうじゃない? そこで一生転寝うたたねして過ごせばいい」


 ダルちゃんの瞳がそれがしの方へ流される。暖炉の火を写し取り揺れ動く瞳。何故それがしを見る? それも一瞬でそれがしからダルちゃんは視線を外すと「乗った」と唇を動かす。


 それに合わせて満足そうに姫君は頷くと、椅子に座り直した。懐に手を差し込み、何かを握り込んだ拳で数度受付カウンターを叩くと、その握り拳をそれがしの前に差し出した。


「冒険者、これが最後の選択の時だ。受けるか? これは賭け事ではない。仕事の依頼よ。受けぬなら、三日後宮殿に来なくても構わない」

「……なぜそれがし達に?」

「理由は前にも言った通り色々あるけれど、一番は我が騎士が貴殿を気に入ったようだから。甘くはないのよ我が騎士は、こと戦いにおいてはね?」


 見上げて来る姫君のブレぬ黄金の瞳を見つめ返し、顔を上げギャル氏とずみー氏と見つめ合う。口を出す事なく静かに佇む黄と紫の双眸を前に小さく息を飲んだ。


 それがしに何を期待する?


 姫君には姫君の思惑があり、ダルちゃんにはダルちゃんが乗った理由があるだろう。それを聞き出そうにも恐らく答えてはくれない。口にできる『絶対』があれば、口にできない『絶対』がある。


 誰にも口にできない想いこそが『絶対』の結晶であるならば、敢えてそれがしはそれを口にすると決めた。初めて友と呼んでくれた者と隣り合う己になる。それがそれがしの握る絶対。透明な色を染める為に。


「……ギャル氏」

「うん?」

「どうしましょうかね?」

「あーしは難しい話はパスだし、ソレガシにそれは任せるし。考えるだけ無駄な事は考えないのが吉って前に言ってたっしょ? 楽しいかどうかで決めれば良くね?フィーリングで。それがあーしらの絶対の指針でしょ?」

「ギャル氏って時たま鋭いですよな」

「時たまぁ〜⁉︎」


 角を生やすギャル氏から顔を背けて口の端を持ち上げる。姫君の思惑も、ダルちゃんの葛藤も、それがしがどれだけ頭を回そうと分からぬ事。例えどんな真実が隠されていようとも、見逃し傍観するのか、飛び込み楽しむのか二つに一つ。


 もう道は選び決めている。異世界では冒険者だ。冒険しない冒険者など冒険者では足りえない。飛び込むからには、謀略も策略も戦略も危険も、全てを味わい楽しむ以外にできる事などない。


 それで失敗したなら笑うしかない。が、それが嫌なら『絶対』を誓え。


「受けていいんですかなダルちゃん。一度それがし達が依頼を引き受けたなら、『絶対』失敗しませんぞ」

「……好きにしなよ冒険者」

「姫君、三日だ。三日で少なくともそれがしは他の都市の騎士筆頭に勝てずともやり合えるレベルにならなければ、やって来るだろう怪盗の相手さえ満足にできぬでしょう? 融通を利かせてくれるとのお話でしたが」

「ふぅん? 何が欲しい?」

「知識と経験を。残り三日、いや二日で機械人形ゴーレムと雛型の戦闘法を完成させる。『絶対』だ」


 姫君の手から握られた物を受け取りながら笑みを深める。小さく、次第に大きく笑い声を膨らませると、チャロ=ラビルシアは両手を叩き合わせた。飛び込んで来た愚者を歓迎するように。例えその小さな手のひらの上であろうとも、どれだけ叩きのめされようとも、楽しむ以外の道はない。時間の足りなさ半端じゃないけど。


「頼るのだ力は貸そう。ただ、戦い方に関しては誰より詳しい者がいるな」

「ブル氏ですかな?」

「貴殿は騎士ではなく冒険者だろう? ギルドマスター!」


 姫君がその名を叫べば、暖炉の前で心地良さそうに奏でられていたいびきが止まる。毛布の山が揺れ動く。凝った意匠の古びた木椅子から立ち上がる小さな影が、手にした杖を突きながら、よろよろ受付カウンターの方へと歩いて来る。


「うわぁ……起きてんのあたし初めて見た」


 ダルちゃんその情報はいらないわ。起きてるの初めて見たって常に寝てんのこの人? 開いているのか閉じているのか外から見てもよく分からないしわと同化したような瞼を揺り動かし、見上げるのはそれがしの顔。


「ギルドマスター、貴殿の冒険者ギルドに所属する冒険者が教えを受けたいそうだ。およそ八〇〇年に及ぶ大戦での叡智を」


 姫君の言葉に目を丸くする。八〇〇年?ギルドマスターって一体何歳? そここそkwsk。疑問を解消する為に姫君に投げようと言葉を口にする為に開いた口を、足を叩く杖の衝撃が止める。痛みに顔を歪める暇もなく、首に杖を引っ掛けられ手繰られると、頬の機械神の紋章を小突かれため息を吐かれた。


「機械神の眷属の騎士なんて見たことないねぇ。で? いつまでに仕上げろってぇ?」

機械人形ゴーレムの改造も含めて二日だそうだギルドマスターよ」

「二日ぁ? 姫様の頼みでもそりゃぁ無茶ぢゃ。体の基礎はできてきてるようだし、荒療治といこうかい。ひっひっひ、大戦式で揉んでやろうかねぇ。巨人族コロッサスも裸足で逃げ出すさ。ダルカス=ゴールドン、治療薬をありったけ買ってきな。久々に冒険者の騎士を作ってやろうじゃないかい。ソレガシ、準備はいいね? 時間がない、今夜から三日地獄を潜り抜け骨身に戦いを擦り込ませな。音を上げて逃げても構わないよ? ただ乗り越えられたら誇っていいさね」


 このギルドマスターめっちゃ喋るんだけど……。一度見習い騎士の演習訓練で地獄を見たのに三日間も立て続けに地獄見なきゃならないの? 全然楽しめなさそうなんですけど。ってかそれがしの名前もダルちゃんの名前もちゃんと知ってるのね。いつも寝てるのにいつ聞いてんの?


 疑問は尽きないが、力任せに杖に引っ張られて逆らえない。本気で今夜から謎の特訓を開始するらしい。それがしの話をまだ何も聞いていないはずなのに、何を始めようと言うのか。


「あ、あのぉギルドマスター? それがし機械人形ゴーレムの改造もやらないといけないんですが」

「休憩時間にでも組み立てればいいさね」

「いや部品製作をまだラーザスさんに頼んでまして」

「ラーザス? あの小僧かい。せっついて明後日までには間に合わせるさね。それでサレンとスミカは……」

「行ってらーソレガシ! 頑張っちゃってー!」

地獄ヘルの感想教えてよ同志! 絵にしてやんから!」

「でしょうな!見捨てるんですかそうですか! いいよやってやんよソロ活で地獄見て来てやんよこんちくしょうッ‼︎ ただ覚えてろ、この恨み絶対それがしは忘れんぞ‼︎ ダチコ見捨てた事ないとか嘘じゃねえか‼︎」

「見捨ててはないし、信じて待ってんだけだし」


 物は言いようだなクソがッ‼︎ ギルドマスターに引っ掛けられた杖で引き摺られながら、右拳から立てた二本指で視線をなぞり見てるからなとジェスチャーを送る。大変良い笑顔で敬礼を返してくれるギャル氏とずみー氏に中指を立てたのを最後に、無情にも鉄扉が閉まり、冒険者ギルドから締め出された。


 入り口の横の壁で煙管を咥えた受付嬢が手を振ってくれ、それに手を振り返しため息を吐く。怪盗を見る前にガチの修行デスマーチを見る羽目になろうとはこれ如何に。冒険者の尊厳低すぎッ。

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