25F 冒険者らしく 4

 スライムが地を叩く音はもう耳に入らず、拾い鼓膜を揺さぶるのは、ギャル氏の鋭い息遣いと、空を裂く蹴りの音。


 ダサい? どこがだ。


 落ちる水滴が地を叩くよりも早く、残像を残して振り切られるギャル氏の蹴り。ひらめくスカートの奥になど目は向かず、目を奪われるは弧を描く蹴撃しゅうげきの軌跡。


 蹴りが世界の前にある。


 弾ける水滴、蹴り裂かれる空気、地を踏み締める音。全てが蹴りの軌跡をなぞり結果を転がすのみ。


 苛烈でしかないはずのそれを、蹴りの後を追い揺れ跳ねるスカートとサイドポニーが和らげている。


 武道なんて、ちょっとした家庭事情と学校の授業でしか触れていないそれがしにも分かる。ただかじっただけでは、ギャル氏のような動きはできない。


 頭の上に足を上げるだけでも大変なのだ。それを軽々と、踊るように足を振り続けているギャル氏の動きから見える努力の跡。


 なぜ空手をやっていた事を隠したがっているのか、高校生になるまで何をやっていたのか気にはなるが、そんな事は今どうでもいい。


 ダサいどころか美しい。


 きらびやかなギャル氏の見た目ではなく、無骨で鋭い蹴りの軌跡。肉体の躍動やくどうが。


「……これは大草原」


 ダサい。ダサいのはギャル氏などではない。ただ見ている事しかできないそれがしの方が何倍も。


 梅園うめぞの桜蓮サレンは別段冒険者になりたい訳ではなかった。それがしが冒険者になった方が得だろうと強く押したから同じく冒険者になっただけだ。


 恐怖。まだよくも知らないこの世界にやって来て、恐怖にまみれて喚いていたギャル氏と違い、事前知識なんてそこまでアテにもならないようなモノを持っていただけに、それがしはどこか期待していた。


 特別居場所などない元の世界。


 学校に行き、家に帰り、ただ日々を消費して、居ても居なくても変わらない毎日。


 水の体を持つ魔物よりもずっとそれがしは透明な存在。


 それが変わると期待してしまった。


 帰る方法を探す以外で神との契約を望んだ訳。面白そう以外に、何もない自分に色が付くことを望んだからだ。


 自分も知らない自分を知れる。透明な己に色が付く。欲しかった居場所に居座れる。


 機械神の眷属なんて微妙な基本特典しかなかったが、それ以上に仲間ができた事が内心嬉しかった。


 クフ殿とジャギン殿は、会って間もないそれがしの事を必要としてくれる。必要とされる場所がある。


 一人ではない。学校で一人ネットの海を漂うだけでなく、座った場所の隣に誰かがいる。


 思い描いていた異世界とは少しばかり違ったが、欲していたものは手にできた。


 どこか舞い上がっていたのだ。無理矢理魔物討伐を引き受ける為の理由を探し、引き受けた結果がこれ。


 眷属になり仲間を得ただけでは飽き足らず、望み過ぎた故の罰なのか。


 それがしは地に座り見守る観客。ギャル氏は舞台の上で舞い踊る演者。


 これでは生活が多少変わっただけで、元の世界に居た時と立場はそれほど変わらない。


「ソレガシッ‼︎」


 ギャル氏がそれがしの名を叫び、振り返りながら胴を回し足を薙ぐ。それがしの上に落ちようとしていたスライムは蹴り抜かれ、四散しただの水に戻ったらしいスライムの体液がそれがしを濡らす。


 薄っすらと白い煙を上げて。


 蹴りが空気との摩擦で熱を持ち、蹴るだけでは飽き足らず、スライムの体を焼き切っているその残骸。


 パチパチッ、と拍手するかのようにスライムの表面の水が爆ぜ、ギャル氏の勇姿を祝福している。


 元の世界と変わらず脚光を浴びる少女。


 変わらないはずだ。人気者には人気者であるだけの理由がある。


 口はそこまで良くないが、学校では全く縁のなかったそれがしにも気を遣ってくれ、披露したがらない空手の技を、必要とあらばそこまで親しくもないそれがしの為に使ってくれる。


 学校の女王様は異世界でも変わらず、そして、それがしもまた変わらない。


 異世界でたったの二人だからこそ相手をしているそれがしと違い、口ではナシだと言いつつも、きっと学校でもしようと思えば、異世界でしたなんでもないやり取りをギャル氏はそれがしとしてくれるのだろう。


 それがなんとなくでも分かってしまうから、悔しく、情けなく、申し訳ない。


 始まりは違かろうが、冒険者に巻き込んでしまったのはそれがしなのに。


 

 ─────ドゴンッ‼︎



 跳び上がったギャル氏の蹴りが木の幹に張り付いていた巨大なスライムを貫き弾く。盛大に弾けたスライムが降り注ぐ中、それがしの目の前に降りて来たギャル氏はほっと息を吐き出すと、顎を伝う汗を手の甲で拭う。


「もー!お風呂入りたーい! 必要のない運動っしょこれ! 結局あーしが全部やってんし! ソレガシマジ役立たずなんだけど‼︎」


 ……いやはや全く本当に。言い返す気力も涌かなければ、文句の一つも浮かんで来ない。ただ肩が落ちる。


 できる事は無力を噛み締める事だけ。スライムに叩かれた頭以上に心が痛い。


 少しの沈黙を挟み、「あー……」となんでもない言葉を零しながら、ギャル氏は頭を掻いて口籠る。


 意気消沈しているそれがしを前に、やはりなんだかんだ気を遣ってくれているらしい。


 だからギャル氏はギャル氏であり、何も言えないそれがしそれがしなのだ。


「まー……ほら、そんな気にすんなって。冒険者として初仕事だし、しけた顔されんとこっちまでテン下げって言うか、ダチコなら助け合い上等みたいな? ソレガシに期待してんのは腕力じゃないし」

「…………は?」

「いや、だから……」


 そこまでだった。続けられるはずだったギャル氏の言葉は続けられず、ボコボコと目の前で泡が上がる。四散したはずの大型スライムがギャル氏を包み込む。


 顔を上げている先で、スライムに巻き取られる最中、ギャル氏は小さく手を伸ばし、それがしを見つめる黄色い双眸そうぼうが輝いていた。


 


 


 

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