15F おいでませ冒険者ギルド 2

「冒険者ってそんなヤバたんな仕事なわけ?」


 ほらまたギャルが眉間にしわを刻む。受付嬢の癖にさっさとお帰り下さいなんて言うからだ。


 さして冒険者になる事にギャルが乗り気でないと察してか、気怠げな顔の受付嬢がやる気をへし折りに掛かってくる。


「冒険者なんて名前は詐欺だって詐欺。昔みたいに豊かじゃなかった時の商人達の移送の護衛としての用心棒が始まりでね、それがあの素材取りに行ってだの、畑荒らす魔物がいるから退治しろだの仕事が増えてって冒険者とかそれっぽい名前になった訳よ。マジで危険な魔物とかなら基本王都から討伐隊が来るし、冒険者なんてていのいい何でも屋の隙間産業だって。そんな事も知らないとかどんな田舎から来たのさおたくら」

「まあかなり遠くから来たのは確かだと思いますがね。ただ働くと言ってもすぐにこの街を離れなければいけないかもしれませんし、自由に動けそうな冒険者になった方がいいと思いまして」

「訳ありってわけ。めんどくさー、理由を聞くのもめんどくさい」


 大丈夫かこの人。こんな投げやりそうな人を受付嬢に置いとくとかこのギルドも大丈夫なのか?


 ギルドマスター的な人がもし居るなら出て来て欲しい。この受付嬢どうにかしてくれ。ワーウルフの衛兵に物好きとか言われたけどこれの所為じゃね?


 やる気ゼロの受付嬢にこっちのやる気まで吸われてしまったかのように、愛想笑いもできない。ギャルが静かなのが逆に怖い。どうすればいいんだと降参の手を挙げる前に、「まぁいっか」と受付嬢の方が諦めたらしい。


「ん」

「ん?」

「ん‼︎」

「ん?」

「アンタらなに一言で会話してんの?」


 そんな事言われても、急に手のひらを差し伸ばして来た受付嬢にどうしろと? 仕方ないので差し出された手に手を置いたら叩き落とされた。


「代金よ代金! 登録料は一人五〇スエア!」

「……スエアってなんですかな? 金銭単位だとは思いますが」

「あーしに聞かれて分かるわけないじゃんね」

「おたくらこれまでどうやって生きて来たの?」


 果てしない馬鹿を見る目を向けられるが、知らないものは知らないのだからどうしようもない。「こうやって生きてきました」とギャルと共に胸を張ると、深いため息を零され、カウンターに三枚の銭貨を受付嬢は置いた。


「超ど田舎出身らしいおたくらに仕方なく教えてあげるから感謝なさいな? この真ん中に穴空いてる硬貨が通貨。通貨単位は『ロッチ』。空いてる穴の形で呼び名が変わんのさ。一番価値の低いのが丸で『クルス』、それが百枚集まると、三角の『ドライ』一枚と同価値。んで、ドライが百枚で、四角の『スエア』一枚と同価値。……なんであたしがこんなこと」


 つまり『クルス』一枚が一円と考えればいいか。


 一円硬貨、百円硬貨、一万円硬貨と。穴が空いてるのは紐を通して纏めやすくする為か?


 木を売って貰った硬貨を見てみれば、空いている穴は四角形。あの木は十万円程で売れたという事らしい。相場が分からないから得た資金が正当なのかも分からん。あれだけ大きな木だったが、運搬費とか加工費とか諸々引かれてるしそんなものなのだろう。


 ただ、そうか、登録料金一人五〇スエアね。


 ……高くね? くっそ高くね?


「手持ちがまるで足りませんぞ。ぼったくりにも程がある。一人辺り登録料五〇万とか大草原」

「五〇万⁉︎ どんな登録すればそーなるわけ⁉︎ 今時そんな手に引っかからないっつーの! ちょっとおばさん盛り過ぎだから!」

「おばッ⁉︎ あたしはまだ十六だってーの! だいたいあたしが決めた訳じゃねえし! 冒険者になるって事は神々の眷属になるんだからそんぐらいすんの‼︎ 本当に何も知らないんだから!」

「うっそ……」


 ギャルの目から鋭さが消える。十六?マジで? 西洋人みたいな風貌だし、大人っぽいから歳上だと思ってたのに下手したら歳下? 信じられん。


 ギャルと顔を見合わせ「これで十六」と口から出てしまう。煙管パイプくわえてるし、ガサツなのに……。いや、ただ少し待て、今神々の眷属とか言った?


「神々の眷属というのは……」

「それも知らないの? おたくらマジでどこ出身? 始まりは用心棒って言ったでしょ、魔物と戦うような職に就くのに何もない訳ないでしょうが。それぞれの魂に合った神と契約して力を借りるのさ。その契約を登録と一緒にするから高いの。神との契約なんて冒険者以外は教会関係者とか騎士とか限られた者しか無理なんだからね? 一番手っ取り早く契約できるからってだけで冒険者登録する奴もいるぐらいだしさ」


 神との契約とやらをしなければ、そもそも魔物と戦うのは諦めた方がいいくらいには、何か特典があるという事か。それじゃあここは冒険者ギルドと言うよりも神との契約所と言った方がいいかもしれない。


「なるほど、では兎に角神との契約をして、それに見合った職業クラスとかを決めるんですかな?」

職業クラスってなにさ……そんなの勝手にすりゃいいでしょうが。こっちでやるのは神との契約だけさ」

「あぁ……そう」


  職業クラスとかないのね。あったりなかったり忙しいな。そもそもステータス画面がないし。自分の能力を数値として見れないなんて普通かもしれないが、少し歯痒い。


 だが、神との契約というのは面白い。


 是非契約したい! 魔法とか使ってみたい!


 ただ金が足りない……。渡る世間は金次第過ぎる。異世界も元の世界も変わらねえや。意気消沈していると、呆れながらも一枚の紙を受付嬢はカウンターの上に乗せた。


「高いのはこっちも分かってるし、分割でも一応受け付けてるけどさ。仕事の成功報酬から少し払って貰ったりとか。ただ払えなくなったら身包み引っぺがして臓器まで取り立てるけど」

「何故そんな急にブラック? ただ背に腹は変えられないですかなー? そこそこ安全に冒険者以外で自由に世界を行き来出来るような仕事ってありますかね?」

「度合いにはよるけど一番マシなのは商人とか? だから冒険者なんてやめた方がいいって言ってんのさ。なんでそんな冒険者になりたい訳?」


 結局理由聞いてんじゃん。とは言え、最終目的は帰る事。その答えを知る為には、それがしの事前知識から言って、色々巡らなければならない可能性が高い。その為にはある程度の力も必要だろう。


 その力を得るのに冒険者になるのが最善そうなのは確か。訳を話そうかどうか迷っていると、ギャルが迷わず口を開く。


「異世界転移? だか知らないけど、あーしら元々居た別の世界から落とされたの! その帰り方知りたいから色々調べなきゃいけないからだし! それでいんだよね?」

「……まあそんな感じですぞ。それともここは情報が集まる所のはずですし、異世界への帰り方とか受付嬢殿は知ってたりするんですかな?」

「異世界? ちょっとよく分からないけど、超絶怠そうな理由ね。別世界から来たって事? 『次元神』とかなら行ける? そんな理由でここ来た奴おたくらが初だわ」

「ちょ⁉︎ なにその『次元神』って奴! んなのいんの? そいつならあーしら帰せるわけ⁉︎ どこいんのよそいつ!」


 カウンターに身を乗り出すギャルの勢いに押され、「あ〜っと」と唸りながら、受付嬢はカウンターの下から地図を取り出し目の前に広げる。


 廃村に置いてあったものとは違う世界地図。巨大な大陸が八つほど散らばり、その間を小中の大陸が埋めている。


 それ以外は全て海だろうか。何にせよ、それがし達の知る地球の大陸とはまるで形が異なる。


「えー、今あたしらが居るのがこの一番右端の大陸で、ロド大陸ね。で、次元神なんだけど、これがどこに居るか分からないって、最近はこの真ん中の大陸で見たって情報があったけどさ」

「なにその風来坊みたいな神様。っというか神なんて普通に会えるんですかな? それに種類が多そうですし」

「当たり前さ。この世の万物には神が宿ってるんだから。土地に神が根付いてるとこはそれだけ街も大きいし、まあ神に会えるかは神の気分次第だけど。で? 登録するの? しないの?」


 なんというか、神と言うのはこの世界では随分と身近な存在らしい。唯一神と言うよりも、日本の八百万の神に近い気がする。


 それにしても次元神とは、それがし達がここに落ちた訳は相変わらず皆目検討付かないないが、帰る為の希望がようやく少しだけ見えた。


 ただ、相手は何処に居るのかも分からない風来坊の神。探すにはそれだけ世界を巡らなければならないだろう。


 唸るギャルの肩を叩き、受付嬢に少し待って貰いカウンターからちょっと離れる。登録料金は高いし、分割払いでも払い切れなければ過激な取り立てが待っているらしい中で、強引にそれがしだけで決定する訳にもいかない。


「どうしますかな? 帰る希望が見えはしましたが、未だ不明な点は数多い。それがしとしては、取り敢えず登録、もとい契約をすれば色々手が広がりそうでいいとは思いますが」

「それはそーだけど……、こーなったらすぐには帰れないんじゃないかって気はしてたけどさ。アンタはほんとにいいの? 冒険者だかになって。なんていうかソレガシって帰る方法探しだけじゃなくて契約したい理由があるんじゃないの?」

「鋭い。だって面白そうですし」

「アンタね……」


 ギャルに強く肩を落とされるが、本当にそう思っているんだからしょうがない。


 なんでもない退屈な流れ作業のような日常を過ごしていた時と違い、今は新鮮さが嵐のように襲って来る。


 それが楽しい。新たな可能性が。


 異世界に落ちるなど誰が思った? 魔法があると誰が知っている?


 人生は楽しくなければ損だ。ひとりぼっちで教室の隅に佇んでいた時よりもずっと、今は新鮮で真新しい可能性に満ちている。


「お主は違うのですかな?」

「あーしはすぐ帰りたいだけ。ダチコもみんな待ってるだろーし。でも、まあ、面白そーってのは否定しないけどね、ちびっとだけ」

「まだ決まらないのー? 登録するの? しないの? あたしさっさと昼寝の続きしたいんだけど」


 このぐーたら受付嬢どうにかした方がいいんじゃないのか? 呆れながらもギャルと二人小さく頷き、同じ言葉を絞り出す。


「「する!」」

「あぁー……そっ。めんどくさー」


  二つの笑みを向けられて、受付嬢の肩だけが下に落ちる。

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