10F 目指せ街! 2

 目的があるかないかだけで随分と足取りの重さは変わる。


 目指す物がある有難さよ。


 頭上の木々の間から薄っすら見える陽の光を見上げ、手元の地図に目を落として歩き続ける。かれこれ数時間。歩きに歩き歩いたのだが、今何処に居るのやら。


「ねえちょっと、大丈夫なわけ?」

「方向は合ってると思いますぞ。多分ですけどね」

「多分て……あーもーお腹減ったー。ほんとに今日中に街に着けんの? それになんかないわけ? 鬼ひまなんだけど」


 そう言って横へ顔を動かすギャルの目の先には太い大きな木が立っている。


 反対側もまた同じ。


 背後もそう。


 前もそう。


 森の中は高い木々がモリモリ生えているだけで目新しさがまるでない。


 美味しい空気のおかげで気分は晴れやかだが、それも慣れてくると見えもしない目的地と空腹にチクチク精神が小突かれ出す。


 『不機嫌です』と隠しもせずに表情に出すギャルの顔の前に指を突き出した手を向ける。


「アレを」

「なんかあんの?」


 壁のように横たわる荒い肌。大地から掘り起こされ、生命の色が失せ苔におおわれた物のその名は。


「木がありますぞ」

「お、おー」

「そしてアレを」


 骨のように鋭くねじれた腕。青々とした色を振い落とし、ヘカトンケイルのように多くの腕を揺らす物のその名も。


「木がありますな」

「だから⁉︎ さっきから木しかないのは分かってんから! 木以外になんかないのって言ってんの!」

「合わせて見ると呼び名が変わって森になったり」

「結局木じゃんねッ‼︎」


 そんな事言われてもそれがしはツアーガイドではないのだから、ご覧くださいアレは木ですぐらいしか言えない。


 それ以外を望むと言うなら仕方ない。視線を落として地面を見る。


 木の根元に生えている色とりどりのキノコ。木々の葉が陽の光の多くをさえぎっているからか、しっとり湿っている大地は多くの苔におおわれている。


 足が踏む大地の感触は柔らかく、おかげで長時間歩いても疲れないが、苔を踏み、もう何度目かになる白い物が外へと突き出てきた。


「また骨が出ましたぞ」

「骨も別に言わなくていいから! ってかそれなんの骨⁉︎ きもッ!」

「さあ? 引っこ抜いてみますかな?」

「んなのしなくていいって! 頭沸いてんの⁉︎」


 地面から伸びる手っぽい骨と握手しようと手を伸ばしたが、ギャルに背を小突いて急かされ、握手する事は敵わなかった。残念!


 森は広大なだけに静かだ。


 昨日襲って来たスライムの姿もなく、小鳥や虫の小生物以外目に付かない。


 それはそれでありがたいのだが、ギャルの言う『暇』も分からなくはない。


 延々と歩き続けるだけで代わり映えしない景色。生物学者だったりすれば楽しめるのかもしれないが、生憎ただの高校生だ。


「そう言われても、自然を愛でる以外に暇なんて潰せませんぞ。電波がなければスマホもカメラと大差ないですし。地図だけ見ていても仕方がない。それ以外に何があると言われても──」


 ギャルからの視線を切って前へと向き直り足が止まる。


 視線の先、木々の間。

 岩のように佇む巨大な四足獣。


 苔の生えた背を震わせ、鼻から白い息を吐き出す獣は、額から捻れた角を二本伸ばし、猪のように細く短な足で大地を蹴ると、大きく頭を振って隣に立つ木の幹へと薙いだ。


 べゴリッ‼︎ と巨木の肌を大きくへこませて、威嚇するように苔生した大地を足で削り取る。


 はい降参と両手を挙げ、ゆっくり後退りながらギャルの隣へ。


「……よかったですな、暇じゃなくなりましたぞ」

「これだったら暇な方がよかったし……どうすんの?」

「いやぁ……まだ危険生物と決まったわけじゃ」

「どー見てもヤベェ奴だって! 見なさいってあの目! 殺す気満々だし!」

「いやいや何を言うかと思えば。よく見てみればほら、思ってるよりつぶらな瞳で」


 鼻息荒く頭を振るい殺す気満々そうですね。


 小さく笑いながら上げていた両手でギャルの肩を軽く叩くと、微笑みを返され肩を掴まれる。……なぜ肩を掴む。


「……ソレガシ、アンタまたあーし置いて逃げようと思ってたっしょ?」

「何を馬鹿な。それがしがそんな薄情者に見えますかな?」

「ちょー見える」

「そのカラコン外しては? 多分腐ってますぞ」

「腐ってんのはアンタの頭だし! 結局アンタってそーなわけ? 付いて来て損した‼︎」

「勝手に付いて来たのそっちですぞ! って来てる来てる来てるッ⁉︎」


 地響きのような足音が猛スピードで突っ込んで来る。来てるって言ってるのに全くギャルはそれがしを掴む手を放そうとしない。


 逃げたくても逃げられず、揉み合っている内に苔で足が滑り二人して倒れた。顔の横に太い足が落とされ、その振動に体が小さく宙に浮く。


 四足獣も急には止まれず、そのまま木に突っ込むと巨木は耳痛い音を奏で、大口開けるように幹をかっ開きへし折れた。仰向けに転がりながらそれを見上げ、巨木が地を叩く衝撃にギャルと顔を見合わせ小さく頷く。


 よし、逃げよう。

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