一.五章 帰還volvo

G Return Match

 それがしの一日は丁髷ちょんまげから始まる。


 無論、それがしまげを結う訳ではない。


 昇降機エレベーターが急に異世界に落ち、三週間犬神の都市エトで過ごし、犬神ゾルポスに呼ばれて聖堂の蒸気式昇降機エレベーター梅園うめぞの桜蓮サレンと共に乗ったところ、元の世界に帰ってきた。


 それが四日前の話。


 異世界から帰って来た際は朝だった為に学校へと登校したが、何より驚いたのは異世界で三週間過ごしたのにこっちでは三日しか経っていなかった事だ。


 そんな訳で異世界から帰還し四日目の朝。元の世界では特に変わってもいない日常。


 畳敷きの居間に置かれている食卓の前に座れば、目の前で丁髷ちょんまげが揺れている。


 眉間にしわを刻み、小難しい顔で器用に箸を動かす男。頭髪とは裏腹に着ているのはしわのないスーツ。言わずもがなそれがしの父親である。丁髷ちょんまげ姿でありながら公務員。


「愚息よ、可愛い子には旅をさせろ。男子三日会わざれは刮目かつもくして見よと言う。故に何処へ何日旅に出ようが愚生は気にはしない。しかし、だ」

「……三日経っても親父殿のまげは変わりませんな」

「お義父上との約束だからな、愚息よ、お前にも分かる時が来る。入婿の辛いところだ。だが姫は褒めてくれるぞ」

「……御袋おふくろ殿のこと姫って呼ぶのやめましょうよマジで」


 食卓に姿ない母親にため息を吐きそうになるのを、味噌汁をすする事で喉の奥へと押し流す。


 それがしの一人称をそれがしにしてくれた今は亡き祖父は大変な時代劇マニアであり、娘はさむらいの嫁に出すという謎の誓いにより、親父殿はこれである。


 愛とは偉大で理解不能だ。


 「で? 御袋おふくろ殿は?」と姿ない母親の所在を聞けば、丁髷ちょんまげをしならせて親父殿は箸の背で閉まっているふすまを差す。


機織はたおりの為にもっておるよ。絶対に中を覗くなと、鶴に身を変じ空に帰られてはたまらない。愛しの機織はたおり師の姿がないと食卓に活気がなあ……」

御袋おふくろ殿は機織はたおり師ではなく和裁士わさいしでしょうに。また怒られますぞ」

「それは困るッ」

「困るのは兄者もじゃろうに、まるで他人事のように。母上が兄者を見たらなげかれましょうぞ。我は愉快じゃ」


 愉快じゃあない。眉をうねらせる父親とは裏腹に、それがしの隣でころころと妹が笑う。


 全く兄に対する敬意に欠けている妹は、今日もまた学校があるのに着物に身を包んでおり、どこに行くのか分かったものではない。かんざしで纏めている黒髪も合わさって風貌には似合っているが、学ランを着ているそれがしを見習え。


「……妹よ、それがしの記憶が正しければ、この七日で時代がさかのぼった訳ではないですよな? お主は中学生だったと記憶してますけども」

「改造した学ランなぞ着ておる兄者には言われとうないですな。どうせ着るなら母上の織った着物を着ればよいのじゃ。三日会わぬ内に学徒の身分で墨なぞ頬に彫りおって」


 笑い声と共に零された妹の一言に顔を歪め、白米を口へと掻き込み味噌汁で胃に流す。碗を置いて咀嚼の度に動く頬に触れれば、そこにあるだろう円の中に三本の黄金螺旋が刻まれた紋章。


 異世界に行き、身分を得る為に冒険者となった事で契約した機械神の紋章。それがしだけでなくどの眷属も紋章の中の何かが増えれば神との繋がりの深さ、深度が分かる。


 それがしは深度三。梅園うめぞの桜蓮サレンことギャル氏は武神の眷属で深度六。眷属になれば特典と、眷属特有のルールに従う必要があり、眷属特有の魔法が使える眷属もいる。


 それがしの眷属魔法は機械人形ゴーレムの召喚、ただそれだけ。神との繋がりが増しても消費魔力が減るだけで使える眷属魔法が増える訳ではない不親切仕様。特典も同じ眷属の製造した物を割引で使えたり買えたりするただの割引券。


 どうなってんだ機械神の眷属。今もそうだ。


 異世界から元の世界に戻って来たのに頬に刻まれた紋章は消えず、更に元の世界の者達から見えない訳でもない。おかげでそれがしはかなり遅めの高校デビュー、不良になったとレッテルを貼られまくる始末。


 大草原以外の何ものでもない。


「それだ愚息よ、何故博徒ばくとに身をやつした? 理由によっては腹を斬れ。介錯は愚生がしよう」

「なにそれ草も生えない。親父殿、刺青タトゥー=博徒ばくとは飛躍し過ぎですぞ。妹よ、なんとか言ってくれ」

傾奇かぶき者としては落第じゃな。兄者、どうせなら髪も結ってはどうかのう? 折角髪型を変えたのであれば、髪留めではなくくしを使ってはどうじゃ?」

「……これはこれでいいんですぞ」


 異世界で変わろうと決めた証。座って傍観している事をやめ、己が色を決める為に、『絶対』に挑むと一人誓ったそれがしに知らずともギャル氏が無理矢理つけてくれた物。邪魔な前髪を取り払ってくれる。異世界だろうが元の世界だろうが世界がよく見えるように。


 生き方も見た目も違うクラスの人気者。冒険者としての相棒。ギャル氏の青い髪もよく見えるように。そう、今も見えている。


 ……何故見えている? マジで見える。縁側の外、青い色をしたサイドポニーが気持ち良さそうに揺れている。


「やっほーソレガシ!ボーン!なに今なんかの撮影中? 住所あってんよね? ここアンタの家で合ってんの?」

「……少なくとも時代劇のセットじゃないですぞ。なぜにギャル氏がいるのですかな?あぁ……夢?そうでなきゃあ幻覚?……そうだここに病院を建てよう」

「……相変わらずなに言ってんか全然分かんないんだけど?」


 それってなんともブーメラン。じゃあないッ。元の世界に帰って来たのに、何故朝から学校でもなくそれがしの家にギャル氏がやって来ているのか。


 それがしが何を聞くより早く、「お邪魔しまーす」と言いながら縁側で靴を脱ぎ鞄を置くと、居間へと踏み入りそれがしの隣にやって来る。


 遠慮という言葉を知らないのか? それがしの朝のおかずに手を伸ばすんじゃない。ここは怠惰な受付嬢のいる冒険者ギルドじゃないんだよ。


「聞いてよソレガシ!三日留守にしただけでママもパパもおかんむりで家にいられないっつーの!ダチコの家に居たって言っても信じてもらえないしさあ、しずぽよも、りなっちも、戻って来てからずーっと男の趣味変わった〜? とか、あーしの男の趣味知ってんのかって話っしょ? ソレガシは新しいダチコって言っても信じねーし、萎えみやば谷園でさげみざわ〜、てゆうかこの卵焼きゲロ美味なんだけど⁉︎ ソレガシ作ったの⁉︎」

「……いや、妹が」

「アンタの妹天才じゃね? あっ、あーし梅園うめぞの桜蓮サレンでーす! ソレガシのダチコ!以後よろー、ってソレガシと妹ちゃん全然似てないしウケる!ソレガシってお父さん似だったんね? そのまげ逆に洒落乙じゃね? ソレガシの家族ドチャクソ沸いてんね!おもしろー!妹ちゃん可愛たん過ぎー!ほっぺ柔らかー!名前なに?」


 何しに来たのこの制御不能生命体。初めて来たはずなのに来慣れてるみたいに振る舞うんじゃない。「あの盆栽風情みがぱない」とすぐに妹から目を移して庭を見ながら笑っているギャル氏をそれがしはどうすればいいのか。親父殿も妹も固まっちゃってんじゃねえか。宇宙人でも見ているかのように二人とも目を丸くしている。


「……ハイカラな娘御だな愚息よ」

「……ハイカラな娘御だのう兄者」


 ハイカラとかリアルで言う奴初めて見たよ。しかもそれが家族とかっ。今何時代? 江戸時代?カレンダーを見れば年号は令和。良かった現代のままだ……。


 口を閉じる事なく動かし続けるギャル氏と、無言で朝食を食べ終えるそれがしとギャル氏を親父殿は見比べて、茶碗と箸を食卓に置くと顎を撫でながら何度か頷く。


「なるほどな愚息よ、相分かった。だがそれは荊棘いばらの道ぞ。お前はさむらいになるのだ。なんの為に芸事を覚えた?」

「少なくともさむらいになる為じゃないですな。全部覚えたら好きにしていいと爺様との約束ですしおすし、だいたい何が相分かったんですかな?」

「ぐっ、お義父上の名を出すのは卑怯だぞッ。いかん、いかんぞっ、帰って来てからは絡繰からくりにまでうつつを抜かしおってからにッ」

「ねえソレガシのお母さんは?」

「聞くタイミングよ」


 親父殿が婿入り侍モードに片足突っ込んでるのに何を呑気な顔をしているのか。親父殿はナンタラ流の剣術免許皆伝だぞ。刀でも持ち出されたら笑うしかない。居間の床の間に正に置かれてるしッ。


「母上は機織はたおりの最中じゃ」

機織はたおりとかっ‼︎ それがしの家日本昔話じゃん‼︎ や、やばいツボった! 家もそうだし、あーしん家の道場よりエグいわ‼︎ ノリがあーしの婆っちゃとそっくり!」

「……道場とな? 愚息よ、是非またその子には立ち寄って貰いなさい。どこの道場かな? 梅園うめぞのと言えば確か……隣町の伝統派空手の名家」

「はいはいはい、もう学校行きましょうな。秒で」


 家で謎の武術談義などされてはたまらないのでギャル氏の肩を叩いて立ち上がらせ、鞄を手に背を押して縁側までギャル氏を誘導し、それがしは急いで玄関に回る。


 背後から聞こえてくる妹の「また来て貰え〜」という必要のないお節介を聞き流し、家を出た。


 純和風の屋敷であるそれがしの家。夜になると落ち武者が出ると近所で噂されているが、それは仕事帰りの親父殿だ。そんな時代錯誤な家の門のかたわらに立つギャル氏は、風貌こそ風景とは真逆だが背筋が伸びているだけに姿勢が良く、我が家との違和感は思いの外薄い。


 そんなギャル氏の格好は、セーラー服だが、改造されてはいないただ着崩された物。それがしの一張羅は改造されたままなのに、左肩の武神の紋章までしっかり隠せて羨ましい限りである。


「ソレガシの家ヤバイね、今度ダチコと来てもいい? 浴衣とか映えそうだしパシャリたいわ」

「ギャル氏の道場とやらに呼べばいいのでは?」

「は? 呼べるわけないじゃん。バカなの?」


 なんでや。ギャル氏の家に呼べないのに、なぜそれがしの家には呼べると思うのか。ギャル氏のダチコである修羅の世界の住人達でそれがしの家を満たそうとするんじゃない。


「それで? なぜにギャル氏はそれがしの家に? 途端に来るなんておかしいでしょうが。三日前に学校へ行った時にりなかったんですかな?」

「なにが? ダチコと居て何にりるわけ? 異世界の事とかソレガシにしか話せないし、それに話したい事もあんし。まあ後は学校でね」

「あぁ……憂鬱な一日の始まりですな」

「は? 最高の一日の間違いっしょ? ほらバイブス上げて!」

「……ypaaaaaa」


 ギャル氏に小突かれながら学校への道を急ぐ。頬に刻まれた紋章が周りから見えないように鞄から取り出した黒いマスクを掛けて。鞄の底に入れてある黒いレンチを一度撫ぜ、鞄を背負いギャル氏に並んだ。


 また今日も新たに貼られたレッテルとの戦いだ。ギャル氏に勧められた黒いマスクの所為で不良っぽさに磨きが掛かっている気がしないでもないが、何かあったらギャル氏の所為にしてしまおう。




 

 

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