31F 冒険者の日常 5

「ソレガシまだ?」

「お主の前世はせっかち大魔神かそうでなければ悪魔でしょうな」


 冒険者ギルドの変わらない味。地獄煮込みの気怠い風味で腹を満たし数時間。体力回復したならやれるだろうと機械人形ゴーレムを召喚させられ、暖炉の前の床に座り絶賛改造中であるが終わらねえよコレ。


 だって初めてだもんよ、携帯の充電器とかどうしろってんだ本当に。


 蒸気機関。街ともなれば蒸気の生成装置と圧縮装置が『塔』の地下にあるのだが、直径約三五センチの機械人形ゴーレムともなれば勝手が違う。


 大気中や地中の水分を吸収、蒸気を生成し、核となっている部分が発する魔力と混ぜ合わせて言わば機械人形ゴーレムの血液としているらしい。


 水を蒸気に変換する為の熱も、冷却も、微細な動作を可能にするのも魔力頼り。吐き出す弾丸も魔力を用いて核から転送されて来る。ヨタ様から転送されて来るらしい。


 弾丸を射出した銃口のふたの開閉や移動といった動作は蒸気を用いているらしく、蒸気が動作の力の元になっているが、魔力が命令の為の信号の元になっているとでも言うべきか。


 構造こそ理解できない形はしていないが、いかんせん部品が多い。むしろ最初がスマホの充電器で良かったわコレ。目標を下手に高くしていたら間違いなく挫折している。


 唯一の救いは、一度機械人形ゴーレムを召喚し核を外せば、魔力供給が止まり召喚したまま魔力消費をせずに済む点だ。おかげで機械人形ゴーレムの外装がどこぞへと帰ってしまう事がない。


「大丈夫だよねソレガシ?」

「まあ充電器を作ること自体はそう難しくないですな。要は手回し発電機の手の代わりを蒸気にやって貰えばいい訳で、磁石とコイルさえあればなんとか、問題は」

「問題は?」


 スマホを充電する為に繋ぐ充電ケーブルがないんだよ。電気を生成したところで送れなければ意味がない。それを一から作り出す技術などそれがしにあるはずがない。


 発電機までならそれがしでもなんとかなるが、充電ケーブルとなると話が違う。それこそ業者に頼めという話だ。


「磁石とコイルだけなら『塔』の余り部材でどうにかなりそうなんですがなぁ、ジャギン殿スマホに繋ぐ充電ケーブルの端子とかどうにかなりませんかな?」


 そう言えば、暖炉の前の椅子で火に当たっていたジャギン殿が振り返る。揺らめく火を映す複眼は訝しげに細められ、困ったように触覚の先端を指でいじる。


「そもそも電気? とやらを作る意味がアルのカ? 雷神系の眷属にでも頼んで稲妻を落として貰えばイイじゃナイカ。磁石もそう作っているゾ。稲妻で動く箱というのは浪漫ロマンがアルが、恐ろしい事ダ」

「いやぁ……」


 スマホに稲妻落としたら間違いなくぶっ壊れるわ。元の世界と異世界との文化の違いがこういったところで摩擦を生む事になるとは。


 蒸気機関が世界的に普及しているだけあって、機械の動力と言えばまず誰もが『蒸気と魔力』と口にする。電気の説明をしても「あぁ雷ね」「あぁ稲妻ね」としか言われない。


 魔法の水晶による遠距離での情報の交換など、電気によってもたらされた文明の利器を必要としないだけに、細かなところで元の世界との常識に差異がある。


 「それに」と続けて、ジャギン殿は座る椅子から少し身を起こした。触覚の先端をいじりながら頬に別の手を添える姿は、技術者の姿。ジャギン殿やクフ殿に真面目な顔をされると少しばかり背筋が伸びる。


「雷と魔力を含んだ蒸気の相性は良くないゾ。言わば魔力とは無色のエネルギーだガ、雷に触れた瞬間、色が変わり爆発的に広がるのダ。雷として強大な力を得られはするガ、扱いが難しく手を出す者は少ナイ。聞いた話でハ、西の大陸の街一つがその実験の失敗で跡形もなく吹き飛んだソウダ」


 なんで今そういうこと言うの?急に今やっている事が超危険な実験な気がしてならない。


 ……ただ、これは予想でしかないが、その実験の元になった最初の電気が強過ぎたのが原因じゃないのか? 電気=雷神やその眷属の稲妻というこの世界のイメージだとそうなっても仕方ない気はする。


 だからギャル氏はそそくさ離れてんじゃねえ。お主の為にそれがし作ってるんですけど? 何を一番にそれがしを見捨てて逃げようとしているのだ。ダチコは見捨てた事ないんじゃないんですかな?


「うぅむ……」

「ソレガシりーむー?」

「いやぁ……」


 無理と言うのは簡単だが、先日諦めないと決めた以上、簡単にさじは投げなくない。分野違いならまだしも、これは機械神の眷属の領分だ。


 元の世界で別に専門家だった訳ではないが、この世界で冒険者になる事を選び神と契約してしまったからには、やるだけやっておきたい。


 魔力を含んだ蒸気に触れれば色が変わる。


 充電ケーブル端子の作成は不可能とくれば……。


「それしかないですかなぁ」


 そう言って背後に手を突き身を逸らして見つめるのは、逆さに目に映る冒険者ギルドの出入り口。正確には閉じている扉の先にあるだろう街の街灯だ。

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