3F 始まり 2
「キャッ⁉︎」
「ファッ⁉︎」
ぞりぞりと身を削る柔らかな感触に顔を上げれば、視界の中おっ立つ背の高い太い幹の木々。
文明の匂いは一切合切消失し、土の匂いが鼻腔を
木々の間から差し込む木漏れ日を目に、背に乗っかっているギャルの重さに肺を押されて呼吸し辛く、身を
バチコンッ! と鳴る音に目尻に雫が浮かぶ。
「痛った⁉︎」
「……なに? なにこれ? どこだしここ⁉︎ え? は? どゆこと⁉︎ 意味分かんない! 意味分かんないし⁉︎」
理不尽を叩き潰すように、どんどこどんどこ背に叩きつけられる手のひら。
痛い痛い! 叩くところを間違えている! 地面を叩け!
「アンタッ! アンタがなにかしたわけ! 説明しなさいよソレガシ‼︎」
「
「はぁ⁉︎ 重くねーからッ! 毎日食事制限とか気をつけて──」
「怒るとこ違うッ⁉︎」
「アンタねッ!」と目くじらを立てて
木が三つ集まり森である。
風に揺らされざわざわ鳴る葉の音が
そんな巨大な森林の中、太い枝に引っ掛かりぷらぷら揺れている
「ゆかりん! しずぽよ! りなっち! ずみー! なんでダチコの誰にも繋がらないわけ⁉︎ 圏外とか‼︎ 携帯会社仕事しなさいよ! 110番? 119番? どーすればいいしこれ!」
スマートフォンの画面をネイルに武装した指で小突いているギャルを尻目に親指の爪を噛む。
こんな時に
……じゃない!
日常から一転見知らぬ土地。手近な木を見上げてみるが……この木なんの木? ビルのように背の高い木が群生している土地など思い当たるはずもない。スマートフォンも使えないらしい見知らぬ場所に急に落ちる状況など、思い当たる事があるとしたら一つ。
「異世界転生? いや、生きたままだし異世界転移?」
「……なにそれ?」
共に居る相手が
「要は急に見ず知らずの地球とは違う世界に飛ばされてしまう事ですぞ。だいたいは剣と魔法のファンタジー。
「はぁ? アンタ頭でも打ったの? バカみたい。読んだことある小説と一緒とか。それってアレだし! 非現実的!」
もの凄い小馬鹿にされた……。
「そんな事言われてもですなー、今の世の中スマートフォンも使えない、全く知らない場所に急に落とされるなんて説明できませんぞ」
「んなことないっしょ、落ちたエレベーターの中で昏倒してて夢見てるだけかもしんないし」
「エレベーターはあそこですぞ、だいたいそれならなんで
「それは……これは夢でアンタは幻覚ってだけだし!」
「んなアホな……」
勝手に存在を幻覚にされるなど御免被る。
「アホってなんだし‼︎」と
痛ってえ! いちいち力が強い!
「なに? 触ろうとしないでくれる? きもいんだけど」
「こんな時でも変わらないようで結構ですな、でも今触れた通り
「そ、それは……じゃああれだし! 集団催眠! テレビの企画とか」
「
「ソレガシと二人きりとか絶対ソクサリだしマジない。ソロ活のがマシだしっ」
NOと断言するくらいなら言わないで欲しい。
理解不能の状況に
「だって異世界とかマジ意味分かんないんだけど! なんで教室の隅にいつも座ってるようなアンタと!」
「それは
「ハァ⁉︎ 誰のことだしそれ! マジきもい!」
ぷいっと顔を背けるギャルの姿に肩を
だいたい異世界転移なら、もうちょっと心優しい女の子が一緒だったり、エルフの少女が出た先で待っていたりするものじゃないのか。
どこに仲良くもない
ここ小説で読んだとこだ! っとか全くできない。……助けて小説の先輩達。
夢のない夢のような状況に肩を落としていると、顔を背けたまま
その視線を追えば、木の根元に丸まっている透明な青い球体が佇んでいる。まるで巨大なビー玉。その澄んだ色をカラーコンタクトが
「鬼キレイ、これは撮り」
立ち上がり水球に寄ると、パシャリとスマートフォンで写真を撮リ出すギャル。
それを横目に、青い球体を眺めていると、でろりと溶けたように水球は形を変えてべちゃりと大地に広がった。土に吸い込まれる訳でもなく、そのまま収縮と膨張を繰り返す水溜りに、「きもッ⁉︎」とギャルは叫び、ちょっと待てよと手を伸ばす。
「なにあれ⁉︎ ちょ、ソレガシ! 説明‼︎」
「んー」
「リムってんじゃねえし! あの鬼きもいのどーにかして!」
さっきまで綺麗とか言ってたのに手のひらぐるぐる忙しいな。腱鞘炎にならないのだろうか。でかいアメーバみたいな存在に、取り敢えず名前を付けるならアレしかない。顎を指で撫ぜながら小さく頷く。
「『スライム』じゃないですかな? ゲームとかでもよく見る雑魚モンスター。ドラゴンなクエストのゲームに出てくるのはもう少し可愛げあったのに、リアルは非情ですぞ」
「なに落ち着いちゃってるわけ⁉︎ アンタ自分の事『
「無茶ですぞ! わざわざ
「……マ? なに見てたの?」
驚いた顔で見つめられる。そこ気にする?
「子連れ狼、三匹が斬る、座頭市、水戸黄門、必殺仕事人、暴れん坊将軍以下略」
「うっそ、あーしも見てた」
「それはまた……なんと奇遇な」
新発見、ギャルも時代劇を見るらしい。
青い髪の乙女が時代劇を見つめる絵とかシュール過ぎるが、思わぬところで繋がりがあるものだ。ただシュールはシュールでも、森の中を這いずる水溜りには敵いそうもない。
二人して微妙な顔を見合わせていると、ぼちゃりと手前に水溜りが跳ね、慌ててギャルが
「ほら! 助さん格さんとか、三十郎みたいにやっちゃって!」
「剣術の心得とかほぼないですぞ! ええっと、あっ! こういう時は、ステータスッ‼︎」
天に向かい高らかに叫ぶが、木々の間を駆け抜けて
祈りが足りないのかと両手を天に掲げても効果なし。
虚しく消える残響を聞き、「なにそれ」と冷めたギャルの冷たい声が背に吐き掛けられる。
「あれぇ? 確か見た小説だとこうパッと視界とか空間にステータス画面が」
「バカ言ってないでほらもう来てる来てる! あーしあのきもいのリームーだから!」
「スキルも能力もなしにどーしろと⁉︎ 現実が非情過ぎますぞ! 何より自分が無理なことを他人に頼むとか! これは無理ゲー! ドンタッチミー、ドンタッチミー!」
「いいから行けって言ってんでしょ! アンタそれでも男⁉︎」
「あー! こういう時だけ性別を盾にするとかずっるー!」
「いいから行けっつーの!」
回し蹴りが
なんと酷い走馬灯であろうか。
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