24F 冒険者らしく 3

「イヤァァァァアアッ⁉︎」

「ファァァァァアアッ⁉︎」


 朝の森の中に悲鳴が二つ木霊する。冒険者らしく『スライム』討伐の依頼を引き受けたのはいいものの、ギルドから出発した当初、冒険者としての初仕事!と、みなぎっていたやる気は早々にお亡くなりになられた。


 繁殖期? 繁殖し過ぎじゃね?


 都市エトから少し離れた森の中、巣になっていると依頼書に書かれた地点に行ってびっくり、『スライム』はすぐに見つかった。


 でっかい木の幹に腫瘍みたいに張り付いてやがったよ……。


 不出来な水飴のような大型『スライム』が、万有引力に従ってボトボトとよだれを垂らすかのように小さな『スライム』達を落として来る姿は圧巻だ。ドデカいスライムが張り付いている木の下だけ大雨である。


 つまり────。


「どうにかしろしソレガシ‼︎」

「いや、もうこれダメぽ⁉︎」


 どうしようもねえよこれ。そもそも木の上じゃ手が届かないし、それがしの攻撃手段とか拳で殴るか、蹴るぐらいしかない。


 眷属にとって『スライム』は雑魚じゃなかったの? 嘘じゃん。初めて遭遇した時と全然状況変わらないんですけど。


 降り注いで来るスライムをなんとかかわす為に、木の下でタップダンスを踊る事くらいしかできない。


「と、取り敢えずギャル氏お得意の空手キックを見舞ってみてわ!」

「飛び散るだけで意味ないじゃん! それに鬼きもいし蹴るとかりーむー‼︎」

それがしの事はいつも蹴ってるのに⁉︎ 無理じゃなくてそれは眷属になる前の話ですぞ! 今はそれがし達眷属! 眷属ですから‼︎」

「きもいの蹴るのに眷属とか関係ねえから‼︎」


 それじゃあ本当に契約した意味なくなっちゃうんですけどー‼︎ おい武神の眷属! 武神の眷属ならオラわくわくすっぞとか言って暴れ回るところじゃないの⁉︎


撲滅ぼくめつ殲滅せんめつ! やってやんよじゃなかったんですかな⁉︎ はーい! ギャル氏のちょっといいとこ見てみたい!」

「じゃソレガシ先やって! ソレガシだって眷属でしょうが! ほぉら、イッキ!イッキ!」


 なにその掛け声コールそれがしにアレを飲み干せとでも?


 馬鹿を言っちゃいけない。そんな事をして腹を食い破られでもしたら誰が責任を取ってくれるというのだ。エイリアンごっこをしている時間じゃない。


 とは言えギャル氏がこうなっては、堪忍袋の尾が切れでもしない限り容易くは動いてくれないのは短い付き合いでももう理解した。なにより、ギャル氏の堪忍袋が切れれば、まず間違いなくスライムより先にそれがしが蹴られる。


 仕方がないと緩やかに足を止め、改造された制服のベルトに差し込んでいた黒いレンチを引き抜き軽く放って一回転。


 持ち手を掴もうと閉じた手は虚空を掴み、気持ち良さそうにレンチは大地の上に落ちる。


 ……キャッチ失敗した。


 冷ややかなギャルの視線が背中に突き刺さるのを感じるが放って置き、ドシャドシャっと、スライムが降って来る中慌ててレンチを拾い咳払せきばらいを一つ。


「はぁ……どうやら遂にそれがしの本気を見せなければいけないようですな」

「今ミスってたじゃん」


 野次がうっせえ。言うなそういう事。そういうとこやぞ。引きる口元を隠しもせずに、丁度それがし目掛けて落ちて来ているスライムを、掬い上げるようにレンチで迎え撃つ。



 これぞ機械神の眷属の一撃ッ‼︎



 柔らかくスライムの水の肌に沈み込んだレンチは、スライムを四散させる事なく吹き飛ばす。


 ダメージが通った手応えがある!


 これが眷属たる者への神の加護なのか、吹き飛び木の幹にへばり付いたスライムを目に鼻を鳴らした。


「どうですかな? それがしの事見直しましたでしょう?」

「いや、めっちゃ元気に跳ねてんけど?」


 あ、ほんとだ。木をスルスル上って大型スライムの所に帰ってる。


 ノーダメっぽいわ。無理ゲーだわ。だいたい慣れない動きした所為で手首が痛いわ。


「……ギャル氏、どうやらそれがしはここまでのようですぞ。レンチを振るった手首がオワタ」

「……マジありえんてぃなんだけど」


 それがありえるから困ってんだよ。整備士が冒険者の真似しようとしてる罰なの? いや、そもそもそれがしは整備士じゃなくて冒険者だわ。武器がクフ殿から貰った黒レンチしかないけど。


 剣? 槍? 高くて買えなかったわ。ハハっ、ワロス。


 眷属の加護に期待し過ぎていたか、突っ立っていると、上から降って来たスライムの雨に頭を殴られ地を転がった。


 ヤバイ、今首からも変な音がした。絶体した。グキって鳴った。


 視界を覆うように落ちて来る大きな水滴達がゆっくり映り、口から変な笑いが漏れ出る。



 ヒュ────ッ‼︎



 そんなそれがしの笑い声を裂くように風がうねり声を上げ、それがしの顔を化粧しようとしていた水滴達が一斉に姿を消す。


 視界に映るのはいつの間にか伸ばされているギャル氏の白い足。少し遅れてスカートがなびく。何とは言わないが、ギャル氏の髪色と同じく青だった。


 あぁ、それがしの妹のと違って色気がある。我が人生に一片の悔いなしッ‼︎ とか言ってる場合じゃあねえ!


「なに呆けてんの? さっさと立てし。ソレガシがあんまりにも情けないから、きもいけど仕方なくあーしが蹴ってやんよ。だからとりま鼻血拭いたら? スライムにやられて鼻血噴くとか……ダッサァ」


 一応言い訳させて貰うと、この鼻血はスライムの所為ではなく、ギャル氏の神秘の向こう側を垣間見た所為であるのだが、蹴られるだろうし言うのはなんか悔しいので言わない。


 身を起こす先で数歩ギャル氏が足を出し、軽く振るう足が鞭のような音を上げている。


 武神の眷属の基本特典、身体能力の向上。


 あぁ……理解した。


 これまでなんかあんまり凄くないな、てかしょぼいと思っていたが、ギャル氏のやる気がなかっただけだ。


 これが本来の武神の眷属の特典。なぜかあまり披露したがらないギャル氏の空手。それを披露すると決めたからか、ギャル氏の背が纏う空気がもう違う。


 軽くステップを踏み、柔らかく上下するスカートの端。僅かにそれがしへと振り返ったギャル氏の口元は微笑をたずさえており、目が合えばパチリとウィンクを一つ。


「……あーしの自慢の一つがさ、ダチコ見捨てた事はないことなんだよね。冒険者とか意味不だけど……もうなっちゃってるし。空手、高校のダチコにちゃんと見せんのアンタが初なんだから、後でスイーツでもおごんなよ? ただダサいからあんま見んじゃねえし」


 そう言い残したギャル氏の体が、ステップに合わせて幾重にもブレて目に映る。光の粒子がギャル氏の体を駆け巡った。


 武神の眷属の舞踏が始まる。






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