28F 冒険者の日常 2

 機械神の眷属の魔法は機械人形ゴーレムの召喚。しかもお一人様一体限りときた。


 強化できるか、最終的な形状も召喚主次第とか機械神ヨタ様サボり過ぎじゃないの?


 それとも、それだけ己の眷属を信頼しているから……とか絶対ないわ。だって部品の製造さえも眷属任せだもん。蒸気機関の本や専門誌も眷属が書いてるっぽいし。ぐう畜過ぎる。


「折角機械人形ゴーレムを出せるようになったのダ。街には蒸気機関の専門店がないからナ。『塔』のもう使わない部品や余った部品なら幾らかチョロまかしてイイゾ」


 いいの? 怒られない? 見ろよ何処にいるかは知らない機械神様よ。都市エトにいる眷属はご覧の有様だぞ。


 だいたい神との絆が深まったところで使える魔法が増えないんじゃ機械神との絆深める意味ないのでは? 理解を深めれば勝手に絆が深まるだけって知識量の指標にしかならないんじゃないか?


「そう言えばジャギン殿の機械人形ゴーレムはどんな感じなんですかな?」


 とは言え、機械神の眷属誰しもが唯一使える魔法となると、同じ眷属であるクフ殿やジャギン殿の機械人形ゴーレムがどんな感じなのか気にはなる。


 ジャギン殿に至っては、紋章の黄金螺旋が二つのそれがしと違い黄金螺旋の数が十三。


 百十年も眷属をやっているジャギン殿の事、改造、改良に情熱を傾けているガチ勢そうなあたり、相当形を変えていそうだ。少なくともそれがしの隣でプシッ!っと蒸気を噴いている円盤機械ルンバとは違うだろう。


 だが、


「気になるのか? ソレはいいが見せられないゾ。ただ出すのでは目立ち過ぎるシ、警備部隊に怒られたくはナイ」


 ……そんなデカイの? ただ出すだけで警備部隊に怒られる機械人形ゴーレムってなに? ジャギン殿てひょっとしてそれがしが思ってるよりずっと凄い?


 それがしの浮かべた表情で考えている事がバレてしまったのか、ジャギン殿は悪戯いたずらっぽく微笑むと肩をすくめた。連動する六つの腕のおかげで軽い仕草が重厚的だ。


機械人形ゴーレムは機械神の眷属の奥の手にして全てダ。それしか使える魔法がないだけニ、機械人形ゴーレムそれすなわち己が写し身。機械人形ゴーレムを一度召喚したソレガシなら分かると思うガ、初期の状態でも十分強力ではある。ダガ、思わないカ?機械人形ゴーレムに標準装備されている射出兵器。何故それが量産されていないと思ウ? 機械神の眷属誰しもが持つ機械人形ゴーレムを誰もが改造しているのナラ、その構造も当然把握してイル。何故それが街に溢れてイナイ」


 確かにッ!


  最初都市エトに辿り着いた時に出会った衛兵も、手に持っていたのは銃ではなく槍だった。魔物討伐の依頼を受けた時も、朝に武器屋を覗きに行きはしたが、売っていたのは刀剣類ばかりで、遠距離用の武器は弓やクロスボウ。


 確かに考えればおかしな話だ。


「機械神の眷属の奥の手を早々世間にバラせないのダ。剣や槍だけでも他の強大な眷属は多彩で強力な眷属魔法を使えるガ、ワタシ達はコレだけダ。無論バラせばそれだけ世の中は便利になるかもしれないガ、そうなるとワタシ達にできる事も減ル。要は己の利益の為ニ、機械神の眷属達は誰もがバラしていない技術があるとナ。見損なったカ?」

「……いえ別に」


 別に見損ないはしない。己が利益の為。そうは言うが、街を豊かにする助けをしている蒸気機関を理解せず、機械神の眷属に良い顔しない者に毒を吐いても、クフ殿もジャギン殿も銃口を向けるような事はしない。する素振りも見せない。


 それが機械神の眷属のルールであるのか、個々人のモラルから来ているものなのかは分からないが、きっとそれは扱っている技術を理解しているが故だ。


 元居た世界でも、銃器の普及によって戦争や生活が大きく変わった歴史がある。異世界では伝統的に自然、魔法を重じているという背景があるからという事もあるのだろうが、それが正しいかどうかは余所者のそれがしには判断できない。


 それがしがそのこれまでを破り、例え射出兵器を量産して大金を稼げたとしても、世界を変貌させようとは思わない。目的は帰る事なのだ。


 立つ鳥跡を濁さずである。理不尽に来てしまったのだとしても、後悔を残して去りたくはない。そう決めたのだ。


「見損なったり別にしませんぞ。先輩達はいい先輩で、それがしは機械神の眷属になれて幸運ですな」


 そう言えば、ジャギン殿は柔らかく目を細め、それがしの首に腕を回した。


「ソレガシはいい後輩だ。人族なのに蜘蛛人族アラクネのワタシをあまり怖がらないシナ。蜘蛛人族アラクネに限らず、蟲人族は形状が独特故に苦手とする者も多イ。特に複眼がナ。その昔は魔物と同一視されていた時代もアル」

それがしも最初は驚きましたけども、慣れれば別に。それがしはジャギン殿の複眼好きですぞ」


 みどり色の瞳に映る街並み。空も森も、全てが万華鏡のような広がりを見せ、ジャギン殿の瞳をいろどっている。


 見逃したくない瞬間を無数の瞳で見つめられるというのはどういう気分なのか。少し羨ましい気もする。


 それがしを見つめるジャギン殿の複眼がそれがしを捉え、その瞳に無数のそれがしの笑みを映した。


 首に回されたジャギン殿の腕が少し熱い。


「ム……そう言われると照れるナ。ソレガシは変人ダナ。冒険者デ、武神の眷属とも仲が良いようだシ、ソレガシのような男が居たナラ、ワタシも故郷を離れはしなかったのダロウガ」

「ジャギン殿の故郷ですか、どんな所か気になりますぞ」

「蟲人族の多くは森の中の都に住ム。ワタシもそうだっタ。色々あって故郷を飛び出し、眷属の組合に入ってからは色々な街を渡ったナ。今はココに派遣されているガ」

「え?ジャギン殿て派遣されてるだけなのですかな?」

「ワタシもクフもそうだゾ。人手が足りなくなった所ヤ、一定期間の契約で街を行き来スル」

「……へぇ」

「どうしタ?」


 いや別に。眷属の組合って人材の派遣業務までやってるんだなあって。


 そりゃ冒険者ギルドがすたれる訳だよ! 眷属としてうってつけの仕事組合が流してくれるなら冒険者ギルド必要ないじゃん!ギルドオワコンだよマジで!


 いや、だが眷属ごとの組合に入る為にはまず神と契約しなければいけない事を思えば、冒険者ギルドが今もまだある事に納得はできる。


 でも、そりゃさっさと普通に働くなら組合行けってダルちゃんも思うわ。


 ああ見えてダルちゃん結構親切だったんだな! さーせんやる気なさそうとか言って!普通に仕事面倒くさいからあしらってるのかと思ってたわ!


「それにしても、クフは遅いナ。休憩時間が終わってしまうゾ」

「そうですな。管理人に呼ばれたかと思えば全然帰って来ませんぞ……厄介事の可能性が微レ存?」

「ヤメロソレガシ、今から気が滅入ル。徹夜作業などになったらやる気起きんゾ」


 そう零してそれがしの首から腕を離し、一度ジャギン殿は『塔』へと振り返るが、聞こえるのは吹き荒ぶ風の音くらい。同じ人狼族ワーウルフとあって、何かあった時にクフ殿が管理人に呼ばれる事が多いのだが、それにしたって今日は長い。


 おかげでジャギン殿と大分話込んでしまった。悪くはない時間だが、そうなって来ると帰りの遅いクフ殿が気に掛かる。


 だが、丁度そんな話をしていると、視界の上で銀色がまたたいた。銀色の毛並みを風になびかせながら、クフ殿が上から降りて来る。


 見晴らし台を踏むクフ殿の重い足音と、眉間に刻まれた深いしわ。もうそれだけで管理人からよくない話をされたと分かる。


 ジャギン殿と一度軽く顔を見合わせ、ジャギン殿が数度牙をカチ鳴らしてから口を開いた。


「休憩時間は終了カ?大分面倒くさそうな話だったみたいだナ」

「ああ……休憩時間は終わりだよ。ソレガシ、ジャギン、今日はもうアガリな。今日の仕事はおしまいだ」

「えぇぇ……」


 急な仕事の終了を告げ、それだけ言うとクフ殿は『塔』の下へと飛び降りて行った。人狼族ワーウルフじゃなきゃ投身自殺にしか見えない。


 なんにせよ、何故仕事は終わりなのか理由を聞ける相手もおらず、それがしとジャギン殿は肩をすくめ合う事しかできない。


 それがしの隣では、機械人形ゴーレムがもの悲しげに小さく蒸気を噴いていた。


 

 

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