30F 冒険者の日常 4

「まさか断ったりしないだろうな姉ちゃん。武神の眷属ならばよう、ろうぜ」


 手を組み指の骨をポキポキ鳴らす厳つい人狼族ワーウルフがゆっくりとこっちに歩いて来る。間違いなくそれがし達に用事があるらしい人狼族ワーウルフの視線を辿れば、行き着く先は青髪の乙女。


 心の底からウンザリしているといった苦々しい顔を浮かべており、小さな咳払いを挟み、にっこり営業スマイルをギャル氏は浮かべると人狼族ワーウルフと向かい合う。


「すいませんお客様、それ来月からなんですよ」

「あぁ来月か、なら仕方ねえな」


 いいんだそれで!


 よく分からないが、顎を一度撫ぜて人狼族ワーウルフきびすを返し、また来るとばかりに手を挙げる。


 柔らかく手を振って営業スマイルを消したギャル氏の「ガン萎えるわ」のつぶやきに、去ろうとしていた人狼族ワーウルフの男は耳をピンと立て、「いや時期とか関係ねえだろうが!」とキレ出す始末。


 ノリツッコミまでできるとは、異世界の住人は器が大きいなぁ。


「武神の眷属の癖にセコい姉ちゃんだぜ。武神の眷属のルールを忘れたとは言わせねえぞ」

「武神の眷属のルール?」


 眷属ごとに決まったルールがあるのは知っているが、機械神の眷属ならまだしも、そう言えばギャル氏の眷属としてのルールは聞いていない。


 教えて欲しいのにギャル氏は口を真一文字に引き結びうなるのみ。なに?人狼族ワーウルフの真似?


「武神の眷属は同じ武神の眷属から申し込まれた決闘を断る事ができないのダ。断れば神との繋がりが薄れル。負けようが勝とうが戦わねばナラン。己が武を示さねバナ。剣神や槍神の眷属なども同じルールがあったはずダ」

「oh……、良かったそれがし機械神の眷属で」


 ギャル氏の代わりに教えてくれたジャギン殿にそう返せば、ギャル氏に強くにらまれる。ので、ジャギン殿の方に顔を逸らす。


「ちなみにジャギン殿、機械神の眷属のルールはなんですかな?」

「眷属同士借りパクは死刑。眷属同士強奪も死刑。必要以上の技術漏洩も死刑になる場合がアルゾ。機械人形ゴーレムの整備をおこたれば死刑」

「……もう大丈夫ですぞ」


 重いんだよいちいち罰が!神様が絡んでるから?死刑の見本市じゃねえか!蒸気で撃ち出す銃が普及してないのも己が利益の為じゃなくて死刑になるからじゃないの?とんだ秘密主義だな機械神!ほとんど暗黙の了解的なルールなのだとしても酷過ぎる!今聞いておいて良かった‼︎


 ただ機械神の眷属の死刑大百科みたいなルールと違い、決闘を断れば神との繋がりが薄れるとは、武神の眷属のルールはそこそこ面倒だ。武神パートゥルー氏とは余程決闘が好きなのだろう。


「さあやろうぜ姉ちゃん。これ見よがしに肩の武神の紋章見せびらかせて強えんだろ? まあ紋章見りゃ分かるがな」


 違うんです人狼族ワーウルフさん。ギャル氏のそれはファッションであって誰でも掛かって来いやのサインじゃないんです。


 いやぁしかし────。


それがしのこと歩く割引券とか言いながら、ギャル氏は看板掲げて歩いていた訳ですな。道場破り大歓迎とは、ハハっ、ギャル氏乙!」

「ふ、ふふっ、ソレガシそうゆうこと言っちゃうわけ? いいじゃんやってやんしワン公。ただあーしの下僕に勝てたらね!」


 そう言ってギャル氏はそれがしの肩に手を置いた。それがしが相手? なぜにWHY? しかも下僕とか……それがし武神の眷属と違うよ。色々と間違えている。


 なのに疑問も持たず「いいだろう」と吐き捨て人狼族ワーウルフが向かって来る。


 迷いねえな‼︎ やるとも言ってねえよそれがし‼︎


「ちょっとギャル氏⁉︎ それがしに勝てるとお思いですかな⁉︎ そんな無謀な⁉︎」

「ゴーちんがいんじゃん。スライム同様ぶっ飛ばせば?」

「いやそれそれがしタイーホなのでは?」


 人狼族ワーウルフがどれだけ頑丈なのかは知らないが、最悪普通に殺してしまうぞ。威力が高過ぎるんだよアレ。木の幹みたいに穴開けろと? 他人を生贄にしておいてよくもまあ余裕で笑ってられるもんだよ!


「黄金螺旋の線が三本、機械神の眷属としても中々やんのか? 見掛けによらず兄ちゃんも姉ちゃんもやるらしい」

 

 なんか褒めてくれてるけど、それがしに全くやる気はない。ただちょっと待って、黄金螺旋の線三本? 一本増えてね? ほっぺにあるから全然見えないけど! 


「サレンもソレガシも、短命な人族であるだけに成長が早いナ。ワタシが線三本に増えるまでには十五年ばかり掛かったのダガ」


 背後から関心するジャギン殿の声が聞こえる。それ今言わなきゃ駄目なの? もっと先に知りたかったよ。そう言われて見れば、ギャル氏の肩に見える紋章も最初と多少変化している。


 大きな丸の中、下から伸びている五本の線。その線の先にくっ付いている小さな三角形の下、真ん中の線に三角形が増えていた。


 人狼族ワーウルフへと目を戻し紋章を探して見れば右手の甲にある武神の紋章。ギャル氏より三角形の数が少なく、真ん中の線とその左右の先端に、一つづつ、三つしかない。


 人狼族ワーウルフの男の倍の数紋章に三角形のあるギャル氏って結構眷属として凄い?


「じゃあやろうか兄ちゃん」


 そんな風に観察してたらもう人狼族ワーウルフの人目の前だよオワタ⁉︎ マジでそれがしとやんの⁉︎


 思わず足を下げれば、頬を撫でる人狼族ワーウルフの爪の先。背後で風が逆巻き髪がそよぐ。


 ……なるほどですな。後方にいるギャル氏を親指で指し、なんとか口の端を持ち上げる。


「やるな人狼族ワーウルフ殿。それがしにできる事は何もない。相手にとって不足なし。行かれよ!」

「……つかえなー」


 聞こえてんぞ!あんなの直撃したらそれがしは死ぬわ!それがしは武神の眷属と違って体が丈夫じゃないんだよ!


 ギャル氏の敗北は流石に願いはしないが、一発くらいなら小突いていいと願いを込めて人狼族ワーウルフへと握り拳を掲げれば、人狼族ワーウルフは拳を合わせてくれる。


 見た目は厳ついが結構いい人っぽいぞこの人。


「はぁ、決闘とか意味不で萎えんけど、あーし売られた喧嘩は買う主義だから。やるんだったらさっさと終わらせるっしょ。来なよワン公」


 伸ばした右手の指で人狼族ワーウルフをこ招き、不敵に笑う。やる気出すといちいちカッケーなギャル氏!もうギャルじゃなくてただの武人だよ纏う空気が!


 最初の頃は「人狼族ワーウルフの顔怖ッ⁉︎」「あれきもい無理ッ⁉︎」 などと言っていたのに、順応能力の高さとスイッチの切り替えの速さが異常だ。


 それこそがギャル氏の強みと言うか、まあただ図太いだけである。


 うなり声を上げて地を蹴る人狼族ワーウルフの足が大地をへこませ、差し伸ばす腕が槍となって鋭く空気を裂き進む。


 それを前にギャル氏は笑みを崩す事なく、迷わずに地面に手を伸ばし、ある物をひょいと掴みと前に掲げた。



 プシ──────ッ! 



 蒸気を吐くそれがし円盤機械ルンバを。


 ちょっと待って。一旦落ち着こう。


 ゴイィィィィンッ‼︎


「ぐぅッ⁉︎」


 待ってはくれずに響き渡る鉄の震える鈍い音と人狼族ワーウルフうめき声。


 一心同体であるらしい機械人形ゴーレムの受けたダメージがそれがしにフィードバックッ……する事もなく、装甲も軽くけずれたぐらいでへこんではいない。


 硬いな装甲!だけでなくかなり重いはずなのに、なにを軽々ギャル氏は持ち上げているのか。


 拳が砕けたのか腕を抑えて後退る人狼族ワーウルフの男の頭に、追撃のギャル氏の回し蹴りが直撃する。


 三回転して大地に転がる人狼族ワーウルフの男は大丈夫なのか? 泡吹いてね?


 ただそう……顎をさすり一人頷く。


 今日は赤だったか、何とは言わないが。言ったら蹴られるし最悪死ぬ。


「お見事ギャル氏、相変わらずの技の冴えよ」

「アンタはどのポジションなわけ? ま、スライムよりは蹴りやすいかな」


 魔物討伐の仕事以降ギャル氏の方がそれがしよりも吹っ切れてね? 空手の封印解いたの? しっかりそれがしに一度見せちゃったから? 怖いんですけど。


「あー、でもやっぱ前より錆びてんわ。音が違うんだよね。一年サボってたしブランク? もうやん事ないと思ってたからさぁ」

「それで錆びてるってどんな殺戮兵器キラーマシンそれがし円盤機械ルンバよりよっぽど危険ですぞ」

「ハイィ? なにソレガシ喧嘩売ってんの?」


 売ると買われるので売ってません。ギャル氏どんだけ中学の頃空手で鳴らしてたんだよ。全国大会優勝とか実はしちゃってる系じゃないのこれ。そんなのに喧嘩売らないわ。


 だからそれがし機械人形ゴーレムを振り上げるんじゃない! 投げられてもキャッチできんぞ!


 が、そうはならず、ギャル氏が機械人形ゴーレムを投げる直前で円盤機械ルンバは大きく蒸気を噴いて消え去った。


 おかげで地面にレンチが落ちる。助かった。流石我が写し身。


 ただそれと一緒にそれがしの膝が落ちた。なんだか凄い疲れたんですけれど。


「ム。魔力が切れたカ。機械人形ゴーレムの動力源は召喚主の魔力量によるからナ。魔力切れまで扱わズ、慣れていない時は『停止デッド』と唱えればイイ。長時間召喚しておきたいなら神との繋がりを深めるしかないナ。魔力の消費を抑えられル」


 ああ、だから急に体が怠くなったのか。ジャギン殿そういう事は先に教えて。っていうか機械神との繋がり深めれば魔力消費抑えられるのね。


 機械神との繋がり深める意味あったわ‼︎


 何もしてないのに体力が底をついたそれがしの体をギャル氏とジャギン殿が冒険者ギルドまで引き摺って行く。


 もっと運び方どうにかなんなかったの?


 冒険者ギルドの受付で出迎えてくれたダルちゃんは、それがしと違って体力満タンなはずなのにそれがしや気絶し路上に放置された人狼族ワーウルフの男よりだらけていた。


 マジでそういうとこだし受付嬢。


 


 

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