21F 始まりの街、犬神の都 3

「おねーさんそれちょー似合ってるって! マジで可愛たん‼︎ 最近はそうゆうのが流行ってるけどぉ、あえてクラシカルなスタイルでいくのがエモいし、神ってるから! それにこのアクセとか合わせればよきかなーって。サスガダファミリア‼︎」


 何言ってんの? ちょっとお近付きになりたくない。


 人狼族ワーウルフのご婦人に服を勧めているファンタジー風に改造されたセーラー服を着こなしているギャル。


 布のない外から見える左肩に武神の紋章を貼り付け、セーラー服の腰部分にはシャコガイの口のように波打った黒いコルセットを巻いている。それに合わせたのか膝下まで包んでいるスリムなブーツで地を踏む姿は……一週間で異世界に馴染み過ぎじゃね?


 「ワーウルフの顔怖ッ⁉︎ 」とか言ってたギャル氏は何処いずこに……。


 一本道である為に逃げる訳にもいかず、クフ殿を盾にしながら素知らぬ顔で前を通り過ぎる。


 ……助かった。


「ちょっとソレガシなにリムってんし。挨拶ぐらいするもんじゃね?」


 襟首を掴まれ後ろに引かれる。助かってなかった……。


 何を声掛けてるんだバカヤロウ。仕事中じゃないの? ここはスルー安定で初めましてな感じで見逃して欲しかった。クフ殿もジャギン殿も目を丸くしてんじゃねえか。


「おっ! その二人ソレガシの仕事仲間? あーし梅園桜蓮うめぞのサレンでーす! 以後よろー」

「ああ、あんたがソレガシの言ってた子かね。ウチはクフ=ハルデーだよ」

「ワタシはジャギン=ダス=ジャギン。ソレガシの知り合いが武神の眷属なんて意外。ソレガシはやっぱり変わってル」

「なにそれー、って、おねーさん腕六本とかエグいね、で、も! そんなおねーさんにぴったりの服が丁度あんの! コレとかオススメっしょ! 袖が浴衣みたいに広くてね、腕六つでも擦れないしいー感じ! なにより可愛いーし! 絶対おねーさんに似合うって! 作業服もそれはそれでキマってんけど、たまにはどーよ!」


 どーよじゃねーよ! 仕事仲間って分かってんのに早速服を勧めてんじゃねえ! それじゃあ冒険者じゃなくてカリスマギャルショップ店員だお主は! それがし達はこれから遅めの昼食なんだよ! もう夕方だけども! そんなの見てる暇ないんだよ!


 見てる暇ないのになんでジャギン殿は手に服持ってんの?


 なんでレジの方に行ってんの?


「お買い上げありぁーっす‼︎」


 買ってんじゃねえッ! 


「最近服なんて買ってなかったから丁度イイ。気に入っタ、故郷の服に少し似てるシナ」

「でしょー! で、ソレガシ達どーしたわけ? いっつも『塔』だかにいんじゃないの?」

「これから遅めの昼食ですぞ」

「昼食って……もー夜じゃんね。夜はギルドでダルちぃが待ってんし、じゃあギルドで食べればよくなくない?」


 よくなくないわ。わざっわざ食べに出ようとしてるのにギルドに行ったら気怠い風味に料理が巻き込まれてしまう。食べられればいいだろうと何でもかんでも食材を雑多に刻み鍋にぶち込んで作る地獄煮込み。


 昨日の夜もそれだった。ってか一昨日もだ。なんなら初日からずっと朝夜それだ。


 食費は此方が出し、掃除もけ負うことで宿泊費の大幅な値下げには成功したものの、料理の質は一向に改善しない。


 嫌だと口には出さずに強く左右に首を振ったが、それはクフ殿とジャギン殿にとってはありよりのありだったようで、向かう店も決まっていなかったが為に行き先が決定してしまう。


 「たまにはいいかもね」って、それがしにとってはいつもです。


「んじゃ決定! てんちょー! あーしそろそろ上がんから! あとよろー」


 そんな軽い感じでいいの? 店の奥では店長らしいカラフルに毛並みを染めた眼鏡を掛けている人狼族ワーウルフがにこやかに手を振っており、全然いいらしい。


 ……なにこの職場環境の緩さの違い。


 クフ殿とジャギン殿はまだしも『塔』の管理人っぽい奴はめっちゃ堅苦しい感じなのにこんなのあり?


「そーそーソレガシ! ソレガシの学ランも改造終わったって! どーよコレ!」

「どうよってなにコレ⁉︎ 何勝手に持ち出してるんですかな⁉︎ あぁ、それがしの一張羅が……」


 ベルトはやたら長くて装飾が凝ってるし、ボタンまで機械神の紋章が描かれた物に変わっている。何処でこさえた? ダブルスーツみたいになってるし、胸元軽く開けられて真鍮製のピンで止められてるし、なんか裏地の色まで違くね?


 これもう仕立て直したレベルの変化なんですけど。学ランというより軍服に寄せられている。ファンタジー風味な軍服。


「んでー、この靴と合わせてー、内にはこれを合わせてね、今度髪も切っちゃった方がよくね? それでお値段は」

「まさかの出資はそれがしッ⁉︎ 押し売りは要りませんぞ!」

「はいー? あーしの隣に立つならダサいのはなしだから。ソレガシはそれがしだし和っぽい感じの方が合う感じ? それとも作業服っぽくする? 見た感じその方がいーかもね。まーこれは第一弾って感じで、ソレガシ改造計画っしょ!」

「その計画は今をもちまして凍結されましたぞ。再開の予定は未定ですな。クーリングオフは?」

「あるわけないじゃん。我儘わがままばっか言ってないで、もう決定事項だからコレ」


 改造学ランを手に笑うギャル氏の姿にただ強く肩が落ちる。何を言ってもそれがしの訴えを聞き入れる耳はどこを探してもないらしい。


 我儘わがままなのは果たしてどっち?


 気力が風前の灯と化したそれがしの体を引き摺り、ギャル氏は茜色に染まった灰色の街の中をギルドに向けて歩いて行く。


 哀れんでいるのか微妙な目をクフ殿とジャギン殿に向けられ心痛い。


 それがしは貝になりたい。そんな異世界生活。

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