4F 始まり 3

 走馬灯は生き残る為の情報を記憶方探す為に垣間見えると聞いた事があるが、せめてもう少し昔の優しい記憶とかがよみがえる物なんじゃ……。


 やって来たばかりのついさっきの記憶なんて繰り返し見せられても、生き残る為の手立てなどまるでない。


 せいぜい、ギャルという生命体の理不尽さを思い起こすだけである。


 スライムとギャルの拳に挟まれズキズキ痛む背を摩りながら身を起こせば、「イヤァッ⁉︎」と拒絶の叫びと共に繰り出されたギャルの見事な横蹴りが水の魔物に突き刺さり、スライムの体が四散した。


 何それは……初めからやってよ。


 走馬灯の意味なしッ‼︎


「もーやだー! わけ分かんないトコでソレガシと二人でズブ濡れとか最悪なんだけどッ⁉︎ 今日の星座占い運勢最高だったはずなのにー‼︎」

それがしは最低でしたな」

「だからなに⁉︎」

「ラッキーアイテムは折り畳み傘でしたぞ」

「あっそッ‼︎」


 本日の天気快晴なのに。


 当然持って来なかったが、その所為でこうなった訳でもあるまい。……ないよね?


 スライムの体液に濡れそぼったセーラー服の胸元を引っ張るギャルの姿にガッツポーズを贈っていると頭を叩かれた。遠慮なくボコスカと、それがしは打撃OKサンドバッグじゃないのだが。


 ため息を吐きながら膝を抱えて縮こまる青髮のギャルをどうしたものかと頬を指で掻いていると、四散した水の欠片がウゴウゴとうごめきだす。


 これはアレだ。ダメな奴だ。急ぎギャルの腕を掴み引っ張る。流石に目の前で無惨に死なれでもしたら気分が悪い。


「今度はなに⁉︎ 触らないでよ!」

「そのスライムまだ倒せてないですぞ! 今は逃げるべし!」

「もー! マジないから‼︎ アンタと一緒とか! もぉぉぉぉやッ!」


 とか言いながら何だかんだ立ち上がり付いて来てはくれる。それがしも一人では心細いが、ギャルも同じなのだろうか。


 遠く背後で聞こえる水塊の跳ねる音。ちらりと昇降機エレベーターを一度見、それを最後に前へとせわしく足を運ぶ。幸い視界が開けているので走り易くはあり、スライムの足も遅い為、すぐに水の足音は聞こえなくなった。


 木の幹を背にギャルと二人ヘタリ込む。荒れた吐息を二つ並べて。


「はぁ……ちょっとソレガシ、なんかないのこーいうのに詳しいなら、帰る方法とか」

「いや……そうですな。だいたいはその世界の魔王を倒すとか、転移した理由を見つけるとか、目的を達成すれば最悪帰れるはずですぞ。兎に角今はさっぱり」

「まおうってなんだし……、なんでこんな目に……」


 丸めた膝にひたいを打つギャルを横目に、大きく息を吐いて空を見上げる。葉に隠れてろくに見えないが。


 それがしも少なからず驚いてはいるが、それがしよりも一層慌てている者が横に居るおかげで多少は冷静になれる。


 これまでネットでも紙でも多くの小説を読みはしたものの、自分がそんな状況になるとか妄想をした事はあっても、現実となると感じ方がまるで異なる。


 魔法など使えず、武器もなく、情報も皆無でギャルと二人。特典とか誰もくれない。誰かくれよ。スライムとギャルからあざになりそうな打撃を貰っただけだ。


 一度大きく息を吸い込み深呼吸し、今手元にある情報を整理して吐息と共に吐き出した。


「取り敢えず……これがファンタジーな世界で小説の通りなら、近くに冒険者ギルドとか、始まりの街とかがまずあるはずですぞ。情報を集めるためにもまずはそこを目指してみるのは?」

「……ほんとにそんなのあるわけ? マップアプリも使えないし、スライム? とか変なのいるし、誰にも連絡取れないし、アンタと二人とか……なんもないじゃん」

「……少なくとも、一人じゃないですな」


 指を二本立てた手を差し向ければ、「……頼りないし」と小さく笑われる。その笑顔に少し見惚れてしまったのが面白くなく、それがしも丸めた膝へと一度額ひたいを打った。


 美人はズルいッ‼︎


「まあ……こんなトコで座っててもなにも解決しないのは確かだし……一人もアレだし……ちょっとくらいなら付き合ってもいいけど?」

「それは頼もしいですな、スライムが襲い掛かって来てもお主が蹴り散らしてくれれば安心ですぞ! よろ」

「は⁉︎ アンタもなんかしなさいよ! よろじゃないから! なんかないの特技とか!」

「んー……特に……」

「使えなー」


 バファリンの半分は優しさでできていると聞いた事があるが、このギャルそんな解熱鎮痛剤より優しくない。言葉のナイフ使いですか? 悪口大会とかあったら上位入賞常連だろうよ! 


「そういうお主こそなにかないんですかな!」

「はぁ? 見て分かんないわけ?」


 やたら自信たっぷりにサイドポニーを手で払いながら言い切るので、今一度ギャルへと目を向ける。


 なるほど! そうかッ‼︎


「髪に青黴あおかびが生えて──」

「はぁぁぁああ⁉︎ 目ん玉どこに付いてんし‼︎ マジエンドってるわアンタ。このエモさが分かんないとかマジ卍。モジャモジャ頭に言われたくねー、アンタこそその髪どーにかしろし、目もろくに見えないじゃん」

「これは我が家に代々伝わる由緒ある髪型で、江戸時代後期にその当時の当主が髪にくしは入れるべからずと──」

「嘘くせー」

「その髪色には負けますぞ」

「はぁ? これはあーしん家に代々伝わる由緒ある髪色で──」


 言い訳をパクってんじゃねえぞ! 代々伝わる由緒ある髪色ってなんだ⁉︎ 生まれながらに髪がそんな色だったら病気だ病気!


 『なんか文句あんの?』という感じににらまれるので、逃げるように目を背ければ木々の間にうごめいている水溜り。木々に張り付いている水溜り。


 一、二、三、四……うん、いっぱい。いっぱいいるな。群れてやがるッ‼︎


 伸びをするようにゆっくり立ち上がり、ほっと静かに息を吐く。


「……折り畳み傘持って来とけばよかったですぞ。じゃあそういう事で!」

「はぁ? アンタ急に何走って──」


 ぼちゃりと落ちる水の音を背後で聞くと同時、隣で青い髪が揺れる。


 はっや! それがしの方が先に走ってたのにすぐ追いつくってなに? 何で体ができてるの? 同じ人間とは思えない。


 不思議生物を見る目を向けると、猛禽類のような鋭い目を返される。プラス蹴れらた。


 何その運動性能ッ⁉︎ ギャルの肉体強度は化物かッ⁉︎


「なに一人で逃げてんだよ! 薄情者! ビビり!」

「お主のようにそれがしは空手キック標準装備じゃないんで‼︎ ゲームなら無双できてもこれは逃げの一択だろ常考」

「なに言ってんし⁉︎ だいたい、かか、空手とか、どこをどー見たらあーしが空手やってるように見えるわけ⁉︎ アピってもねーのに!」

「槍みたいな蹴り放っといて無理ありますぞ! ってうわわわッ‼︎」


 ボタボタ空から降ってくる生きた雨。地面に触れた時の音がエゲツない。


 木の枝をベキベキへし折りながら落ちて来るスライムのどこが雑魚モンスターなのか。殺意が凄い!


 顔の横を大きな水滴が舐めとるように落ち、赤い雫がそれがしの顎を伝い、べシンッ! と背中を箒で思い切り叩かれたような痛みに襲われる。


 殺意の雨の中目をしかめ、ギャルの叫びに引っ張られて横を向けば、肩口を水溜りに舐め取られ、セーラー服を溶かしていたギャルがいた。


 なにこの扱いの違い。


「なんで服が溶けるわけぇッ⁉︎ 見てんじゃねーぞソレガシ‼︎ 前だけ見てろ‼︎」

「赤」

「ころす」

「ファッ⁉︎」


 色言っただけでッ⁉︎ 溶けた服の端から下着をチラつかせてる方が悪い!


「なんで逃げながらお主に追われないといけないんですかな⁉︎ 走る方向違うよ! 痛たたたた⁉︎ なんでそれがしだけボコボコ⁉︎」

「あっはっは! いい気味だしー! ちょ⁉︎ スカートの端が⁉︎ なんなのこの変態⁉︎ ケーサツ! ケーサツにテルして!」

「スマートフォンも使えないのに居るとは思えませんぞ!」

「じゃあソレガシどーにかしろし! こーいうの詳しいんでしょ!」

「ここに来て丸投げ⁉︎」


 手をかざせば炎の塊を撃ち出せる訳でも、雷を落とせる訳でもない。


 ただ木々の間を走り抜け、追って来る激しい雨音から逃げていると、目の前が急にバッと開けた。木々の姿は消え去り、消失し続いていない大地。ぽっかり空いた虚空の大分先に森が広がり、慌てて踏ん張り足を止める。


 落ちた小石を追って崖の下を見下ろせば、眼下に流れる太い河。oh……。


「詰んだ⁉︎」

「ありえないから⁉︎ どーすんのこれ! アンタと二人で終わるとかマジない!」

「お互いさまぁッ‼︎ そんな事言うなら……」


 崖下を見下ろし生唾を飲み込む。目測何メートルとか測れるわけもない。


「……バンジージャンプの経験は?」

「あるわけないし、しかも紐なし……」


 顔を見合わせ後ろから追って来る水音へと目を向ける。


 取れる選択肢は三つ。


 一つ、囲うように追って来ているスライムに立ち向かう。奮闘の末おそらく死ぬ。


 二つ、ワンチャン賭けて河に飛び込む。おそらく死ぬ。


 三つ、なんか知らないけど急に助けがやって来るとかあったらいいなぁ。頭の中に並べた選択肢の内の一つを掴み取り、強く頷いた。


「レディーファースト!お先にどうぞ!」

「はぁッ! アンタが先に行けっつーの!」

「ちょ、蹴るのはなしの方向で! タイムタイムッ‼︎」

「つ、掴むなバカッ! このぉ‼︎」

「髪を掴むのは反則ですぞ! 痛たたた! 禿げる禿げる⁉︎ だいたいそんなに暴れたら⁉︎」


 ガラリっ、と崩れる崖の端。


「「あっ」」


 と、間の抜けた声が重なり合い、足が空を踏む。死んだ表情でギャルと顔を見合わせた。もう二度目になる浮遊感。足を動かさずとも近づいて来る河へ一度目を向ければ、諦めたような笑いが勝手に溢れた。


「ファァァァアアッ!!!!」

「いやぁぁぁぁああッ!!!!」


 ギャルと二人、なんでもない駅舎の昇降機エレベーターが落ちた先は異世界であった。


 昇降機エレベーターが落ち、崖からも落ちる、落ちてばかりのそんな人生。もし神という存在がいるなら一度でいいから出て来て欲しい。


 取り敢えず一発殴らせろ。

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