16F おいでませ冒険者ギルド 3

「じゃぁ、名前教えてくれる? それでギルドに登録するからさ」


 登録すると決めるや否や、カウンターの裏からゴソゴソと取り出した大きな水晶玉をカウンターの上に置き、受付嬢は気怠そうに水晶玉を小突いた。


 『ギルド』とは、所謂いわゆる民間企業のようなものであるらしく、国が運営している訳ではないらしい。


 言うなれば、『ギルド』という名の人材派遣組織。


 魔法で情報共有をしているそうで、全ギルドの情報を纏めるメインサーバーのような物があるそうな。そこに名前を登録すれば、どの国のどの都市に行ったとしても、『ギルド』がうちの冒険者ですと身元を保証してくれるらしい。


 決まった名を刻むのは、偽名やなりすまし防止の為の措置だそうだ。


「あーしは梅園桜蓮うめぞのサレンってーの。よろー。あー……そーいやアンタ名前は?」

「あたし? 別にあたしの名前はいいでしょ」

「それだとそれがし達の中では受付嬢氏としか呼べませんぞ」

「いいよそれで、めんどくさいし」


 名前を言うのも面倒くさいとかもうどうしようもない。「じゃあダルちゃんね」とすぐさま返しているギャルはそれでいいのか。


 なに『ダルちゃん』て、怠そうにしてるから? 受付嬢はそれでいいらしく、気にした様子もなしに「おたくは?」とそれがしに顔を向けた。……いいんだそれで。


それがしは」

「ソレガシってゆーのコイツ」

「ソレガシね。おたくら変わった名前だね」

「ちょっと待たれよ」

「どーしたし」


 どーしたしはギャルの頭だ。


 それがしの名前はいつから『ソレガシ』になったのか。改名した覚えなど一切ない。受付嬢にそれがしに、勝手にほいほい名前を付けるな。


 『ソレガシ』とか、しかもそれ元の世界の蔑称じゃねえか。嫌だよそんなの。


「他人の名前ぐらい覚えておいてくれませんかな?」

「だってあーし、アンタの名前知らないし。苗字なに?」


 同じクラスゥッ⁉︎ このギャルクラスメイトの苗字すら覚えてないってなに? それがしだって先生に授業中当てられたりして普通に名前呼ばれてるんですけど! マジでそれがしに興味なかったんだな! 連絡網だって貰ってんだろうが! 苗字ぐらいはせめて知っとけ! 


「あのですな、それがしの名前は」

「えー……もう登録しちゃったんだけど。これ名前登録し直すの超絶めんどくさいんだけど? 本部に書類送ってどーたらこーたら……、もうおたくはソレガシね。それが嫌ならもう五十スエア払って」

「うそぉ」


 なにそれ。それがしずっとこの異世界で『ソレガシ』って名前でやってかなきゃいけないの? それがしにも名前があるって知ってる?


 凄いモブっぽい。嘘だろ。異世界に転移したなんて状況の中で『村人A』みたいな呼ばれ方でやってかなきゃ駄目とか。しかも登録し直すのが怠いから嫌ならもう一人分払えはないだろ。


 新手の恐喝? しかもギャル笑ってんじゃねえ! お主の所為やぞ! 


「ぷふっ、ご、ごめん。でもやばいツボった。アンタ『ソレガシ』で固定って」

「そうかそうか、つまりお主がそんな奴なんだって事はもう十分に分かりましたぞ。こうなったら意地でももうそれがしの名前言わないわ。それがしも今この瞬間からギャル氏とお主の事をそう呼ぶと固く心に決めましたぞ。絶対名前を呼ばせないし呼んでやらんぞ」

「もーほら拗ねんなってー! いいじゃんねソレガシでも。アンタ自己紹介しながら喋ってるようなもんじゃんね。便利!」


 不便だよ! それがしのコレは自分の名前口遊くちずさんでる訳じゃねえよ‼︎


 自分の名前を一人称にするなんてのは可愛い奴だけに許された行為であり、そうでない者がそれをやってもキモいだけだ。それがしに勝手に不必要な要素をぶち込んでおいてさらりと流そうとするんじゃない。


 「あーそういう」とか受付嬢は納得してなくていいんだよ! お主『ダルちゃん』だからな! 


「はい、じゃあ名前の登録が終わったから、続けて水晶に手を置いて。神々との契約に移るからさ」

「……そんなんで契約できるんですかな?」

「これあね、情報の神とか占いの神の眷属達が作った結構凄いものなのさ」


 なんでも触れた者の魂、これまで辿って来た人生を読み取り、その者と最も性質の噛み合った神と契約するらしい。


 その為何度やろうとも一度決まった契約した神は基本的にそのままで、大体は一生に一度しかない特別なもの。


 情報の神に占いの神と、多種多様な神が存在するからこそ、必ず通じ合う神はいるそうだ。ダルちゃんはそんな説明をしながら、気怠そうに水晶玉を小突きさっさと触れろと急かしてくる。


「んじゃ、あーしいちばーん!」

「別に絶対やるんだから順番とかどうでもいいですぞ。進んで人柱になってくれるなんて、ありがとうございます」

「言い方ぁ」


 水晶玉に手のひらを乗っけながらむくれていたギャルだったが、にわかに水晶玉が輝きだし、其方に目が惹きつけられる。


 赤、青、緑と数多の色の欠片が水晶玉の中で点滅を繰り返しながら跳ね回り、何かを探るように水晶玉の中で極彩色の線を引く。


 幾何学きかがく模様のような図を描き、それがギャル氏の手のひらに触れた瞬間、「アッツ⁉︎」と叫んで勢いよくギャル氏は水晶玉から手を放した。

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