31.

 (…見ないでくれと言ったのに…)


 目を覚ました途端、フィリップのニヤけた顔があったので、シャラは寝惚けながらも布団を引っ張り、頭から被った。


 「起こして下されば良かったのに…。」


 くぐもる抗議の声を気にもせず、フィリップは僅かに布団を捲る。


 そこに、まだ眠そうにも柔らかなエメラルドグリーンの瞳を見つけ、フィリップは更に微笑む唇を求めて布団を捲る。


 「あっ!」


 シャラが突然起き上がったので、肘を枕にしていたフィリップは、驚いてベッドへ仰向けに倒れた。


 「もう、こんなに日が高いではないですか!今日は遠乗りに連れて行って下さるお約束では!? 何故に起こして下さらぬのですか!」


 露わな肌を布団で隠しつつ、閉じられたカーテンから溢れる日の光を見て、シャラはフィリップを睨んだ。


 「残念だが、遠乗りには行けそうにもないぞ。今日は雨だ。」


 「えっ?」


 こんなに明るいのに?と、窓の方をもう一度見ようとするシャラをフィリップは再びベッドへ押し倒した。


 「これから降るんだ。たぶん。」


 何という、いい加減なことを!


 シャラの文句は、途中でフィリップの唇に封じられてしまった。







 「この時間だと、今日の厩舎へのご訪問は取り止めだろうな。」


 ギルバートが溜め息混じりに呟いた。


 百騎隊の騎士も、シャラ付きの騎士も、侍従らも、居間で暇を持て余し、寝室へ続く扉をボンヤリと眺めている。もう昼近くになるが、主が出て来る気配は無い。


 「仕方あるまい。新婚なのだ。」


 いかつい顔に満面の笑みを浮かべるジェイドに、リュークが眉を顰める。


 「おい、ジェイド。お前、シャラ様に余計なことを言うなよ。あの方は、この手のことに関しては、初心うぶ女子おなごと一緒だぞ。夜のことを思わせるような、無神経な言葉は絶対に口にするな。」


 「馬鹿にするな!私がそんなことを言うわけ無かろう!」


 「いや、お前が一番怪しい。」


 リュークの言葉に、騎士達だけでなく、侍従長を始めとする侍女達も頷いている。


 「『昨夜は良く眠れましたか?』とか、『今朝はご機嫌よろしいですね。』とか、絶対に言うな。」


 「私は、そんなー!」


 ジェイドの反論が終わらない内に、扉が開き、王が姿を現した。


 「すぐに食事の支度を。シャラが餓え死にしてしまう。それから医師を連れて来い。シャラが膝を擦り剥いておる。手当てをさせろ。」


 言いながら足早に部屋へ入り、ソファに座って寛ぐ王は、夜着の前がはだけ、逞しい胸を見せているので、侍女達は顔を赤らめた。


 「陛下。申し訳ございませんが、建設大臣様が至急ご決裁をいただきたいと、朝からお待ちになられております。」


 「しばらく仕事はしない、と言ったはずだが?」


 「はい。しかし、コルデアの水道計画の件で、と仰られて…。」


 「良かろう。ここに呼べ。」


 ギルバートとフィリップが、そんな会話をしている間、再び扉がそっと開いて、シャラが顔だけ覗かせた。


 「おはようございます、シャラ様!今日は良いお天気ですよ!」


 いそいそと集まった騎士達に囲まれて、シャラは少し安心したように、夜着にガウンを羽織った姿を現した。


 「湯を使いたいのだが…。」


 「準備は出来ております!今すぐ、お使いになれます!」


 胸を張る侍従長の背後から、フィリップの大きな声が聞こえた。


 「シャラ!湯を使うのか?私が洗ってやるぞ!」


 騎士から侍従から、一斉に睨まれて、さすがの獅子王もたじろいだ。


 シャラは耳まで赤くなり、俯いて泣きそうな顔になった。







 バシャッ!と片足を水溜まりに突っ込んだが、ジェイドは気にしなかった。そんなことより、急がないとシャラが風邪を引く!


 「厩舎へ行かなくて良かったな。」


 「ああ。あんなに晴れていたのに、急に降りだすとは。精霊の悪戯か?」


 ジェイド、リューク、ギルバートの3人は、手に傘や、革袋に入れたタオルや着替えやらを持ち、自分達はずぶ濡れになりながら中庭を走っていた。


 フィリップとシャラが仲睦まじく2人きりで散歩に出、急な雨に降られたのだ。


 何処に居るのか…と探して、ようやく見つけたが、足を止めざるを得なかった。


 大きく枝を張り出した木の下で、2人は雨宿りをしていた。木の幹を背にしたフィリップはシャラの腰を抱き寄せ、見つめ合い、微笑み合い、そして唇を寄せた。


 ジェイドらは離れた場所で雨に打たれながら、その光景を陶然と見ていたが、シャラの頭を引き寄せて、自分の胸に顔を埋めさせたフィリップに恐ろしい形相で睨まれ、我に返った。


 フィリップは、睨みながら小さく首を横に振る。「さっさと消え失せろ!」ということか。


 「どうかなさいましたか?」


 「何でもない。」


 フィリップは、邪魔者達の姿にシャラが気付く前に、再びその頭を胸に抱き寄せた。


 3人は踵を返し、来た道をまた走る。


 「どうせ通り雨だ。すぐに止むだろう。」


 苦笑するギルバートに、リュークが愉しげに笑う。


 「あちらの雨は、当分降り続きそうだぞ。」


 ジェイドはまた水溜まりに足を突っ込みながら、2人の雨が未来永劫降り続きますように、と心の中で強く願った。




めでたし、めでたし。




☆お読みいただき、ありがとうございました。~ りょう

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