13F 評議会が来る 4

 円卓に座る五つの影。鉄扉を潜り抜けて真正面に座っている大変立派な髭を生やした男が小人族ドワーフの王にして、ロド大陸を治めている王都、城塞都市トプロプリスの支配者、オルズ=ラビルシアで間違いない。本に載ってた写真と一緒だが、柔らかそうな目尻とは裏腹に、重苦しい気配を背から滲ませている。


 どう立ち振る舞えばいいのか分からず、口内の水分が急激に失われてゆく中で、「久しぶりの故郷の姿を眺めていまして、遅ればせながら皆様お変わりなく」と、大変気品ある所作でチャロ姫様が一礼し、ブル氏も胸に手を置き頭を下げるので、それがしもそれに習う。ギャル氏達も流石に空気を読んでか、無言で小さく頭を下げていた。


 オルズ王の隣へと円卓を周り動く姫君を追ってブル氏と共に足を動かせば、向けられるのは怪訝けげんを通り越して威圧的な瞳達。はい、それがし達異物判定。なんだコイツらという視線に愛想笑いを返せば、より鋭い視線を突き刺される。どうすりゃいいの……。


 そんな評議会学園都市始まってもいないのに殺伐としてきた空気を変える為か、オルズ王は咳払いを一つすると、ブル氏が椅子を引き、隣の席に座る姫君へと顔を向けた。


「チャロ、見慣れぬ者がいるようだが? これを最高評議会と知らぬ訳ではあるまいな?」

「勿論ですとも父上。彼らは我が怪盗捕縛までの間雇った護衛ですわ。腕は保証いたしましょう。父上もご存知のはず。皆様もご存知でしょう?」


 そうきっぱり姫君は言ってくれるが、王様首傾げてるけど? 駄目でしょコレ。八界新聞のあのクソみたいな記事王様読んでくれてないよ多分コレ。だってクソみたいな記事だったもん。皆様とかハードル上げてくれちゃっているが、王様がコレだと飛び越えられる人居なそうなんですけど。


 秒針が時を刻む数だけ居心地悪く身が縮こまってゆく中、王の隣、チャロ姫様の反対側に座る眼鏡を掛けた黒毛の人狼族ワーウルフが一度強く鼻を鳴らす。それに合わせてその人狼族ワーウルフの背後に佇む騎士らしい人狼族ワーウルフに強く睨まれた。それがし達なんかした? それがしの服が汚いとか? それはマジごめん。


「チャロ様、当然存じておりますとも。我が都市の神の子の都市を守ってくれた物好きの顔くらい。その上神からの召集を足蹴にしてくれた者の顔くらいは。久々に顔を拝見できて嬉しくは思いますが、冒険者如きを護衛とし、最高評議会にまで立ち会わせるなどと、些か我儘に過ぎませぬかな?」


 あっ……、この人狼族ワーウルフの人、間違いなく狼神の都市の代表だ。第一印象最悪だコレ。犬神ゾルポスの召集蹴っ飛ばしたのそれがし達の所為でもないけど、多分話聞いてくれそうにないわ。


 だいたい狼神の都市の代表より、その背後に立ってる騎士の方が怖い。目がめっちゃ怖い。甲冑こそ着ていないが、目の鋭さが尋常じゃない。しなやかな白銀の体毛と体付きから見るに女の人なのに威圧感がエグい。


「カロカ様もクフィン卿もそう目くじらをお立てずにならなくとも。我らの城塞都市トプロプリスも、狼神の都市トフトンも、『神喰い』討伐には間に合わなかったのですから」


 なんで姫君遠回しに喧嘩売ってんの? ここでその正論はいただけない。部屋の中の温度が数度ばかり落ちた。心情的な問題だろうが、クフィン卿と呼ばれた白銀の毛を持つ人狼族ワーウルフの毛が若干ながら逆立っている。


 今にも飛び掛かって来そうな人狼族ワーウルフの騎士に苦く歪んだ口端を返していると、緊張の糸張られた空間に小さな笑い声が響く。チャロ姫様の隣に座る、また別の都市の代表。「キル様? 何か?」と姫君が聞けば、蛇の下半身を持つ妙齢の蛇人族ラミアが長い髪を指先で弄りながら、それがし達を爬虫類特有の爛々と輝く瞳で一瞥くれる。背後に立つ蛇人族ラミアの騎士の男も同じくだ。


「いんや別に? たぁだ、深度四の機械神の眷属に、深度六の武神の眷属に、深度五の空神の眷属で倒せる『神喰い』とは随分とまぁ、弱い『神喰い』だったのだなとねぇ」


 なんでこの人はこの人で喧嘩売ってくんの? いや、それよりずみー氏深度五ってマジかッ。うわ本当だ、七宝模様が五つに増えてる!「強さ以前に『神喰い』は『神喰い』でしょう?」と擁護してくれる姫君の話よりも、ずみー氏の首元に刻まれている空神の紋章の方が気に掛かる。


「冒険者というのがそもそもよくない。この時世に組合にも入る事なく風来坊気取ってるような輩を信頼なされるなどお遊びが過ぎますぞ!」


 そう眉間のしわを波打たせながら声を荒げるのは、蛇人族ラミアの隣に座る甲虫族スカサリの男。大きな角を生やした人型の甲虫カブトムシ。角の形を見るに、代表はコーカサスオオカブトっぽい。その後ろに立つ騎士っぽい男は黄金色の髪に角を生やしてるゾウカブトか? 虫人族は種族として細かく分かれてて面倒くさい。


「別にチャロ様が個人で雇ったのならいいじゃないのさ。同盟の宝の護衛でなくチャロ様の護衛なんだろう? ならその分の『鉄神騎士団トイ=オーダー』の人員を神石の警護に回せる。そう見越してのことでしょう? 姫様」

「ギンカ様には敵いませんね。仰るとおりです」


 心の篭ってなさそうな姫君の賛辞の言葉は置いておき、人狼族ワーウルフの隣に座る妖精族ピクシーのまだ若そうな女性は姫君寄りの立ち位置であるらしい。が、その背後に浮かんでいる妖精族ピクシーの騎士であろう女性の目は、他の者達同様に冷ややかだ。


 急に増えた人の数に目を回していると、背丈の為に立っていると圧迫感があるからか、それがしの隣に立っていたブル氏が膝を折り畳んで腰を下ろし、肩を軽く小突かれた。目だけを向ければ耳元に寄せられる顔。出席者達の名前を小声で教えてくれる。


 狼神の都市トフトンの代表、カロカ=アッパージと、狼神の眷属最強の騎士、ミオ=クフィン。


 蛇神の都市マルイの代表、キル=キルシオと、蛇神の眷属最強の騎士、ルルス=サパーン。


 鎧神の都市パキエラの代表、ロズ=ダスク=ロズと、鎧神の眷属最強の騎士、パスク=ロドネー=パスク。


 矢神の都市クルクルの代表、ギンカと、矢神の眷属最強の騎士、イチョウ。


 ラビルシア王族含めて、ロド大陸の五大都市同盟。その代表と最強の騎士。なんでそんな檻の中に放り込まれているのか頭痛がしてくる。


「腕は保証するだと? 人族の? 空神と武神の眷属はまだしも機械神の眷属を? お戯れを!」


 笑い円卓に拳を落とす甲虫族スカサリの代表。その衝撃に鳥肌が立ち、一歩足を下げた鼻の先を、レイピアの細い剣先が撫ぜる。位置的に頬を掠らせるように突き出されたらしい剣を握るパスク=ロドネー=パスクへと瞳を向ければ、赤色の複眼をギラつかせて口端を小さく持ち上げた。


「いきなりなにすんしアンタ!」

「無礼は承知。失礼。機械神の眷属、今分かって足を下げたな?」

「……肌が敏感なものでしてね」


 機械人形ゴーレムの核が一度電撃でヒビ割れてから、感覚が無駄に多少鋭くなったが、今のはほとんど勘だ。抜刀の瞬間すら見えなかった。怖いわ。試すにしても他にやりようないの?


 満足したのか鞘に剣を納める騎士の背後では、ロズ=ダスク=ロズが舌を打ち牙をカチ鳴らしている。こっち見んな。薄い笑い声を返せば、狼の唸り声がそれがしの笑い声を飲み込む。


「ほう、試していいなら是非我が都市最高の騎士、クフィン卿とも手合わせ願いたいですな。己と関係ない都市一つ救ったような御仁なら引き受けてくださるでしょう?」


 引き受けねえわなに言ってんのこの人? それがしなぶられる姿見て喜ぶ変態か何か? ってかなんで全員某それがし狙いなんだよ。それがしの横にもっと目立つ髪色してるギャルが二人いるだろうが。ギャル氏達を狙われても勿論困るが、なんという理不尽。


 姫君へ何も言わず微笑を浮かべているばかりで、最高評議会には連れ出してやったのだから後の問題はどうにかしろと言うことなのか。半ば強引に連れ込んでくれたのに優しくないことこの上ない。そんな数多の矛先が此方に束ねられそうになる中、矢神の都市の代表が小さな両手を叩き合わせて意識を引いた。


「無駄な話で時間を浪費しないで貰えるかい? 怪盗が予告状に記した日までもう三日しかないんだよ? いいじゃないの別に、私達の都市の神石はいずれも守れず、残るは王都の神石のみ。猫の手も借りたいとこでしょ実際。冒険者なら依頼に背き罪を犯せば居場所だってすぐに分かる。頭数を増やすだけなら有用な手さ」

「相変わらず背丈と一緒で小狡いねえあんた。姫君に胡麻をるのがそんなに楽しいのかい? 一番に神石盗まれた無能が」

「なんだよキル=キルシオッ、喧嘩なら買うよ? 嫉妬深い蛇神の眷属がッ! 権力と富を集める事に忙しい君に言われたくはないね!」

「喚かないで欲しいね五十歩百歩。気品に欠ける、それでも五大都市の代表かね? 遠吠えなら外でやってくれたまえよ」

「は! 己が属領の都市も『神喰い』から守れぬ犬が吠えよるわ! 鼻は利いても目は節穴よ! そこの冒険者共の方がまだ役に立ちそうだ!」

「あ? 戯言をほざくな甲虫カブトムシ。その角爪楊枝つまようじ代わりに使ってやろうか?」


 同盟都市の仲クソ悪いじゃねえか。よくこれで同盟成り立つな。それと甲虫族スカサリの代表は舵切って急にそれがし達を引き合いに出すんじゃねえ。胃が痛くなってきた。怪盗の思惑にずっぽり嵌ってない? そりゃ姫君も退屈な顔になるわ。


 ただもう大事な情報が幾つも出ている。怪盗の予告状に記された日時は今から三日後。それに加えて同盟都市の代表の顔ぶれまで。仲が特別よくもないらしい同盟都市を見るに、怪盗騒動がもし身内の犯行であるならば、この場にいる者達こそが容疑者。それを見せる意味もあって姫君へ強引にそれがし達を最高評議会に立ち会わせたと見るべきか。


 ただもしそうだとするなら、行きずりのそれがし達を頼るぐらいに身内を信用してない? 冒険者を頼らねばならぬ程事態は切迫しているのか?


 そうだとするならば、『神喰い』の討伐、都市防衛なんて仕事以上に、複雑に思惑が絡み合っていて難易度がそもそも違う。神との深度一桁のそれがし達が引き受けるような仕事ではない。内心で舌を打ち、垂れる冷や汗をぬぐう暇もなく場を眺めていた姫君が一言。


「議論は尽きぬでしょうけど、我から提案が一つ。怪盗を捕らえた者は正に英雄だ。城塞都市、及び都市同盟を救ったに等しい。学院を卒業した後は怪盗を捕らえた者の妻になるのもやぶさかではないのだけれど?」


 そんな大きな爆弾を姫君が落とし、誰もが口を一度閉ざし静寂が部屋を支配する。その中に響くのはそれがしせる音。悪戯っぽくひん曲げられた姫君の口元がそれがし達に向いた。


 王様は何も言わず髭を撫ぜ、ブル氏が大きなため息を吐く。なるほど博打好き。雇う以上はそれがし達に捕まえてみせろとでも? 相手が冒険者ならその謎の婚約宣言も有耶無耶にできるからと? この姫様マジでやべえ奴だ。博打好きじゃなくてただの自殺志願者じゃないの?


 姫君の提案(笑)が落とされた後、最高評議会は遠回しに姫君への点数稼ぎのような中身の話し合いに移行し、特別何も決まらないまま議会はお開きとなった。


 分かった事は怪盗が来るだろう日取りと、都市同盟の仲の悪さ。何よりチャロ=ラビルシアの奔放さだ。

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