第49話 視界を奪うもの
目を盗まれる事件。
ついさっき話していた『顔を奪われる』という事件に似ている。
絵巻屋も私と同じことを考えたのか、顔をこわばらせている。
「……詳しく聞かせてください」
「ああ、もちろんだよ」
しっかりと話を聞く姿勢になった絵巻屋に、同じく深刻な顔を作った道行が答える。
「街のあちこちで『突然目が見えなくなった』モノが出てきている。報告を受けただけでも五件」
「目が見えなく? 傷を負ったということですか?」
「いや、傷は一切ないんだ。視力だけが失われてる」
目を怪我していないのに見えなくなっている?
ちょっと想像してみたが、すぐには思い至らなかった。
そんな状況、真っ暗闇か、逆に太陽を見てしまったときぐらいにしかならないと思うが。
「被害者の共通点は?」
道行は首を横に振る。
「今のところは何も。ただ、盗まれたのは視力だけで、他には何もないんだ。盗まれた痛みもない」
私はうむむと腕を組む。
ますます不思議な事件だ。目にこだわるアヤシなのだろうか。
絵巻屋は眉間にしわを寄せたまま、指に挟んだタバコを揺らした。
「……顔を奪われる事件とは少々性質が違う気がします」
道行がきょとんと目を開く。
「顔を奪われる? 何のことだ?」
絵巻屋はぐっと顔をしかめ、唇を舐めた。
「とある方からの情報で、そういった事件が起こり始めているらしいのです」
まるで苦いものを噛んだときのように嫌そうな口調で絵巻屋は言う。
その声には厄介なアヤシだから、という意味以上のものがある気がして、私はじっと絵巻屋を見つめる。
道行は額に手を当てて、ちょっと唸った。
「マジかよ、こういうのって重なるもんだなあ……」
疲れたように道行はため息をつく。
「やっぱり門の向こうのアレのせいか……?」
「門の向こうに何かあるます?」
私が口をはさむと、道行は「あー……」と言いながら目を泳がせた。
「何ですか」
「あーいや、まだ確定じゃないから伝えないと思ってたんだけどさ」
言い訳のようにそう言いながら、道行は話し始める。
「詳細は分かんないんだけどよ、関所の門にすごく大きくて嫌なものが迫ってるみたいなんだよ」
「大きくて嫌なものますか」
「ああ。具体的に何なのかはわからない。でも、門の前に立ってるだけで、体がざわざわして嫌な感じが高まるんだ。門番あたりの奴らが調べても、はっきりとした正体はわからないらしい」
道行は難しい顔をしている。不安に思っているというのが正しいかもしれない。
指先が落ち着きなく動いているのを見て、私はそう思う。
絵巻屋は道行をほとんどにらみつけるように見た。
「原因は?」
「不明だ。でも、まっすぐこっちに来てる動きなんだよ。まるで……何かに引き寄せられてるみたいだ」
道行はちょっと身震いしながら腕をさする。
「それに引きずられて、このアヤシが現れたということですか」
「まだ、ただの可能性だよ。もしかしたらその……顔を奪うアヤシが悪さをしたせいで、今回の事件が起きたかもしれないんだろ?」
「ええ。こちらも可能性を否定しきれませんから」
真剣な目で絵巻屋はうなずき、道行もうなずきかえす。私もこくっと首を縦に振った。
「じゃあ関所は関所で調査進めてみるよ。わかったことがあったら文を飛ばしてくれ」
「わかりました」
そう言い残し、道行は去っていった。
残された絵巻屋は立ち上がり、外に出る準備をしている。
「写見。状況が変わりました。私たちも街に出て調査をしますよ」
普段ならすぐに返事をして立ち上がるところだ。
だけど今の私は、絵巻屋から感じる違和感に気を取られてしまって、反応が遅れてしまっていた。
「どうしたんですか、写見」
じっと見る。
彼に『見る力』が強まっていると言われた目で。
「絵巻屋」
顔を見る。
心がざわざわする。
何か、大変なことが起ころうとしている気がする。
「……大丈夫ますか?」
「何がですか」
冷たい声で返される。私は目を逸らした。
「……何でもないます」
*
「目が見えなくなったきっかけ? それが全然分からないのよねえ」
おしろい屋の店員が言う。
「俺はいつも通り渡り舟を漕いでただけなんだ」
若い船頭が言う。
「包丁を研いでたらいきなりだよ!」
研ぎ師の男が言う。
「……なかなか手がかりが出てきませんね」
自分たちが行けば新しい発見があるかと被害者のところを回っているが、絵巻屋の言う通り、なかなか調査は進まなかった。
道行が手に入れた情報以上のものは今のところ全くない。
「これは、闇雲に手がかりを探すより、他の視点から見てみる必要がありそうですね」
言いながら絵巻屋は筆を取り出し、いつもの紙にすらっと小鳥の絵を描いた。
するとその小鳥は絵から飛び出て、まるで本当に生きているかのような動きで絵巻屋の肩に留まった。
羽の一枚一枚もリアルで、顔を動かして毛繕いすらしている。
「!!」
「――道行のところに」
小さな手紙を咥えさせ、絵巻屋は小鳥を飛ばす。墨の小鳥は舞い上がり、あっという間に見えなくなった。
「何て書いたんダイ?」
「一応他を当たる報告はすべきでしょう。……協力中ですし」
嫌そうに絵巻屋は呟く。
私は飛んでいった鳥を見送った後、はっと絵巻屋を振り返った。
「絵巻屋の筆は何でも描けるますか?」
以前にも花嫁行列を描いていたのは見たが、こんなに本物に近い小鳥が描けるなんて本当にすごい。
自分は一本の線を飛ばすので精一杯なのに。
期待と尊敬を込めて絵巻屋を見ていると、絵巻屋はむず痒そうに顔を逸らした。
「何でもは書けませんよ。それをしっかり理解しているものしか描けません」
「理解してるのがすごいます。どうしたら理解できるます」
じーっと絵巻屋を見る。
絵巻屋はぴくっと肩を震わせた。
「どうしたます?」
「……いえ」
私と目を合わせないようにしながら、絵巻屋は答える。
「昔、私も師匠に同じことを聞いたと思ったのを思い出しただけです」
絵巻屋は目を細める。
私は素直に聞き返した。
「師匠のお姉さんは何て答えたます?」
絵巻屋の唇が震える。
「『お前がこの異界を愛するならそのうちわかるよ』と」
慈しむような、縋るような声色だった。
絵巻屋は私を見ようとしないままさらに目を細める。
まるで――『絵巻屋』として一人前に扱われるのにずっと不安が付き纏っているような。そんな心細そうな顔だ。
絵巻屋はそんな泣いてしまいそうな顔を瞬き一つで消して、スタスタと歩き出そうとした。
「調査を続けますよ。次に向かうのは――」
私は絵巻屋の前に立ち塞がる。
そして、ビシッと彼を指さした。
「安心しろ。お前は立派な『絵巻屋』ます」
「……え」
これは、私が本当に思っていることだ。
でもこれは多分、絵巻屋が認めようとしていないことだ。
事は絵巻屋が自分を認めようとしていないと言っていた。
だったらはっきりと伝えなければ。私が認めているとちゃんと言葉にすれば、きっと頭が固い絵巻屋だって少しは変わるはずだ。
「絵巻屋は立派な『絵巻屋』ますっ。弟子の私も、立派な『絵巻屋』になってみせるますっ」
そんな期待を込めて宣言する。
だけどそれに絵巻屋が返した表情は、絶望だった。
目を見開き、ひゅっと息を吸い込み、硬直している。
何かおかしなことを言ってしまっただろうか。これが今の絵巻屋に必要な言葉だと思ったのに。
私はぐっと怖くなってきて、慌てて謝罪を口にしようとした。
「あの、ごめんなさ――」
「早く行きますよ。無駄口を叩いている暇はありません」
私を無視して絵巻屋は歩き出す。私は一気にしょんぼりとした気分になって、とぼとぼとその後ろをついていった。
それまで静観していた化身がふわっと隣に近づいてくる。
「あのサ、お嬢さん」
「大丈夫ます。今のは、私が悪かったます」
本当の意味はわからないけれど、絵巻屋はさっきの言葉を本当に言われたくなかったのだろう。
「……お嬢さんは悪くないヨ。誰も悪いやつなんていないんダ、これハ」
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