最終話 華麗にして荘厳なる「追放」

 長きに渡る任務を終え、喉の渇きを堪えつつも報告に向かった先で……私を待ち受けていた知らせ。


「本日をもって『追放企画部』部長ならびに『追放調整課』課長の任を解き、貴様を「追放」処分とする!」


 私に対する辞令を嬉々として読み上げるのは、近衛騎士の一人。


 かつて、近衛騎士団長の依頼を受けた私は、こいつの一人息子を「追放」した。

 ……そうしなければ、連座でこいつの首まで飛ぶほどのドラ息子だったからだ。


 依頼完了後に団長が話を通してくれているはずなのだが、こいつの頭から抜け落ちているのか……あるいは、私が団長に嵌められたのか。


 長らく王都を離れていたために情報が不足しており、これが果たして誰の「ざまぁ」なのか判断できない。


 ……王宮に戻る前に、マリアンに会わなかった事が悔やまれる。


「罪状はいくつも挙げられているが、特に問題なのは職権濫用だ。『聖剣の勇者』を勝手に「追放」したのはまずかったな」


 騎士が手にしている豪華な羊皮紙は、国王陛下勅命の証。


 まさか……あいつ、いまさら親心でも湧いたのか?!


「さぁ!即刻荷物を纏めて、何処へなりと出て行け!!」


 ……とにかく、もはや私には弁明の機会すら与えられないらしい。


 いつしか磨り減り切った歯車は、こうして「追放」されることになった。


     ◇


 私の他に誰もいない『追放企画部』の事務室。


 大所帯となった『追放執行課』の面々は、随分前に新たな場所へと旅立っていった。


 当然、慰留は元より、見送りもいない。


 私は木箱を床に下ろし、さほど多くもない私物を適当に放り込み始める。


「……こんなものか」


 戸棚に残っていた、趣味に合わないティーセットを仕舞い込んでも、木箱にはまだ多少の隙間が空いていた。


 ……ちょうど、アレが収まるくらいか。


 何となくそう感じた私は、執務机の隠し引き出しから、黒く分厚い手垢まみれの手帳を取り出す。


 この手帳に記されているのは、ありとあらゆる「追放」と「ざまぁ」の記録。私なりの分析結果。

 そして、任務の過程で知り得た秘密の数々だ。


 これさえあれば、どんな「追放」からも逃げ延び、どんな「ざまぁ」も跳ね返すことが可能だろう。


 もちろん、その逆も然りだ。


 ……あの甘美な味が、口内に広がる。


 コーヒーが欲しい。


     ◇


 窓からの景色をぼんやりと見納めていると、もはや耳に馴染んだ足音が響いてきた。


「お久しぶりっす!二代目部長が、引き継ぎを受けに来ましたよ」


 初めて会ったとき以来の、普段着で素顔のマリアン。

 気が利くことに、その両手には香ばしい湯気が漂う大きなマグカップ。

 やはり、彼女はこの仕事に向いている。


「……引き継ぎも何も、これを読めば万事解決だ」


 私にはもう必要のない、黒い手帳を放り投げる。


 これを木箱の隙間に捩じ込む代わりに、ありったけの緩衝材を詰めておいた。


 木箱の中身が、壊れてしまわないように。


「おぉ、これが噂の『魂』の手帳っすね!」


 ……こいつ、あの演説についても調べやがったな。


 仕事熱心なのは結構だが、噂を広めているようなら「ざまぁ」してやる必要が……


 下らない衝動をどうするべきか悩んでいると、手帳に目を落としたままのマリアンが、ぽつりと零す。


「……べつに、我慢しなくていいと思うっすよ?」


 何を、と言わなくても伝わる程度には、長い付き合いだ。


「……『追放企画部』の長が、「ざまぁ」をしてはいかんだろう」


 この部署は、穏便な「追放」の実施と「ざまぁ」の未然防止を目的として創設された。


 その歴史の始まりから関わり続けた私が、私的な「ざまぁ」を行うなど……到底許されない。


 ……今となっては虚しいこだわりだが、それが私の最後の意地だ。


「まぁ、課長のそういうところは……好きっすけど」


 肩書きに『部長』が追加されても、彼女は変わらず私のことを『課長』と呼ぶ。


 ……全ての肩書きが失くなる明日、彼女は私を何と呼ぶのだろうか?


 ……本日付の辞令の場合、本日中の肩書きはどういう扱いになるのだったか?


     ◇


 そんな下らない事を考えていると、黙々と手帳をめくっていた彼女が不意に顔を上げ、ぽんと一つ手を叩いた。


「あ、そうだった!課長に最後のお願いっす」


 そして取り出されたのは、一枚の羊皮紙。

 国王の勅命のものほどではないにしても、十分豪華なものだった。


「就任早々、えらい大仕事が舞い込んで来まして。これから暇になるのなら、ちょっと手伝ってくれませんか?」


 さすがに「追放」される身で手伝うわけにはいかないが、最後に出来る限りの助言はしてやるべきだろう。


 ……そのくらいには、長い付き合いだった。


 依頼書らしき羊皮紙を受け取り、素早く目を通す。


「……ははっ!」


 たしかに、これはこの上ない大仕事。部署創設以来、最大級の「追放」案件だ。


「どうです?働き次第では、エージェントとして再雇用してあげてもいいっすよ」


 少し冷めたコーヒーを飲み干した私は、笑いを堪えながら答える。


「……あぁ、よろしく頼む。「ざまぁ」ではなく、「追放」なら何の問題もない」


 最後の最後に、彼女と一緒に回ってみるのも、悪くない。


     ◇


依頼者 : 第一王子、宰相


対象者 : 国王およびその一派


概要 :

・国家安寧のため、上記の者を直ちに「追放」せよ

・予算の上限は無し

・計画の詳細は一任する故、存分に腕を振るわれたし


特記事項 :

・本案件は、王国史に燦然と輝く伝説となるであろう、一大事業である

・ついては、全身全霊をもって任務に臨み、華麗にして荘厳なる「追放」を実現するべし

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追放コーディネーターの業務記録 鈴代しらす @kamaage

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