7F 持たざる者の一日目 3

「どしたん?」

「いや……あれ……」


 木々の奥に見える明らかな人工物。切り出した木を加工したらしい木製の小屋を指差せば、待ってましたとばかりにギャルは強く手を叩き合わせ、嬉しそうに顔を華やかせる。


 異世界に来てようやく目に見えた知的生物の気配に、肩に張っていた緊張が少しばかり薄れた。


「ほんとにあったじゃん! なになに! アンタ結構やるじゃんね!」


 背をバシバシ叩いて来るギャルは元気になってくれたようで結構だが────。


 痛い痛い‼︎ 元気が攻撃力に変換されてる!


 ただでさえ体バキバキなのに叩かないで貰いたい。レッツゴー! と文字を背負って木製の小屋に前進し出すギャルの手を慌てて掴む。


「ちょちょちょ⁉︎ なに考えなしにとつしてるんですかな⁉︎」

「はぁ? だって家があるならとりま道とか色々聞けばいいじゃん。バカなの? ひょっとして人見知り?」

「人見知りとか関係なく、そもそも言葉が通じるかも分かりませんし、人であるかも分かりませんぞ! ドワーフとかエルフとか、魔物なら知能も高い人型のがいるんですからな!」

「……マ?」


 マジだよ。


 それがしもスライムでりたよ。


 漠然と頭の中にある異世界知識は一先ず放り捨てて考えた方がいい。エルフとか言いながら、好物は人間の肉です! とか言う生物かもしれないし、同じ人間でも蛮族であったりするかもしれない。


 ようこそ村へじゃあ死ね! とか言われたら目も当てられない。


 慎重に動こうと行動の方針を定めていると、「とりま行くのがいいっしょ」と方針の針をギャルにポキッとへし折られる。


 このパーティーの方針を無理矢理ガンガン行こうぜ!にするんじゃねえ!


「バイブス上げて流れに任せればどーにかなるし」

「なんですかなその八百長臭い自信。何処ソース?」

「そーす? 意味分かんないけど、つっ立ってても仕方ないっしょ? いけるいける」

「何処をどう見るとそうなるんですかな?」

「どこからどー見てもそれしかないし」


 なんだろう、見えてる物が違うのかな? それがしとギャルの視界に映る景色が同じなのか疑わしい。ギャルの付けてるカラコンの所為じゃ……。


 首を傾げていると、「いつまで掴んでるしきもい!」と手を強引に振り切り、ずんずんギャルは木製の外壁の方へと歩いて行ってしまう。


 誰かどうにかして……。


「すいませーん! 誰かいますー?」

「止める暇もない⁉︎ なにこの暴走列車ッ⁉︎ ブレーキは何処ッ‼︎ ブレェェキッ‼︎」

「うっさいソレガシ! ちょっと居ないわけー?」


 ギャルを追った先に待つ小さな木製の小屋。ログハウスのような見た目であり、外壁と同じ木製の扉をガンガンギャルは叩くが音沙汰ない。


 安心したようなガッカリしたような微妙な心を抱えてギャルから目を外して見た外壁の汚れ具合に目を細める。


 蜘蛛の巣の張った窓に、手入れがまるでされてない外壁。扉を叩くギャルの背から離れ、家の外壁を伝い家の奥を覗いた先に待っていたのは、幾つかの同じような家屋と、生活感のまるでない荒れた土地。


 石造りの井戸は欠け、中には外壁の崩れた家も見える。竜巻でも通ったのか、それとも何かに襲われたか。なんにせよ扉を叩くだけ無駄そうだ。


「ギャル殿! ギャル殿ちょっと!」

「なによギャル殿って‼︎ きもい呼び方しないで! いったいなに叫んで……うわっ」


 眉を吊り上げ寄って来たギャルも、村の光景に愕然がくぜんと肩を落とす。


「なにこれ」

「さあ? ただ人は居なそうですぞ。それに、居なくなってから随分時間が経っているようですし」


 雑草の生えた大地に、ところどころ苔生している木製の家々。家の脇に転がっている鉢植えは砕けよく分からない植物が芽を出している。


 間違いなく廃村。第一村人発見どころか、人の気配さえない。


 大きなため息を吐き肩を落とすギャルを尻目に、だがそういう事ならと指を弾く。


「廃村なら廃村で必要なものを貰いましょうぞ。地図とか他にも色々あるかもしれませんからな。ある意味これはこれでラッキーと。濡れた服の代わりもあるかもしませんぞ」

「それ犯罪じゃね? いーわけそんなんで?」

「ついさっき常識は投げ捨てようと決めましたからな。使われてない物は使った方がいいだろうし。どうですかな?」

「……それもそっか。んじゃあさるとしますかー」


 意外と乗り気じゃんか……。


 お互い手持ちがスマートフォンに財布だけではどうしようもないのは確か。学校鞄もエレベーターで落ちた衝撃でどっか行ってしまった訳で。


 一応お互い目に見える範囲には居た方がいいだろうと、順繰り家に入り物をあさる。


 鍵が掛かっている訳でもなく、家の中には容易に入れはしたものの、住人が出てく時にほとんど物は持ち出したのか空き家同然だ。


 二つ目、三つ目と家に入り出たところで、ギャルが頭を掻き両腕を振り上げた。当たるとこだった危ねえッ! 


「なんもないんだけど⁉︎ あさると決めてもなんもないとか肩透かし半端じゃなくね⁉︎」

「すごいきっちり引っ越してったんですな。立つ鳥後を濁さず的な? 一枚たりとも服さえないとは驚き桃の木山椒の木」

「感心してる場合じゃないし‼︎ どーすんのこれ! 時間の無駄感やばみっしょ!」

「なにを言うかと思えば、まだ一番の有望株が残ってますぞ」


 村の中で一等大きな木製の家。これまで空き箱だった家々と比べても、大きさだけなら一回り大きい。村長の家だったのかは分からないが、一番何かありそうではある。


「まあ二度あることは三度あるとか言いますが」

「なんでテン下げな事言うわけ? そーいうとこだしソレガシ」


 ギャルの皮肉を聞き流しながら扉に手を掛け開いてみれば案の定。ヒュルリと隙間風が吹き抜け空っぽの室内。


 出迎えてくれる少ない調度品は埃を被り、今の住人であるらしい蜘蛛みたいな虫が床の上を這っているだけ。明らかに肩を落とすギャルを放って置き、室内に入り箪笥タンスのような家具をあさる。


「おっと」

「なに!なんかあったの!」

「地図がありましたぞ!」

「へー……」


 なぜテンションを下げる! 超重要なアイテムなんですけど⁉︎


 これである程度の場所とか世界の形が分かるはずなのに、全く気にせずギャルは物漁りを続けている。


 「虫がッ⁉︎」と甲高いギャルの叫びを聞きながら埃塗れの机の上に地図を開けば思った通り。


「……字が読めねえ」


 なにこの楔形文字みたいな文字。なんて書いてある訳?


 しかも世界地図のような地図ではなく、部分的に切り取ったような地図である為に余計に見づらい。


 上下左右にひっくり返しながら地図をにらみ、地図を横断するように走る太い線を目で追い親指の爪を噛んだ。


「これが河……だとするなら、河に沿うように打たれている点が村や町? 高低差が描かれてないですが、ただ崖っぽく途切れているような所がそれがし達の落ちて来た所だとするならば……」


 そこに程近い所に打たれた点がこの村である可能性が高い。歩いた距離がそこまで遠くなかった事と地図の距離を照らし合わせれば、ある程度の距離は読める。


 それで今いる点から近い所は──。


「うっそマジで⁉︎」

「どうしました!」


 急に響いたギャルの声に思わず振り返る。箪笥タンスの一番下の引き出しに手を突っ込み、振り返ったギャルの手に掴まれた一枚の布。


「服あんじゃーん! ダサいけど! 濡れてるこれよかマシって感じ? ただ一枚だけだったけどー。見つけたもん勝ちって事で!」

「あっ、そうですか……別にそれがしはそこらのカーテンでも最悪いいんで。それより街の場所が分かりましたぞ」

「うそ! すごいじゃんそれ! どこどこ!」


 ようやく見つけたらしい服を投げ捨て、机の横に飛んで来るギャルの目の前に指を伸ばし、お目当ての場所を指す。


 名前が書かれてるっぽい字の上に点が打たれているだけの村と違い、名前の上に大きく都市っぽい絵が描かれている場所。都市の名前は不明だが、栄えていそうな場所で間違いない。


「ここからそこまで遠くなさそうですぞ。歩いて行けば一日あれば着けそうですな」

「一日⁉︎ 遠ッ! だって今……」


 窓辺から見える陽は傾き、空は少し赤らんでいる。


 家々の捜索に掛けた時間は少なくなく、夜への足音が聞こえる時間。このまま都市に向かったところで歩くのは夜中。そんな訳にもいかず、そうなると自然に次の行動は決まってくる。


「今日はここで一泊でしょうなー」

「はぁ⁉︎ ここお風呂もなければご飯もないんだけど⁉︎ しかもアンタと一泊とか……」

「あのですな……気にするところズレてますぞ。家があるだけマシと考えるのが吉ですぞ」

「そーだとしても! お腹減ったし、コスメもないし、なんもないのと変わんなくね? それにアンタ、見知らぬ土地なのを良いことに夜にあーしに手出したりとか」

それがしまだ死にたくない」

「どーいう意味だし‼︎」


 そういう意味です。


 ボコスカ空手キックをお見舞いされたらそれがしのライフポイントはすぐに底を着いてしまう。


 それにご飯もなどと言われても、それがしもお腹は減ってはいるが、そこらの木の実でもいで食べて果たして無事か。普段どれだけ恵まれているのか身に染みる。


「ならお主はベッドでもあればそこで寝て、それがしはここで寝ますぞ。もう少し地図を読みたいですし、他にも幾つかの書物があったはず。文字が読めないまでも挿し絵などで分かる事もありますからな。一先ず明日の朝まで自由行動という事で」

「それには賛成だけどさー。アンタって……」

「なんですかな?」

「別に……んじゃまた明日」


 投げ捨てた服を拾うと、寝室であったらしい隣の部屋へとギャルは消えて行く。


 閉められた扉と怪訝な顔に首を傾げて、今一度地図へと目を落とし親指の爪を噛んだ。

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