17F おいでませ冒険者ギルド 4

「ちょっと聞いてないんだけど⁉︎」


 よほど熱かったのか、水晶玉に触れていた手を振りながら目を細めるギャル氏の皮膚の上を流れる光の粒子。


 血流にでも乗っているのか、ギャル氏の体を駆け回り、集る虫を払うように、慌ててギャル氏が身をよじるが剥がれ落ちる事はない。


 「なにこれ⁉︎」と叫ぶギャル氏の声に合わせて、溶け落ちなくなったセーラー服から見える左肩に光が集中すると、水晶玉に浮かび上がった幾何学きかがく模様と同じ紋章を形取る。


 大きな丸の中に、下から五本の線が放射状に伸びた形。その五本の線の先に三角形がくっ付いている。直径十センチ程の黒い刺青の姿にギャル氏は目を丸くし、ダルちゃんは小さく頷いた。


「無事終わりだね。その紋章の形状でおたくがなんの神の眷属か分かるわけさ。同じ神の眷属は同じ紋章持ってるから、眷属同士だけのルールとかあるから他の眷属見かけたら聞いてみるといいさ」

「へー、で? あーしはなんの神様と結ばれたわけ? やっぱ美の女神とか? そういうのが安定っしょ!」

「武神パートゥルーだね」

「……はい?」

「おっふ!」


 固まるギャル氏に思わず噴き出す。


 武神とか! そりゃそうだ空手やってたんだもんな!


  「武神……」と呟き表情を滑り落とすギャル氏を指差し笑っていると、ぐちゃぐちゃ頭を掻き混ぜだした。駄々っ子かお主は。


「いやぁぁぁぁ⁉︎ チェンジチェンジィ‼︎ なに武神って! マジないんだけど! つらたん過ぎ! 可愛くなーい‼︎ も一回! も一回やらせてって! その水晶玉壊れてんから!」

「いいじゃないですか、武神なら一応肉体美の神では? くふはっ! ギャル氏の魂がもう武神パートゥルー氏とお揃いというやっぱ人を殴る為の生物兵器の証明になりましたな! 武神わろた!」

「うっせーし! アンタとかどーせぼっちの神とか陰キャの神とかの眷属だから! 間違いない!」


 何を言っておりますやら、そんなピンポイントな神様いる訳ない。……いないよね?


 ギャル氏の所為で急に不安になってきた。「おたくは根暗の神の眷属」とかダルちゃんに言われたら目も当てられない。


 恐る恐る水晶玉に手を乗せれば、同じように水晶玉が輝き、ギャルとは違う幾何学きかがく模様を光の粒子は描く。丸の中に幾つもの黄金螺旋が重なり合ったような紋章。


 それがゆっくり動きそれがしの手に触れた。


「熱ッ⁉︎ マジで熱い⁉︎」

「ね! 熱いでしょ! これ絶対方法変えた方がいいって!」


 めちゃくそ熱いお湯に指先付けるより熱い。マグマに触れたりしたらこうなるんじゃないかってくらい熱かった。


 ただ、手を振りながら体を見回してみるが紋章の姿は何処にもない。のに、ギャル氏がそれがしの顔を指差して腹を抱えて笑いだした。なに、顔に何か付いてるの? 


「あ、アンタ! あはは、ほっぺ、ほっぺに付いてる‼︎」

「うそぉ……なんでそんなところに⁉︎ それがしは歩く広告塔か何かなんですかな⁉︎ 名前まで『ソレガシ』にされて紋章も付いたの頬とか! わろえない!」

「それ動かせないからね。にしてもおたく変わった紋章出たね」


 悪い報告と良い報告を同時にくれるダルちゃんの言葉に、薄っすら口角が上がった。


 変わった紋章キタコレ! やっぱり異世界ものと言えばお約束的に実は隠された凄い力が的なイベントは欠かせませんぞ! 


「それ機械神ヨタの紋章さ」

「機械神‼︎ そんなものまで! で? この紋章どれだけ凄いんですかな!」

「まあ神々と契約すれば当然基本的な特典があるんだけどさ。例えば武神の眷属のおたくは身体能力向上とか。で、機械神の眷属は──」

「機械神の眷属は‼︎」

「機械神の眷属達が作った施設とか乗り物を割引で使えたり買えたりする」


 なるほど、機械神の眷属が作ったものを割引で使えて買える!


「……ん? それで?」

「は? それだけだけど?」

「あっはっはっは‼︎ や、やばいうける、アンタ歩く割引券じゃん! よかったじゃんね! おっとくー!」


 よくねぇぇぇぇッ⁉︎ 割引で使える、それだけ⁉︎ それだけって能力でもなんでもねえ⁉︎ マジでただの割引券じゃねえか! 高い金払って得たのが割引? そんな顔パス必要ねえ‼︎ それがしずっと歩く割引券として生きてかなきゃいけないの⁉︎


「あのちょっと⁉︎」

「世界を害する魔物とか倒したり、功績が契約した神に認められれば基礎能力も上がるし眷属だけが使える技とか魔法も使えるようになるから頑張れば?」

「それって割引十パーセントが二十パーセントになるだけとかじゃないの⁉︎ ギャル氏! ギャル氏! 交換を要求する!」

「それできないんでしょ? アンタはこれからあーしの割引券として頑張って!」

「あと犯罪とかしたらその紋章がマーカーとしての役割も持ってるからさ。居場所すぐ分かるからやめてよね。はい、じゃぁ説明終わり。疲れたー」


 最低限の仕事はやったと受付の椅子に姿勢悪く腰を下ろしもたれるダルちゃんにとっては、誰がどの神の眷属になったとかどうでもいいらしい。


 異世界ってもっと素敵イベントに溢れてるものじゃないの? 可愛い素敵ヒロインが出て来なければ、ろくな神とも契約できない。それがしの魂の性質がそうなってるって事なの?


 なにそれ。せめて空手ギャルとものぐさ受付嬢誰か引き取って交換して。


「……あのー他には何かないんですかな? 魔力の数値調べたりとか、取り敢えずこんな魔法使えるとか、ギルドの仕事はとか」

「他にー? めんどー。魔力の数値とか魔法省の支部とかにでも行って見て貰ったら? そもそも眷属になったばっかで使える技や魔法がある訳ないでしょ。ギルドの仕事ならそっちのボードに適当に貼り付けてあるから勝手に選んで」


 なんでそんなに投げやりなの? 魔法省って何? 基礎知識を全く教えてくれない。習うより慣れろって事?


 魔法もまだろくに使えないなら試せもしないし仕方ないと、渋々受付の横の壁に掛けてあるボードへと足を運べば、幾つか貼られているA4サイズ程の用紙達。仕事内容と報酬が書きつづられている。


 それを見回し、目をまたたいた。


「字がッ! 読めるッ‼︎」

「うっそ……ほんとだ! なんでなんで!」

「紋章の効果ね。それ登録証みたいな物でもあるし、情報纏めてるギルドの本部と繋がってるから、種族の違う奴らの字とか読めるようになってる訳さ。文字も読めないんじゃ仕事受けられないでしょ?」


 それを先に言ってくれ。言葉を翻訳してくれる『塔』だったり、文字の読めるようになる効果が紋章にあったり、意思疎通に関しては大分優しい世界ではある。


 ただ────。


「雑草むしり、ゴミ拾い、水路の清掃、窓掃除? なんですかなこのいかにもな雑用は」

「やばい仕事なんてだいたい国や街がやるんだから冒険者なんてそんなもんだって。だからろくでもないって言ったのにさ」

「行方不明になったペットを探せとかもあんけど? 外周壁の掃除まであるし、ただ要空神の眷属とか書かれてんけど」

「眷属にはそれぞれ特性があるからね。適してるだろう人材が普通欲しいでしょ?」


 武神の眷属なら肉体労働、空神の眷属なら運搬業務など、技や魔法が使えなくても基本特典があるからか、その眷属が優先的に仕事を受けられるシステムがあるらしい。


 仕事を頑張るより先に、世界の仕組みを色々と知った方がよさそうだ。


「あーダルちゃん? さっきギャル氏が言った通りそれがし達はこことは違う世界から来ましたからな。何にも分からないんですが、色々とレクチャーしてくれませんかな?」

「えぇー……めんど」


 おい受付嬢。


それがし達冒険者初心者。そしてお主は受付嬢。先輩冒険者の姿もないし」

「だいたい契約だけしたら冒険者としての仕事なんてせずに普通に仕事してんのさ皆。馬鹿正直に冒険者の仕事しかしない奴なんて居ないって」

「それじゃあここ本当にただの神との契約所ですぞ」

「まあねー。まあ教えてあげてもいいよ暇だから。ただ今日はもう仕事し過ぎて疲れたから詳しくは明日以降で」


 登録しかしてないのに仕事し過ぎてって普段どんだけこのギルド過疎ってるの? 冒険者ギルドってひょっとしてオワコン? 全く心踊る展開とかないんだけど。ふわっとした感じで異世界に来て、ふわっとした感じで生活しなきゃならないの?


 ふわふわし過ぎていて地に足が着かない。


「それにもう夜だしさー。仕事受けても明日からだよ? もう帰った方がいいんじゃないの?」


 ダルちゃんすぐ帰らせようとしないで。なんなの? 怠惰の神の眷属なの? 


「まぁ宿も探さなきゃなりませんしな。ただ明日やれる事を今決めた方がいいですぞ。金も無限ではないのですし」

「それな。でもどーすんの? 二人で掃除の仕事とか──あッ!」


 賛同しながら依頼の紙に目を這わせていたギャルが勢いよく一枚の紙を引っぺがし、まじまじと見つめる。


 そんなにいい仕事を見つけたのかと目を向けた先で、ギャルが用紙をそれがしの目の前に突きつけた。


「服屋で臨時の店員募集してんだけど! これ安定っしょ! 服の改造もできそーだし! これにしようって!」


 ギャルには超似合いそうではあるが、それがしが服屋の店員はないだろ。教室で置物のようになっているそれがしが立っていてもマネキンだとしか思われないんじゃ……。


 しかもわざわざ選ぶのが服屋の店員とか、ただの派遣バイトじゃないのそれ。もっとマシなのはないのかとボードに目を向ければ、目に付いた用紙が一枚。


「『塔』の清掃業務? しかも要機械神の眷属。こっちの方がいいですぞ、知りたい事知れそうですし」

「服の方がいいって! 絶対こっち!」

それがしは『塔』に行ってみたい」

「なら手分けする? あーしは服屋、アンタは『塔』」


 どんだけ服屋に行きたいんだよ。着替えは確かに欲しくはあるが、それは客として行きたいのであって、店員になりたい訳ではない。


 「どういじろっかなー」とセーラー服の改造計画を思い浮かべてかスカートをつまんでいるギャルには何を言っても駄目そうなので、二手に別れた方がよさそうだ。


「それなら色々と街のこと住人に聞いといてくれますかな? それがしそれがしで情報集めますから」

「了解道中膝栗毛! じゃあダルちゃんこの二枚でよろー!」

「ひざ? よく分かんないけど、連絡はしとくからおたくら明日ちゃんと行ってよ? じゃないとあたしが超絶怒られるから。あと分割払いの登録料金取り敢えず一スエア払って。二人で二スエアね」

「それはいいんですが、ダルちゃん近場の宿とか知りませんかな? このままでは今日野宿」


「絶対ヤダ!」とギャルの叫び声を横に聞き、四角い穴の空いた銭貨を二枚受け取りながら、怠そうに受付嬢はため息を吐く。


 そんなこれ見よがしに面倒くさそうにしなくても……。


 

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