40F 都市エト防衛作戦 3

 重力のままに落ちようとする機械人形ゴーレムをギャル氏は手を伸ばし掴むと、艶やかに光る『塔』の側面に沿って走り出す。


 青い残光を引きひた走るギャル氏の姿は慣れたもの。


 元の世界からやって来て既に三回も、眷属でさえない時に飛び降り、又は落ちているのだ。

 

 強靭な肉体で一度技を行使したが故の自信も相まってか、『塔』のつるっとした肌の上を走る足の動きに迷いはない。


 そうは思っても、実際に『塔』を駆け下りるギャル氏の姿に多少面食らいながら、街から要請された待機場所に感謝する。


 『塔』が街の中央にあって助かった。


 街の中にどの建物よりも高層である事で、どこから飛龍魚ウォランスが来ても分かる。どこから来るか分かるのなら、ギャル氏の足で一直線に距離を詰められる。


「ソレガシ⁉︎ サレンが落ちたよ! どうするつもりだい⁉︎」

「落ちたんじゃなくて走ってるんですぞクフ殿。このタイミングが……恐らく唯一の勝機」


 クフ殿の叫びを聞き流し、ギャル氏と飛龍魚ウォランスの動きから目を離さない。


 ダルちゃんの言った通りだ。成熟し切っていないからこそ、飛ぶのに慣れていないだけに軌道が低い。あのままでは城壁を越えられずに衝突する。


 だが、それこそが狙い目だ。


 体長が数十メートルはあるような巨体を叩き落とすなどそもそも不可能に近い。ならば相手に合わせて貰う。神を喰う者と冠されるような怪物であるなら、間違いなく城壁は喰い破るだろう。


 だが確実に足取りは鈍り、一度は地面に落ちるはず。あの巨体を再び浮かび上がらせるのは、翼に慣れていないなら至難の業であるはずだ。


 だからこそ、城壁を喰い破り足が止まった瞬間に合わせ一直線にギャル氏が肉薄し、機械人形ゴーレムの弾丸で飛龍魚ウォランスえらから心臓を穿つ。


「無茶だぞソレガシ、初期の状態じゃ厳しいと冒険者ギルドの受付嬢も言っていたダロウ! 砲身の改造はしていないゾ!」

「特別な改造はね」


 砲身の改造。生憎そんな多くの時間はなかったし、特別な材料もある訳でもない。だが、改造は終わった。スマホの充電器、蒸気を用いた発電機は確かに完成した。


「雷と魔力蒸気は相性が良くないとは聞きましたけどな。弾丸の射出の瞬間だけに使うなら問題はないはずですぞ」


 雷と魔力を含んだ蒸気の相性が何より悪いのは、魔力が塗り変わるだけに留まらず、蒸気の水分を伝わって急激に、爆発的に雷のエネルギーが広がるからだ。


 この世界で言う電気=稲妻のイメージでは威力が高過ぎ弾丸を射出する以前に砲身どころか機械人形ゴーレム本体が吹き飛ぶ恐れがあるが、微量の電気だけなら砲身を保たせて貫通力を増す事ができるはず。


 焦らず、状況を観察し、ギャル氏と呼吸を合わせて飛龍魚ウォランスの歩みが止まったと同時に遠隔から機械人形ゴーレムを操作し、弾丸を心臓に通せれば勝てる。


 ギャル氏が『塔』を駆け下り終え、家屋の屋根を蹴り砕き飛翔するのに合わせて、城壁上の警備部隊の健闘虚しく、勢いを緩める事もなく『神喰い』の牙が城壁の肌に鋭くめり込んだ。


 遠方からでも聞こえる煉瓦レンガの壁が砕け粉となる咀嚼音。


 一噛み。


 大口の噛み付きにスポンジの如く城壁はえぐられ、そのまま抵抗の余韻さえ感じさせず内側に城壁が弾け飛んだ。


 吹き飛ぶ煉瓦レンガの赤い飛沫。ウロコの上で煉瓦レンガの破片を転がしながら、飛翔魚ウォランスは大通りに下腹を滑らせる。


 はためく翼は石造りの大地を叩き、空は舞わず砂埃を掻き混ぜるばかり。巨体の動きが確かに止まった。城壁の中に踏み入れた一歩、その足音こそが死を呼ぶ死神の足音。


「……信じますぞギャル氏」


 額から流れる汗が睫毛まつげに触れる。まばたきさえせずに見つめるのは、家屋の屋根や洋館の壁を蹴り砕き進む青い閃光。


 動きは止まったが長くは続かないはずだ。転がり回られ続けでもすれば狙いが定まらない。


 一瞬。一瞬の交差で勝敗が決まる。


 親指の爪を噛みながら目を細める。ギャル氏と飛龍魚ウォランスの距離が縮まる。青い輝きが巨大な魚の前へと飛び出す。



 ──────ガチリっ。



 親指の爪を噛み合わせた歯が噛み切る音。機械人形ゴーレムの中で砲身に弾丸が装填される音。そして、飛龍魚ウォランスが大口を噛み合わせる音。


 三つの噛み合う音を、続く破壊音が押し潰す。


 巨体を柔らかにくねらせて、『神喰い』が神を目指し家屋をき潰しながら大通りを突き進む音が。



「ブォォォォォ────ッッッ‼︎」



 青い輝きが『神喰い』の咆哮と共に巨体にかれ、土煙の中へと沈んだ。


 それがしの内側で、骨を軋ませ心臓が強く跳ね、意志に逆らって体の動きが強制的に止まってしまう。


 息ができない。脂汗が滲む。



 『絶対』は──────ッ。



「…………ある」


 宙に赤と青を混じらせた線が砂埃のヴェールを破り宙を舞う。何かを抱え込んだように屋根の上に転がる少女。少女の腕の中の鈍い輝きは機械人形ゴーレムの輝き。


 盾にでも使えばいいのに身をていしてそれがし機械人形ゴーレムを守るなど……ギャル氏が諦めていないなら、それがしが諦める道理はない。


「……ソレガシ」

「……ここが……あるかも定かでない、それがしの意地の張りどころですぞ」


 ────考えろッ。


 考えろ考えろ考えろッ。


 普段回していない頭を回せ!


 詰まりそうな肺を無理にでも動かし、頭へと酸素を送り続けろ!


 今、それがしの瞳には何が映る?


 飛龍魚ウォランスは聖堂に向けて突き進んでいるが、翼が邪魔して歩みは遅い。


 だが、動かれるだけであの巨体は脅威だ。正面から戦うのは今のそれがし達には厳しく、足を止めるのに都市の者達の力は頼れないなら────。


 必要なのは『神喰い』の歩みを止められるような強大な一撃。


 それさえできれば、必ずギャル氏が勝利へと引っ張ってくれる。やると言ったらギャル氏はやる。


「……ジャギン先輩、レンチを貸して貰えますかな?」

「どうする気ダ?」

「機械神の眷属の底力、見せてやりましょうとも」

「機械神の眷属の底力? 何をする気だいソレガシ、ソレガシの機械人形ゴーレムはサレンが持ってるだろうにさ」

「……『塔』を爆破し『神喰い』に落とす!」

「「ハァ⁉︎」」


 ジャギン殿から投げ渡されたレンチを掴み取り、先輩二人に叫びを浴びせ掛けられる中、『塔』の白い肌を一度見上げ、中へと足を踏み入れる。


 

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