蕾たちの内緒話

「で、恋しちゃったわけだ。雪乃が」

 はいと力なく頷く私に目の前の少女、狩野かのう彩花あやかは肩をすくめました。




 放課後、駅前のファストフード店内にて。私は彩花へ昼休みのことを話しました。誰かに言わずにはいられなくて、でも気の置ける人には言えなくて。その点、友人の彩花は最適な人物でした。

 彩花はくわえたストローを放します。

「でも相手は『あの』王子か。手厳しいねぇ」

「ご存じなんですかッ」


 たじろいで、彩花は背もたれに手をかけました。それを見て、私は彩花へぐいと詰めていたことへ気づきます。しかも椅子から立ち上がっておりました。お恥ずかしい。縮こまりながら着席する私に、彩花はふにゃりと笑います。

「そんなに気にしなくていいよ。あたしと雪乃の仲なんだから」

「親しき仲にも礼儀ありですから。甘えきるわけにはまいりません」

「お堅いなぁ雪乃ってば」

 彩花に溜息をつかれてしまいました。しかしながら表情は温もりに満ちております。つられて、私も口元へ手を当てました。彩花とのこの空気は私のお気に入りです。




 しかし。『あの』王子とはどういう意味でしょうか。

 私の問いへ彩花は指を天に指しました。

「雪乃の好きになった人、どう聞いても田所たどころ斉希いつきでしょ。有名人だよ」

「そうなんですか」


 田所斉希様。口の中でお名前を反芻します。ふわふわ、ふわふわ。心の奥底が暖かく、吐息が漏れました。彩花は目の前に広げたポテトの山をむんずと掴みます。

「成績優秀、眉目秀麗を体現してる超人よ。しかもめっちゃ優しい。悪い噂全然聞かないやッばい2年生」

 ハムスターのように、彩花はポテトを頬張りました。すごいです。負けじと私も一本、口へ入れました。チープで濃厚な塩味がじわりと広がります。





 さりとて。

「先輩だったのですね」

「そうよ」

 神妙に伺えば、さっぱりしたお言葉が返ってまいりました。通りで今まで存じ上げなかったわけです。私は慚愧ざんきいたしました。

「本当に私は何も知りませんね」

「まぁ有名人でも他学年だし。それに知らなくても良いじゃない」


 彩花はまたもや豪快にポテトを口へ放りました。喉を上下させてから、彼女は続けます。

「確かに雪乃は変わってるとこあるけど、非常識じゃないし。知らないことはちゃんと理解しようとしてるし。なら良いじゃない。同級生の顔と名前がわかって、仲良くできるんならそれで十分よ」

「彩花ッ、私ッ、彩花が大好きですッ」

「ふふん。私も雪乃が好きよ、彼氏の次にね」


 きゃあと手を組んだ私へ彩花はウインクしました。私は彩花と出会えて良かったと思いました。彩花も同じように思ってくださると良いのですが。

「さっき悪い噂ないって言ったけど、まぁ、告白されても断り続けているのはちょっとアレかもね」

「それは少し気になりますね。なんででしょうか」

「いやなんでってそりゃ」




 またもや私は、はしたなく身を乗り出してしまいました。ですが彩花の言葉は最後まで続きません。

「あれ、白学の奴がいる」

 ぴたりと彩花は話を止めました。

 素っ頓狂な声でした。真後ろの席の辺りに発言者の男子生徒はいらっしゃいました。男女混合のグループのリーダーのようです。他の方々も悪びれた様子もなく私たちをご覧じております。

「こんな庶民的なところにも来るんだなぁ」

「社会勉強じゃないの」

「ちょっと親近感沸いたかも」


 飲み物などを乗せたトレーを持って、銘々閑談なさっております。しかし。私は恐々としておりました。素早く彩花へお声をかけます。

「さて、もう食べてしまいましたし。退室いたしましょ」

 無言で頷いた彼女を確認して、私は荷物を纏めます。グループの脇を失礼して、後片付けをした私たちはお店から外出いたしました。途端、彩花は憤慨いたします。

「何よアレ。あたしたちがファミレスとかいちゃいけないのかっつーのッ」




 彩花はあのような言葉が大嫌いです。ですので彼らが何かをおっしゃるのに比例して、どんどん機嫌が悪くなっておりました。しかしあの場で感情を吐露して、一番悲しむのは彩花なのです。そんな友人の姿を見たくなくて、私は促したのでした。案の定、彼女は私へ悲しげな顔をいたします。

「ごめん。雪乃はもうちょっと居たかったよね」

「いいえ、十分でしたよ。ありがとうございました」

「やだなぁもう、お礼を言うのはあたしでしょ。いつも、ありがとうね」


 私たちは両手を繋ぎます。お互いに自然と笑顔になりました。

「王子のことは応援するよ。雪乃は本気なんでしょ」

「はい、まずはあの人のことを知ります。情報収集です」

 明日から頑張ります。両手で握り拳を作ると、彩花から暖かい声援を頂きました。

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