【短編】滅びゆく世界の行く末は

Edy

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「ベン、ハリー、ジョン、イザベラ、ロバート。行こう。これで最後だ。俺たちが、世界を取り戻す」

 リーダーであるジムがチームの生き残りに声をかける。最上階ラウンジ前に辿り着けたのは6人だけ。

 彼等の目的は一つ。この先にいるガルシア博士から血液を採取し、持ち帰る。たったそれだけなのに、多くの兵が道半ばで倒れた。仲間の屍を越えて進むしかなかった。

 状況は最悪。支援も期待出来ない。それでも、躊躇う者はいない。人類が逆転するのは今しかないから。


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 21世紀が後半に差し掛かった頃、文明社会は崩壊した。

 凶暴で、身体能力が高く、知能が衰退した人間が現れた。彼等は噛み付くことで人を作り変え、次々と仲間を増やしていった。

 なぜ、そのように変異するのか。要因はガルシアと呼ばれたウィルス。

 なぜ、ガルシアと呼ばれたか。それはガルシア博士が作ったウィルスだから。

 博士はガルシア・ウィルスを使い全ての人類を作り変えようとしている。

 ウィルスが広まりだしてから、たった3年で全人口の20%が作り変えられた。

 そしてインフラは機能しなくなり食料が不足、暴動が起き、さらにウィルスキャリアを狙う魔女狩りまで行われた。

 世界中の誰もが絶望していた。


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 ジョンがタブレットに最上階のマップを表示させる。マップは3年前のものだが、下層が改修されていない事から最上階もそのままであると予想された。

「フォーメーションは今まで通り、ハリー、イザベラで先行する。Go!」

 ベンがラウンジにスモークを投擲。一気に視界が狭まる。ハリーとイザベラが弾幕を張り、タブレットで確認したカバーポイントに走る。他の4人は掩護。敵からすればこのフロアが最終防衛ライン。ガードロボットからの攻撃は苛烈。それでもやるしかない。ここが最後の希望なのだから。


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 ガルシア・ウィルスの犠牲一人目はアメリカ、アトランタにいた。

 日雇い労働者であった彼はスーパーマーケットで突然、他の客に噛み付いた。騒ぎを聞きつけたセキュリティが取り押さえようと試みたが、それは叶わず、到着したポリスによって射殺されるまで暴れ続けた。彼が完全に息絶えまでに撃ち込まれた弾は18発。

検死の結果、アルコール、ドラッグの反応が無かったため心神喪失状態であったと結論づけられた。

 この事件での負傷者は5名。その中には勇敢なセキュリティも入っていた。

 公開されている情報によると、ここから人類の衰退が始まる。


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 ガードロボットの猛攻でハリーとベンは動けずにいた。

「これじゃあ先に進めねぇ! ベン! 俺が突破口を開く! 掩護を頼む!」

「待て! 下がって立て直すべきだ!」

 制止を聞かずに集団にグレネードを投げ込み、弾幕が途切れた隙をついて走るハリー。

「ハリー!」

 ラウンジを半分前進した辺りで倒れた。彼の腿は撃ち抜かれ、立ち上がる事はできそうもない。

「ちくしょう! 今助けてやる!」

 ベンがカバーポイントまで引きずるが、ベンも撃たれる。即死だった。

「すまねぇベン。すまねぇ! 俺のせいで! ジム! 後は頼む! ベンの仇だ! 吹っ飛ばしてやる!!」

 ハリーはグレネードをばら撒いた。轟音と共に床が崩れ落ちる。多くのガードロボットを道連れにして、階下に消えていった。


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 スーパーマーケット事件の一週間程後、同じような事件が立て続けに起こった。何れも最初の事件の被害者が起こした事件だった。アメリカ疾病予防管理センターCDCが感染症の可能性を疑い始めた時には同様の事件は30件を超えていた。

 程なくしてCDCが出した結論は世界中を震撼させる。

 ウィルスに感染した者は徐々に知能が低下し、筋細胞と凶暴性が増大する事。傷口から感染する事。ウィルスによる致死率は0%である事。そして、可能性が高い事。

 この発表により、ホワイトハウスは軍によるアトランタの封鎖と、感染者と思しき者への即時射殺を検討するが、人権団体の反発により断念。反対していた者の中には副大統領も入っていた。

 さらに、イニシアティブをとるべきCDCは本部があるアトランタが発症地であった為、発言力を大きく落としていた。

 これらの対応の遅れは致命的になりかねなかった。


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 どうにかラウンジを突破したがコントロールルームに足止めされる。作戦ではここから警備ロボットの制御を奪うはずだった。しかしコンソールが全て破壊されているのではソフトウェアエキスパートのジョンでもハッキングはできそうもない。

 即席で組んだバリケードで持ちこたえてはいるが、いつまでも持たないの明白だった。

「私が囮に! 一体でも多く道連れにしてやる! その間にガルシアを仕留めて!」

 イザベラはヤケになっているが、ジョンが押し留める。

「待て待て、コントロールは奪えなかったが、まだ手はある。屋上にある発電設備を破壊すれば管制システムは停止する。そうすればロボットに指示が行かなくなって動かなくなるってなもんだ」

「屋上ねぇ。ここから出られないのにどうやって屋上に上がればいいの!」

「そりゃあ、あそこだ。レトロムービーみたいだろう?」

 ジョンが指したのはエアダクト。タブレットによると屋上まで繋がっているのがわかる。

「俺が先行する。イザベラ、ロバート、後に続け。……ジョン、警備ロボットの引き付けを頼む」

「ジム! ジョンを囮に使う気なの!」

「落ち着けイザベラ。いい加減すぐキレる癖を治せ。俺をよく見ろ。この体ではあのダクトは狭すぎる。お前ら美味しい所を譲ってやるんだ。ヘマするんじゃあないぞ。行け。世界を救ってこい」

 ダクトを進む。

 しばらくの間、銃撃音が聞こえていたが、静かになった。

 

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 最初の発症例から一ヶ月、アトランタ以外での感染爆発は発生していなかった。検問により厳重に管理されていたのもあるが、発症者が見た目で判断しやすいのと、噛まれなけば感染しないのが大きい。

 このまま緩やかに収束するかと思われたが、ネットに投じられた一本の動画で、世界は破滅へと転がりだす。

 動画に映るガルシア博士はとても60代にはみえなかった。どう見ても30代。

 博士は語る。開発したウィルスで人類はもう一段進化する。感染して知能低下する者が大半だが、知能をそのままにウィルスの特性を得る者もいる。身体強化だけではなく、長寿、回復力、様々な面で人類を超えていた。

「私は第一世代ですのでウィルスと共生していますが、第二世代になると、完全に体を作り変えられるためウィルスを必要としなくなります。私は彼等をニューブリードと名付けました。

 カメラが動く。映されたのは二人の男女。それと彼らに抱かれた赤子。

「私の研究に協力してくれて、生まれ変わったニューブリードを紹介します。その子もまた、産まれながらのニューブリード。そう、彼等はニューブリードのアダムであり、イブであり、そして、カインです。これを見ていて自分がニューブリードだと自覚している方もいるでしょう。是非アトランタにお越しください。ニューブリードに成りたいと考えている方も居られるでしょう。簡単です。噛まれてください。それだけで生まれ変われます。我々で新しい世界を築きましょう」

 たった一本の動画。この動画のせいでパンデミックはおこった。


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 ダクトを抜け屋上に出た。そこに鎮座するのは大量のソーラーパネル。21世紀前半の頃とは比べ物にならない発電量を備えているそれ。これだけあればこのビル一つ楽に賄える。

 待ち構えられていると予想していたがガードロボットはいない。今が発電制御ユニットを破壊する機会だといえた。

 周囲を警戒しながら制御ユニットに向かうと、先頭を進むイザベラが撃たれた。確かにガードロボットいない。しかし上空にはガードドローンが飛んでいた。

 ジムがドローンを無視してグレネードを投げつけ爆発が起こる。制御ユニットは火花を散らして停止。直後、屋上の照明が消え、雨のような銃撃がやんだ。ドローンはその場でホバリングを続けているだけ。管制システムが落ちたせいだ。おそらく階下のガードロボットも停止しているだろう。

 イザベラに駆け寄ると胸を撃ち抜かれていた。長くは持たないだろう。意識もはっきりしていない。

「ベン、ハリー、ジョン。私もそっちに……」

 ガードシステムは止めた。もう博士への道を阻む物はない。


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 ガルシア博士の声明の後、ニューブリードもニューブリードに成りたい者も、続々とアトランタに集まった。アトランタから逃げだす者も多く、検問はすぐに突破された。当然のようにアトランタ周辺はニューブリードの成り損ないで溢れかえる。

 大統領は陸軍を派遣。武装と戦術で圧倒していても数と身体能力の差は埋まらない。陸軍は成り損ないに飲み込まれた。

 ミサイルによる攻撃計画も発案されたが撤回されることになる。

 捕獲したニューブリードを調べ尽くした結果、彼等の血清からはワクチンが作れない事がわかった。そもそも彼等は抗体を作る必要がない。

 可能性があるとすれば、第一世代である博士本人だけ。ウィルスと共生している博士の血清からならば。

 再度、軍を派遣しようにもニューブリードが数を増やし続けている成り損ないへの対応、都市部の治安維持、インフラの回復、やるべき仕事が山のようにあるため遅々として攻撃計画は進まない。

 その間に成り損ないは北米大陸全土に広まり、南米大陸を飲み込み、世界中に蔓延した。

 多くの都市が沈黙し、ネットワークも途切れ始める。インフラとネットワークで繋がっていた世界は次第に分断されていった。

 そして3年経過した今、攻撃が行われている。

 これは人類の意地だ。独りよがりな進化など、認めてはならない。


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 最上階、ビルから迫り出したバルコニーにガルシア博士がいた。武器を持たず、護衛もいない。たった一人。ライフルを構えながら近づくジムに気づくと笑みを浮かべた。

「よく、ここまで来てくれました。旧人類も捨てたものではない。今、私は感動しています。さあ、私を殺して、血を奪いなさい。そこからワクチンが作れます」

 博士はゆったりと話す。

 ジムはライフルを構えたまま何も言えずにいた。この状況は想像外、真意は読み取れないが世界の仇とも言える博士を前にして対話を試みるジムは英雄と呼ぶのに相応しい。

「なぜだ? ニューブリードの世界を作るのではないのか?」

「そうなって欲しいとは思います。しかし、私は賭けをしました。この絶望する状況で私の元に辿り着くことが出来れば旧人類にも希望がある。その時は旧人類に勝ちを譲ろう、とね。おめでとう。君たち、旧人類の、勝利です」

 ジムは、拍手をする博士の両膝を撃ち抜く。博士は崩れ落ちた。

「俺たちを! 人類を巻き込んでゲー厶してんじゃねえ! ……それもこれで終わりだ。滅びかけたが、お前の言うとおり俺たちの勝ちだ。……ロバート、血を採取してくれ」

 俺は採取キットに手をかける事なく、ジムの眉間を撃ち抜く。撃たれる瞬間、何故? といった表情のまま死んだ。悪いが用済みだ。

 この場に生きているのは俺と博士のみ。ようやく、ここまで来た。

「君は一体……」

「俺も感染者ですよ。ただ、第二世代になりきれなかった。噛まれた時に死にかかっていたせいなのか、ただの偶然なのか、そんな事はどうでもいい。博士、ずっと確認したい事があった。第一世代には弱点がある。定期的に人の血を摂取しなければならない。違いますか?」

「その通りです。私はもう嫌なんですよ。これでは吸血鬼だ。私は人をやめるつもりはなかった。もう、耐えられない」

 よくわからない倫理観だ。世界を滅亡に追い込んでおいて、そんな理由で死にたいとは呆れる。まったく付き合っていられない。

「……ガルシア博士。オリジナル・ウィルスを持つあなたの血。俺が貰う。そうする事で、第二世代に進化できるかもしれない。もしかしたら、その先にすら行けるかもしれない」

 この思い付きは勘だ。勘と言うより、俺の中に流れる血がそうしろと、博士の血が欲しいと、そう言ってる気がしていた。

「確かに可能性はあります。根拠はありませんが、私の中の血が、貴方に取り込まれたいと訴えている、そんな感じがします。調べもせずに結論づける。学者失格ですね。どうぞ私の血を貴方に。……最後に一つだけ教えてください。貴方はその先に進んで、この世界に何をしますか?」

「何も。世界に興味はない」


 博士の血を取り込んだ。あんなに強かった血への渇望が消えた。なんて清々しい。なんて身体が軽いのだろう。

 嬉しさのあまり、この荒廃した世界ですら尊く感じる。


「世界中に愛を伝えてやりたい気分だ」

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