22F 冒険者らしく

「ダルちゃん。ここって冒険者ギルドなんですよな?」

「そうだねぇ」

「決してただの人材派遣組織じゃないんですよな?」

「そうだねぇ」

「なのにこの有様ぞ」


 夜の冒険者ギルド、受付のカウンターの上でばあっと腕を広げて着ている作業服をダルちゃんに見せつける。


 ほとんど日がな一日受付に座ってしかいない受付嬢は、疲れてもいないだろうに、面倒くさそうにもたれている椅子から顔だけを起こし、すっかり着慣れた『塔』整備員の作業服姿のそれがしを見ると鼻で笑った。


 この野郎ッ。


 犬神の都に着いてから、早くも十日目の夜。多少なりとも仕事に慣れ、生活にも慣れた。


 朝起きて、パンと煮込み料理を口に運び、それがしは『塔』へ整備に、ギャル氏は服屋で売り子をしに行き、夜に帰って来てパンと煮込み料理を口に運び、風呂に入って寝る。


 ……これ冒険者じゃなくてただの社会人だ。


「まあまあ、こっちとしてはどんな仕事でもやってくれて契約金の残りと仲介料払って貰えればいいしね。これでも飲んで落ち着きなって、今日も超絶大変だったんでしょ?」

「聞いてくれますか! あの偉そうな人狼族ワーウルフの管理人! もっと作業効率上げてくれる? って三人しかいないのに無茶なんですぞ! だいたい二十三番パイプも交換したばかりで、蒸気パイプの生産工場もこの街にはないですし! 取り寄せに時間が掛かるんだから作業効率上げる以前に発注はあっちの仕事でしょうに! 整備と交換で手が足りませんぞ! あれば便利ぐらいにしか蒸気機関を考えてない癖に、だったらもっと組合から機械神の眷属を呼んで来いってな具合でして……あれ? それがしなんでこんな話してるんでしょうな?」


「まあまあ」とホットミルクらしい液体の入ったカップをダルちゃんに手渡され、舐めるように口に運ぶ。


 何の生物のミルクかは知らないが、柔らかく口に広がり落ち着く味だ。


 「機械神の眷属らしくなったねぇ」と口遊くちずさむダルちゃんの言葉を耳にしつつ、力の入っていた肩が落ちる。


 ぽこぽこ浮かんで来る愚痴が冒険者の言葉ではなくただの労働者の愚痴。それがし達は別に出稼ぎにこの街に来た訳でもないのに、今日の魔物は手強かったぜ! などと言える日は果たして来るのか。


 別にこのまま整備員続けてればいんじゃね? と頭の片隅で思ってしまっている現状がもう不味い。


 ホットミルクのカップを片手に、椅子の上で大きく足を広げて体を預けている気怠さに囚われた受付嬢から目を流し、ギルドの中を見回して見るも、居るのは暖炉の前で椅子に座り裁縫さいほうに勤しんでいるギャルが一人いるだけ。


 相変わらず冒険者ギルドとは名ばかりで、全く顔ぶれが変わらない。昼間には神と契約するために偶に客が来るそうであるが、冒険者を目指す者は皆無。


 夜になり夕食と湯浴みを終えれば、受付の椅子でダルちゃんは読書などをして時間を潰し、ギャルは暖炉の前で裁縫さいほうに勤しんだり化粧道具を広げてみたり、それがしは受付のカウンターでクフ殿とジャギン殿に勧められた蒸気機関関係の本を読みながらダルちゃんやギャル氏と時折話す。


 それが夜のお決まりになってしまっている。


 緊急時に作動する可溶栓についてと書かれているページを閉じながら、この日常も閉じなければいつまで経っても変わらないと椅子に座り直すそれがしの考えを察してか、ダルちゃんは怠そうにため息を吐いて身を起こすとカウンターの上に顎を乗せた。


「冒険者なら普通は魔物を狩ったり、希少な素材を集めたり、魔王軍と戦ったりするものですぞ。ダルちゃんも冒険者ギルドの受付嬢なら分かりましょう?」

「なんでそう魔族の王を敵にしたがるのか知らないけどね。そんな事しなくても生活できてるのが今だし。冒険者の全盛期なんてとっくの昔に終わってるしね。わざわざ危険な魔物と戦うなんて疲れるって。基本的に皆どこも都市に住んでて外に出ないしさー」

「侵略戦争などとは無縁だと?」

「種族は多いし、昔から今もいざこざはあるけどね。都市を囲ってる城壁もその名残。魔物避けになるから今も使ってるけど。他にもまあ理由はあるけども、特別必要な素材とか、変わった奴しか欲しがらないし。そうそう出ないよそんな仕事」


 ダルちゃんと話していると、どんどんやる気を吸われていくようだ。


 冒険者らしい冒険者などもう必要とはされていないと暗に言うダルちゃんの言葉に腰が折れ、それがしもカウンターの上に顎を乗せる。


 魔王に世界がおびやかされている訳でもなく、世界の危機があったりする訳でもない。ダルちゃんが冒険者ギルドの受付嬢としてやる気が皆無なのは、そんなご時世であるからかもしれない。


「パーティー組んだりとか、他の冒険者とイベントあったりとか、もっと色々あると思ってましたぞ」

「パーティー組む程の大きな仕事ないしねぇ。そういう意味では冒険者が二人常駐してる今がむしろ珍しいんだけど。……あ、でも、そうだ。確か来てたよ魔物の駆除依頼」

「えー……このタイミングでそれ言いますかな?」


 欲しかったはずの話なのだが、場の空気が空気だからか、全然テンションが上がらない。


 カウンターに顎を乗せたまま依頼書ボードへとダルちゃんは手を伸ばすが、座ったままで届くはずもなく、「立つのがめんどい」と二足歩行の奇跡をほっぽり捨てて、すぐに諦め腕を下に落とす。


 ものぐさ太郎どころじゃねえ。ただそれがしも動きたくないでござる。


「ギャル氏〜、ギャル氏〜、ちょっとボードに貼ってある依頼書一枚取ってくれませんかな?」

「ん〜? 今ちょっと手が離せないから後にしてくんない? 違う仕事でも受けるわけ?」

「魔物の駆除依頼の仕事があるそうですぞ?」

「えー? それやる意味あんの? 別にそれ駆除したからって日本に帰れる訳じゃないっしょ?」


 いや、そうだけども。このままでは冒険者とは名ばかりの派遣労働者だ。しかし、やる意味などと言われては、それがしにも意味などないとしか言いようがない。


 なんとかやるべき理由を頭の中で模索し、ダルちゃんの方へと目を向ける。


「ダルちゃん、いざ街から出て次の街に向かうとして、行く方法は何か安全で便利なものがあったりしますかな?」

「大都市同士なら飛行蒸気船が通ってたり、蒸気機関車が通ってたりしてるけど、料金高いしエトぐらいの都市だとねぇ、蒸気自動車が一般的に使われてるのも大きな街だけだし、お金ないならだいたいは騎乗できる動物か歩きか。だから本当に各地を旅するなら、魔物と戦うのは眷属としての力を上げるのに役立ちはするから悪くはないかもだけどねー」


 魔物、モンスター。この世界で言う魔物とは、害虫や害獣のような扱いである。


 『塔』の発する翻訳魔法を使おうとも話し合う事などできず、神との契約も魔物はできないらしい。


 それでいてそれぞれが変わった特性を持ち、独特の技や魔法を使う。魔物の素材は有効活用できる物もあるそうだが、そのほとんどは代用できる物であるため、一般人からすれば多くが困った害敵だ。


 強力な魔物は天災に等しく、対するは国、都市の仕事であり、騎士などが出て来ない限り湧き出て来た魔物の討伐依頼が基本ギルドには下りてくる。


「魔物を倒してレベルアップですかな? その割には魔物狩りの話など全然聞きませんが」

「そりゃ危ないしね。街にいれば魔物と戦うなんてまずないし、眷属としての仕事をコツコツやってれば契約神との絆も深まるから。わざわざ命を危険にさらす必要ないでしょ」

「死んでもよみがえったりできないのですかね?」


 教会に行ってお金を払えば復活できたり、復活呪文があったり蘇生そせいアイテムがあったりするものだという知識からのそれがしの言葉に、死ぬほど呆れた顔を受付嬢から向けられる。


 ただでさえ怠そうなのに、怠さが増して溶けてしまいそうな顔だ。


 一枚写真でも取っておこうかと思ったが、それがしのスマートフォンもギャル氏のスマートフォンも、もう電池がなかったわ。


不死族アンデッドならワンチャン? そうでなくてもよみがえったらそりゃゾンビでしょ。死神の眷属だったら死を受け入れない魔法があったような気がするけど、おたくら機械神に武神の眷属なんだから諦めた方がいんじゃない?」

「聞けば聞くほどリスクしかないんですけども」

「だから冒険者なんて辞めとけばいいのに、それに魔物狩り過ぎても生態系を崩してるとかで逆に神の眷属の力弱まる事あるし、まあ契約してる神によるけどね」

「あー、だから魔物は狩り尽くされてたりしないのですか」


 ただ害になるだけなら狩り尽くしてしまえばいいだけだが、存在するという事は何かしら意味があるのか。


 ジャギン殿が自然の流れに従った方がいい的な事を言っていたが、そういう事なのかもしれない。


 いよいよギャル氏の言っていた『意味ない』に反論できる手札が減って来た中、唯一残された一枚を切りギャルに向けて投げてみる。


「ギャル氏〜、旅を安全にする為に力をつけるぐらいしか理由はなさそうですぞ」

「えぇ? 鬼ダルいしー……でも次元神探すには旅しなきゃダメなんしょー。必要経費的な感じ? そもそも魔物の討伐って相手はなに?」


 立ち上がるのが怠いので、親指と人差し指を丸めてできた小さな穴から依頼書を眺める。


 ピンホール効果のおかげでくっきり! とまではいかないが、討伐対象の魔物の名前だけは大きく書かれていたので読み取れた。


 それがしと同じように指を丸めて覗くダルちゃんの「この時期だもんねー」という言葉を耳にしながら、目にした魔物の名を告げる。

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