26F 冒険者らしく 5
「ちょ……っと」
心臓の鼓動が早鳴る。気持ち悪い汗が
スライムに包まれたギャル氏は苦しそうに顔を歪め、手にした獲物を見せびらかすようにスライムは表面を波打たせた。
「待っ……てくだ、されよ」
ギャル氏に蹴られたのに消滅していないスライム。
それは何故だ?
スライムが大き過ぎて蹴りの威力が浸透しなかった為か、もしくは……蹴りが当たる直前に自ら四散、分離したか。
おそらくは後者。だが、今そんな事に気付いたところで意味がない。
「あ……え……ぐッ」
どうする? どうすればいい?
武器もなければ、ギャル氏のようには動けない。
助けを呼ぶ?
だとしても都市の城壁までどれだけ掛かる?
その間にスライムが逃げでもしたらそもそもアウト。
だいたいそれまでギャル氏が保つのか?
最初異世界に来た時と違い、ギャル氏の服の消滅が緩やかだ。これも眷属の加護なのか、ただ服は無事だったとしてもギャル氏は違う。
スライムは女性を繁殖に使うとダルちゃんが言っていたが、殺さないとは言っていない。もしも
どうする? どうすれば?
「……あ?」
スライムの中で顔を歪めながらも、ギャル氏は顔の向きをズラさない。
何を見ている?
だとするなら……。
「……それは、ありえないでしょうが。……常識的に考えて」
他にもっと良い手があるはずだ。何故
そんな目を向けられても、期待に応えられるような特別さなど
例え異世界に来たとしても
だからここは……取り敢えず都市に助けを呼びに行くのが吉。ギルドに登録した者は、居場所が分かるとダルちゃんも言っていたじゃないか。
準備さえもっと整えれば負けはないはず。それにダルちゃんに助けて貰えば。
だからここは……。
「……ありえない……ですな」
馬鹿か‼︎ 時間との勝負だとさっき考えたばかりだろう‼︎ ギャル氏の生存を最優先に考えるなら、助けを呼びに行く選択だけはあり得ない‼︎
つまり、残された選択肢は、
それこそ不可能に近い。眷属でも、
そのぐらいギャル氏も分かっているだろうに、なぜ期待した目を逸らさないのか。
廃村に辿り着き、都市エトに辿り着けたのも、結局は運が良かったからだ。
「……ありえないですな」
期待に応えられるはずがない。特別期待された事もないのに。
……ただ、……だが、……しかし。
「……ありえないですぞ……常識的に考えて」
引き返すのもありえなければ、何を
期待されているのが嬉しいから?
ようやっと活躍できるという武者震い?
おそらくこれはどれでもない。
ただ……期待に応えてみたいからだ。
そうでなければ、座っているだけでは、何も変わらない。変わってくれない。
元の世界でもそれは同じ。自ら何もしていないのに、何が変わる訳もない。
ギャルなんて宇宙生物と同じで、分かり合えるはずもないと高を
それがどうだ。
異世界で種族さえ違う者と意思疎通ができ、仲間だと感じていながら、もっと身近ないつまでも見たくないものから目を背けている。
それこそありえない‼︎
濡れた髪を掻き上げて後ろに流す。期待の目を受け入れるように。ギャル氏の顔がよく見えるように。
「
初めて
何もしなければ何も変わらないのなら、初めてでもやってみるしかない。やらなければ何も変わらない。
異世界に来たから────。
始まりは突拍子もないが、それなら今から始めればいい。ここは異世界、これまでの
不安も、不可能もROMっていろ。
始めたのは
色が付くのなど待っていられない! 自らの色は己で決める‼︎
右手に力が入る。
黒いレンチを握り締める。
「ッ⁉︎」
そのレンチの持ち手が
レンチと同じく頬が熱い。
なぜ今?
「ふざけるなよ、
魔物を倒せば力の弱まる眷属もいるらしいが、そんな事知った事かッ‼︎
例え
地に転がるレンチに手を伸ばす。熱を持った頬の感触を砕くように奥歯を噛み締める。指の先がレンチに触れ、レンチを中心に機械神の紋章が大地に刻まれた。
頬の熱が体の中を流動し、レンチに触れた指先から、神との契約の時に見た光がレンチへと伝う。
プシ──────ッ‼︎
迫り上がって来る黒い影。丸く平たい鋼鉄の機械。歯車の音をカチ鳴らし、蒸気を噴き出すそれは見た事がある。
アレに似ている。
家庭用自動掃除機械。通称ルンバ。
「……ファ?」
やたら機械色の強いルンバっぽい物体は、地に描かれた紋章の中心で首を傾げるかのようにくるくる回り、ギャル氏とスライムに気付いたのかぴたりと動きを止める。
そして地に刻まれた紋章が消えたと同時。
プシ──ッ! ドゴンッ‼︎
蒸気を噴き出し吐き出されるのは鋼鉄の弾丸。
スライムに飲み込まれたギャル氏に当たらぬように僅かに横にズレ着弾した弾丸が、スライムの体を螺旋状に引っ張り突き抜ける。
四散すらさせずにスライムを巻き込んだまま木の幹にぶち当たり、白い煙を上げて木の幹に大穴を穿ち、スライムの体を擦り潰した。
掃除を終えたとでも言いたげに、
……レンチを手に取ればもう熱くなく、それを腰に差して
「あー……大丈夫ですかな?」
「けほっ……まね。やるじゃんソレガシ。髪型変えた?……ま、似合ってんじゃね?」
別に
期待に応えられたのかは分からないが、取り敢えず、良しとはしよう。
ギャル氏の立つ手助けをする為に手を出せば、ギャル氏もなんだかんだと手を伸ばして────。
「あぁッ⁉︎」
「どうしました⁉︎」
「服がボロボロなんだけど⁉︎ 折角改造したのに⁉︎ ソレガシ見てんじゃねえし‼︎ 上着貸せ上着‼︎ もー最悪ッ、マジ萎えんだけど⁉︎ 報酬金出んだよね!修理修理!服の修理ッ‼︎」
……スライムに呑まれた恐怖よりも服の心配ってなにそれ。
そういうとこだぞマジで。ギャル氏らしくはあるけれど。
「……スイーツ食べながら改造計画でも練りますかな?」
「たりまえじゃんね! ケチんなよソレガシ!」
そう言って笑みを浮かべるギャル氏にため息を吐き、ぐっとサムズアップする。
今日ぐらいはケチらない。偶には改造計画に乗ってみよう。
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