19F 始まりの街、犬神の都

 犬神ゾルポスの治める地、都市エトに踏み入ってから既に一週間が経過した。


 特筆して語れるような事がないのが悲しいところ。一度都市に踏み入ってから一歩も都市内から外に出ていない。


 それは金銭的な問題と、街の外の危険具合いによる。


 神々との契約に掛かった金銭をギルドに払い切れていない為に、日々の支払いの分微々たる金額でも金を稼がねばならず、契約したところで契約した瞬間にスーパーマンや魔法少女になれる訳でもなかったからだ。


 未だ魔法の類は微塵も使えず。ギャル氏も身体能力が向上する武神眷属の基本特典があっても、べらぼうに筋力が上がる訳でもないらしかった。


 結果、すぐに街を出て元の世界に帰してくれるかもしれない『次元神』探しの旅に出る訳にもいかず、危険な魔物と戦うような事もまずない。戦ったところで勝てるかどうかも分からないのだから。


 なので日々、雑用のような派遣業務をこなしてばかりだ。


「ソレガシ! 二十三番パイプの供給バルブ閉めちゃっとくれ!」

「完全に閉めちゃっていいんですかな? それならレンチを投げて下され! 錆び付いてるので叩きますぞ!」


 『塔』の内部、魔力と蒸気が行き来するパイプの一つに張り付きながら下へと声を投げれば、返事の代わりに隣へと下から黒いレンチが飛んで来る。


 隣の宙空に僅かに静止したレンチを落とさぬように手で掴み、錆びて動きの悪くなった赤く塗装されているバルブハンドルをひっ叩いて無理くり動かす。


 キィンッ! キィンッ! キィンッ! 


 打撃音が『塔』の中を駆け巡り、骨を震わせるような音を聞き流しながら三回叩けば、ギィと音を上げて小さくバルブが動いたので動かなくなるまでしっかり回し、パイプの継手金具に引っ掛けていたスリングフックから伸びたワイヤーを手に、パイプから手を放した。


 ワイヤーの伸びた先、腰のベルトに取り付いているウインチのレバーを下げれば、蒸気を噴き出しながらゆっくりワイヤーは伸び、地面へとそれがしを運んでくれる。


 地面から太いつるが壁に沿って伸びているような『塔』の内部は、パイプから時折圧力を抜く為の蒸気を噴き、パイプを流れる魔力の輝きを蒸気が吸い取る度に淡く輝いていた。


 ワイヤーを取り外しながらその景色を見上げる。


「二十三番パイプは交換ですかな? 色合い的にも大分古いようですし」

「魔傷劣化さ、魔力で焼けてあんな色になると耐久力が落ちるから。壊れてから交換じゃあ遅いからね」


 都市を取り巻いている機械的部分の原動力は魔力である。蒸気に魔力を混ぜて圧力で運ぶのだ。そのおかげでパイプは湿気や熱だけでなく魔力によっても劣化し、耐久力の下がったパイプにヒビでも入れば、魔力の篭った蒸気が吹き出し大惨事となってしまうらしい。


 なんでも閉所では系統の違う魔力同士反発しあって誘爆の危険性があるとか。それがし達の世界を潤している電気の代わりが、この世界では魔力と蒸気なのだそうな。


「クフ殿レンチ返しますぞ」

「いいよ、持っときな。ソレガシもそろそろここの常連だし」


 黒いレンチを投げ返そうとすれば、鋭利な爪の伸びた逞しい銀色の毛に包まれた手に制される。


 人狼族ワーウルフのクフ=ハルデー殿。それがしより身長高く二メートルを超え、大変屈強な肉体をお持ちだが女性だ。


 狼らしく鋭い牙と眼光をお持ちだが女性である。


 間違えてはいけない。


 オスとメスの違いが胸があるかないかじゃないの? とか言ってはいけない。


 地獄を見る羽目になる。実際見た。


 匂いで分かるらしいが、それがし犬じゃないから分からないわ。


 クフ殿はいい笑顔を向けてサムズアップしてくれるが、獲物の品定めをしている肉食獣にしか見えない。「いいんですかな?」と聞けば頷いてくれるので、腰袋へと黒いレンチを突っ込んだ。


「ソレガシが来てくれて助かってるしね。人狼族の手は細かな作業にあまり向いてないから」

それがしはクフ殿のようにジャングルのようなパイプの中を跳び回れませんけどな」

「長所短所を上手く補えていいじゃないかい。何より同じ眷属同士、協力してなんぼだよ」


 そう言ってクフ殿はそれがしの肩を軽く叩く。


 バシンッ! と重い衝撃が肩を襲い、肩が外れたかと思った。痛いんですけども……。


 本気で力を振るえば、蒸気パイプをへこませるような膂力りょりょくを標準装備しているのだから手加減して欲しい。クフ殿の右腕に刻まれた機械神の紋章を目にしながら、愛想笑いを返し視線を切る。


 神の眷属になるのに種族は関係がないとクフ殿に出会い教えられた。性質がその神に近ければ、人間だろうが、人魚だろうが、獣人だろうが、魔族だろうが、吸血鬼だろうが、同じ神の眷属となる。


 眷属にはその眷属としての基本特典、技や魔法が存在し、眷属同士の独自ルールが存在する。


 機械神の眷属は、機械神の眷属印の商品や施設を割引で購入、使用できるという全くありがたみないもので、眷属同士のルールは幾つかあるが、大きくは眷属同士仲良く協力しようという仲間意識高えなおい、というようなものであった。


「ただ、こんな大きな塔なのに整備員少な過ぎやしませんかな? 掃除と聞いて来たのに初日にレンチ投げ渡されて面食らいましたぞ」

「機械神の都ならまだしも、そうでないところでは機械神の眷属は少ないからね。生活を支えてる大事な技術ではあるんだけどね、他の眷属も一般人も、基本機械には目を向けないから」


 機械を専門でいじる眷属は、機械神の眷属だけだそうだ。曰く機械神は神の中でも歴史が浅い神だそうで、蒸気機関が発達する前の神々の世界が深く根付いている為に、長命な種族からすれば魔法の方が使い勝手がいいらしい。


 スマートフォンが出始めた頃のガラケーみたいなものだ。


 ただそれと違うのは、種族の歴史や伝統からして、そうやすやすと蒸気機関技術に手は伸ばさないという事。製品として使っても、仕組みを理解するつもりはないそうだ。


 だからこそ、機械神の眷属は変わり者が多く、数が少なく、蒸気機関の製品が故障した時の修理や、大きな都市には必ずある『塔』などの施設の整備をしている者がほとんどだとか。


 故に珍しいとクフ殿は笑い、またそれがしの肩を叩いた。


「機械神の眷属なのに冒険者だなんて、機械神の眷属の組合に就職しないかい? 給料も上がるよ?」

「そう言ってくれるのは嬉しいんですけどな、それがし達にも目的がありますから。クフ殿だって冒険者として最初はギルドに行ったんじゃないんですかな?」

「ギルドなんてお手軽に神と契約する以外にはいかないさ。なりたかった神の眷属にはなれなかったけどね」


 相変わらず冒険者ギルドとしての評判は悪いらしいギルドの事は置いておき、神と契約する方法は例外を除き大きくは二つしかない。


 一つは冒険者ギルド。己が魂の色に近い神を神々の意志が読み取り契約する。当然自分と相性はいいが、知りたくなくても自分の本質を知る事になる。


 二つ目は教会だ。己の信じる神の教会に出向き洗礼を受ければ、その神の眷属になる事ができる。


 相性とか関係ないそうなのだが、料金が途轍とてつもなく高いらしい。


 だから騎士や巫女、貴族や王族といった裕福な者達は洗礼を選ぶ事がほとんどだそうで、要は冒険者ギルドでの契約は貧乏人のすべという事だ。


 言ってしまえば、ソシャゲのガチャと選択制。ただ相性などを見る限り、ギルドの方が民間ぽいので嫌いではない。


「なりたい神なんてヨした方がイイ。無理に契約した場合取り殺される事もアルんだヨ」


 

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