42F 都市エト防衛作戦 5

 ダルちゃんが結界でも張ってくれたのか、それでも内臓がひっくり返ったような衝撃に耳鳴りが止まず、視界が歪む。


 降り注ぐ鉄屑の雨の隙間からなんとか目を凝らし、へし折れた大牙にゆっくりと潰される飛龍魚ウォランスを見つめた。


 ペキパキパキリッ。


 湖面に張った薄い氷がヒビ割れるような音が響き、舞い散る砕けた無数のウロコ。大質量に押し潰されながらそれでも前進を止めずに僅かながら前へと進む怪物の姿は『神喰い』としての意地なのか。


 だが、意地の張り合いであるならば、今回ばかりは負けられない。


「ギャル氏ッ!!!!」


 届くかも分からない冒険者である相棒の名を叫ぶ。鉄屑の雨が地を叩く音と飛龍魚ウォランスの咆哮に掻き消させて届いてはいないだろう叫びは、ただ確かにギャル氏に届いたかのように、土煙を裂いて青閃が走る。


 青い線に混じる赤い飛沫。鉄屑の雨に身を打たれながらも速度を緩めるような事もなく、空を駆けているかのようにギャル氏は突き進む。


 街の地を覆う土煙と陽の光に反射する鉄屑の雨の輝きの中でもはっきりくっきりと瞳に映る梅園うめぞの桜蓮サレンが空を行く姿。


 表情さえ見えないが、その見つめる先だけは分かる。


 一度轢かれ弾かれたろうに、説明もなく『塔』が吹き飛んだのにその歩みに迷いはない。


 だからこそ、ここからはここから先はそれがしとギャル氏が決める番だ。


 深く一度息を吸い込み、意識をギャル氏が抱える機械人形ゴーレムと重ね合わせる。深く。深く。


 ギャル氏は届く、必ず届く。


 だから後はギャル氏に繋げた『絶対』をそれがしが形にするだけだ。


 背後からジャギン殿とクフ殿が何かを言っているが、『塔』が崩れてしまった今、街を覆う翻訳の魔法は効果を失い、何を言っているのかは分からない。


「……任せてください」


 ただ、言葉の意味は分からずとも、視界の端で瞬くみどり色の複眼と、白銀の毛並みを見れば心は分かる。


 一度折れかけた『絶対』を、クフ殿とジャギン殿が繋いでくれた。普段動かないダルちゃんが、それがし達の為に動いてくれた。


 体の内側が熱い。壊れたそれがしのスマホ以上の繋がりがここにある。神との繋がりよりもきっとずっと深い繋がり。神の為でなく己の為。その想いにこそ応えたい。


「……はぁ、しんど」


 己の内側へと意識を沈める中で、ふと聞き慣れた声が聞こえた。鼓膜を震わせる音ではない。直接頭の中に響くような声。それがしの背をこれまで小突いて来た少女の声。


「髪はボサボサだし、服はボロボロだし、肌も傷だらけで、ゴーちんも重たいし、なんでこんな事してんだろ……」


 荒い息と共にギャル氏の声を拾うのは、きっとそれがしと繋がっている機械人形ゴーレムの核。疲労の隠せていないギャル氏の声色に奥歯を噛む。


「『塔』も急に吹き飛ぶし、意味分かんないし、魚はおっかないし、でも、でもゴーちん。全然動かないけどさ、ソレガシなら大丈夫だよね?」


 肩が跳ねる。ブレそうになる意識を奥歯を噛み締める事で押し留める。『絶対』、『大丈夫』、ギャル氏が口にする言葉は何をもって確信している言葉なのか。


 それが分からない。それがしと行動を共にしてたったの二週間ぽっち。学校のクラスで人気があっただけにそれがしはギャル氏の存在こそ当然のように知っているが、ギャル氏は違うはずだ。


 それがしを信じる核はなんだ? 聞きたくても機械人形ゴーレムには口などなく、面と向かってはそもそも聞けない。聞いたところで素直に答える事もないだろう。


「……河を下れば街があるって言って街があったし、やりたいと思ってもあーしが答え出ない事になんだかんだ答えを出すし、あーしの無理を無理じゃなくしてくれるっしょ? だからこれだって大丈夫っしょ」

「……結局それがしに丸投げですか」

「だいたい教室の隅っこが我が領土みたいな顔してる奴が頑張ってんのに、あーしがやらないわけにはいかないじゃんね。そんなのダサ過ぎて死んじゃうから」

「……寂しくて死んじゃう兎の亜種ですかな?」

「高校入ってすっぱりやめる気満々だった空手まで披露させられて、ソレガシにも三味線の一つくらい披露して貰わないとズルイじゃん?」

「……ズルイとはこれいかに」

「だからそれもパシャって、この街の景色も撮りまくりたいの。あーしと、時たまソレガシ入れて、ダチコになった場所、なくなるなんて嫌じゃんね。その為なら、もうやりたくないと思ってた空手も使うし、怖くたって突っ込める。だから後は頼んだよゴーちん」

「……確かに。頼まれましたぞ」


 言葉など通じなくても見つめる先は同じ。意を決したように亀裂走る洋館の壁を蹴り抜いて速度を増した青い閃光が『塔』の下敷きになっている『神喰い』に並ぶ。


 えらの前にまで辿り着けば、狙うはえらから飛龍魚ウォランスの体内の中央。あれだけの巨体、心臓の大きさも巨大であるなら、撃ち抜けさえすれば心臓を穿てる。


 心の中で掴むコントローラーのスティックを緩やかに回し、早鳴る心を写すように稲妻を呼ぶ。


 瞬間。


「ブォォォォォ────ッッッ‼︎」


 神を喰らう者の咆哮が街を覆い、地に押し付けるように背に乗っていた『塔』を、くの字に曲げられ跳ね上げられた飛龍魚ウォランスの背が押し上げる。


 大地を叩き建物に引っ掛かっていた翼を引き千切って前へ前へ。


 『神喰い』の相手は神であると、追い掛ける人を嘲笑うかのように横に並んだギャル氏を置き去りに、着地のまま前へと飛龍魚ウォランスの体が滑り出る。その衝撃にギャル氏の体勢が僅かにブレ、血で滑ったのか、機械人形ゴーレムがギャル氏の手から宙へと浮いた。


停止デッド


 瞬きはせず、身動ぎもせず、ただ一言。焦りはない。迷いもない。ギャル氏ならきっと『絶対』に決める。


 それに合わせるには、頭の中、想像するだけでは足りない。割れている爪。血の滲む左手の人差し指だけを伸ばし、『神喰い』に向けて他の指を丸め左腕を伸ばす。左手に右手を添えて握り込む。


 想像イメージしろ撃ち抜く形を!


 それがしに残されたできる事は、ギャル氏を信じて心の引き金を引き弾丸を吐くだけ。


 意地の張り合い。『神喰い』よりも誰よりも、突き進むギャル氏に負けたくない。


 梅園うめぞの桜蓮サレンは届くだろうから、それがしだって届けてみせる。



 ──────ガチリッ、と。



 歯車が噛み合った音がした。強く蒸気を噴き出し、地に落ちようとしていた機械人形ゴーレムは、触媒である黒いレンチへと身を戻すと宙に数瞬留まった。


 その黒鉄の輝きを黄色い瞳に写し取り、ギャル氏が強く歯を噛み合わせる。


 弓を引くように後ろに伸ばされる長くしなやかなギャル氏の右足。左肩に浮かぶ武神の紋章が星のようにまたたき、ギャル氏の体を駆け巡る青い光の粒子。


 飛龍魚ウォランスの咆哮、街を這いずり轢き潰される街の音、鉄屑の雨音、音の嵐の中であっても、心から零されるようなギャル氏の言葉が、聞こえないはずなのにはっきり聞こえた。


「駆けよ駆けよ、その身届かぬ事なかれ。賎民の足が落ちる先、簒奪者の領土であれかし。眷属魔法チェイン深度五ドロップ=ファイブ、『踏破の道程シルクロード』。行っけえソレガシ────ッ‼︎」


 振り切られる右足が、彗星のように粒子の尾を引く。鋭く、しかし柔らかに。黒いレンチを矢のように蹴り放つ。


 爪の割れている左手を、伸ばす人差し指だけを残して強く握り込み事で、感じる痛みに強く目を向け、『外すかもしれない』と浮かぶ余計な考えを削ぎ落とす。


 青い光の尾を引く黒いレンチが、回転しながら這い進む飛龍魚ウォランスに横並ぶ。そして、ゴールテープを切るように巨大なえらの先へと踏み出した。



「────起動アライブッ」



 差し向ける血の濡れた指が起動ボタンを押し込むように、指の先で瞬く白い光に呼応して、黒いレンチが空に描かれた機械神の紋章である黄金螺旋に飲み込まれる。


 蒸気を噴き出し螺旋の黒穴から飛び出た機械人形ゴーレムは、緩やかに身を回転させ、纏う蒸気に紫電を浮かべた。


「……『絶対』だ」


 プシ──────ッ!!!!


 電磁蒸気砲コイルガンッ。


 噴き出す蒸気と舞う紫電。


 細い飛行機雲を引くかのように螺旋回転して進む鋼鉄の弾丸が、えらに飲み込まれ突き抜ける。


 従える色を蒸気の白から赤に変えて。


 幾十の家屋を突き破り、城壁に突き刺さると黄金螺旋の跡を刻んでようやく弾丸は動きを止めた。


「ブォォォォォ────ッッッ⁉︎」


 一度大きく目を見開き、飛龍魚ウォランスは数度激しく痙攣すると、跳ねる事なく地を滑る。ぶち当たる建物が勢いを緩め、聖堂の手前で前進を止める。


 それと同時に崩れるそれがしの膝。


 疲労から? 安心して?


 どれも違うッ。


 ただただ全身が痛いからだッ‼︎


 爪のヒビ割れが伝染したかのように体にヒビが走り血が滲む。


 意味が分からないッ。てか痛過ぎて声が出ないッ。


 神経を突かれるかのように鋭い痛みと痺れが全身を襲い、息が詰まる中背を叩かれ、その痛みに荒く息を吐き出しなんとか目だけを動かし見れば、ダルちゃんが指先に灯した火で宙空に文字を書く。


 『塔』が壊れ街を覆う翻訳の魔法が消失したとしても、神との契約の紋章のおかげで文字は読める。ダルちゃんが書く事によるとジャギン殿曰く。


『ほら稲妻など使うから核が傷付いたンダ、機械人形ゴーレムは己が写し身だと言ったダロウ。核が壊れればソレガシも死ぬゾ。もっと大事に扱えバカァ!』


 とのこと。道理で外装があんな丈夫な訳だわ、ってか痛覚も普通に共有してるどころか命まで共有しちゃってんじゃねえか!そりゃお一人様一体限りだわ‼︎


「…………帰っデッ……てて下さい


 そんな身の危険を感じるような物を壊れた街中に放置しておけないと、機械人形ゴーレムに帰って貰う為の言葉をなんとか絞り出したところで視界に暗幕が落ちた。


 最後に瞳が拾ったのは、横たわる『神喰い』と、空から落ちて来た黒いレンチを掴む青髪の乙女の後ろ姿だ。


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る