20F 始まりの街、犬神の都 2

 声が上から降って来たのに合わせて、ツーっと六つ手の女性が逆さに降りてくる。


 蜘蛛人族アラクネ人狼族ワーウルフよりも顔は人っぽい造形はしているのだが、みどり色の複眼の瞳が少し怖い。


 頭に長い触角を二つ揺らし、二本の足で降り立つと六つの腕を胸の前で組む。アシュラマンの真似? とか言ってもきっと分かってくれないな。


「自然の流れに従うことの方が尊いのダ。神を選ぶなどと畏れ多シ」

「蟲人族は相変わらずだね。ジャギンもギルドかい?」

「当たり前ダ。タダ冒険者になりたいなどト、ソレガシは巡礼でもしたいのカ?」

「巡礼ってなんですかな? それがしにはさっぱり」

「自分の契約した神に御目通りすることダ。それで供物を捧げたリナ、気に入られればそれだけで神との繋がりが強固にナル。ゴマを擦っているようでワタシは好きくないガナ」


 みどり色の複眼を怪しく光らせ、ジャギン=ダス=ジャギン殿は鋭い牙が二本伸びた口をカチ鳴らす。カツカツ鳴る牙の音が悪魔の笑い声のようで肌が粟立あわだつ。


 ちなみに蟲人族は家名で名を挟むそうで、ジャギン殿の名前は『ダス』の部分だそうだ。


 ジャギン殿とクフ殿。作業服を着た二人の女性。これで『塔』の整備員全員である。


 ……マジで人少ねえ。


 大事そうな『塔』の整備なのに、翻訳の魔法の調整は魔法に長けた者の管轄だそうで、エネルギーの供給ラインの整備を主に整備員は行なっている。


 当然ジャギン殿も機械神の眷属だ。街で整備や修理を仕事としている者を含めても、都市エトには機械神の眷属がそれがしも含めて十人もいないらしい。


 機械神の眷属でなくても整備や修理を請け負っている一般人もいるにはいるそうだが、それにしたって少な過ぎる。


「機械神の眷属でアルなら、蒸気機器をいじり忠を捧げればイイ。巡礼関係なく、機械神の都市はワタシも行ってみたくはアルガ」

「そりゃあ蒸気機関の最先端だからね。機械神の眷属にとっては憧れの街だよ。でもソレガシが目指してるのはそこじゃないんだっけ?」

それがし達は異世界から来ましたからな、帰り道を探すのが当面の目標ですぞ」

「異世界カ、夢がアルナ。ワタシも行ってみたいゾ」

「ウチも行ってみたいもんだね」


 多分クフ殿とジャギン殿が地球に降り立った瞬間、ヴィランか怪人と呼ばれて軍や警察が出動すると思うが、夢を壊すのも悪いので言わないでおこう。


 次元神などという神までいるからか、想像以上に驚かれる事もなく少し寂しい。一般人は分からないが、神との契約者はだいたいそんな反応だ。


それがしとしては此方の世界の方が面白いですぞ。できれば色々と見たいものですが」

「ソレガシは変わってル。人族は臆病なのが多いのに世界を巡るなんてナ。人族は基本弱っちいカラ」

「人狼族に生まれてれば勇猛果敢でモテただろうに残念だったね」

「ソレガシの性格からして蟲人族からも好かれるだろうガ、そもそも機械神の眷属だったらモテるはずないから意味ナイナ」

「それもそうだね」


 勝手に納得されて勝手に話が終わってしまった。笑う二人の姿に肩が落ちる。女性しかいない職場なのに全くドキドキしない。


 ドキドキしてもそれは多分頭が危険信号を鳴らしている為だ。慣れぬ人間ではない他種族。未だ元いた世界の感覚が拭えず、少しばかり慣れはしたもののまだ違和感がある。


 それにしたって機械神の眷属よ。


 この世界でもはみ出しものっぽいポジションとか、魂の性質を読み取り過ぎではないのか?


 ただただ意気消沈してしまう肩を両側からクフ殿とジャギン殿に叩かれ、危うく鉄の床に突っ込みそうになった。ジャギン殿もそれがしと同じくらい背が高いし、なんとも背が縮んだ気分だ。


「さあ今日の整備も取り敢えず終わったし、遅めの昼食といこうじゃないか。偶にはどうだい? 三人で昼食でも」

「全員出て行ってしまっていいんですかな? 何かあったら」

「上の制御室で止めるダロ。だいたい働かせ過ぎダ。パイプ交換も明日だし、たまにはイイダロ。だからソレガシ、明日も絶対来イ。来なかったら糸で包んで引き摺って行くゾ」

「派遣冒険者の扱いの悪さに草も生えない」


 一応一日毎に仕事の更新をしているが、前日から次の日の仕事が決まっているのは喜んだ方がいいのだろうか。


 すっかり見習い冒険者ではなく見習い整備員だ。


 壁から突き出ているレバーをクフ殿が引けば、蒸気の噴き出す音と共に、整備員用の出入り口である鉄の扉が上へとずり上がる。窓のない『塔』内部に、少し赤み掛かった陽の光が差し込み、それを追うように外へと出た。


 犬神ゾロポスの都市エト。人口およそ五万人。


 石造りのビル群に、蒸気パイプが張り巡らされている灰色と鈍色の街。


 初めて街に来た時は、外周壁に添い歩きさっさとギルドに行ってしまった為に分からなかったが、歩く者のほとんどが獣人だ。中でもクフ殿と同じ人狼族ワーウルフが多い。


 頭が狼の人間が、服を着込み歩いている姿はなんとも不思議だ。人狼族ワーウルフが多いのは、この街の神が犬神だからだそうで、その上には狼神が居り、クフ殿の故郷の街だとか。つまりこの街は狼神の子神の街であるそうな。


 街に踏み出し軽く振り返れば、緩やかに湾曲した背の高い塔を見上げる事ができる。


 全高約三百メートル。展望室に蒸気式昇降機エレベーターも完備した観光スポットであり、都市の住まう者の意思疎通を担う重要施設。


 白い肌に薄っすらと流れて見える魔力の光。夕陽を照り返して朱に染まった都市エトの『塔』は、血の滴る牙のようだ。


 その鋭さから逃げるように大通りを行く。平均身長二メートル近い狼族達の間を歩いていると、とても大きな街を歩いている気になってしまうが、エトは都市の中でも小さな方らしい。


 石と獣の匂いが薄っすら漂う街の中を、ジャギン殿は気分悪そうに身動ぎ歩き歯をカチ鳴らす。


「どうかしましたかな?」


 そう聞けば、ジャギン殿は困ったように肩をすくめた。


「獣人族の多くは気配や視線、匂いに敏感ダ。ワタシは複眼だから多くの者が見られていると思い目を向けて来ル。鬱陶しイ」

「絡んで来る訳じゃないんだからほっときなって。種族の性分みたいなもんだよ。それより自動車が前から来たから道開けな」


 そう言うクフ殿の前から蒸気を吐きやって来る四輪の箱。


 青色に塗装された真鍮しんちゅう製のボディの下では多くの歯車が稼働し、背に付けた魔力蒸気タンクが目を惹く。


 フォード=モデルTのような古めかしい形状に、有機的で流動的な要素が取り入れられている姿は浪漫ロマンを感じる。


 蒸気自動車を個人で持てるような奴はよっぽどな金持ちだ。


 どこぞの商会の代表か、街のお偉いさんの持ち物。滅多に見られない珍しさに多くの者が目で追う中、クフ殿とジャギン殿は壁を背に、運転席に座っている紳士帽子を被ったスーツ姿の人狼族ワーウルフにらむと鼻を鳴らした。


「あれくらいなんだい。自分じゃ絶対作り方すら知らないくせにさ。偉そうに乗っかって。整備するのは誰だと思ってるんだかね。こっちで量産して売ってやろうか?」

「もっとワタシ達を敬うべきダ。機械神の祟りが舞い降りるように祈っておこウ」


 陰湿だなおい。が、同意見ではある。


 機械神の眷属は数少ない機械をいじる者だからか、油臭いだの湿っぽいだの言われて煙たがれることが多い。


 そういうこと言うくせに困った時だけ頼るんだから。そんな風に考えてしまうから機械神の眷属になったのか。クフ殿とジャギン殿と一週間でそこそこ仲良くなれたのも、そんな性格が噛み合ったからかもしれない。


「しかし、祟りなどと、それが機械神の眷属の魔法なんですかな? 魔法は少なからず楽しみでして。お二人は眷属歴長そうですが、使えるんですかな?」

「まあね、ウチは五十年眷属やってるし普通に使えるよ」

「ワタシも百十年眷属だしナ」

「……ん?」


 五十年に百十年? 種族が違うから寿命が違うのも分かってはいたが、五十年じゃそれがしお爺さんだし、百十年も経ったら死んでるよ。機械神って若い神様じゃなかったっけ? いつからいるの? だいたいそれより。


「……お二人のお歳を聞いても?」

「ワタシは百四八歳。まだ若輩」

「ウチは百五四歳だね。まだまだ若いよ、そんな老けて見えるかね? ソレガシは?」

「……今は十六ですぞ、今年で十七」

「人族ってやっぱり老け顔だね」


 老け顔とかそういう問題じゃないよ。若いの? 人間だったら白骨死体が動いてるような年齢なんですけど。


 しかも百十年眷属やってるジャギン殿の方が若いのか。種族の成長速度なんかも関係しているのかもしれないが、歩いてる子供っぽい人狼族ワーウルフとかそれがしより全員歳上じゃね?


 異世界ではあまり年齢を気にしない方がいいかもしれない。


「十六なんて獣人族だったら赤ん坊と変わらないよ」

「蟲人族でもソウ、人族は成長速度が速過ぎル。ソレガシもすぐ老けちゃうウ?」

「そういうこと言わないで……、それで、機械神の眷属の魔法とはどういうものなんですかな?」


 諸行無常な話にはこれ以上触れず、是非とも聞いておきたい話に戻す。


 それがしよりもかなり眷属として先輩らしい二人は何ができるのか。クフ殿とジャギン殿は顔を見合わせ薄っすら口を弧に曲げると、「使ってからのお楽しみ」と二人は声を揃えた。


「えぇ⁉︎ そんな殺生な! 手から火が出たりとか? 稲妻吐いたりとか? 空飛んだりとかできないんですかな? 教えて欲しいですぞ!」

「ソレガシの魔法のイメージってそんなのナノカ? だとするなら期待外れかもナ」

「ファッ⁉︎」

「こらこらジャギン、まあきっとソレガシは気に入るさ。神との絆が少しでも深まれば最初に使える眷属魔法だからね。楽しみにしときな」


 神との絆。契約の深度。この世界でレベルという概念に最も近いのがそれだろう。魔力の強弱もコレに多少なりとも左右されるとか。


 神の眷属として、契約者として、力や知恵を示し、功績を打ち立て、供物を捧げ、神の威を示し、なんだっていいが神と仲良くなればなるほどに出来ることが増えていく。


 それがしやギャル氏は言ってしまえば未だレベル0だ。基本特典しか使えない。しかもそれも微々たるものだ。


 紋章を見ればその度合いが分かるそうで、機械神の眷属なら、黄金螺旋の数が増える。それがしは二つだが、クフ殿は八つ、ジャギン殿に至っては十三。高いのか低いのか分からないが、少なくともそれがしは一番下だ。


「まあなに、蒸気機関いじって理解を深めればすぐに神との繋がりは強くなるよ。『塔』の整備なんてうってつけだ。だから頑張ることだね」

「ワタシ達が教えてるんダ。そんじゃそこらの眷属など目じゃないゾ」

「頼もしいですぞ先輩方。でも、だとするなら契約した神とあまり関係ない仕事をしているのはどうなるのですかな?」


 先輩と呼べば、クフ殿もジャギン殿も少し嬉しそうに顔を緩ませる。機械神の眷属は数が少ないだけに、そういう者が欲しかったのかもしれない。


 そんな二人から視線を外して街へと目を向ければ、大通りに面した店先に立つ青い髪の乙女の姿があり、思わず顔を背けた。

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