32F 冒険者の日常 6

 都市エトの街灯。当然街を走る蒸気パイプから魔力を含んだ蒸気を送り夜は光を灯している訳であるが、そもそもなぜ光が灯るのか。


 魔力を光や火の属性に変換する変換器があるからだ。


 変換器である核としての水晶は、機械神の眷属ではなく、魔力の扱いに長けている魔神などの眷属や、魔族が作っているそうだが、今はそれはいい。必要なのは変換器だ。


「同じ属性の物同士は引き合うような性質ありますよな? 下手に雷属性を帯びた蒸気を噴くのは何に誘爆するか分からず危険ですが、端子型に加工した雷属性の変換器を取り付けたスマホを近くに置けば、勝手に誘導してくれるはずですぞ」


 本当なら蒸気の行き先を限定できるパイプが欲しいが、蒸気パイプは特殊な物だし、スマホの端子型に加工した変換器に繋ぐような極細のパイプとなると間違いなく特注品。

 

 エトより大きな街に行かねばそもそも蒸気パイプの生産工場などなく、まず買えるだけの金がない。日々の生活と契約の際の借金返済で財布の中身はカツカツだ。


 だと言うのにッ。


「え、できんのソレガシ⁉︎ やるじゃんアンタ! ほんとにできんの? できんだよね? できるって言えし!」


 うるせえな!まだ形にもなっていないのに急に期待しまくるのはやめろ! それに近いんだわあ!さっきまで逃げてた癖に急に距離詰めてんな!顔近付けられるとドキっとするだろ!


 おそらく異世界に来てから一番嬉しそうな顔をしているギャル氏は放って置き、そうなると新たに浮上して来る問題に目を向けなければならない。


 顔の横にある鼻息荒いギャル氏の鼻先を軽く押し返し、気取られないくらい小さくため息を吐く。


「今度は変換器の加工という問題があるのですぞ。そもそも磁石やコイルはどうにかなっても、変換器は購入しなければなりませんし、変換器の水晶に関しては機械神の眷属の領分外ですからな。そもそも街に加工できる者がいるかどうか」


 期待してくれているところ申し訳ないが、これに関してはそれがしにもどうしようもない。


 元の世界の知識が多少なりとも活かせそうな問題ならまだしも、これに関しては完全に異世界の知識が必要となる。最悪変換器だけは『塔』の倉庫に余分な物があったはずであるが、加工だけはどうしようもない。


 嬉しそうだった顔を滑り落とし肩を落とすギャル氏にどう声を掛ければいいやら。あまり他人と関わって来なかっただけに、気の利いた言葉はすぐに出て来ない。


 だがそう、厳しいだけで不可能ではないのだ。


「……まあギャル氏、時間は掛かるかもしれませんが加工できる者を探すとしましょうぞ。ギャル氏のスマホはまたきっと使えるようになるとそれがしで良ければ保証しますからな。だからまあ、その……」

「ん、ありがとね」


 そう言って、ギャル氏は小さく微笑んだ。暖炉の火に照らされた笑顔に影はなく、純粋な感謝の言葉なだけに開いていた口を閉じて思わず顔を背けてしまう。


 初めてギャル氏が零した感謝の言葉がスマホの充電器作成とは随分とまあアレだが、こんな事で照れてしまう己がもどかしい。


 赤くなったかもしれない顔が、暖炉の火の光に塗り潰されてギャル氏から見えない事を祈る。


 こんな事でスマホを充電できるかは分からないが、せめて充電器を形にしようとやる気が顔を覗かせるそれがしはちょろいのだろうか?


「と、取り敢えずジャギン殿、明日は『塔』から少し使わない材料をいただいても?」

「構わないゾ。雷属性の変換器も予備が多くあるから一つぐらい構わんダロウ。雷と蒸気を扱うのは心配ダガ、加工も大丈夫なんじゃナイカ?」

「……ファ?」


 一瞬時が止まった気がした。


 大丈夫? 加工も? なんで?


 静寂が支配する中ギャル氏と顔を見合わせれば、止まっていた時を動かすように暖炉のまきがパチリッと爆ぜる。その音に吐息を乗せてジャギン殿はこれ見よがしに肩をすくめた。不出来な後輩をたしなめるように。


「加工に関してハ、冒険者ギルドの受付嬢が魔族、魔力の扱いに長けた魔法使い族マジシャンダロウ? 冒険者ギルドにいながら何を悩んでいるんだソレガシ」

「え? ダルちゃんが? ダルちゃん魔族⁉︎」


 初耳なんですけど⁉︎ いや、でも確かにダルちゃん自分の事人族とは言ってないわ!しかも魔法使い族マジシャンらしいダルちゃんにやたら魔王の話とかしちゃったわ!呆れられるはそりゃ!


 恐る恐る受付カウンターの方へ目を向ければ、ダルちゃんは定位置である椅子の上で細い煙管パイプを咥えて赤い紫煙を吐いている。話が聞こえていないはずもないだろうに身動ぎすらしない。


 ギャル氏と頷き合い、言って来いと肘で小突けば、お前が行けと肘で小突き返される。小突く。小突き返される。


 なんでや。てか痛えわ脇腹が。力加減よ。さっき頷き合った意味ねえじゃねえか。


 これ以上小突き合えばギャル氏の肘打ちで肋骨あばらをへし折られ兼ねないので渋々立ち上がる。お願いするのとか苦手なのだが。


 そろりそろり受付カウンターに歩み寄れば、椅子に深く体を預けたままのダルちゃんに赤っぽい瞳だけを向けられた。口からは紫煙を吐くだけで開きやしない。


「あのぉ、ですなぁ、ダルちゃん」

「めんどくさー」


 ダルちゃんの第一声は予想通り。ただそれがしまだ何も言ってねえよ。

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