8F 持たざる者の一日目 4
「さっむ……」
暖房器具もなければ
布団が恋しい。身も心も冷え冷えだ。
ただの夜、なんでもない夜、異世界での初めての夜。
親が居なければ妹もいない。
人工的な灯りが一切ない暗く静かな寂しい夜。窓から差し込む月明かりの下、壁を背に床に座り手元に地図を近付け鼻を
寒いしお腹は減ったし寒いし寒いし、眠ろうにも眠れない。
とは言え地図を眺めても、漠然と『あー、こういう形ね』としか分からず全く面白くない。
──ウォォォォンッ!
「ファッ⁉︎」
極め付けは家の隙間から滑り込んでくる獣の遠吠え。
狼みたいな奴なのか、虎みたいな奴なのか、『キマイラ』みたいな奴なのか、無駄に想像が掻き立てられ頭の中の怪物の造形がもの凄い事になっている。
多分実際出て来るような奴より絶対強いぞ! と謎の対抗心を盾に、大丈夫だと手を握っていると、建て付けがもうよくはないのだろう寝室に繋がる木製扉が、唸り声を上げてゆっくりと隙間を広げた。
「──ソレガシィ……」
「なんだお化けか」
「……アンタそーいう対応しかできないわけ?」
閉めたのにまた勝手に扉が開く。しつこい扉だな! 建て付けが悪いのかな? そりゃ引っ越すわ!
「悪霊退散ッ!
びっくりするほどユートピア! びっくりするほどユートピア‼︎
「なにそれ、
いいよ! とも言ってないのに、シーツに包まった雪だるまみたいなのが隣に腰を下ろしてくる。
わざわざ寝室を譲ったのに出て来ては世話ない。自由時間終了のベルの変わりか、「さっむ」とギャルは手を擦り合わせてシーツを静かに羽織り直す。
さらば自由時間。
「アンタまだ地図見てたの? なんか分かったわけ?」
「よく分からないという事が分かりましたな。文字も意味不ですし」
「ふーん……」
それだけ言ってギャルは口を閉ざす。
何これは。新手の拷問?
呪いの人形のように隣にいるだけでゴリゴリと
ギャルが騒いでても疲れるし、静かでも疲れる。
どうすりゃいいのかお手上げだ。
ギャルなんて昼間見た『スライム』や『
隣に座る容姿に不釣り合いな、如何にも村人といった服を着てシーツを被るギャルから身を離そうと横へ
「ねぇアンタさ、昼間も思ったけど、こんな状況なのに落ち着いてんね。なんで?」
「……なんでって、
本当ならもっと喚いていたかもしれないが、
「それに事前知識のようなものが
「それな。変な生き物ばっかだし、急に襲われるし、ここどこよって感じ? なんでこんな目にとか考え過ぎて疲れたしね」
「考えるだけ無駄なことは考えないのが吉ですぞ」
「あーね、それだわマジ。はぁ、初めて学校ふけちゃった。今頃心配してんのかなー皆」
「んー……さて?」
「そこは嘘でもしてるって言えし」と小さく笑いながらギャルに肩を叩かれる。
そう言われても学校の人気者であろうギャルと違い、学校に
透明人間標準装備!ただし女湯に侵入しても普通に捕まる。
家族も家族で変わっている為、気にされない可能性が高いのだし。妹とか
あれ?
「ソレガシさー、そんだけズケズケ話せんならクラスでも話せばよくない? なんでいつも一人なわけ? アンタさりげ愉快だし、ダチコとかすぐできるっしょ」
「磁石同士の反発よろしく、
「それな!」
それなじゃねえわッ! 否定しろやッ! なに元気いっぱい『それな!』とか返事してんの! 慈悲はないんですか! しおらしくする暇もないんだけど! 笑いながら肩を叩いてんじゃねえ! 痛ってえッ‼︎
「まーでも一度話せばなんとかなるもんしょ。ソレガシってもっと根暗だと思ってたし」
「お主のようにズカズカと他人の領域に入り込むどころか、自分の領域に巻き込むような遠慮のなさは持ち合わせてないですからな」
普段心に鉄壁の城壁を築いている癖に、気分で誰でもウェルカムどころか侵攻してくる修羅の住人に
討ち入りに来られては、
「郷に入ってはなんとか的な? ソレガシでもなんとかなるって」
「なんともなってないから今があるのですが」
「それな!」
ふわっとした感じのポジティブ力の高さよ。
否定的な言葉に対して『それな!』って言うの止めない? 出てすらない釘をぶっ叩く鬼かな? どうしようもないんですけど。打ちのめされるばかりなんですけど。
叩き込まれる痛恨の一撃にため息が漏れ出る。そんな冷たい吐息を叩き潰すように、また一度ギャルに肩を叩かれた。
「大丈夫だって! あーし達もうダチコみたいなもんしょ? 一歩目とからくしょーだって!」
そう笑うギャルの笑顔に目が丸くなる。
友達? 誰と誰が? ちょっとよく分かりませんね。
あっ……急に鳥肌が。
「
「そーいうとこだし! でもさ、あんな高さから河に落ちたの初めてでさ、あん時のアンタの顔マジウケたわ」
「いやいや、お主の方が浜辺に打ち上げられた
「どんな顔だし! ソレガシの方がパナかったから! 潰れた
「お主の方がこーんな感じで」
「ちょ! あはは! その顔は卑怯! も一回、も一回やって! スマホに撮っとく!」
ギャルの笑いにつられて笑い。向けられるスマートフォンにVサインを送る。
ギャルもそう思っているのかは知らないが、底抜けの元気の良さが一種の清涼剤のように働いてくれる。
友達なんて、真正面から初めて言われ気恥ずかしい、高校二年にもなって何をやっているんだか。撮れた写真を見てギャルは今一度含み笑い、電池が勿体ないからかすぐに仕舞う。
「あー笑った。……それじゃあ、あーし戻るわ。また明日ねソレガシ。おやすみ」
「ん、おやすみですぞ」
幽霊のように這い出て来た時とは対照的に、楽しそうに立ち上がると扉も閉めずにギャルは寝室へと戻って行く。
扉を一々閉めるのも怠く、スマートフォンでも見ているのか、僅かに溢れて来る光と、寝室から僅かに聞こえて来る含み笑いが少しして消える頃、不思議と寒さが消え、
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