18F 素晴らしく長いファントムナイト 3

 青空が茜色と混ざり紫色が覗く。陽の光が城塞都市の鉄の城壁を横から照らし、白い月のような天体が暗闇の訪れを告げようかという頃、ロトンドム宮殿の端の壁の上で隣に聳える『塔』を見上げながら支給されたパンを喰む。


 暇だ。犯行予告時刻をなまじ怪盗が決めてくれちゃっているだけに、時刻となるまで暇で仕方ない。形も知れぬ怪盗は、もう宮殿内にいたりするのか、それともまだ外にいるのか。今考えられる二択のどちらが正しいのか知る術はない。


 外部からの一般人お断りで、予告状に記された日時さえも知らない民衆に紛れて宮殿内に忍び込むのは容易ではなく、散歩がてら取り敢えずそれがしでも潰せる要素を取り敢えず潰しておいた。


 日々の食事などの為に物資の搬入に紛れて侵入して来るかもしれないと、厨房に立ち寄ってみたところ、今日に限っては外からの物資の搬入も完全に停止。今貪っているパンはその時の戦利品だ。


 そうなると後から考えられる侵入経路は、地下か空か。前者はまずないと思っていい。鋼鉄の宮殿。鋼鉄の都市。どんな魔法を使おうが、掘削して進むとなると労力が馬鹿にならないだろうし、そもそも前の同盟都市の怪盗騒動も、特別壊された物はないのだ。恐るべき手腕、居合わせていてもそれがしでも普通に見逃しちゃいそう。


 空から来るとなると兎に角目立つ。『亡霊ハリエット』という通称の通り、そもそも目立つ手など使うはずもない。


 そうなるともう透明人間か壁抜けでも使えるのではないかと思わなくもないが、それが不可能ではない事が何よりも頭痛の種。眷属魔法の中にはそういったものもあるらしい。元の世界なら不可能犯罪し放題だ。


 冷たくなってきた風が鉄を震わせ、近づいて来る足音を耳にパンの残りを口の中に放り込み下げていた黒いマスクを引き上げる。


「お一人かな冒険者殿」


 声に振り向けば、夕焼けに輝く赤い複眼。ただでさえ赤いのに、まるで血に染めたかのようにきらめく瞳と黄金色の短かな髪を風になびかせ、鎧神の眷属騎士筆頭、パスク=ロドネー=パスクが立っている。


 立ち上がり頭を下げようとすれば手で制され、袖から伸びる三本指の爪で軽く肩を叩かれた。


「冒険者を雇うとは相変わらずトプロプリスの姫様は酔狂な事だが、三日会わぬ内に雰囲気が変わったね。青い髪の子は一緒じゃないのかな?」

それがしの友人に何か御用ですかな?」

「うん? あぁだって彼女が君達の中では最強だろう? 立ち姿を見れば分かる。あの時もすぐに私を蹴れる体勢でいた。深度六でも数字以上に武に身を染めていた。君は避けるとは思っていなかったのだが、失礼したね」

「別に気にしてませんぞ。あの時は追い出されなかっただけでも御の字」


 いやマジで。服装含めてあの場にいてもいい立場ではなかった。それがし達よりもブル氏の方がだらしない格好だったからか色々見逃してくれたが、姫君の爆弾発言がなければ力づくで追い出されていただろう。カチカチ口の牙をカチ鳴らしてロドネー卿は小さく笑い、それがしの座る隣に腰を下ろした。


「君は変わってるね、蟲人族を目にする者はもう少し顔を強張らせるのだが」

それがしの眷属としての先輩の一人が蜘蛛人族アラクネでしてな。特別嫌う理由とかないですし」

「ほう、君とは仲良くできそうだ」


 差し出される鋭い爪を携えた三本指の手と握手をする。人に似た形をしてはいるが、蜘蛛人族アラクネよりも虫に近い手。複眼と口から覗く牙が蟲人族共通の特徴の一つであるが、頭から伸びている角が何より甲虫族スカサリの特徴。


 騎士らしく整然としたロドネー卿の立ち振る舞いに、見えぬだろう笑みを返していれば、「それは仲良くできるだろうさ」と、少し小馬鹿にしたような口調の新たな声が飛んで来る。


「数の少ない人族と、好かれ難い蟲人族の変わり者同士なら。くくくっ」

「……サパーン卿、仲間外れにされて拗ねずともいいだろう。私も、それに彼も、種族の隔たりはそう気にしないさ」


 同意を求めるかのように肩をすくめるロドネー卿に応えるように、それがしも肩をすくめる。緑色のうろこに覆われた手と足のない尾を震わせて、長い舌を宙に踊らせるとサパーン卿は牙を剥く。


「べ、別に仲間外れにされて寂しいとか言ってないだろうが!」

「マジかお主、男のツンデレは流行らないし流行らせんぞ」


 嫉妬深い=ツンデレなのかは知らないが、最高評議会の時の律された様子と違い、これがサパーン卿の素であるのか。知りたくなかったよそんな事実。「ツンデレ?」と首を傾げながらニョロニョロとそれがしの横に這いずって来るサパーン卿に手を差し出せば、舌を打ちながら握手してくれる。


「別に友好の証という訳ではないぞ。お前達はただの競争相手だ。姫君と婚約するのは俺よ!」

「いや普通に考えて騎士筆頭のお主が捕えても、婚約相手は代表の方で決めるのでは?」

「わ、分かってらあ言ってみただけだ!」


 大丈夫なのか蛇神の眷属筆頭騎士は……。筆頭騎士だし強いんだろうけど、蛇人族ラミアなのに寧ろ毒気が抜かれる。呆れ腕を組むロドネー卿に舌を伸ばすサパーン卿をどうしようかと首を捻っていると、白銀の毛並みが視界の端を撫ぜた。背後にいつの間にかクフィン卿が腰を下ろしている。それがしを睨み付けながら。


「いい気なものね機械神の眷属。武神の眷属は何処にいる? 『神喰い』を追いやったもう一人は?」

「……今別行動中ですぞ」


 皆ギャル氏しか気にしねえな。ってかなんでこのタイミングでそれがしの所に筆頭騎士達が集まって来てんの? 犬神の召集を理不尽に蹴っ飛ばしてしまった為、狼神の眷属相手は気まずいと、こうなれば四人目も何処かにいるだろうと目を泳がす中聞こえて来る「サイン欲しかったのに」と零すクフィン卿の呟き。思わず振り返ってしまう。


「深度六と深度三で『神喰い』の撃退。快挙よまさに! カロカ様は面白くないみたいだけど、関係もない都市の為に立ち上がった貴方達が不用意に神の誘いを蹴るのも変だし、その後一ヶ月の行方不明。理由があるのでしょ? 分かるわよそのくらい。できれば貴方のサインも欲しいのだけれど」

それがしのサインとかゴミだと思いますが、是非仲良くしましょう!」


 笑顔を見せてくれるクフィン卿と握手を交わす。流石は筆頭騎士、人ができている。クフィン卿の手を覆うつややかな毛並みに指を這わせていると、「くすぐったいわ」と言われるので慌てて手を離す。


 そう言えば人狼族ワーウルフで分かりづらいけどクフィン卿女性だったわ。騎士の正装の胸部を押し広げている胸を見つめて咳払いをすれば、「風邪か?」と心配してくれるサパーン卿の声。不敵なのか親切なのかどっちかにしてくれ。


「それよりなぜ皆さん此方に? ここにはそれがししか居ませんが」

「代表達は姫様のご機嫌取りに忙しくて時間まで暇だからなんだよ。うわお、流石人族成長が早いね。どんな手使ったの?」


 口元で女性の声が響きずり下がったマスクを急ぎ引き上げ、張り付いている妖精族ピクシーを摘み上げる。全体的に黄色っぽい光を放つ肢体をバタつかせる騎士正装を纏った矢神の眷属の騎士筆頭、イチョウ卿。何処にいるのかと思えばそれがしの眷属の紋章盗み見てんじゃねえ。


「人族は成長早いし、一桁の時も成長早いとはいえ三日だよ三日! 教えてよその秘密!あたい知りたいなー!」

「教える訳ないだろ常考。強いて言えば師匠ギルドマスターに鍛えられたと言っておきましょう」

「トプロプリスのギルドマスター? 『不沈艦リゼブ』様か⁉︎ 五百年前の大戦の際にトプロプリス最強と呼ばれたッ」

「ご存知なのですかなロドネー卿‼︎」

「あぁッ、大分前に隠居して惰眠を貪る毎日と聞いていたが、まだ矛はさび切っていないらしいね。君を鍛えたか……。会いに来て正解だった。姫君が呼んだのだ、ただの冒険者ではないと思っていたよ。この競走は中々厳しそうだ」


 いや、ただの冒険者だよ。知識と経験を多少伝授して貰っただけで三日で筋力倍増してたりする訳じゃないからね? 舐めていこうそれがしを。過大評価はマジ勘弁。脆弱な人族のままで見ていて。

 

 わざわざ筆頭騎士達がやって来たのは、姫君が呼んだ競争相手の品定めか。全員一気に来たのはおそらく、示し合わせた訳ではなく、抜け駆けしないように見張る為。


 筆頭騎士にはないアドバンテージがそれがしにはある。それ即ち姫君との繋がり。それがししか知らぬ情報を探りにでも来たか。友好的なのは情報を引き出しやすくする為で間違いない。マスクのおかげで表情を隠せるのは幸いだ。頬に眷属の紋章あって良かった。グッジョブ機械神ッ! 別に手のひら返してないよ?


 それが分かれば逆に利用させて貰おう。小狡くしたたかに頭を回せ。それがそれがしの強みだ。『不沈艦リゼブ』に話が移りそうな中、それはそれがし全然知らないし今必要でもないので、咳払いを挟み話の舵を大きく切る。


「いやはや、それにしても筆頭騎士が四人。それがしは外周部にしかいられませんが、流石の怪盗も今日が最後ですかな?」

「冒険者くんは外周部にしかいられないの? あー残念だね、多分あたい達の代表が手を回したんだろうけど、でもチャンスはあるんじゃない? 矢神の都市の神石が盗まれた時だって姫様が視察に来た日だったし」

「ほう? 確か半年前でしたよな? 王族が居る時を狙うとは大胆不敵。他の都市も同じように?」

「んな訳ねえだろうが。どんだけ王族に恨み深いんだそりゃ。姫様が学院に戻られた代わりに、次の都市が狙われた時からは『鉄神騎士団トイ=オーダー』も助力に来てくれたがそれでも駄目。まあトプロプリスもそれで気合入ってる訳だ」


 半年前から始まった怪盗騒動は矢神の都市に姫君が視察に行った日だったのか。怪盗からの予告状が届いたから視察に出向いたのか、視察に姫君が来るからその日に犯行を指定したのか気になるが、そこまで細かく聞くのは変だな。この四人にはあまり疑問を抱えて貰いたくない。


「そんな騒動のおかげで、トプロプリスも私達もエトに援軍送れなかったんだよ。狼神の都市に怪盗が侵入した日がエトが『神喰い』に襲われた二日後でね。私達の都市が四番目」

「それはまた……同盟の証と辺境の都市では仕方ないのですかね」

「だから私達は貴方達に感謝してるのよ、姫様もきっと同じくね」

「んで冒険者よ、姫様から何か聞いてたりしないのか? 怪盗の目星とかさ」


 めっちゃサパーン卿がストレートに聞いて来やがった。ロドネー卿を見てやれ、ちょっとムッとしてるぞ。駆け引き下手過ぎか? とは言えその質問はある意味でありがたい。何故なら目星も何も分かっていないのだから正直に答えればいい。「とにかく頑張れ的な事しか言われませんでしたな」と返せば、サパーン卿は大きく首を横に振った。


「だと思ったけどな。所詮冒険者か」

「一言余計じゃね?」

「まあ私達が金庫の近くにはいるから、今回は気軽にしててよ英雄さん」

「とは言え姫様に頼まれている以上気軽にともいかぬとは思うがな。競争も大事だが一番は怪盗の捕縛だ。お互い万全を期そう」


 そうロドネー卿が締め括り、それがしから美味しい情報は得られそうもないと察してか、筆頭騎士達は離れて行く。ただ一人、それがしの肩に残るイチョウ卿を残して。


 ただ会話を楽しみたいだけなのか、それがしの肩の上でうつ伏せに寝転がり足をバタつかせるイチョウ卿には目を向けず、一秒毎に夜の寒さを滲ませる風の中、三つの背が見えなくなった所で口を開いた。


「容疑者はあの三人の中でしょうかね?」


 その一言にバタつかせていたイチョウ卿の足が止まる。


 肩に掛かる少しの振動は座り直しているからなのか、少しばかりの沈黙を挟んで零されるイチョウ卿の言葉からは可愛さは失せ、一段トーンが下がった。


「なぜそう思う?」

それがしが話を逸らした時、一番に話に乗ってくれたでしょう? 最も危うかった瞬間はあの時。誰も話に乗らぬようならそのまま流れていたでしょう。おかげで欲しい情報を得れた。矢神の都市の代表は若そうに見えましたぞ。姫君と」

「友達だよ。姫君が選んだだけあってただの鈍刀なまくらがたなじゃなさそうね。名前なんて言ったっけ?」

「ソレガシ」

「もう忘れない。覚えた。でも危ういね。あたいが協力者じゃなかったら詰んでたよ?」

「そこはそれ、賭けですぞ」


 大きな笑い声を奏でると、それがしの肩から飛び出して軽やかに宙を踊り回り、優雅な姿勢でそれがしの目の前で静止し胸を張る。異世界で最も小さき種族でありながら、突き刺さるやじりのように鋭い眼光。妖精族ピクシーの騎士から伸ばされる小さな手を見据え、決して握り潰さぬように優しく手を結んだ。

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