花の命は短くとも、尊くあれ

 それから一月は経過したかと思います。ずっと私は斉希様を追いました。嗚呼、断じてストーカーではありません。追ったといえど校内でお姿を拝見し、先生や機知の先輩方からお話を拝聴した程度です。それでも沢山の斉希様を私は知りました。

 陸上競技でのご活躍がめざましいこと。授業では進んで発言なさいますこと。度々後輩の相談をお受けしますこと。クラスの中心におられますこと。一人称が私なこと。好きなものの前では自然と表情が柔らかくなってしまいますこと。知れば知るほど、私は斉希様へ恋をしていきました。






 そして本日。

 私は昼休みの体育館裏へ斉希様をお呼びしました。人生初のラヴレターです。添削は彩花が進んで名乗り上げてくれました。きっとお越しになられるはず。

 西館寄りに私はお待ちしておりました。心許なく、内股で爪先をくるくる回します。すると、私以外の足音が鳴りました。顔を上げて、私は叫びそうになりました。斉希様でした。東館側の角からいらっしゃいます。一歩ずつ近づかれるごとに、私の胸の動悸は激しくなります。


 手を伸ばせば触れられる距離になりました。私は生唾を飲みます。

「佐ノ宮雪乃さんだよね。手紙、読んだよ」

 斉希様は手紙をかざします。ゆくりなく私は両手を頬に添えました。

「お、お目汚し失礼いたしました。ですが、その、其れは私の心です」

「うん、それはすごくよく分かったよ。嬉しかった」

 斉希様は私から視線を外しました。そして頭を下げます。

「だからこそ、私は貴女と付き合えません。ごめんなさい」



 予想はしておりました。ですが、いざ直面いたしますとダメです。涙声になったあの彼女の気持ちを、改めて痛感いたします。くらりとする体を精一杯支えて、伺います。

「私、今は愛だの恋だのって気持ちになれないんだ。そんな半端な感情で応じるのは申し訳ないから」

 お言葉はあのときと同様のものでした。ですが、斉希様の様子が少々異なります。

「どうして私に告白するの」

「好きだからです」

 即答しておりました。ですが斉希様は困惑なさいます。何か逡巡なさっております。静かにお待ちしてますと、徐に斉希様はおっしゃいました。




「やっぱりわからない。だって私、女だよ」




 白江しろえ女学院高等学部の敷地に、一陣の風が吹きます。

「それがどうしたと言うのでしょう」

 斉希様は私を見つめました。私は微笑みます。

「叶う必要はありません。周りが、斉希様がどう考えようが関係ありません。抱くことが大切なのです。男性だから女性だからではなく、貴女を好きになったのが私です。私は『斉希様』が好きなのです」

 それが恋といふものでしょう。


 首を傾け、斉希様へ伺いました。斉希様は視線を壁へ向けました。

「よくわからないよ、だけど」

 そう口にされて斉希様は私を見ます。一変して凛々しさを灯す瞳に、私は釘付けになりました。

「貴女の言葉を聴いて、わかりたいと思った。わかりたくなったよ」

 友達で良ければ。斉希様がおずおずと手を差し出されます。


 今度こそ私は意識を手放しそうになるのでした。





 私の告白は散りました。ですが新しい関係が芽吹きました。

 当面は、様付けをやめることが私の次の目標です。

 私、頑張りますね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

浪漫、花は満ち開く シヲンヌ @siwonnu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説