黒の部屋 18
不思議そうな顔をして、りっくんは晶の小さな顔を覗き込む。
「えっ、あの、……父からの言いつけで」
「あ、そ。だったらオレが行けば問題ねぇな」
「だっ、ダメ! 隣は危険です! 危ないんです!」
「あーあー、知ってる、知ってる。そんな耳元で怒鳴らなくても、オレも一応プロだからさ。免許証もあるけど、見せた方がいい?」
財布のカード入れから車の免許証を出して、間違った事に気付き再度別の免許証を出している。たしかに、それは霊能者の免許証。日本霊能保安協会の文字がある。
「何、その顔。信じてないワケ? ほら、あの魔女宅だってそうだろ? キキは十三歳になったら、自分の住む街を決めて、そこで働いていくだろ? それと同じだって。オレだって十三の頃からこっちに越してきて、占いでメシ食ってきただけだってば」
たしかに、晶が初めて霊を浄化したのも、十三歳の時だったような気がする。中学一年で既に生傷が絶えない身体になっていた。日に日に酷くなっていくので、当時は虐待でも受けているのかと心配したほどだ。
「そんじゃ、行ってくるぜ。オレ、隣の魔境から戻ったら結婚するんだ……」
「変な死亡フラグ立てないでください!」
「はは。一飯の恩義って奴だよ。絶対に戻ってくるから、心配すんな」
叫ぶ優太に、ちょりっすと指を掲げて玄関から出ていく。こちらから連絡を取ってはいけない。では、これならどうだろう。他人が、部屋に行く事。これは晶の父も想定外だろう。
だが、待てども待てども、りっくんが帰ってくる気配はない。あれから一時間は経過した。まさかと思い、彼は二○一号室の前に立つ。
インターホンを押した。指先が震えている。二人は、りっくんの部屋の中で待機している。早い話が、じゃんけんで負けたのだ。
『来るな!』
しばらく待った後、突然りっくんのその言葉が扉を通して外に聞こえてくる。
『いいか、絶対に扉を開けるなよ。いいな』
芸人なら美味しいシーンだろう。しかし生憎優太は芸人ではない。もちろん前振りでもないのだが。
あの飄々としていたりっくんからは想像も出来ないほどの緊迫感が伝わってくる。
「どうかしたんですか? 何か、あったんですか?」
『……』
返事はない。殺したような息遣いが聞こえてくるだけだ。彼はたちどころに不安になった。
「晶の親父さんは……いるんですか?」
『……よし、もう、大丈夫だ。開けてもいいぞ』
会話が成立していない。
ただ一つ理解したことは、なぜりっくんが『来るな』と声を荒げたか。その気持ちくらいだろう。魔界への扉が開いた時には、もう遅かった。
黒の部屋 なつきまる。 @natukimaru
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