39F 都市エト防衛作戦 2
肌を撫ぜる風は冷たく、この世界に四季の概念があるのかは不明であるが、恐らく肌に浮かぶ冷や汗に季節は関係ない。
『塔』の見晴らし台の上。いつもなら街を飛び交っている配達人達の姿はなく、眼下の街からも活気は失せている。
防衛の依頼を受けたのはいいものの、配属先はまさかの『塔』。警備部隊と演習さえしていないだけに、連携の邪魔になると判断されたのだとしたら運は良い。
街を取り囲む城壁の上に立つ警備部隊員達の影を見下ろしながら目を細め、小さくため息を吐き出せば、横に座るギャル氏にそれを拾われた。
「どしたんソレガシ?」
「……警備部隊の犬神の眷属達。期待はそこまでしてなかったですけども、思ったよりもずっと」
「使えなさそうって?」
あまり大きな声で言いたくはないが、聖堂にいる眷属ならいざ知らず、犬神の眷属の紋章は犬のような紋章の牙の数で神との繋がりの深さが分かるそうであるが、警備部隊の隊長で牙三つ。後は一つか二つの者しかいないらしい。
若い神、若い都市とは聞いていたが、想像以上に低い。部隊長でこの世界に来て二週間ばかりの
「だから言っただろうソレガシ。人族は成長が早いとナ。その分すぐに老けてしまうガ」
背後から聞こえて来るジャギン殿の声を耳に口端を歪めた。そう老ける老ける言わないで欲しい。黄金螺旋三つに増えるまで十五年掛かったと言ったジャギン殿の言葉を考えるに、長命な種族は寿命が長いだけに成長も緩やかなのだろう。それが今はもどかしい。
「ジャギン殿は逃げなくていいんですかな? ……クフ殿も」
振り返れば立っている先輩二人。二人ともが険しい表情を浮かべており、腕を組んで佇んでいる。普段冒険者ギルドに依頼している『塔』の整備もないあたり、避難していても良さそうなものだが。
「組合とコノ街の契約期間内だからナ。『塔』が健在でアル内は離れられナイのダ。無論防衛は契約外ではアルのだガ」
「……だからソレガシ達は今からでも避難しな。その方がいいさ。『神喰い』は甘くはないよ。率先して立ち向かうような相手じゃないさね」
「クフっち心配してくれんの? 大丈ブリ大根だって。コトコトしてん内にどうにかなるっしょ」
「ならないから言ってるんだよっ」
普段なら笑うようなギャル氏の軽口にクフ殿は鋭い牙を剥く。『塔』の整備が中止になった日。恐らくいの一番に『神喰い』襲来の話を聞いてから、どこかずっと張り詰めている。
今もそうだ。
いつもならドンと構えているような人なのに、ソワソワと落ち着かず、作業服のズボンから伸びる尻尾も忙しなく左右に揺れている。落ち着かない内心を表すかのように。
「まだ成熟し切っていなくても『神喰い』は『神喰い』。その都市の神に勝てると本能で察するが故に向かって来るんだ。神の生存競争に無理に手を出すもんじゃないよ。見たくないものを一番近くで見る羽目になるだけさ」
「……一度街を失い眷属ではなくなったクフ殿のようにですかな?」
そう返せば、クフ殿は口を閉ざし目を見開いた。『神喰い』の話を聞いてからそれとなく察した。クフ殿の方がジャギン殿よりも歳上であるにも関わらず、機械神の眷属として繋がりの浅い訳。
機械神の眷属の前に他の神の眷属であったなら納得できる。なりたい眷属とは違ったとも言っていたし、眷属の紋章を失い、それでもまた契約をしたのは失ったこれまでが何処かに残っていると期待しての事なのか、それは
ただ今言えるのは一つだけ。
「大丈夫ですぞ今回は」
「……なぜだい? 絶対に勝てる自信があるのかい?」
「ないですぞ」
あるはずがない。昨晩考えに考えた結果、それなりの手立ては形にしたが自信などない。
即答すればクフ殿は口を開けたまま固まり、隣では一晩中似たような説得を受取拒否し続けたからか、ジャギン殿は無言で肩を
「
「絶対勝てるに決まってんじゃん」
「と、ギャル氏が言うので大丈夫ですぞ『絶対』に」
笑って拳を向けて来るギャル氏と拳を合わせる。
不安はある。いや、不安しかない。だがそれでもギャル氏は『絶対』を口にする。中身はないが、そこまで言うのなら『絶対』は存在するのだろう。きっとそれは、信じなければ『絶対』ではなくなってしまうのだ。
不可能だろう『絶対』ではなく、できると信じるが故の『絶対』。
やるだけやると決めたから、その芯だけはブラしたくない。『絶対』はある。だから
「……無謀だね」
「でしょうなぁ」
笑う。不安を吹き飛ばすように、後ろ向きな考えは今はいらない。馬鹿になれ。一人ただ座っていた教室の隅から飛び出すかのように楽しい事だけに目を向けて。
「……来たゾ」
城壁から聞こえて来る
遠目で眺めようとも分かる巨体。
『神喰い』、
「ブォォォォォ────ッッッ‼︎」
響くのは滝壺に落ちる水のような重々しい泣き声。胸ビレだったヒレは大きな翼に変わっており、凶暴な
視認できる距離にまで来たなら後はやり切ってみるだけ。
もうどうにでもな~れ、とばかりに口の端を力任せに吊り上げてホルスターから黒いレンチを引き抜いた。
「さて、『絶対』を見せてやるとしましょうかギャル氏。冒険者として、
「オッケー、ソレガシしっかりついて来なよ! あーしがマジでやる気なんだから、三味線弾けるからって今三味線弾くのは許さねえから!」
「三味線弾くの意味が違いますなそれ、あまり我儘言うようなら、また
笑い声を残して跳ぶように数歩下り助走をつけてから見晴らし台より走り飛び出すギャル氏を追って、握るレンチに力を込め、たったの一言と共にぶん投げた。
「────
宙に機械神の紋章である黄金螺旋が光の線を描き、噴き出す蒸気と共に
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