3F Return Match 3

「……ギャル氏、それがしに話って」

「あのきもいやつのことに決まってんし」


 ですよねー、とは言わずに苦く歪む口端を引き結び、人混みに紛れてホームを歩く。謎の白い人影。それがしとギャル氏にしか見えていないらしく、振り返れば人混みに紛れて白い影が立っておりあわてて顔を前に戻す。


「……アレ追って来てませんかな?」

「来てんよ? 昨日はもっと遠くにいたけどさ、だんだん近づいて来てて…… それがしは昨日学校で気付かなかったわけ?」


 気付かなかったわ。ってか今知ったわ。昨日もいたとか、今でさえ見えるとは言ってもそこそこ遠いのだが、今より遠くでよくギャル氏は見えたものだ。武神の眷属になって目まで良くなってない?


「何が追って来てんの? 三日間学校来なくなった時なんかあったでしょ? 説明を要求するぜ〜」


 ちみっ子には悪いが、要求したいのはむしろこっちだ。なんなのアレ。


 追って来ている白い影。そうとしか言えない。顔はなく、髪もなく、形もおぼろげで霧が無理矢理人の形を成しているような姿。ただ、存在こそおぼろげであるが、確かな意志を感じる。アレは己が意志でそれがし達を追って来ている。


 何故それがし達を追う?


 それが分からないからこそ不気味であり、気味が悪い。

 

 異世界の事なら異世界の住民に聞くか最悪本を漁ればいいが、ここには冒険者ギルドの気怠い魔神もいなければ、機械神の眷属である先輩達もいない。元の世界であればこそ、異世界から湧いて来たような異常に対して今動けるのは、おそらくそれがしとギャル氏だけ。


 ギャル氏を見れば少しばかり青い顔。勿論髪の色の所為ではない。


 急に朝それがしの家にやって来たあたり、余程怖かったと見える。気付かなかったそれがしと違い、ギャル氏は昨日から見えていたと言った。これまで話さなかったのは、気の所為と思いたかったのか、それがしに気を遣ってくれたのか。


 なんにせよ、それがしに話してくれたのなら、見過ごす事だけはあり得ない。友人を見捨てる事はしない。それが新たに己に重ねた色の一つ。期待には応えたいが、いかんせん情報が足りな過ぎる。


「……ギャル氏、一応聞きますが心当たりは?」

「あると思う?」

「でしょうな……だとすれば」


 口を閉じ、それがしとギャル氏を見上げてくる紫色の瞳を見返す。異世界からの案件、詳しく説明する時間もなければ、白い影が魔物と同じような存在なら、不意に死が付き纏う通り魔殺人とそう変わらない。


 それがしとギャル氏は冒険者、神と契約した眷属であり襲われても多少の耐性があるが、他の者は違う。白い影がそれがし達を追って来ているのなら、今某それがし達の近くにいるずみー氏が最も危険だ。


 ずみー氏をなんとか誤魔化し遠去けて貰おうとギャル氏に目配せする為に瞳を移せば。


 ぬるりっ、と。


 視界の端から白い影が伸びる。


 歪で不確かだった白いもやは空気の薄い層を突き破るように形を変え、五つに分かれると針金のように細い指の先がそれがしとギャル氏の肩に触れる。


 肉がうなり、骨がきしむ。


 柔らかく乗せられただけの手のひらが、重力を増したかのように体を押し潰しにかかって来る。奥歯を噛み締めたギャル氏が振った腕で空気を裂き、霧の腕を払い除けようとするが擦り抜けるだけで触れない。


 首を傾げるずみー氏に気取られぬように、脂汗の滲む表情をなんとか崩さぬように心掛ける。ギャル氏がうめいてもいないのに、それがしが先に折れるのはナシだ。


 肩に置かれた霧の腕を引き剥がすように前に進み、ずみー氏の背を押しながら足早に歩く。


 学ランの肩口が裂けなかったのは救いだが、肩に鋭い痛みが走った。布越しに肉を引っ掻かれたらしい。滲む血が外から見えない事が唯一の幸運か。


「……ギャル氏」

「……うぃ、ずみーさぁ、ちょっとあーしとソレガシチョボパンだから先行っててくんない? すぐ追いつくわ」

「……めちゃんこやばタンなわけ?」

「五秒保つか怪しいですな」

「わぁお……それもう間に合わなくね?」


 苦笑しながらずみー氏は人混みの中を手慣れた様子で走り抜けて行く。それを追うように足早にギャル氏と共に歩けば、横から突き刺さる肘打ち。霧の腕ではなくギャル氏の腕。


「五秒保つか怪しい? バカなの? もっと言葉選びなさいよソレガシッ、変な噂立ったら許さないからガチでッ」

「チョボパンてなんですかな?」

「トイレ行きたいって意味ッ!」

「あぁ……まぁ命を漏らすよりはマシですぞ」

「はぁ、生類わかりみの令」


 その法令制定したの誰? とか考えてる場合ではない。


 急ぎ動きたいのに人混みが邪魔で速く動けない。歩きながら背後を見れば、声も出さず、余計に身動みじろぐ事もなく、ゆっくりと人々の間を歩いている白い影。


 会話もできそうになければ、友好的にも見えない。


 しかもギャル氏の拳も通らない理不尽振りだ。武神の眷属であるギャル氏の攻撃が通らないのであれば、機械人形ゴーレムの弾丸が通るかも怪しい。だいたいこんな人混みの中で機械人形ゴーレムを召喚できない。


「どうするソレガシ? 逃げられると思う?」

「無理でしょうな。電車と並走する速度で歩け、下手すれば壁も透けるかもしれませんぞ。忍者もびっくり」

「……詰んだ?」


 いやまだだ。マスクの位置を元に戻す為に引き上げながら頭を回す。


 何かあるはずだ。この短な時間でも使える要素が転がっているはずである。だからこそ休まず頭を回せ。


 追って来ている目的は不明。アレが何かも分からない。倒し方も、触れ方さえも不明。手の付けようがない。


 ……本当にそうか?


 白い人影は電車と並び歩ける程の速度で動け、危ういどころか余裕さえあった。なのに何故電車の中に入って来なかったのか。ホームに降りたところで手を出して来たあたり、昨日は違ったのだとしても襲って来る為の何らかの境界線を既に越えたと見える。


 なのにそれがし達が電車を降りるまで待ったのは? もう襲うと決めているなら電車の中の方が確実だ。


 攻撃は当たらずとも壁は透けられない?

 それとも密室には入れない?


 もしくは…………。


「電気……ですかな?」

「なに?」

「電車の車体内には電気が走っていますよな? 電車の中でアレが襲って来なかったのは、電気の檻にはばまれた可能性が微レ存」

「やるじゃんソレガシ! で? どうすればいいわけ?」

「さぁ?」

「ダメじゃん」


 そんな事言われても一生電車に乗っている訳にもいかない。柔軟で手のひら返し激しいギャル氏の返事に肩をすくめ、再び思考に埋没する。


 電気が弱点であるなら話は変わる。改造し充電器を付けた機械人形ゴーレムの弾丸なら効果があるかもしれない。問題はどうやって弾丸を通すかだが……。


「やばッ、ソレガシどうする?」


 答えが出ないのもヤバイが、現状も良くない。電車を降りた人々が上り階段で停滞し上手く前に進めない。改札口を通っても、これでは駅を出る前に白い人影に捕まってしまう。


 白い人影の接近を告げるかのように首筋に冷たいものが流れる。焦りだけが足を速める。触れられてもいないのに命が削り取られているかのようだ。


 聞こえぬ死の足音を振り切るように足を伸ばそうとも、人の壁が邪魔で前には強く進めない。



「セイレーン! ソレガシ!」



 改札を抜け二の足を踏むそれがし達を呼ぶ声が響く。


 声の方に顔を向ければ、最近直った駅舎の昇降機エレベーターに乗り、扉を開けたまま手を振っているずみー氏の姿。


 もう先に行ったかと思えば、昇降機エレベーターで待機しているとは。だが昇降機エレベーターは悪くない。昇降機エレベーターも電気の通った鉄の箱だ。ギャル氏と頷き合い、急ぎ昇降機エレベーターの中に滑り込む。


「ずみーマジ救世主メシアっ‼︎」

「へへーん、あんなんで誤魔化されると思う? よく分かんないけどヤバイなら手ぐらい貸すって、ちびぃあちきの手でもいいならだけどな!」

「流石ギャル氏のダチコ、噂に違わぬ修羅の住人ですな」

「……それ褒めてんだよね?」


 いぶかし気な顔を昇降機エレベーターに滑り込み壁に張り付くそれがしにずみー氏は向け、その奥でゆっくり扉が閉まる。


 大きく一度息を吐き、そして、それを手繰り寄せるように白い影が扉の隙間から昇降機エレベーターの中に足を落とす。


 近くで見ればよりよく分かる。形ない歪な影は、近くで見ても輪郭ははっきりとはせず、おぼろげなままそこにいる。薄い見た目とは真逆な強烈な存在感は、幻覚と頭に浮かぶ予想を軽く捻り潰し、鼻先を掠める冷たい匂いが夢の類でもないと示していた。


「ギャル氏‼︎」


 ギャル氏の名を叫べば、下に降りる為に一階のボタンを押す友人を抱き寄せ、ギャル氏が壁際に身を寄せた。降り掛かる重力の中で鞄の中へと手を突っ込み、黒いレンチを取り出し投げる。短な一言を添えて。


起動アライブッ」


 白い人影を突き破り、壁に跳ねたレンチが白影の頭上で機械神の眷属の印、黄金螺旋の紋章を刻んだ。



 プシ──────ッ!



 聞き慣れた蒸気を噴き出す音が昇降機エレベーターの中を満たす。


 周りから見えないのであれば問題はない。ずみー氏に見られたのは不味いかもしれないが、詳細も分からず助けてくれた少女に嘘はナシだ。弾丸も地面に向けて撃てばさして目立ちはしないだろう。核が傷付かぬように、出力制限の改造を入院中に終えている。


 だから問題はないオールグリーン。後はもう外さなければいい。そして外す事は────。



「『絶対』にナシだ」



 ドゴンッ!!!!



 紫電を走らせる蒸気が噴き出す。蒸気纏う弾丸が昇降機エレベーターの床を穿ち、白影と機械の破片を巻き込み噛み砕きながら、射撃音の残響が地を叩く昇降機エレベーターの音に塗り替えられた。



「キャッ⁉︎」「ファッ⁉︎」「うぇッ⁉︎」



 衝撃と共に鉄の箱エレベーターの口の中から外にポイっと吐き出された。床が冷たい。乱れた目に映るのは、アスファルトではなく石の床。天井に伸びている円柱の柱。酷く見覚えがある。


 正確に言うなら、犬神ゾルポスに呼ばれた際に足を向けた聖堂にそっくりである。鼻腔をくすぐる石と獣の匂いが薄っすらと混じった空気。


「なにこれセイレーンやバババババッ⁉︎ 駅地下とかあったっけ⁉︎ でっか⁉︎ うわッ、なんかデカい『塔』が見えんだけど⁉︎ ヤバイッ、ヤバイこれちょ、スケッチブック取って! これ描き残さなきゃ落書きストの名が廃るぜガチで!てゆうか同志、さっきの蒸気噴き出す機械なに‼︎」


 ロド大陸の辺境にある犬神ゾルポスの都、名は『エト』。石畳の上で鞄からスケッチブックを引っ張り出し、慣れた手付きで鉛筆を走らせるずみー氏の背から目を外しギャル氏を見れば、うやうやと口の端を波打たせて石畳に額を打ち付けている。


 ただいま日常、ただいま異世界。


 頼んでもいないのにまた異世界に落っこちた。


 背後へと振り返れば犬神の紋章が刻まれている蒸気式昇降機エレベーターの扉。


 プシッ、と蒸気を噴き出しそれがしの隣に寄って来る機械人形ゴーレムにマスクを剥いで目を落とし、「停止デッド」と口遊くちずさんで噴き出す蒸気の中から黒いレンチを掴み取り立ち上がる。


 取り敢えず向かうべきは気怠い魔神の受付嬢が待つ冒険者ギルドだ。例えオワコンでも、異世界で冒険者が帰る場所はそこにしかない。

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