41F 都市エト防衛作戦 4

 『塔』の中、張り巡らされている蒸気パイプを見上げ見下ろし、袖をまくって細長く息を吐き出す。


 遠くから響く破壊音と空気の震え、聖堂の位置は分かっている。そこに繋がる道が『神喰い』の進行方向で間違いない。


 爆弾など持っていないが、『塔』であればこそ爆破は難しくないはずだ。蒸気パイプのバルブをわざと緩め、『塔』の片側を蒸気で満たし、魔力蒸気に魔法をぶつけて着火させてやればいい。


「ソレガシ‼︎ 『塔』の爆破など何を考えていル‼︎ 機械神の眷属の底力などト、機械神の名を一躍広めたのは『塔』の製造のおかげダ!その『塔』を爆破などしたら神の反感を買うゾ!祟られたらどうスル⁉︎」

「いや今そんなのいいんで! 時間がないですからな!」

「ソレガシ無理だ! 爆破しようが今からじゃ間に合わないよ!」

「知ったこっちゃねえ!」


 先輩達の忠告を咀嚼して飲み込まずに目の前に伸びる蒸気パイプへと跳び移る。


 まだ結果が決まっていないのに、できる事が残されているのに座してはいられない。錆び付いた蒸気パイプのバルブをレンチで叩き緩めれば、金属音に混ざる先輩達の叫びを、更にバルブを叩くレンチの音が塗り潰す。


「ソレガシ‼︎ 元の世界に帰るのがソレガシ達の目的だろう‼︎ そんな事してなんの意味があるんだい⁉︎」

「『絶対』を知れる!もう座っていなくて済みますな!」

「意味が分からン!そもそも『塔』を爆破する意味を分かっているのカ!」

「分かっててやってるんですぞ!分かってて……分かってる‼︎」


 力任せにレンチをバルブに振り落とす。金属の響きに手が痺れるが、それを抑え込むようにレンチを精一杯握り締める。絶対に手放したりしないように。


「『塔』が壊れれば街を覆う翻訳の魔法が途絶えるでしょうが、エトの住民はほとんどが人狼族ワーウルフであるが故にそこまで困らんでしょう! それに放って置いても神が喰われ街が失われるなら、今使える『塔』を使わずいつ使うのか‼︎ それにッ‼︎」


 肩で大きく呼吸をし、額の汗を拭って今一度レンチを握り込む。


「……眺めるだけは飽きましたぞ」


 教室の隅が固定位置。結界ででも区切られているかのような見えない壁に囲まれた内側で、笑い合う誰かをいつも見つめるだけで、その中にそれがしはどこにもいない。


 楽しいを探しても、その多くはそれがしにとって眺めるだけなのだ。


 それに何も思わなくなったのはいつからだったか。


 座り眺めるだけで、絶えず周りの世界は動いている。その隅にそれがしはいつも佇んでいるだけだ。


 そんなそれがしと 梅園うめぞの桜蓮サレンは違う。


 眺めるのではなく、眺められる者。


 動く世界の中心に居座り、楽しいの中にきっと身を浸している。


 異世界に来た事よりもなによりも、一番の変化はそんなギャル氏と関わり合いを持った事だ。


 眺めていただけの暗闇から理不尽に蹴り出された。


 やかましいし、我儘わがままだし、理解不能で理不尽で、よく怒りよく笑いよく蹴ってくる小憎たらしい小悪魔で時に可憐で苛烈。


「楽しかったんですぞ変わるのが。世界が変わった事じゃない、世界の見え方が変わった事が。それがしに期待し、共に無理に挑める事が。座っているだけでは見れない世界が目の前にある。それがしに何ができるのかなんて、そんな事やってみなければそれがしにだって分からない……だから、だからっ、それがしは『絶対』が欲しい‼︎」


 ギャル氏が何を思っているのかなんて、そんな事見ただけでは分からない。考え方もそれがしとは違う。それでもそこに言い訳や嘘は存在しない。


 助けたいから助け、やりたいからやる。


 答えはきっと単純な事だ。


 それでいい。


 やらなくてもいい理由を探している時間が勿体ない。やるべき理由を探し積み上げる方が百倍マシだ。


 ギャル氏はそれがしを信じて今も街を駆けている。ならばそれに応えなければ嘘だ。できないやれないなんて言ってられない。


 スライム討伐の時のような偶然な救いはいらない。それがしの手で無理も不可能も押し除けて、単純で明快な『絶対』を掴み取りたい。その色をこそ己に重ねたい!


「神よりもそれがしはギャル氏が怖い! 『絶対』と言い切る輝きが‼︎ 手を伸ばせるのに伸ばさなきゃここにいる意味ないでしょう‼︎ クフ殿だってそうでしょう? 機械神の眷属になり五十年で黄金螺旋の数が八。尋常じゃない積み重ねがなければそうはならないんじゃないですか? 知りたかったのでしょ自分の限界が!自分に何ができるのか!やりたい事はやればいいのだ!それが間違いでないのなら、咎める方が間違えている‼︎ これが今それがしのやりたい事!ギャル氏の言う『絶対』を形にする事が‼︎ 楽しいを作り出す事が‼︎ それがしそれがしの手でそれを掴む‼︎」


 バルブを渾身こんしんの力を込めたレンチで叩けば、錆びたバルブは緩まず千切れ、その断面から蒸気が噴き出す。


 腕をかすめるその蒸気の勢いに目をしかめる中、蒸気パイプを挟みしがみ付いている足が滑った。蒸気パイプを掴む左手の爪が割れ血が滲み、ズルリと蒸気パイプの継手金具に触れていた足先が虚空を踏む。


「ヅッ、それがしは手放さんぞッ!」


 ゆっくりと爪先から滲む血が、蒸気パイプの肌に一本の朱線を引く。この程度、飛龍魚ウォランスに轢かれて機械人形ゴーレムを手放さなかったギャル氏に比べればなんて事はない!


 手近の蒸気パイプの継手金具に足を伸ばし────。



 ────バキリッ。



 再び踏んだ継手金具が砕け、蒸気パイプが凹む音。体が下へと……落ちては行かずに宙に浮かぶ。蒸気パイプに爪を立てて張り付く銀色の毛並み。それがしの背を掴んでいる逞しくもしなやかな腕。


「……困った後輩だ。そこまで言われちゃウチも黙ってられないね。技術を修め神との繋がりの深度を深めたのは、ソレガシの言う通りもし同じ場面に出会でくわした時にもう後悔したくないからさ……ジャギンッ!」

「エーイッ、どうなっても知らんゾ!世の流れに逆らうナド、それも浪漫カ? やるからにハ、オマエの流れを見せてみろソレガシ‼︎」


 蒸気パイプに蜘蛛糸を貼り付けそれがしの隣に足を落とすジャギン殿。


 それがしの腰のベルトにあるスリングフックを掴み、伸ばして継手金具に引っ掛けると、ジャギン殿はそれがしのウィンチのレバーを下げてそのまま下に蹴り落とす。


 強い負荷を受けて激しく蒸気を噴き出すウィンチの駆動音が強さを増す程に、クフ殿とジャギン殿の姿が遠去かる。


「ソレガシ‼︎ 上でバルブを緩めるのはウチらに任せな‼︎ ソレガシは『塔』を倒す方向の蒸気パイプを根本から止めろ‼︎ それで時間を大幅に短縮できる‼︎」

「ッ、了解ですぞ‼︎ ありがとうございます先輩方‼︎」


 あっという間。姿の見えなくなった先輩達に礼の言葉を叫び、『塔』に己の言葉が反響する中、着地の前にウィンチのレバーを上げて勢いを殺し、ワイヤーを切り離して着地する。


 目指すのは『塔』の最下層で一列に並んでいる多くのバルブ。閉めるバルブ達は外から響いてくる振動の方向が教えてくれる。強く振動のやって来る方向を中心に、なるべく倒れる方向を限定する為に二七〇度分閉める。


 一つ一つ漏れがないようにしっかりと急ぎ足で。肌に浮かぶ汗が邪魔だ。学ランの上着を脱ぎ捨て、バルブを回しレンチで叩き締める事数十回。


「ソレガシ‼︎」


 バルブを緩め終えて一部だけ通りの良くなった蒸気パイプを残し、先輩達が降りて来る。準備は終えた。だから後はッ。


「着火だ! 魔法を撃ち込めばそれで吹き飛びますぞ‼︎」

「ッ、本当にやるとはナ!ソレで誰がやる‼︎」



 ジャギン殿が舌を打ち、クフ殿と顔を見合わせる。


 誰ってそれは……。


「……翻訳の魔法と同様に、眷属関係なしに使える魔法はッ!」

「そんなの魔力の扱いに長けた種族でなければ無理ダゾ⁉︎ 弓なら使えるが攻撃魔法は専門外ダ‼︎」

人狼族ワーウルフは肉体が屈強なだけに、種族固有の魔法でも簡単に使える魔法はないからねッ」


 ここまで来て肝心の爆破ができないとかッ⁉︎


 どうする? どうすれば着火する事ができる?


 ジャギン殿かクフ殿に機械人形ゴーレムの召喚を……ッ、いや駄目だ! 魔力蒸気を誘爆させようというのに、下手をすれば機械人形ゴーレムにまで誘爆する! ただでさえ力を借りたのにそれ以上は借りられない!


 だがここまでやって無理でしたはもっと通じない‼︎ ギャル氏にまで繋ぐにはどうすればッ。


「────おっ? やっぱり『塔』を使って叩き落とす気だった? あたしの読み通り。ソレガシならそうすると思ったんだよねぇ。一から準備するのなんて超絶面倒くさいしさ」

 

 蒸気で開くはずの『塔』の出入り口である鉄扉が熱に溶かされ変色し、隙間から差し込む光と共に流れて来るのは気怠げな声。


 溶け広がった鉄の上を顔を歪める事もなく歩いて来る赤毛の少女は口に薄っすら笑みを貼り付け、向けられる視線に頭に乗ったカチューシャを捨てる事で応えた。


「……ダルちゃん?」

「待ってるのも暇だしねー。超絶。サレンとソレガシが頑張ってるから、その情熱にあたしも乗っかってみようかなって。釣り合うよう頑張るんでしょ? 頑張って見せてよ、このダルカス=ゴールドンに」

「ゴールドンッ⁉︎ 冒険者ギルドの受付嬢はゴールドン家の者だったのカッ⁉︎」

「知っているのかジャギン殿⁉︎」

「魔法使いの一族の中でも名門中の名門だゾ! 八つある大陸の王都のどこでも貴族として扱われる程の名家!何故そんな一族の者が辺境の都市で冒険者ギルドの受付嬢などをやってイル⁉︎」


 そんなこと急に言われても全く知らないけど、やっぱりダルちゃん只者じゃないじゃないかッ⁉︎ なのになんで一番やる気がないんだよ⁉︎ いや、そんな事よりッ‼︎


「ダルちゃん、渾名以前にマジで名前ダルちゃん⁉︎」

「はいはーい、ダルちゃんだよー。花火は打ち上げてあげるから、釣り合って見せてよソレガシ」


 『塔』の中央まで歩いて来たダルちゃんが背を向ける。ダルちゃんから溢れる熱気が受付嬢の服の袖やスカートの端を燃やし千切り、服の背中がその下の下着ごと焼き切れて、背に刻まれている炎神グラッコの眷属の証である紋章を曝け出した。


 丸い紋章の中に描かれるのは、緩やかに弧を描く蛇のような炎のうねり。その炎線数える事十本。


 赤い光の粒子がダルちゃんの体を駆け巡る。


 輝く背の紋章からズルリと這い出る淀んだ炎の蛇が、ダルちゃんの言葉と共にしなやかに振るわれる腕の動きを追うように、頭を持ち上げ弧を描きながら宙を走る。


「泥酔した蛇の骨、喉を掻き毟り肉を剥げ、渇き、渇く、虚空を呑み込み癒えぬ飢えを潤すは隙間風のフランベ。眷属魔法チェイン深度十ドロップ=テン、『我に落ちる者はなしサイドワインダー』」


 炎神の眷属が両手の指を絡め組むのと同時、十頭の炎の蛇が寄り集まって描くは球。十の尾に十の牙が喰らい付き、骨を噛むような音に合わせて青白い光球が空へと昇る。触れる鉄製の蒸気パイプを溶かし、漏れ出る魔力蒸気さえも飲み干すように焼き払う。


 炎神の太陽の光に『塔』の内部が強く照らされ、それがし達の前にダルちゃんが滑り移動し指を振った刹那、より強い光と衝撃が周囲を包んだ。



 ────ドッ!!!!



 犬神の街にそびえていた大牙を模した『塔』が弾け飛ぶ。根元は焼失し、降り注ぐ鉄屑の雨の中、街の中へと走り渡る熱気と土煙の波に当てられて足の緩んだ『神喰い』を影が覆った。


 へし折れた大牙が飛龍魚ウォランスの巨体の背に沈む。


 その影を縫うように、空に一筋の青い閃光が走り抜けた。


 

 

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