2F Return Match 2

 学校へ行く道すがら集中する多くの視線。その向く先はそれがしとギャル氏。それがし達の間を泳いでいる瞳達は、それがしの改造された学ランを見ているのか、ギャル氏の青い髪を見ているのかは定かでない。きっとギャル氏であろう。目立つし。


「それで? それがしに話とは? 生憎人生相談のようなものなら他を当たって欲しいですな。人生相談なら寧ろそれがしがしたいくらいですし」


 向けられる視線達は、幸か不幸か、異世界で魔物の中でも『神喰い』と呼ばれる個体を撃退し、都市エトの住民達からちょっぴり英雄視された時に慣れているのでそこまで気にはならない。今向けられる顔は笑顔ではないが、人狼族ワーウルフなどでないだけ威圧感は薄い。


 それがしの質問にギャル氏は少し言い淀んで唇を波打たせ、意を決したように肘で軽く小突いてくる。一々話の間を保たせる為に打撃を挟む癖どうにかして欲しい。


「ソレガシさ、こっちでもこの三日間ノートに異世界の情報纏めてたじゃん? ずみーに厨二病ウケる!とか言われてたやつ」

「思い出させないでくれません?」


 言われたよ確かに。昼休みに情報纏めてたら横合から急にブッ刺されたよ言葉のナイフで。それがしやギャル氏にとっては異世界の日々は現実でも、他の者にとっては麻薬中毒者ジャンキーの絵空事と変わらない。


 そんな絵空事ノートは、今も鞄の中に入れてある。鞄から取り出しギャル氏に手渡そうとすれば、別に中身が見たい訳ではないらしく、手のひらに押し返された。


「別に中身はどうだっていいんだけどさ? 異世界のこと纏める必要あんの的な? だって帰って来たじゃん」

「確かに帰って来れましたな。ただそれが問題なんですぞ」


 何故帰って来れたのか分からない。それが何よりの不安要素だ。行きも詳細不明。帰りも詳細不明。何も明確な事がない。という事は、また異世界に落ちる可能性があるという事だ。準備するに越した事はない。


 そうギャル氏に説明するが、不満があるのか手に持つ鞄をぐるぐる回し小さくうなる。


「帰って来てからソレガシと一緒にエレベーター乗って実験したけど別になんもなかったじゃんね」

「まあそれは……何か条件があるはずですぞ。それがそれがし達によるのか、異世界あっちによるかは分かりませんが」

「それって取らたぬってやつじゃね?」

「他にも纏めてる理由はあるんですけどな」


 眷属の紋章が消えず、今もそれがしとギャル氏の肌の上に残っているからだ。眷属の紋章が消えてはいないという事は、神との繋がりが今もあるという事に他ならない。事実、この三日間で試してみたが、黒いレンチで機械人形ゴーレムが呼べた。


 眷属魔法が使えてしまうのが少し問題だ。眷属の紋章は感情のたかぶりにも反応する。ふとした瞬間に機械人形ゴーレムを召喚してしまったり、ギャル氏が壁を蹴り壊しでもしたら誤魔化すのも大変だ。


 ここは異世界ではない。


 魔法を使えるというのは面白いと思うし楽しいが、常識の違う世界で披露すれば異常でしかない。気楽に行けもしない異世界の事を喚けば、良くて痛い奴、悪ければ黄色い救急車に乗せられて精神病院行きだ。最悪だと実験動物扱いだろう。


 だからこそ、異世界の常識を噛み砕いて飲み込む必要がある。変化を受け入れられなければ進歩もない。異世界を知った。それがそれがしとギャル氏の新しい常識だ。


「それってアレの所為とか?」


 そう言って思考の海に沈むそれがしをギャル氏は小突き、意識を引き揚げられる。ギャル氏が見つめる先は、学校に向かう為に乗る電車に群がる人の波。ただ、何をギャル氏が見ているのか分からない。


 だからぞわりと肌の上の産毛が波打ち、悪寒が背筋を駆け巡る。


「……どれですかな?」

「ほらあの白っぽい奴。駅の中にいる」


 そう言われて目を凝らすが、白いものなんてどこにも見えない。白、白、探そうにも、駅舎の壁くらいのものだ。駅に足を向けていいのかどうか。遅刻せず学校に行く為には電車に乗るしかないのだが、得体の知れないモノがギャル氏に見えているのなら近付きたくない。


「駅で目を駆け回すような奴は、迷子かお上りさんだけって感じ〜?」


 走らせていた目が目前に固定される。視界の下から迫り上がって来る白い影。


 思わず足が止まり呼吸も止まった。


 浮上して来た白い影は、口元に毒々しい笑みを携えてそのままそれがしの前をよぎり、横に立つギャル氏の体に勢い良く腕を回した。


「ハロハロ〜、セイレーン!稀有レアな場所でセイレーンGETだぜ〜! 今日は朝から幸先よろし!」

「ハロハロ〜、ずみー!なにずみーこの駅から乗ってたん?言ってよー!毎朝時間合わせんのに!今日も決まってんね!毒可愛〜!」


 ギャル氏に抱きついている白く長い癖っ毛を揺らしているちみっ子。ギャル氏のダチコ、修羅の住人が一人、入柿いりがきすみか


 白髪しらがという言い訳を使って髪を白く染めて前髪を編み込み、紺碧こんぺき色のセーラー服に大量のよく分からん缶バッチを貼り付けている少女。スカートから伸びる細い脚は骨柄のタイツに包まれており、どこに目を向ければいいのか迷う。


 一頻ひとしきりギャル氏との抱擁を楽しんだらしいちみっ子は、ギャル氏に回していた腕を解くと、それがしの方にくるりと体を向けてぐっと握り拳を差し出して来た。カラコンを付けているのだろう紫色の瞳がそれがしを見上げる。


「HEY!YO!同志ソレガシ!今日も厨二病ってる?イェア!」

「……はいはい、いえー」

「相変わらずダウナーでめちゃんこいつも通りっぽいね! そう言えばあの厨二病ノート完成した? まだなら言ってよー? あちきがエモいイラスト添えてやんぜ!こう見えて美術の成績最高評価!」

「美術以外の成績は〜?」

「ゴミ箱にぽーいっ!」


 そうギャル氏と笑い合う不思議生物をそれがしはいったいどうすればいいのか。異世界から帰って来た三日間で、ギャル氏の友人達の中で最も友好的に接してくれる修羅の住人。理由は言わずもがな、何故かお仲間認定された。


 それがしが異世界の情報を纏めていた、ちみっ子曰く厨二病ノートが大変お気に召したらしい。


 神の座を求めて争う魔物達の殺伐とした世知辛い世界の中で生きる者達の話がGOODなのだそうだが、妄想ではなく現実である為、GOODどころかBADである。


 ギャル氏、なんか白っぽい変なのいるって言ってたが、十中八九此奴だろ。これ以上に白っぽい変なのをそれがしは知らない。


「んでんでんで? 二人揃ってどうしたわけ? 三日前からめちゃんこ仲良くなっちゃって、まさか今日も学校フケちゃう気ぃ?」

「フケるわけないっしょ。無欠席の記録がワンストライク、ツーストライク、三日で完全にアウト。これ以上んな記録いらないっての」

「相変わらずそうゆうとこはしっかりしてんねセイレーンは。スリーアウトチェンジしたのはソレガシだけ? もうすぐGWゴールデンウィークなんだから、一足早いお休み貰っちゃってもいいんじゃね?」

「それってずみーが学校フケたいだけっしょ?」


 その通りとばかりに謎のポーズを決めるちみっ子にギャル氏は肩をすくめ、電車の来訪時間を知らせる電子掲示板を見上げると、少し急ぎ足で改札へと向かうのでそれに続く。


 ギャル氏よりもちみっ子の方が不真面目であるらしい。意外だとか見た目に反してとか言ってあげたくもあるが、二人とも見た目がぶっ飛んでいる所為で何とも言い難い。


 プラットホームへと出れば、丁度電車がやって来ているところ。人波に逆らわず満員電車に乗り込めば、吊革を掴むそれがしやギャル氏と違い、ちみっ子は吊革に手が届いても触れられるだけで掴めないらしく、何度か足のつま先を上げたり下げたりして最後は諦めたそれがしの二の腕を鷲掴んで来た。なんでや。


「同志ソレガシがいて助かったぜ〜、満員電車ガチで嫌いッ、あちきをサッカーボールの如く小突き回してくんだよ奴らはッ、友達でもねえのにだぜ?」

「自転車を使って学校に行けばいいのでは?」

「そんなのめちゃんこ疲れるし、絵を描く暇もないったら」

「ずみー氏は絵描き志望ですかな? 見た事ないですが」

「それはソレガシが見ようと思ったことないだけっしょ? ずみーが描くテスト用紙への落書きとかレベチぱないかんね」


 落書きしてないでテストは解けよ。だから成績やばいんじゃないの?


 腕のきしむ音に合わせて目を落とせば、腕に掴まるどころかぶら下がってる白いちみっ子。やめろや。それがしの腕はギャル氏と違ってそんな丈夫じゃない。窓に貼り付けられている危険行為禁止の手引きを顎で差す。


「吊革どころかそれがしにぶら下がるとか草も生えない。お主の目にはアレが目に入らないのですかな?」

「人が邪魔であちきには見えねえ」

「これは失敬、ずみー氏の身長の低さに全それがしが泣いた」

「ゲロ甘だね同志、あちきにはまだ第三次成長期が待っているんだぜ!」

「儚いって人の夢と書くそうですぞ?」

「なぜ今それを言った? セイレーン、同志が虐めてくんだけど」

「ね? 意外とコイツズケズケ言うっしょ?」


 何故か笑顔を浮かべるギャル氏に肩を叩かれる。痛いわ。それに合わせてちみっ子が頬を膨らませぶら下がったまま体を小さく揺れるので腕も痛い。だいたい満員電車の中で揺れるんじゃない。ちみっ子の足先がそれがしすねを小突いてきて足も痛い。


 肉体的苦痛が凄いわ満員電車。


 吊革を掴む腕の力を緩めてちみっ子の足を電車の床に下ろしていると、再びギャル氏に肩を小突かれる。それがしの肩はギャル氏専用のサンドバッグではない。少しばかり文句を言おうかと目を向ければ、ギャル氏の目が向いているのは全くの別方向。電車の窓の外に向いている。


「……ほらそれがしアレだって白い変なの。今度は見えた?」


 首を傾げて窓の外へと目を向ければ、確かに白い影が窓の外、流れる景色の中だ家屋の屋根の上をゆったり歩いている。


 歩いている、間違いなく。


 電車の速度は三〇キロから四〇キロはあるはずだ。歩いて並走できる速度ではない。のに、確かに歩いている白い影は電車と並んで歩いている。理解が追いつかない、なんだアレは。


 「なんか見えんの?」と爪先立つちみっ子を少しばかり持ち上げてやれば、「何もないじゃん」と首を傾げられてしまう。


 その事実にこそ冷や汗が垂れる。それがしとギャル氏に見えている以上、幻覚でないのなら異世界に行った事による副作用的なものなのか?


 考えられる事は、未だ神との繋がりが消えない眷属の紋章の効果。魔力を扱えるようになり見る世界が変わったとでもいうのか。


 電車が緩やかに足を止め、見える白い影から逃げるように足早に電車を降りる。


 ちょっと誰か説明してくれ。多分ググっても答え出ねえわ。

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