13F 目指せ街! 5

「こんな巨木を街の中に入れたら水路が詰まってしまうじゃないか。 君達は木こり……には見えないが、売りに来たならせめて門の方に来て欲しいんだが。いやぁ、それにしても大きな木を運んで来たね。大変だったんじゃないかい?」


 困ると言いながら、少しばかり感心したように根元からへし折れている木を眺める槍の人。


 街の衛兵なのか知らないが、思ったよりフレンドリーなようで安心する。


 ただ、応えようにも言葉が口から外に出て行かない。愛想笑いを浮かべたまま顔が固まり、そんなそれがしの襟をひっ摑んだギャルに力任せに顔を寄せられる。


「そ、そそ、ソレガシ? アレ、アレアレなに⁉︎ 犬に手足が生えてんだけど⁉︎ 槍持って服着てめっちゃ和やかに話し掛けて来てんだけど⁉︎」


ワイシャツに丈夫そうなズボンとブーツを履いた、しなやかで強靭そうな毛むくじゃらの肉体。ナイフのように鋭い爪を指から伸ばし、尖った牙を並べた口にピンと立った耳。


 人間と比べて全身それ武器というような風貌の人型生物の登場に、ギャルはあわあわ口を歪ませそれがしの体を揺すってくる。そんな事を言われましても……。


「……ワーウルフ的な? 流石異世界。ようやっと出会えた第一村人って言うか第一衛兵が亜人とはびっくりですなぁ」

「びっくりどころじゃねーし⁉︎ なんでそんな落ち着いてるわけ⁉︎ あのワン公顔コワッ! アンタ詳しいなら相手してって! てゆうかなんで言葉分かるわけ⁉︎」


  あ、本当だ。文字は読めないのに言葉は通じるとか不思議過ぎる。それがしの代わりにギャルが取り乱してくれるので、どうしてだろう? とガクガクギャルに揺らされながら首を傾げていると、咆哮のような笑い声をぶつけられる。


 急に遠吠えし出したのかと思った。


「はっは! 君達街は初めてか? 見慣れない服を着ているしな。種族が違かろうが言葉が通じるのは当たり前さ。街には『塔』があるからな」

「『塔』ですかな?」

「ああ、街の外からじゃ壁が邪魔で見難いが、街で一番高い建物がそう呼ばれてるよ。自動で言葉を翻訳してくれる魔法で、街を包んでくれている建物だ。それのおかげで街の中と城壁の少し外くらいなら、誰とでも話せるって訳さ」


 つまり巨大な翻訳機みたいな物か。なんともまあ便利だ。凄過ぎてリアクションも取れない。


 ただ、おかげで分かったこともある。


 『塔』とかいう超便利な建築物を作れる技術力の高さもそうだが、マジで魔法があるとは。ちょっと楽しくなってきてしまうじゃないか。ギャルも少なからず驚いたようで、それがしを揺する手を止めて目をまたたいている。


「『塔』はどこの街でもシンボルだからな。街によって形も違うし是非見てくといい。『塔』も知らないなんてよっぽど田舎から来たんだな君達、混らぬ者かい?」

「……ええまあ、大分遠くから。それにしても誰とでも話せるようになる『塔』などと、まるでバベルの塔ですな」

「なにそれ、バーベルの塔?」

「なにそのめっちゃ筋肉付きそうな塔……。バベルの塔ですぞ」


 旧約聖書の創世記に出てくる巨大な塔。あらゆる土地で同じ言葉が話されていた時代に、人々は神の住まう天まで届く塔を建てようと力を合わせたが、それに目くじらを立てた神によって言葉を乱され、混乱した人々は塔の建設を辞めたと云う。


 新たな神への挑戦なのか、言葉を一纏めにする魔法と建造物。


 この世界の住人は、それがしが思うよりずっと賢いらしい。その説明に、「んでそんなこと知ってるわけ?」とギャルは眉をしかめた。


「いやぁ、神話とか聖書などはオタクの義務教育みたいな」

「ふーん、よく分かんないけどそれ知ってるとなんかあんの?」

「なにもないですな!」

「なんで胸張ってるし! なんもないの⁉︎ 意味なー!」


  意味ないとか言うな! 泣くぞ!


 「頼りになるような、ならないような」と零しながらそれがしの襟から手を放して首を横に降るギャルはもう放って置き、ワーウルフの衛兵へと向き直る。


 何にせよ、言葉が通じるなら意思疎通に関して心配はいらない。どうやらこのワーウルフはそれがし達を木こりと思い木を売りに来たと考えているようだし、そこを存分に使わせて貰うとしよう。


「衛兵殿のおっしゃる通りそれがし達は遥か遠方の地より来たのですが、右も左も分からなくて困っていたのですぞ。木は倒せたのですが二人では運べないですし、このまま売る事はできないですかな? そのままできれば冒険者ギルドなる物があれば、そこに加入したいのですが」

「うーん? まあ確かにこれだけ大きい木ってなると門に引っ張ってくのも大変だしな。業者を紹介してやってもいいが手数料貰うぜ? にしても冒険者とは君達も物好きだな。これも何かの縁だ教えてやるよ。だからちょっと待っててくれ」

「感謝しますぞ!」


 顔は怖いけど超親切。出会って即切り捨て御免のような世界でなくてよかった。


 ただ物好きってなに? 冒険者ギルドが本当にあるのは嬉しいが、冒険者ってそんなどうしようもない職業なの?


 離れて行くワーウルフの衛兵の背に手を振りながら、不審な言葉に眉間にしわを刻んでいるとギャルに肩を引っ張られる。


「ちょ、ちょっと、折角街に来れたのに帰る方法も聞かずに冒険者ギルド? だかを目指すってどーいうわけよ! あーし達の目的は帰ることっしょ!」

「帰るにしても情報収集が必要ですし、情報を集めるなら自由に動けて情報の集まる場所に身を寄せる必要がありましょう? こういう時は冒険者になるのがお約束ですな」

「そーなの? あーしはよく分かんないから任せるけどさ。それって危なくないの?」

「危なくなくもなくはないですな」

「ちょっと⁉︎」


怒られても他に思い付く手はない。ここは異世界。誰に召喚された訳でもなく昇降機エレベーターで落ちただけ。


 身元引受け人が居る訳でもなければ、召喚主が居る訳でもない。


 ここまで誰もそれがし達に接触して来ないのを見るに、誰かが意図的にそれがし達を呼び寄せたという望みは薄いだろう。


 と、なると帰る方法は自力で探す他ない。だが今は、死んで神様に転生して貰った訳でもなく、『塔』なんていう基礎知識すらない状況。帰る方法を探すのも難しい。


「今のそれがし達の身分を異世界で証明する類の物はなにもないですからな。冒険者とは、一般的に便利屋のようなものですからそりゃ危ない仕事もありはするとは思いますが、比較的簡単になれる職業のはずですし、お金も稼げて情報も集められ、身分も得られて生き抜く術を学べるかもしれないと思えばなっておいて損はないかと」

「だとしても、そんなほんとに簡単になれるわけ? だいたいあのワン公信用していいの? だってあれ、魔物ってやつと一緒なんじゃ」


 その線引きは描かれる世界によって曖昧だ。魔物と言われればそうも見えるし。人と同じような生き物だと言われればそうでもある。


 ただ、言葉が分かり、親切に対応してくれた者に対して魔物呼ばわりはあんまりだ。ので、この場で魔物は適切ではないだろう。


 魔物呼ばわりした結果殺されでもしたら笑えないし。


「信用するしかないですな。この世界の知り合いなどそもそも居ないのですし、それにそれがしからすれば理解不能という意味においてお主もワーウルフもそんなに変わらないと」

「あーしとあのワン公のどこが同じなわけ! あーしのことどー見えてんのよアンタ!」


 痛たたたッ⁉︎ 口の端を引っ張るんじゃない! そういうとこだし‼︎


 パチンッ! と音を立てて放される頬を摩りながら、今一度ギャルの全身を見回す。


「髪が青くて空手キックの使い手、それでいて暴虐無人で口が悪い。あとなんかセーラー服の肩の布が片方ないし。娼婦っぽい?」

「肩はアンタがあーし置いて逃げたからっしょッ!」

「ほらすぐ蹴るッ⁉︎」


  身を反らせた目前を突き出された蹴りが通過する。前髪を数本せん断し引き戻した足を木の幹へと落としながら、目をギラつかせた険しい顔が下からそれがしの顔を覗き込む。般若がいやがる!


「アンタだって根暗で理屈っぽいオタクじゃんね! それに『ソレガシ』だし! アンタの方がよっぽどあのワン公と同じだっての! もっと他に褒めることないわけ⁉︎」

「えー…… それがし達にとって最強の矛。エロくて可愛いとか?」

「そ、そーいうこと言ってんじゃねえの! 変態! スケベ! むっつり!」

「むっつりとは失敬な! そう言うならアレですぞ! 取り敢えずパンツ見せてみ? みたいな」

「オープンになればいいってもんじゃないでしょうが⁉︎ それじゃーただの変態だし‼︎」


 正直に言っても褒めても怒られるとかこれ如何に。何を言っても結局怒られる運命なのか。


 なにが正解なの? そもそも正解とかあるの?


 迷宮入りの難問に挑むような推理好きではないので、この問題はさっさと迷宮入りしてどっか行っていて欲しい。元の世界に帰るよりよっぽど無理難題だ。


 息を荒くするギャルから一歩横にズレ、「それならお主こそなんか褒めることないんですかな?」と問うた結果。


「あー……んっ?」


 せめてなんか言えや‼︎ 可愛らしく首を傾げて誤魔化せていると思っているのか? んっ? じゃねえわ。誤魔化されないわ。可愛いは正義でも、正義が許されるかどうかは別問題。


 お互いろくに褒める所もないとか……そんなんでよく一日とはいえ一緒に行動できたもんだよ。誰か褒めてくれ。


「ま、まあなに? 折角街に着いたんだし、美味しいものでも食べれば浮かぶって! その冒険者ギルドだかにもちゃんと付いてくし!」

「急な優しさが心痛い……、どうせそれがしはソレガシですぞ」

「す、拗ねない拗ねない! ほら、アンタにもイイトコはあんから!」

「今言えなかったのに普通そういうこと言うッ⁉︎」


全く信憑性のないなぐさめを堂々と口にできる胆力よ。


 心に響かないギャルの言葉に冷めた目を送っていると、業者を呼びに離れていたワーウルフの衛兵が戻って来るのが見えた。なんだっていいが、ようやっと街に入れるらしい。


 もう行こう、すぐ行こう、さっさと行こう。ギャルと話していても疲れるだけだ。







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